クレメンスさんは私たちと食事を終えて。
その後にスーツ姿の役人さんたちが、三人ほどやってきた。
一応は公安警察と名乗っていたが、本当の所属かどうかまでは分からない。
やるべきことは、もちろんクレメンスさんへの事情聴取である。
「全て正直に話すことを、騎士の名にかけて誓います」
クレメンスさんは怯えることもなく、堂々としたものである。
公安警察の方もその誠意を理解してか、事情聴取もお爺ちゃんと私を立会人とした中で行われている。
席を外した方がいいかと一応聞いたのだが、むしろ居て欲しいらしい。
その真意がどこにあるかはさておいて。
特に問題が起きることもなく、無事に話は進んでいった。
まあトントン拍子に話が進んだのはだ。
彼が使っている翻訳魔法が有効に働いたのが大きい。
さすがに万能とまでは言えないようだが。
「森林官という言葉はあるかな? うん、あると。どうも千尋さんとの会話中に分かったのが、お互いの世界に存在しないものまでは翻訳できないようで……」
クレメンスさんが映画(シネマ)という言葉を知らなかった理由がこれである。
異世界にはまだ映画がない以上、その言葉までは翻訳できないとのことだった。
当たり前だが自動車とてないので、一度クレメンスさんは乗車する際に躊躇った。
まあ馬車のようなものに違いないと、だいたいは推測したらしいが。
「さて、貴方たち公安警察の役職と立場は先に説明を頂きました。異世界からの不法侵入者を、国家としては危険な存在か否か、判断しなければならないということですね。当然のことでしょう。それでは身分を明かします。私の名前はクレメンス・フォン・ベリンゲン。騎士としての身分を有しておりました。生業としては、とある王国に三代にわたって仕えることで食い扶持を得ていました」
まあ一言で言えば、ファンタジー騎士である。
ネット投稿小説でよくありそうな、異世界からの転移者であった。
違うのは、現代日本側からではなくファンタジー世界側からやってきたことであろうか。
「まずはこちらの国に不法侵入したことを、このクレメンス。心よりお詫び致します。ですが、私もわざとこうしたわけではありません。経緯を説明致しますと、暴れ熊が人里に現れたので、どうにかして欲しいと民の嘆願がありまして。私は森林官を務める他の騎士や、弓手と一緒に熊退治に赴いたのです。私たちは連携して暴れ熊を追い込み、罠に落とし、後は毒弓で仕留める段階に至ったのですが――そこでトラブルが」
話は整頓されていて、嘘を言っているようにも見えない。
公安警察の方も頷いて、ゆっくりと調書を取っている。
「トラブルとは?」
「雷ですな。元々、空が曇っていたことから良くない予感はしていたのですが。その雷が、地に落ちました。そうですね、おそらく直撃はしていません。地面に広範囲にわたって雷撃が通り、全身に痺れが――視界が真っ白になって、恥ずかしながら。すぐに気絶を」
となると、稲妻が異世界転移の切っ掛けか?
なにか異世界に通じるドアがあるとか、魔法で異世界から乗り込んできたとか。
そういうルートでは無いと?
私がすぐに考えたことを、公安警察さんも質問する。
「いえ、そのようなことは。確かに私の世界に転移魔法自体は存在しますが、それは同じ世界の互いの空間を繋げて、やっとこさの魔法でして。どうも、私にはあの強力な稲妻で世界が偶発的異常をきたしたとしか思えないのですが……すいません。あくまでこれも予想でして、この私には判断が――」
「なるほど。いえ、こちら側は納得いきました。続きを」
公安警察さんは素直に信じたようだった。
説明こそしてくれないが、異世界転移には前例があるとの話だったので、似たような事故のケースが存在するのかもしれない。
「それから、目が覚めた私はまず仲間を探しました。残念ながら、仲間は誰一人として見つかりませんでした。よくよく観察してみれば、森の植生そのものが私の居た場所とは違う物だと気づき――ひとまず遭難を避けるために、山の頂上へと登りました。そして周囲を見渡して、すぐに理解したのは」
「ひょっとして転移事故では無いか? そこで気付いたと」
「はい。それもとても遠く。とんでもなく遠く。恥ずかしながら、山間部にもかかわらず、よくよく開拓されており。そして里山にも明らかに人の手が入って、道路だって整備されていました。これは文明度からして全然違うのではと。騎士として恥ずかしながら、私は恐怖しました。私は不法入国者です。下手しなくても、場合によっては牢獄行きも仕方ありません」
そりゃそうだろう。
いきなり全然知らん国に飛ばされてたら、誰だって恐怖するだろう。
現代日本でも不法入国者として捕まってもおかしくはない。
「何より違うのは、とんでもない速さで山道を登ってくる乗り物。後で高度に発展した科学による機械だと理解していますが、あれは千尋さんが運転していたのですね」
段々話が理解できてきた。
「私はひとまず隠れました。ともあれ、遠くで状況を見ようとしたのですが――」
「私がクマに襲われていたと」
「そうです。あのクマは私が退治しようとしていた、暴れ熊です。さすがに婦女子を見捨てたとあっては、騎士の名折れ。名誉に関わります」
