未来予知と原作知識でハードな世界をハッピーなifルートに変える話 作:龍館まこと
俺は急いで未来視シミュレートのリトライを開始する。
──「下がれルイス!」と声をかける
──怪訝に思った顔で立ち止まるルイス
──次の瞬間、ルイスの周囲五メートルほどの前後左右から垂直に石板が屹立する
──石の箱に閉じ込められたルイスを見ている俺の視界がブレる
──ライラックが俺を突き飛ばしており、その右腕が剣によって切断される
駄目だルイスのなかの俺への好感度が低すぎて、指示したってたぶん聞いてくれねえ。
──「あっ! 後ろでシエラがコケそう!」と叫ぶ
──ノータイムで後ろに向かって走るルイス
──石板の屹立をギリギリで回避
──俺はサイドに飛んで避けつつ抜剣
──俺狙いの斬撃が空振りした男と視線を交わす
これで仕切り直しだ。戦う準備がようやく出来たと言える。
未来視のなかでの出来事とはいえ、ライラック(推しキャラ)の腕を二度も切り落としやがったなこいつ。
無事に帰れると思うなよ。
もみあげまで繋がる髭が特徴的な、剃り落としたのか眉のない顔がいかにもワルって感じの男を俺はにらむ。
その頭部には──鉱物結晶のような透き通るツノが生えている。明らかに人間ではない。
そう、奴は『魔族』だ。
速度特化、かつ接近時に音を立てないために金属鎧などを装着せず身軽なローブのみ。恵まれた体格の長身から繰り出す剣技と、広範囲に高速で展開できる地の
一旦未来視を閉じて現実で眼を開けた俺は、剣を向けた先の相手の名を呼ぶ。
「魔王軍【四天王】のひとり、【
「んんんん? 俺の名をなぜ知りおるのか? 小僧よ」
ただの疑問が恫喝にしか聞こえない声で、男は言う。「特徴的な序盤ボスだから知ってんだよ」とは言わないけど。
……モルダーは七巻で出てくる魔王軍幹部だ。五年後、二十歳になったルイスが変わり果てたシエラと再会して一戦目、命からがら敗走したのちに遭遇する称号持ちの敵。
高速発動する地の
連携が取れるようになってきたルイスパーティが、石板による分断で『目視と掛け声に頼り過ぎていた』と痛感させられる敵である。直前の洗脳シエラ戦も同じ理由で負けていたとココでわかるのがアツかった。もちろん話の途中で連携のレベルが上がって勝利するけどな。
さて現状……どうしたものか。
ルイスたちが成長している五年後で出てきて、しかも最初はルイスたちにさえ単独で優勢を取ったまぎれもない強敵である。
五年前の時点で出てきていいキャラじゃない。
「んーんん。【勇者】を確保して人体改造を施した上、魔王様に献上しようと思っていたのであるが……ダムド教の部下どもがしくじったとは嘆かわしい。しかし何者であるか? 貴様ら」
あっ。
こいつ、そういや『奥の手』の性質からシエラを改造した疑惑があった。そうか、邪教団を操って誘拐させて、自分のところに移送させて改造予定だったと。そんでわりと近いところに居たからか、失敗を察知して自分で乗り込んできたと。そういうことね。
「まあ、何者でも構わん……か。改造の愉しみを奪われた俺は、疑いようもなき被害者である。ああまったく哀れなものである。ゆえに、再度【勇者】を奪いに来た俺の邪魔だてをするのであれば──引きちぎって遊ぶとしようか‼」
薄汚い笑みを浮かべ身勝手なことを言うと身の丈ほどの全長がある長剣を片手で右肩に担ぎ、首をかしげてこきりと鳴らす。
「坊っちゃん、こいつヤバイよ。あたしが斬りかかったらすぐ逃げて」
ライラックもすでに抜剣しており、下段に構えて臨戦態勢だ。
距離は俺、ライラック、モルダーでちょうど正三角形を描くように等間隔。
一息に詰めて斬りかかることの出来る間合いではあるが……俺は未来視を発動する。
──俺がまっすぐ突っ込む
──モルダーがライラックの進路に石板を発生させる
──俺の剣先を切り弾いてそのまま突きが胸に刺さる
まあそうなるよな。とりあえずライラックの方は防ぐ、当然だ。
だったら突っ込んで即座に引き、まず生き延びる。
俺が『放っておいてもいい雑魚』だとあなどってもらうことから始めるとしよう。でないとこいつの『奥の手』は、作中上位の強さを誇るはずのライラックでも相性が悪い。
