「まあ、鎧を直せるかどうかといえば直せるだろうけどさ。時間はかかるぜ。西洋甲冑の補修だなんて、やったことがないんだからさ。それは理解してくれよ」
ド田舎の自動車整備工場。
その社長のオジサンに、鎧を見せて頼み込む。
まあ、それなりに頼もしい台詞が返ってきた。
「それにしても、このイケオジは誰なんだい? なんで甲冑なんか持ってるの? 映画か何かで使うの?」
不思議そうに、甚平姿のイケオジであるクレメンスさんを見る。
クレメンスさんはクレメンスさんで、興味深そうに工場内をキョロキョロと観察していた。
「うーん、ウチのお爺ちゃんのお客さん。交流もかねて、ちょっと日本に来てるんです。甲冑は……まあ、撮影用ですね。物自体は本物なんですけど」
最初に用意しておいた、そのまま本当では無いが嘘でもない台詞を口にする。
私は愛車のキーを受け取り、白銀号の様子を眺めた。
うん、ちゃんと故障は直っているようだ。
「クレメンスさん、帰りましょうか」
「うん、用件は済んだんだが。ちょっといいかい?」
クレメンスさんが、ちょっとだけ気になることが、と言わんばかりに。
小さな挙手をした。
「なんでしょう」
「自動車もそうだが、バイクはここで売っているのかな?」
「ウチは中古車販売も兼ねてるよ。見ていくかい?」
クレメンスさんはバイクを所望しているようである。
映画から知識を仕入れてきたのであろう。
まあ、ちょっと見るぐらいならば全然構わないのだが。
「クレメンスさん、バイクに乗るには免許がいるんですよ」
乗れないから買っても意味ないよ、と暗に告げる。
「免許か。まあ、確かにあの速度で人にぶつかると危険だろうしな」
この辺り、理解力のある彼はすぐに納得してくれるのだが。
今回はそれで終わらないようで。
「では、その免許を取るにはどうすれば?」
解決策を即座に求めた。
なに?
そんなにバイクに乗りたいの?
妙に意欲的だな、クレメンスさん。
「ウチがバイクコースを持ってるから、そこで練習するかい? 最初だけならレッスンにも付き合うぜ」
社長さんが、親切に申し出てくれるが。
これはバイクを売りたいだけだな。
商売上手である。
いや、私の小遣いで買っても良いんだけどさ。
「というか、用途によるだろ千尋ちゃん。別に私有地の山道で乗る分にはバイクに乗ってもいいんだぜ。伊藤家の山で乗るだけなら法律違反じゃないし」
「いや、まあそうなんですけどね」
一般道路はダメだが、例えば私が前にヒグマに襲われた山道。
あそこは完全な私有地だから、道路交通法には引っかからないだろう。
とはいえだ。
「クレメンスさん、バイクは危ないですよ。自動車なら応援もしますが、ちょっとね」
「ヘルメットはこれか? いくらかな?」
「人の話聞いてます?」
なんでそんなに乗り気なんだ。
私は本気で訝しんだが。
「鉄の馬で、大地を駆ける風を感じてみたい。きっと、どんな馬で駆けるよりも爽快だろうなと」
まあ、なんとも格好良い台詞を口にした。
そこまで言うならば、私が止める権利はない。
ないのだが。
「クレメンスさん、自転車には乗れますか?」
「……乗ったことが無いのでなんとも言えないが。馬術には自信が」
「あ、全然関係無いです。自転車も乗れないのに、バイクは止めてください」
私も馬には乗れるが、二輪のバランスと馬術は別物なのである。
「社長さん、自転車も売ってましたよね」
「まあ、あるけど。先に自転車から始めるかい?」
「その方がいいかなと。バイクを買うのは止めませんけど」
まあ、クランクを回す必要がない分、自転車よりもバイクの方が楽だという説はあるが。
だからといって、自転車にも乗れない人間がバイクに乗ってたら普通に怖い。
危なっかしくて見てられない。
「クレメンスさん用のママチャリを買います。ちょっとコースをお借りしますね、社長」
「いいけど……イケオジなのに自転車にも乗れないのかい?」
イケオジなのに。
まあ、イケオジなら颯爽と自転車ぐらい乗ってほしいものだが。
そしてママチャリもどうかとは思うのだが。
「たまに、社会勉強用にお使いを頼んだりするかもしれませんし」
「子供かな?」
子供である。
クレメンスさんは確かに頭も良ければ顔も良いが。
社会勉強という点においては、幼子と何も変わらぬのだ。
少しずつ覚えていくしか無い。
「じゃあ、帰る前に自転車の走行練習をしましょうか。クレメンスさん。私のレッスンは厳しいですよ」
「肋骨が折れる程度までならば我慢しよう」
「そこまでの覚悟はいらないですよ」
騎士のトレーニングって、やっぱり厳しい物なのかしら。
まあ、自前で骨折の治療方法があるなら、想像を絶するほど厳しくなるか。
それでもヒグマには勝てないようだったけど。
はて、そのヒグマだが。
あれからどうしたのだろうか。
「……」
勿論、公安警察さんは状況を理解しているだろう。
警察官を動員して、山への侵入はできないようになっているし。
町中にも警戒を呼びかけて、パトロールはしている。
しかし、しかしだ。
はて、どうやってヒグマを仕留めるつもりなのだろうか。
ニューナンブと呼ばれる、警察官の拳銃ではヒグマを仕留められないだろう。
あの獣には堅い体毛と分厚い皮下脂肪があるからだ。
ひょっとしたら、ダメージすら与えられないかもしれない。
だからまあ、必然的に公安警察さんは対処として、猟友会からライフル所持の猟師さんを連れてくるのだろうが。
どうやって?
相手はヒグマだ。
本州には存在していない。
その矛盾をどう説明して、猟師さんを連れてくるつもりなのだろうか。
それは分からない。
「ま、なんとかするか」
どうにかなるだろう。
というのも、クレメンスさんの存在がある。
彼のインチキ治癒能力を取引として得るためならば、猟師でも自衛隊でも、なんでも連れてくるだろう。
私は安易にそう考えて、思考を打ち切ることにした。