クレメンスさんの立場は相変わらず定まらぬ。
各部署が喧々囂々とした醜い奪い合いを繰り広げる中で、宙ぶらりんである。
もちろん本人の意向も聞きはしたのだが「どうするか、何処の立場に就くべきかか、その判断材料の指針となるべき一般常識が私に無いのに、そんなこと聞かれても困る。一度決まったことをはい止めたという訳にはいかないから、貴殿達もそこまで揉めているのでしょう」と。
まあ至極当然のことを口にしたからだ。
公安警察だって馬鹿じゃないし、クレメンスさん側の選択権を認めない訳ではない。
これからのためにも、先に身分を用意しようという話になった。
「では、先にひとまず世間常識と、立場を与えましょう」
と。
週五でやってくる役人から、一般常識講習を受けることを約束として。
さしあたりは何処の国だか聞いたこともない国名の在留カードが用意されて。
そして外出許可が下りた。
あくまでも村内の中に限ってならば、まあ自由にしていいよ。
ただ、分からないことも多いだろうから、付き添いとして誰かを連れて行ってね。
トラブルは起こさないでね、というのが結論である。
「承知した。では、私の名前はクレメンス・フォン・ベリンゲンそのままでよくて。とある外国から、日本国家との公式な交流のためにやってきた人間で。その立場は伊藤清十郎さんが保証することになると。なるほど、基本的に嘘はなく、私が罪悪感を抱く必要もないと」
「ですね。とりあえず、村内を歩く際は私が同行しますね。別に、公安警察さんが誰か付き添いを手配してもいいということでしたが」
「いや、私も千尋さんのほうが有り難い。ご迷惑で無ければですが」
私はさすがに、いつもの芋ジャージ姿ではない。
白いワンピースに麦わら帽子と、この夏の季節に合わせた格好をしている。
イケオジを相手に色気づいたというよりは、甚平姿の外国人イケオジの隣に芋ジャージで歩くのがさすがに辛くなってきたのだ。
「権力者の娘さんが横にいた方が、変なトラブルはないでしょう。地元の村内にも顔が利くでしょうし」
それはそう。
そもそも、私は暇だしな。
お婆ちゃんの介護をしようと仕事を辞めて、田舎に帰ってきたのだが。
その介護の必要が無くなった以上、私はお役御免なのだ。
さすがに何もしない座敷犬生活を送るのは辛い。
ここは命の恩人である、クレメンスさんにきちんと恩返しをしようじゃないか。
「さて、どこか行きたいところはありますか?」
「……さて、映画を観ることで色々と学習はしたのですが。そうですね、ひとまずは最優先でお願いしたいことが」
「ほうほう、何でも言ってくださいな」
エッチなこと以外なら大体は叶えてあげられるはずだ。
まあ紳士であるクレメンスさんが、そんなことを望むわけないのだが。
私のような乳がでかいだけの28歳女性に、剥き出しの欲望だって起きないだろう。
ともあれ、聞いてみる。
「鎧を直したいのですが、鍛冶屋はありますか?」
「……無いですね」
いや、鍛冶屋さんもいるにはいるだろう。
外国人の方が、刀鍛冶の国家資格を取ったなんてニュースも聞いたことはある。
包丁鍛冶だって探せば見つかるだろう。
それはそれとしてだ。
「さすがに西洋甲冑の鎧鍛冶は、日本にいないでしょうね」
いたらロマンがあって素敵だけど。
現実問題、食べていけないだろう。
「やはりそうですか。では、鎧を直すことは不可能と」
目に見えて、しょぼんと肩を落とすクレメンスさん。
いやいや、ここはよく考えてみよう。
なにか方法はあるはずだ。
「……そうだ、クレメンスさん。自動車整備工場に興味はありますか? 丁度、私の軽トラックが直ったから取りに来てほしいと連絡があったんですが」
とりあえず提案をしてみる。
やってみる価値はありますぜ、旦那。
「千尋さんが最初に乗っていた自動車ですね。なるほど、ヒグマに壊された自動車の板金を直せるというのなら、鎧も直せるかもしれないと」
「そうそう」
さほど悪い提案では無いと思うのだ。
まあ、自動車工場も西洋甲冑を直すノウハウはないと思うが。
鋼鉄製の板金を、元の形に直すこと自体はできるのではないかと。
「いいですね、そうしましょう。では、返してもらった鎧を離れ庵から取ってきますが。工場まで運ぶのはどうやって? かなりの重量がありますが」
「ああ、タクシーに乗っていくので大丈夫ですよ。鎧も載せて貰いましょう」
「便利ですね、この世界……」
そりゃあ牛も馬も必要ないよな、と言いたげなクレメンスさん。
顎を撫ぜて、はあ、と溜め息を吐いて立ち上がる。
甚平姿がよく似合っていた。
「そういえば、この姿で自動車整備工場に行くのは失礼ですか?」
「あー、まあ部屋着なので非常識と言えば非常識ですが、このド田舎は非常識なオジサンだらけなので大丈夫ですよ。そうだ、帰りにちゃんとした服も買いましょうね」
特に深い意味は無く、ド田舎の地元をディスっていく。
さて、帰りはショッピングをしよう。
「和服と洋服どちらがいいですか?」
「あ、できたら和服がいいです。着流しという奴が」
「……売っているかな? 売ってなかったら通販にしましょうか」
田舎には買い物の選択肢がないのである。
それにしても、クレメンスさんは時代劇映画の見過ぎなのか和服を好む。
出来ればサムライになりたいらしい。
お前は本物のファンタジー騎士だろうが、と言いたいところだが。
まあ、なんだ。
イケオジなので全てを許そう。
基本的に、人は外見で大体のことは許されるものなのだ。
とても悲しい話だけれど、人は見た目がほとんどである。
ましてクレメンスさんは中身も騎士なので、ケチのつけようがなかった。
「じゃあ、地元のタクシー呼びますね」
私はスマホを取り出して、さっさと電話することにした。
クレメンスさんは物欲しげに、私のスマホを見ている。
いつかは購入許可が下りるだろう。
だが、まあ、この分だと長くなりそうだ。
「はやく、クレメンスさんの居場所が出来ると良いですね」
「……そうですね」
クレメンスさんは、少しだけ困った表情をして。
では鎧を取ってきますと、玄関から踵を返して、自分の離れ庵へと鎧を取りに戻る。
私は夏の日差しを麦わら帽子で受け止めて、タクシーの到着をただ待つことにした。