手札を整えろ。指示を最短で済ませろ。俺とライラック、二人の持ち味を最大限に生かしてこいつを倒す。
リトライ。リトライ。リトライ。リトライ。リトライ。
胸を刺されて死んだ。首を飛ばされて死んだ。石板に潰されて死んだ。石板に顎打ち上げられて死んだ。石板に両腕潰されてから腹をさばかれて死んだ。
死を塗り重ねて少しずつ手を進める。ライラックが死なないよう傷つかないよう立ち回ることも含めると、手が増えるのは仕方ない。
最高で犠牲ゼロ、最低でも犠牲ゼロだ。推しキャラ全員のハッピーエンドルートは俺が代わりに地獄と現世を反復横跳びすることで舗装してやる。
やがて。
「──視えた。お前を殺す手が」
俺はまっすぐ突っ込む。モルダーがライラックの進路に石板を発生させる。
反撃が来るタイミングを測り、俺は自分の剣を弾かせてそのまま後方に飛んだ。追撃を喰らって死ぬことを免れ、かつ剣を合わせたことでモルダーには俺との力量差がわかったらしい。
「雑魚が。貴様程度では障害にもならぬのである」
俺から目を離す。
はっはっは。それが敗北フラグだったと一分後に思い知りやがれ。
俺はバックステップと同時にライラックの方に寄り、モルダーに気付かれないよう小声で伝える。
「地面が揺れたら石板が出る合図だ。石板を自分の足元に出して跳躍するときもある、そうすっと上から石板を降らしてくる。手数が足りなくなったら俺がアシストする。とどめは
「坊っちゃん、なんであたしのむかしの技知ってん……あ」
未来視で得た情報だと気づいたらしく、ライラックは言葉を途中で飲みこんでこくりとうなずく。まあ攻撃パターンの方はエグドロ原作知識なのだが。とりあえずわかってくれりゃそれでいい。
「安心しろ。もう未来は、確定させてきた」
強く言えばこくりとうなずく。ライラックは剣を下段に構えたまま、石板を回り込んで突撃を仕掛けた。
石板の向こうでギンガンギンガンと金属同士が軋みあう音が聴こえる。どちらも攻めきれず、さりとて防ぐのをしくじることもなく、といった感じだ。
モルダーとライラックの剣技は現時点だと互角らしい。本来ならライラックも【
「よい腕である。連れ帰ることがかなうならば従僕に改造して四番目の女として俺に侍ることを許そう」
「おっとサシの恋愛出来ないタイプだ? あたし痛い女だからまーだ王子様待ってんだよね、恋愛は一対一以外絶対、ヤ!」
ライラックは強く言い切り、斬撃の応酬をつづけた。
一度斬り合うごとに周りの空気が震えている。達人同士の戦いともなるとここまでのレベルか、早く追いつかないとなぁ。
と、石板が複数枚二人の打ち合っていた地点に発生する。
足元から急激に突き上げてくる石板にふらついたライラックは背中から落下し、モルダーの方は逆にこの突き上げを利用して高く飛んでいた。
「高所を取るは戦術の基礎である」
かざしたモルダーの左手から、石板が射出され降り注ぐ。
地の
空中のライラックは剣を駆使して降り注ぐ石板を受け流しているが、着地するまでにかなり体勢を崩されていた。剣一本では手数が足りない。
だからここで、二刀流になればいい。
「ライラーーーーック‼」
落ちていく位置は見えていたので、事前に俺の剣を投げ込んでおいた。ジャストタイミング──そうなるまでにリトライ数十回繰り返しました──で剣の柄がライラックの右手の内にわたり、右は逆手に左は順手に構えた剣で彼女はその場で回転した。斬撃がライラックの周囲にぬたりとまとわりつくような動きだった。
周囲をすべて薙ぎ払った彼女がスカートをふわり広げて低く着地したとき、不愉快そうにモルダーは空中の石板を蹴ってそこに突撃した。
「片手持ちの剣では、防げまいっ‼」
重い長剣の利点を最大に生かした一撃で、片手持ちになったライラックの隙を狙う。
対するライラックの動きだしは早かった。
それは焦りから、相手を間合いに捉え切る前に放ったと見える斬撃だった。ライラックの剣はモルダーのそれよりいくぶん短く、リーチは狭い。
「馬鹿な女である」
自分の間合いの外を抜けていくライラックの二つの剣筋を見てモルダーが笑う。
が、
