ウチの山に異世界の騎士が落ちてきた話   作:道造

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第4話 怪しいひと

 

 タクシーを呼んで家に帰る。

 のだが、ちょっとそこで困った事というか。

 不思議な事があった。

 

「?」

 

 クレメンスさんがタクシーを見て、少しだけ戸惑いの表情を見せたのだ。

 もちろん、ほんの少しだけだ。

 生まれて初めて自動車に乗るわけではないだろう。

 

「じゃあ、クレメンスさん。儂は助手席にのるから、千尋と一緒に後部座席に乗っておくれ」

「承知した」

 

 お爺ちゃんが前の座席に乗る。

 その様子を興味深げに観察した後、同じようにクレメンスさんも後部座席に乗った。

 私もその後に続く。

 

「では家まで頼むよ」

 

 地域タクシーの運転手は、伊藤家がひいきにしている顔馴染みである。

 住所を指示するまでもない。

 特に何事もなく、家路につこうとするが。

 

「……」

 

 クレメンスさんは、どうも不安げ――いや、違うな。

 興味深げに窓の外を観察している。

 それだけでなく、運転手がどうやって自動車を動かすか、その仕組みにも視線を注いでいた。

 知的好奇心の高い、教養のある人物が賢明に状況の理解に努めているような。

 そんな憂い顔を示しているのだ。

 私は憂い顔までイケオジだなあと思うだけであるが。

 

「……この辺りに馬はいないのですね」

 

 彼は質問をした。

 何か世間話をするかのような一言であったが。

 

「昔と違って農耕馬はおりゃあせんですな。神社が御神馬を飼育している程度です」

「……昔と違う。それはもっと効率的な農耕方法があるためですか?」

 

 なんだか変な質問である。

 話が通じるようで、通じていない。

 トラクターもあれば、コンバインもあるのだから。

 そんな農業機械は世界中の何処にでもあり、それを知らないわけではあるまい。

 

「農業機械ですな。そう、例えば水車からの回転エネルギーを転用し、製粉機の石臼を回すような。効率的な農耕方法が開発されてから、牛や馬を利用する意味がなくなりました」

「……なるほど、理解しました」

 

 お爺ちゃんは、その微妙にずれた質問を気にも止めないでいる。

 それどころか、クレメンスさんに細かく原理を教えていた。

 不安にさせぬよう配慮をしているかのように。

 

「……他に質問はありますか? 何でもお答えしますよ」

「いえ、疑問は解消できました。その、清十郎という御名前でしたか。どのようにお呼びすれば失礼がないかを教えて頂きたい。出来ればお嬢さんである千尋に対しても。無礼があってはよくない」

 

 おそらく、他にも聞きたいことはあるのだろう。

 それは隠しきれずにいたが、先に儀礼についての質問をする。

 

「礼儀正しい御方ですな。まあ、最近は何かにつけて名前の後に「さん」を付ければ男女とも成立します。私には清十郎さん、娘に対しては千尋さんと。同じように、貴方のことはクレメンスさんと呼ばせて頂くがよろしいか?」

「問題なく。以後はそうさせて頂きます。次に――大変失礼ながら、貴方の立場を教えてくださらないか?」

 

 お爺ちゃんの話か。

 さて、自慢話をする趣味はお爺ちゃんにはないのだが。

 

「ここら一帯の名主だよ。クレメンスさん、ここら一帯の田んぼや里山は知っているかい?」

 

 タクシーの運転手さんが先に声をなげかけた。

 

「うむ、見事な土地だな。山の頂上で、しかと眼にしたぞ。平地の少ない山間部を、よくぞここまで見事に開拓したものだと……よほど有能な人間が差配しているに違いない」

「それ全部、清十郎さんの土地だから」

 

 ぎょっとした顔を、クレメンスさんがした。

 

「何? ということは、清十郎さんは領主であられるのか?」

 

 領主て。

 これまた古い言い方をするな、このイケオジ。

 

「大昔にはそうじゃったの。現代では領主なんておらんがの」

「というと?」

「土地の私有権だけをもっていて、別に徴税権は有していないといえばわかるかの?」

 

