未来予知と原作知識でハードな世界をハッピーなifルートに変える話 作:龍館まこと
「マッチならあるぞ」
「お、さーすがー。悪いことならだいたいやってる坊っちゃんだけある」
投げて渡すとキャッチして、ライラックは慣れた手つきで薄荷煙草に火をつけた。メンソールの清涼な匂いが煙とともに周囲へ散る。
……さてこのライラック。原作通りなら死期が近い。
というのもコール・ブレイズは今日のカジノでの大負けから運が尽きたのか転落人生を辿るのだが、その過程で彼が喪うもののひとつとして挙げられているのが彼女なのだ。
先ほどの気安いやり取りからわかる通り、ライラックはメイドであるというのにコールのことをほとんど主人扱いしていない。
だが不思議とコールはこのメイドには心を開いていたようで、そうした不遜な態度を許していたのである。……まあ二年前最初に会ったときセクハラしようとして軽く手首の関節二、三か所外された恐怖がそうさせているとの見方もあるが。
そんな彼女だがじつはエグドロ原作で十八巻あたりから出てくる【
なおこの【
そんなところに出自を持つ彼女を、このまま死なせてしまうのではあまりにもったいない。
うん、本当にもったいない。
ああ。
マジで。
本ッ当に。
…………このビジュでほぼ出番なく速攻死んでるの、損失過ぎるだろぉぉォォ⁉
俺じつはこのライラックがマジで推しキャラなのだった。そうです、コール不在の同人を描いたときもこのライラックの生存ルートで描いたくらいには、推しキャラなのです。
もちろんルイスとシエラも推してはいるが、やっぱ死にキャラには別種の思い入れがあるんだよぉ……。このひとおまけページのほか、回想とかそういうのでほかの騎士団員から語られるんだ。死んでから厚み出てくるタイプ。
いかん目頭が熱くなってきた。
「うわなに坊っちゃん。泣いてんの?」
「泣いてない……雨だよ」
「雨なわけないし。泣いてるじゃん。子どもってそーゆうとこあるよねー、泣いてないやい! って」
けらけら笑いつつ、くわえ煙草で俺の頭を撫でてくる。
うおおお、ライラック生きてる! 生きててよかった! 助かる! っていうか俺が助ける! いかんテンション変なことになってきた。
エグドロはキャラデザもマジでいい。だが話の内容はご存じの通りエグくてドロドロなので、ビジュ最強キャラも次のページでグチャドロになってるとかザラだ。
じつは原作ライラックは少年編ラストで何者かに毒殺されているのをコールが発見する。犯人は邪教団。ライラックは前述の通り【
そんなわけでこのライラックを生存させる。俺の第一目標はそこに定まった。
となれば、やるべきことは……
「あのさ、ライラック」
「どったの坊っちゃん。あ、煙草欲しいんだ? あげんよ」
「いや要らないし。そうじゃなくて、頼みがあってさ」
「頼みぃ? ヘンなこと言う坊っちゃん。『雇い主なんだからこれは命令だ!』ってのがいつもの調子でしょ。カジノで悪いもんでも食べた?」
「食ってないって。俺にさ、剣の稽古つけてほしいんだよ」
「……剣?」
煙草をつまみにいった指先をはたと止めて、ライラックは眠そうな目を急に鋭くした。
その掌にあるまめや、掌紋が擦り切れたような痕跡が、彼女の費やしてきた歳月を物語っている。
そんな俺の視線で、彼女は自分の剣歴を悟られたと知ったようだ。
「冗談半分で言っちゃダメだよ、坊っちゃん。あたしってほかのこた全部テキトーにやるし、いい加減に生きてるけどさ、剣についちゃ手加減出来んもん。
「真剣なんだ。強くなりたいんだよ」
俺の目的は、自分自身のレベリングだ。
エグドロ原作におけるコールはこのカジノでの大負けから転落人生だが、話のかなり終盤までルイスの妨害のためたびたび出てくる。
言い換えると終盤のルイスの旅先にまでやってこれる程度には、こいつ強くなる素地があるのだ。
原作では派手な見た目にこだわって火と風の
というわけで身近に居て、剣技パラメータが十段階中の十を叩き出しているライラックに教えを乞うのが一番早い。という判断だ。
「強くなりたい、ね……」
煙草の火を地面に押し付けてぐしりと潰し消したライラックは、携帯灰皿に吸殻を納めるとんー、とうなってかしかしと頭を掻いた。
「本気の本気?」
「目標が出来たから」
あなたを守る。あなただけじゃなく、エグドロ原作に出てくる推しキャラたちをハッピーエンドルートに導く。
とは、さすがに言えないけど。
熱意を込めて見据えていると、ライラックは乱れた髪とヘッドドレスの位置を整えた。
「……そんだけ言うんなら覚悟見せてもらおっかな。えーとたしかこの辺に」
ライラックはスカート部に手を這わすと。
ごそごそ、とたくし上げはじめた。
丈長めのスカートがするする持ち上がって、黒のサイハイソックスがガーターベルトまで見えて白い柔肌が目に入る。うわちょっと刺激強いなにやってんすかライラックさんでもえっちすぎて目が離せない。
「あったあった。メイド七ツ道具その一」
するり、とスカートのなかから取り出したのはハタキだった。全長で四十センチくらいしかないそれを右手に取ると、教師が指示棒でやるみたいにぱしんと左掌に当てる。
それから。
ッパツン! と音がするほどすさまじい勢いで頭上に振り上げる。いま音が遅れてこなかったか? 腕がブレて見えたんだけど。
すると一拍置いて、切断された庭木が落ちてくる。いやハタキでぶった切ったのかよ……。
左手ではしっと掴んだそれを、ライラックは俺に差し出してきた。
「じゃ、坊っちゃんはこれで。長さ大丈夫そ? 振り回せる?」
「まあいけそうだけど。……え、これってまさか」
「強くなりたいんでしょ? でもあたし、乱暴にしか教えらんないし。だから、坊っちゃんに芽があんのかどーか試すね」
右半身になって、ライラックはすっとハタキをこちらに伸ばしてくる。
切っ先。
という言葉が浮かぶほど、その先端には嫌な圧を感じた。
と、その切っ先が、フォンと彼女の周囲に円を描く。半径が彼女の半歩分もない、小さな円だった。
「あたしはこっから出ない。出たら負けでいーよ。そんで時間内……煙草三本吸い終わるまでかな。あたしの身体のどこでもいーから、わずかでも棒が触れたら坊っちゃんの勝ち。剣を教えたげる。でも時間内にぜんぜん触れんってことならこの話はナシ。いーい?」
「わかった」
「気合い入ってんじゃん。そこだけは認めたげる」
笑って、ライラックはまた煙草をくわえた。
片手でマッチ箱を器用に操り、火をつける。
火が消えかけたマッチ棒を、空中に投げ出す。
「じゃ、スタート」
ライラックの掛け声が聴こえると同時。
俺はぎゅっと強く目を閉じ、未来視を発動した。