その首筋に、腹部に。
赤く線が入り鮮血や中身がほとばしる。
「……おごごば、ぁぁあああ⁈」
振り抜いたライラックの剣の斬撃軌道がちょうど、延長されたかのように。剣先が、届いていたかのように。
モルダーの頸動脈と脇腹が切り裂かれ、噴水のように血液が辺りに赤色を散り撒いた。バランスを崩して転がり倒れ、モルダーはライラックの足元でぴくぴくしている。
「──【
技の名をつぶやくライラックの剣の切っ先、その延長上の空間が数十センチ、何も無いのに血に濡れている。
魔力で構築した不可視の刃を伸ばす、それが【白冥の剱】……カッケぇえええ! 俺はテンション上がって空に拳を突き上げた。
これはライラックの奥の手、【猟犬】と呼ばれた時代に使用していた技だそうでリトライ中に使っているときにこの説明を聞いた。
もう技名と実用を見たときカッコよすぎて、そのシーン見るためだけに俺は無意味に十回リトライした。俺同じ映画何回も劇場に見に行くタイプなんすわ……。
追撃や騙し討ちといった暗殺を多く務める仕事だったライラックにとって、間合いを騙すこの技は大変使い勝手がよかったらしい。ただ魔力を操作して形作るのはめちゃくちゃ難易度が高いらしく、使える奴がほぼ居ないとか。ぜひ覚えてぇな俺も。
「あーやっぱナマってるわあたし。坊っちゃん、剣あんがとね」
言いつつライラックは倒れ伏したモルダーに背を向け、胸元を揺すって煙草の箱を取り出す。
煙草を一本くわえるとヘッドドレスのなかに隠していたらしいマッチをつまみ、火をつけようとして──
その背後で、
殺気を感知してか、ライラックが煙草を口から落としつつ驚愕の表情で振り返る。
「んんんんー、残念であったな。たしかに良い斬撃であったが」
「ウソでしょ。首と腹かっさばかれて、なんで生きてっ……!」
「人間はひ弱であるがゆえ。死なせずに人体改造をするにあたり、真っ先に俺が極めたのは【
それがモルダーの奥の手。
見れば、頸動脈も腹部もびゅるびゅるとした触手か蛭みたいな気持ち悪い繊維が切断面を埋め尽くし、すでに出血が止まっている。
奴は膨大な魔力を遣い切るまで、即死ダメージを喰らっても【
「生憎であったな。なぁに、四番目の女として貴様にもこの術を掛けてやるのである。光栄に思い今後俺に身を尽く、んぐっ」
だらだらと長広舌を披露していたモルダーがうめく。
ゆっくりと首を動かして、奴は自分の右肩を見た。
そこに小さなナイフがぶっ刺さっている。
はい、俺です。俺がさっきテンション上がって空に拳を突き上げるモーションをしたとき、同時に投げていた奴です。これも当たるよう投げられるまで二百回以上リトライしました。
「……なんであるか。このようなちっぽけな刃で……」
「お前のその【
雑魚と認識して完全に意識の外に置いていた俺からの言葉に、モルダーは眉を寄せた。
まだ理解が追い付いてないようだな。そろそろ効いてくると思うけど──と考えていたらごぶり、と泥みたいな血を口の端から漏らしはじめて目を見開いた。
あ、やっとか。俺は身体を震わしはじめたモルダーの前に、
「カジノで死んだダムド教連中の所持品、回収したときにちゃんと全部揃ってるかどうかチェックしたか?」
「きっ……貴様っ、まさ、か、
「自決用の毒ってのは、盗まれたら相手に使われると思っとかなきゃダメだろ。心臓ふくめた内臓機能をボッコボコにして多臓器不全起こす猛毒みたいだけど、さてお前の【
耐久型で長期戦狙うなら毒対策はしとけよ。自分がじめんタイプだからって油断すんな。
「お、おごぼぼ、あがっ、死、死ぬ、死っ、……
見る間に目から鼻から出血を繰り返したモルダーは、しかし体内で【
「うーわ……」と言いながら念のため剣の切っ先を向けているライラックの前で七転八倒、もがきつづけて十回二十回三十回と死の苦痛を味わい……三分ほどでとうとう魔力が尽きて回復が止まったらしく、ばたりと動かなくなった。
「勝った」
「坊っちゃん……エゲつなくない?」
「俺たちの連携の勝利だろ」
「あたしにも責任の一端あるんだ……」
推しキャラにまたも引いた目を向けられて、勝っても負けても戦いってむなしいよな……と思う俺だった。