なるほど。
たまらず飛び出して、私のことを助けに入ったと。
いや、いい人だなクレメンスさん。
「……そもそも、千尋さんが巻き込まれたのは私のせいかもしれませんし。私があの暴れ熊と一緒に転移してこなければ」
「それは違うと思いますが」
口を横から挟む。
むしろ、クレメンスさんじゃなくて、クマだけがこちらの世界に来てたらだ。
私がそのまま、本州に存在しない謎の暴れ熊の餌になるという悲惨な結末である。
今回はクレメンスさんの意思に関与しない、偶発的な転移事故なのだ。
責任は全くない。
まして、クレメンスさんは私を助けに入ったし、事実助けたのだから責められるいわれが無い。
「……そうだ、あのクマは? 山を下りてくる可能性が――すぐにでも退治をしなければ、民に被害が」
クレメンスさんとしては、クマが気がかりのようだ。
私だって襲われたわけだし、気にするのも無理はない。
「すでに我々が動いております。村内のパトロールから現場への進入禁止まで対応を済ませましたので、ひとまずはご安心ください」
公安警察の仕事は素早かった。
それなら安心か。
「では、話の続きを。誠に残念ですが、私は熊に敗れました。恥ずかしながら、私は単騎で暴れ熊を倒せるほど強くはないのです。幸いなことに千尋さんは無事であり、私をすぐさま医者に届けてくれるようでした。出血により意識が朦朧としながらも、まずは治癒魔法による止血を」
「……その治癒魔法とはなんですか?」
「治癒魔法は治癒魔法ですが?」
常識すぎるほど常識だろう?
そう言いたげにクレメンスさんは眉を顰めたが、賢い人である。
すぐに、そんなものはこちらの世界にはないことを思い出した。
「細かく説明するとですね。なんと言いますか、損傷した組織を探り当て、回復させる魔法です」
「……それで、こちらの伊藤志乃さんの交通事故の後遺症を治したと。そういう理解でよろしいでしょうか?」
「そうです」
公安警察さんは、大変興味深そうにしていた。
そりゃあそうだろうよ。
クレメンスさんはこちらの文明度が高いと口にしていたが、そんなインチキじみた高度な医療技術はこちらの世界にないのだ。
「それは何処までの効き目が? いえ、こう聞かれても互いの常識が違いすぎて、すぐには答えられないでしょうが」
「そうですね。人の命に関わってくる話なので、容易くこんなことが出来るよとは言いがたく……志乃さんのは単なる怪我の後遺症と思われたので、治せると判断しました。この治療行為に違法な点は?」
「ありませんので、ご安心を。話を戻しましょう」
どうも聞く限り、他にも異世界転移という前例も、魔法の使い手もいたのだろうが。
治癒魔法の使い手なんてものは今までに居なかったのだろうな。
私はおおよそを推測しつつ、話を横で聞く。
「さて、医者のところで目覚めた私は、どうにも困りました。どうやって自分の状況を説明したものか。ひとまず様子見を続けることにしましたが、そこの清十郎さんには全てを見抜かれていたようです。上手く転がされてしまいました。結果としては良かったと思いたいところですが」
「それも、ご安心を。結果としてはお互いにとって幸運だったと考えております」
「というと、私が不法入国者として扱われることは?」
一瞬だけ、公安警察さんは何か考えたようであったが。
「色々と事情聴取を。また特に我々の世界の人間が有していない魔力。魔法というものに関して協力を今後仰ぐことになるかもしれませんが、ひとまず色々な事を棚に置きましょう」
まあそうなるだろうな。
だって、クレメンスさんは何一つ悪いことしてないもの。
と言いたいところだが。
「あー、その。公安警察さん、質問があります。この場合は銃刀法違反とかどうなるのでしょうか? クレメンスさん、武装状態でこちらに来たので、ロングソードらしきものがヒグマに襲われた現場に転がっているのですが?」
この際なので、私から尋ねておく。
告発するのではなく、この際は見逃して貰いたいなあという考えでの発言だった。
「意図した物ではないので、なかったことに。まあ、さすがにロングソードは没収になりますが。後で、警察で回収しておきます」
「そうですか」
私は納得した。
クレメンスさんは困ったような顔をしている。
武器を奪われたので、不安になるのも分かるが。
「その、あの剣は数打ちだから、まあ没収されても構わないとして。そもそも帯剣はこの国で違法なのですか? 武装してはいけないと?」
「違法ですね。そうそう、クレメンスさん。言っておきたいことが。そういったことは今後、理解頂けるよう説明するとして。私はさきほど、ひとまず色々な事を棚に置くといいましたが」
公安警察さんは、丁寧に頭を下げた。
「それはそれとして、伊藤千尋さんを助けて頂きありがとうございます。それだけは先に、心の底から警察の立場として御礼を申し上げておきます。我々は騎士ではありませんが、国民の生命を守るのが仕事ですので……」
まあ、何にせよ。
とりあえず、クレメンスさんの法的な立場は棚置きされることとなった。
それからだ。
クレメンス・フォン・ベリンゲンという異世界騎士が、我が伊藤家の離れ庵に住むことになったのは。