 お爺ちゃんは、またもかみ砕いて説明する。

 私はさっきから不思議に思っているが、クレメンスさんは考え込んで。

 

「……理解しました。それでも権力者であることに変わりはないでしょう。大変に失礼を」

「気にせんでええよ。そもそも孫娘の命を救って貰っておいて、無礼も何もない」

 

 クレメンスさんは何かちぐはぐである。

 瞳には知性が確かに宿っているし、礼儀も丁寧かつ紳士だ。

 にもかかわらず、どうも及び腰で奇妙な質問をしてくる。

 まるで大昔の騎士がそのまま出てきたような。

 

「……」

 

 私は首を傾げた。

 さて、そろそろ私も話をしよう。

 お爺ちゃんばかりに喋らせるのもなんだ。

 

「その、クレメンスさん。クマから助けて頂き有り難うございました」

 

 ぺこりと頭を下げる。

 クレメンスさんは、和やかに応じてくれた。

 

「いえ、お気になさらず。ご婦人を助けるのは騎士の義務です。何度も言いますが、私は務めを全うしたにすぎません」

「はあ」

 

 素晴らしい騎士道精神ではあると思うのだが。

 この人はなんで自称騎士をいつまでも名乗っているのだろう。

 配役か?

 俳優の方は、たまに役柄にのめり込む人がいると聞くが。

 メソッド演技か何かだったかしら?

 

「……」

 

 ここで山中に置き去りになっている、ロングソードの話をしようかと思ったが。

 タクシーの運転手さんがいる中で、話すわけにはいかない。

 さてさて、世間話でも。

 

「クレメンスさん、ご年齢は?」

「38ですな。この年まで独身で、いたずらに齢ばかりを重ねてしまいました」

 

 ははは、と魅力的な笑顔で、自嘲気味に笑い飛ばす。

 ええ……このイケオジで結婚できないの?

 それだと、私なんて永久に無理だよ。

 この芋ジャージ女が結婚できないのも仕方なくない?

 

「……」

 

 閉口する。

 なにか不味いことを言ったか?

 とばかりに、クレメンスさんはきょとんとした。

 

「何か気分を損ねてしまいましたかな?」

「いえいえ。我が身の非才を嘆くばかりで」

「ふふ。嘆かれることもありますまい。貴女はまだまだ若いのですから。えーと、その、まだ18ぐらいでしょう?」

 

 いくらなんでもそれは無理があるだろう。

 私は28だよ。

 

「28です」

「は?」

 

 ぎょっとした顔になった。

 クレメンスさんは心底驚いたと言わんばかりの顔で、まじまじと私の顔を見つめている。

 いや、アジア人は若いって言われるけど、それだって限度あるでしょうに。

 

「……誠に失礼ですが、お手を見せて頂けますか?」

「はい?」

 

 私は手を見せてくれと頼まれて、見せる。

 無骨なイケオジの手が、私の手を撫ぜた。

 

「……失礼、あの、姫君のような柔らかい手なのですが。お顔を見ても、とても28の齢を重ねたとは思えず……」

「すいません、海外ではそのように女性を褒めるものですか?」

 

 この人、実はイタリア人かしら?

 そのように口説かれるとまんざらでもないが。

 それが褒めるための大げさな素振りでは無く、どうも本気の声色だと尚更だ。

 

「その、いえ――失礼しました。私の国とは何もかも常識が違うようで」

 

 私の手を離し、こほん、と自分を落ち着かせるように咳をする。

 なんだか気まずそうである。

 困ったように、視線を泳がせている。

 私は褒めて貰ったのだから、全く不快ではないが。

 

「そろそろ到着します」

 

 運転手さんが、声をかけてきて。

 とりあえず、私とクレメンスさんは微妙な雰囲気のままタクシーから降りることにした。

 それにしても――悪人ではないという前提で言うが。

 この人、色々と胡散臭い、怪しいひとだなあと。

 私は素直に、そんな感想を抱くのだ。

 

 

 

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