あれから、数日が経った。
公安警察さんはクレメンスさんの心証を鑑みて、丁寧に頭を下げて我が家に日参している。
お爺ちゃんと私は相変わらず、クレメンスさん側の立会人として話を聞いていたが。
基本的に、異世界転移というものはそうそうあるものではないらしい。
お爺ちゃんのような権力者も含めてさえ、その存在を噂でさえ知る者は少ないし。
実際に信じている人間に至っては、もうほとんどいない。
「儂とて、この目で見るまでは信用せんかったんだがのう」
まあ目の前で、自分の愛妻が光り輝くエフェクトとともに現代医学では治せない後遺症を治療された。
そこまで目撃すれば、さすがに確信したとのことだが。
「今までの歴史上に現れた異世界人って、どれだけいるんですかね?」
私も疑問に思い、公安警察さんに質問をしたが。
「そうですね、明治政府が廃仏毀釈や神仏分離。いわゆる近代国家にふさわしい、合理的・科学的な社会を目指すために迷信や祈祷を排した以降で確認できる限りはですが。日本でも5人いるかいないかですね。現在ご存命なのは、おそらくクレメンスさんだけかと」
「少ないですね」
「魔法が使える人間に、そうポンポンと異世界転移をされたら。今頃は世の中滅茶苦茶になってますよ」
それはそう。
「それほど現実社会で問題となっていないのはですね。別に異世界人だからといって我々が持っていない病原菌を保有しているとか。そういうことは一切ないからです」
「あー」
そうか、その危険性もあったのか。
だがまあ、防疫上の理由で一般人との接触を制限する必要は無いと。
当初からそう判断されていたらしい。
「知る限りは、異世界転移と言っても様々な世界から来ているわけでは無く。クレメンスさんの世界だけから来ているようですね」
「……質問をよろしいか?」
クレメンスさんが挙手した。
どうぞ、と公安警察さんが素直に応じる。
「まあ、私がこの世界に来た経緯から、大体は察しているのですが。我が世界と、この世界に交流は一切無いと?」
「ありませんね。異世界への渡り方なんか誰も知りません。大規模なエネルギーの爆発に巻き込まれて、転移してきただけです。また、とても残酷な事を告げますが、今まで故郷に帰還できたケースはありません」
「……そうか」
クレメンスさんは故郷に帰れないと知り、困ったように首を傾げた。
そうして、少し沈黙の時間を置いた後に。
「まあ、経緯が経緯なので誰が悪いというわけでもないでしょうし。現実を受け止めます」
泣いても喚いても、誰が悪いというわけでもないから解決しないのだ。
仕方ないと溜息をついた。
可哀想だが、何もしてあげられない。
私は眉を曇らせたが、クレメンスさんはそうしていても私たちを困らせるだけと思ったのだろう。
今後について尋ねた。
「……ところでお聞きしたいのですが。今までのケースでは、この国家は異世界人にどう対応してきたのですか? 今すぐ牢獄送りと言うことはなさそうですが」
「その異世界転移者が何をできるか。そのケースによりますね。まず、クレメンスさんがそのような監獄に入る可能性は全くないと理解して頂ければ」
「というと?」
公安警察さんは、鞄の中から資料を取りだした。
そのままクレメンスさんに渡すかと思ったのだが。
その手に持ったまま、見せるだけである。
「まあ、一応は聞いておきますが、この言葉は読めますか?」
「いや、全く。翻訳魔法とは音声翻訳であり、文字の読み書きとは一切関係ないので」
「承知しております。また、こちらの資料を渡すわけには機密上できませんので、読み上げます」
なるほど。
そりゃ、まあ異世界転移者の日本におけるその後の経歴はアクセス制限があるだろう。
世間に漏れたら漏れたで、ネット小説の設定資料集扱いしか受けないだろうが。
「さて、我が国家が知る限り、先ほど言ったように異世界転移のケースは日本の明治政府以降の現代でも五人といません。なんなら死んでから所有物を確認して、この人は異世界人だったんだろうな、というケースも存在しています。翻訳魔法が使えなかったんでしょうな」
「……まあ、私のように国仕えの騎士として、外国と交渉するわけでもないと使わない魔法ですしね。そもそも、魔法だって誰でも使えるわけではないですし」
