「というわけで、お爺ちゃん。現状どうなってるの?」
「公安警察さんは困っているのう。詰んでいる。儂もどうしようもないし」
笑えない冗談である。
いや、幾らでも方法はあるだろ。
別に北海道にしかライフル持ちが居ないわけではないのだから、お爺ちゃんの権力なら猟師さんの一人や二人、強引に引っ張ってこれるだろう。
「因習村の老害力でなんとかならないの? お爺ちゃん、一応は権力者だよね?」
「老害力て……初めて聞いたの。なに、そのマジカルパワー? 儂、別に臓腑の底まで腐敗した権力者じゃないんだけど」
お爺ちゃんは、縁側で茶を啜りながらも考えているようだ。
良い解決策は見つからないでいる。
とはいえ、私はクレメンスさんに問題解決を相談されているのだ。
このまま放置するわけにもいかぬと、隣に座る。
「クレメンスさんの存在が、公になると困るんじゃよ。それはわかっていよう」
「公も何も、インチキ外国人がうろついているとして村では噂になっているけど」
甚平姿のイケオジが、ママチャリに乗って村中を探索しているのだ。
こんなド田舎だと噂にならない方がおかしい。
私が側に居るから変な事はしないだろうと、警察に通報されていないだけである。
別に事情聴取されても、何も犯罪歴は出てきやしないけれど。
「そういう公にではなくての」
「いや、わかるけど。魔法を使えるってバレたら色々と面倒臭いことになるってお話でしょう?」
「まあそうなる。千尋も、クレメンスさんがどこか遠くて暗いところに監禁されることは望むまい?」
要は優先順位として、騒動になると不味いのだ。
なんでか本州にはいないヒグマがいる。
公安警察さんやお爺ちゃんがどうにかして、猟師さんを連れてきて仕留めました。
これは公になるとマズい、間違いなく全国ニュース沙汰になる。
変な勘ぐりが入るかもしれないと、公安警察さんは恐れているのだろう。
最低でも猟師さんを口止めする必要があるが、それが行政の流れとして少し難しい。
だから、公安警察さんとお爺ちゃんの間だけでなんとか濁したい。
それはわかる。
わかるが、なんとかならないものか。
「……こっそりとさ、ぶっ殺したら駄目なの? 見ない振りをしてさ」
「おっかないこと言うのう。どうやって?」
「いや、それこそ自衛隊に頼んでさあ。公安警察でしょう? それぐらいは」
私の言葉に、お爺ちゃんは呆れた顔をした。
「まあ、公安警察と自衛隊は無関係では無い。国家防衛のために、情報交換・連携をする関係ではある。外国によるスパイ活動やテロの可能性がある場合は、それこそ全力で協力して対応するじゃろうけど」
「じゃあ――」
「今回はクマじゃよ? 何処がスパイか? それともテロリストなのか?」
まあ、そうだ。
そもそも警察と防衛省だと指揮系統も違うか。
安易に自衛隊を動かして、バレた際にどうやって国民に説明するんだという話でもある。
「国家利益のためにクレメンスさんを雇用するのと、自衛隊を動かしてクマを倒すのは異なる話じゃろ? どうにもならんよ。超法規的措置なんて、今回のケースでは現実的に無理じゃよ」
「あまりにもお役所仕事すぎる……」
七面倒くさい。
どうにかならないものか。
「クマを殺せば、その死体は自治体が処分することになる。そちらの方はまあ、どうにでもなる。こっそり処分する。焼いてしまえば良い。問題はどうやって、ぶっ殺すかじゃが……」
とても乱暴な話をしている。
それは自覚しつつも、頭を回転させる。
「罠でどうにかなんないの?」
「箱罠という手段はあるが。ツキノワグマを箱罠で捕らえて殺すのは現在、禁止猟法なんじゃよ? 一応いっとくけど」
「相手はヒグマでしょうに。とにかく鹿でもなんでも捕まえる振りして、早々に捕らえてだよ。後はほっとけばいいんだよ。そのうち餓えて死ぬでしょ」
いや、それはお爺ちゃんも分かってるだろうけど。
私が考えるようなことは、もうすでにお爺ちゃんも考えに考えてだ。
それこそ公安警察さんだって、バカじゃないんだから、お爺ちゃんを利用する案を考えたはずだ。
ヒグマがいるのはウチの山で私有地で、それこそド田舎の因習村パワーである程度はもみ消せるはずだろうと。
しかしだ。
「お前凄いこと言うのう。たとえ相手が熊でも、できる限り苦しめぬよう殺すのが日本の動物愛護管理法の方針であって、お前には日本国民の誰もが最低限持つべき人の心というものが……」
「知るか! 私とクレメンスさんがすでに殺されかけてるでしょうが!!」
そんなこと言っている場合か。
頭の中をお花畑にしている場合じゃ無いんだよ!
そんなのは、誰にも危害が加えられないことを前提としてすすめるべき話であって。
とにかく、さっさと――
「もうやった」
「はい?」
お爺ちゃんは、茶を全て飲み干す音を立てて。
大きな溜め息を吐いた。
「心苦しいが、すでに人に危害を加えている。こちらに来る前の異世界で人を襲っている可能性もある。お前のいうように、箱罠により閉じ込めて、そのまま見ない振りをして飢え死にさせることも考えた。繰り返すが、もうやってみたんじゃ。公安警察さんにも相談しての」
「……それで?」
「全然ダメじゃった。あのヒグマ、異様に賢い。箱罠なんかにかからんよ。他の罠も試したが無理じゃった」
あ、そうか。
じゃあ駄目だわ。
そもそも――
「えーと、あれはそもそもヒグマなの?」
「どうじゃろう? クレメンスさんがホモ・サピエンスなのは前例で分かっておるがの。しかし、魔法が使えるという強烈な違いがあるしのう。あのヒグマだって、ファンタジー的な異常個体と考えてもよい」
それはそう。
だからだ。
「相手はただのヒグマじゃないって? ちょっと普通の手段だと殺すのさえ無理?」
「少なくとも、賢いことだけはすでにわかっとる。本気でどうすべきかわからん。始末に困った……」
はあ、と溜め息を吐く。
湯飲みを横に置き、頭を抱える。
「どうしたらいいのか……。正直、お手上げじゃよ」
「ええ……」
そこまで詰んでる状況とは思わなかった。
えーと。
「クレメンスさんに説明する?」
「いや、ちょっと待ってくれ。説明しないのは不義理だが、『頼りなし』と思われるのは今後困る」
お爺ちゃんはそう言って立ち上がり、自分の頭を撫でながらダイニングへと移動していった。
「あれだ、とりあえず食事にしよう。クレメンスさんを呼んできてくれ」
「はーい」
ともかくだ。
しばらくは、まあお爺ちゃんの言うとおりに従うが。
隠し通すにも限度があるだろう。
そして、その残り時間はおそらく少ない。
私も縁側から立ち上がり、スリッパを履いて、クレメンスさんを呼びに行く。
今頃は大河ドラマでも見ている頃合だろう。
離れ庵までトコトコと歩き、私は食事の時間を彼に告げた。