「魔法が使えずとも、生活に困りはてて餓えて死んだわけでもなく。なんだかんだと社会に溶け込んで、寿命を全うしたようですけどね。死ぬまで誰にも異世界人だと気付かれなかっただけで」
公安警察さんは、資料を読みながら続ける。
「さて、色々な人がいますが。クレメンスさんのように魔法が使えると、類似する例は国家に属したケースでしょうか」
「それは騎士として?」
クレメンスさんが興味を示すが。
「我が国家に騎士は、残念ながらいませんね。法服貴族? なんと言えば良いか……」
公安警察さんは真面目な顔で否定し、表現に困っていた。
公務員特有の真顔である。
「クレメンスさんに、我が国家の社会制度については後ほど説明させて頂きますが。まあ、私と同じく公務員になったんですよ。魔法を活用することでね。どこに所属するかは私どもの上が、適材適所を判断するんでしょうが。好待遇をお約束できますよ」
「まあ、察するに私の有効活用は治癒魔法か? 私の使える魔法と言えば、翻訳と治癒。これだけなのだが」
「そうなります。翻訳魔法も使い道はあるんですが――治癒魔法、これはもう現代技術で代替が一切効かないので」
そりゃそうだろうな。
伊藤家はすでに明確な恩恵を受けている。
お婆ちゃんが遭った交通事故の後遺症を治して貰ったのだ。
治癒魔法とて万能では無いのだろうが、全く同じ治療を望む人だけでも世の中に腐るほどいるだろう。
お金だって、できるかぎりの大金を積むはずだ。
「ふむ。まあ、とにかく交渉材料はあるようで安心した。国家として使い道がある以上、不遇は受けぬということか」
「仮にクレメンスさんが魔法を使えずとも、いきなり牢獄にぶち込むなんて野蛮なことはしませんけどね。そこのところは誤解しないでください」
日本は法治の文明国家であるのだと。
そう言いたげに、公安警察さんが笑う。
「うん、話の通じる相手だとはちゃんと理解している。しかし、その、なんだ。察するに、誰でも治療して良いというわけでもないのかな? 魔法がない世界で、それをすると問題が発生してしまう気がする」
「はい、それをされては困ります。とても困ります。具体的にしてはいけない理由も後日説明として整えてきますが、自重していただければ助かります。私はそれを止めるのが仕事ですので」
ふと、カルト教団の治療という嫌なイメージが私の脳裏に浮かんだ。
癌を治すことのできる謎の水を高額で売るのだ。
インチキではなくて、クレメンスさんのはガチの治療だけれど、それでもまあ不味いだろうな。
「ともあれ、理解はしました。ひとまず治癒魔法を人前で使うのは止めておきましょう」
クレメンスさんは素直な御人である。
うんうんと頷き、全てを納得した後。
あと一つだけ、これが聞きたいと言いたげに質問をした。
「さて――今日は最後に、もう一つだけ質問を。すでに清十郎さんにも聞いたのだが。私はこのまま伊藤家の世話になっていてもいいのかな? ああ、もちろん私は今の離れ庵を気に入っているので、別に困っているわけではないのですが。迷惑がかかっていないかと」
伊藤家は、別に何にも困っていない。
なんでも美味い美味いと口にして、おかわり三杯目の茶碗だけは控えめにそっと出しする、クレメンスさんの妙にお茶目なところを私は全く嫌いではないし。
「ああ、伊藤家への滞在費に関してはちゃんと国が出しますのでご安心を。こちら側としても、クレメンスさんに恩義がある立会人がいた方が良いのですよ。すでに、清十郎さんにも話を通しています」
「儂は愛妻を治して貰ったので、ぶっちゃけ家の一つや二つあげても構わん」
まあ伊藤家としては大きな恩があるから、とにかくクレメンスさんの味方なのだ。
だから、いくらでも滞在するのは構わないのだが。
「では、今日はそろそろ離れ庵に帰って、映画の続きを見てもよろしいかな? まだ途中だったのだ。あのね、ミ○ネがね。凄いんだ」
映画というものをすぐに理解して、サブスクでずっと観てばかりいる。
特に某サムライ映画の俳優に関して熱く語ってくる、クレメンスさんに対してだ。
順応力が高いのはいいけれど、現代社会で生きるにあたって間違った影響を受けなければ良いのだけれどと、少し悩んだ。