ぼくは三ケ田(みけた)、クラスメイトには三丁目に住むミケさんで通っている。
でも…それも今日まで。
ぼくは卒業証書を手にして、この校門をくぐる。
そんなことにぼくはちょっとドキドキしている。
「これが卒業…なのかな」
ふと考えてみれば自分の心に少しトゲが刺さったようなチクチクがあるような気がする。
きっとこれがいわゆる『寂寥感(せきりょうかん)』・ワビサビ(わびしさ・さびしさ)金さん銀さん的奥ゆかしさというやつなのかもしれない。
ほら、夕陽を見る時に感じるっていう。
ぼくはいままでそんなことはなかったけれど、これがそうなのかも。
思えば卒業式の答辞を読んだ多摩美さんは泣いていた、鉄仮面というより鉄腕な、辣腕というより腕白なそんな二つ名がつくほどの委員長なのに。
道行く卒業生徒に別れを告げるほどに、いつの間にかそんなわけのわからない『きもち』が大きくなっているような感じだ。
なんてギャルゲ主人公さながらな独白(モノローグ)をしていたぼくの肩に突然バシン!と衝撃が走った。
これがなんとも慣れてはいるが割と痛い痛さなのは筆舌に尽くしがたいが割愛しておく、今は目の前のこいつに何か言ってやらないとこのむかむかが収まりそうもないから。
つまりあれだ、ぼくが首をくいっと向けた先にいるこいつはぼくの知人…いや友人というわけだ。
「よう、お疲れさんだなぁミケ!そんなところでぼーっと突っ立ってどうしたんだ…まさか!?…卒業後は中央分離帯にでもなるつもりか?」
「たしかに保護者クラスメイト先生一同面白いくらいにぼくを避けて歩いてゆくけどさすがにそれはないよ、なんたって第一志望は落ちたからね」
(少しじんじん痛む)肩をすくめてそう言うと彼は笑う、こんな粗暴な馬鹿にもぼくという友達がいるのだから驚きだ。
ちなみに彼はけっこうイケメンフェイス、名前も古き良きキラキラで冬馬院大晦(とうまいん たいかい)という大晦日ネームだ。
もちろんあだ名は大晦日。
第一印象ばかりはリア充チャラ男で帰国子女な彼は転入の際、名前を間違えて大晦日(おおみそか)と書いたばかりに爆笑の渦を引き起こし真冬で一番アツい男『大晦日(おおみそか)』と呼ばれるようになった。
「大晦日ぁ…ボクさ、なんか今さ。胸にわけのわからない気持ちが芽生えているんだよね。ほら、クリスマスのケーキの最後のイチゴを近所のノラ犬に食われたときのような…そんな気持ちが、さ…」
ぼくはキメ顔でそう言った。
「なにを意味のわからないことをいっているんだ?」
彼はあきれた顔でそう答えた。
えっ…?なにさそれ、まるでぼくがアホみたいじゃん…!
「アホそのものだろ、実際。心の声が声に出てるしなっ」
「ウソだろ…?」
いまぼくは愕然としたぞ、中学三年間で一番愕然としたかもしれない。大晦日にアホ扱いされて。
そのせいで愕然とぼくは棒みたいに立ち尽くしている、そしたら風がふいて土煙が目に入った…痛い!
でもぼくは、痛いけど、色んな意味で思春期の中二ハート的な意味とダメージ的な意味で痛いけど、ぼくはこのわけのわからない気持ちを確かめたかった。
たとえ学園イチのアホだと、このぼくがつまびらかに認定している大晦日(おおみそか)に白い目で見られようと。
痛がって、悶えながらそうしているといつのまにか心の中でその『きもち』が閃いた気がした。
――『後悔』
「っていきなりどうしたミケ、マジメトーンで!」
「え?ぼくなんて言ってた?」
「後悔って言ってたぞ。ほら、心の声が」
そっかぁ、後悔かぁ。
ぼく後悔してたんだ。
ぼくは愉快な大晦日(おおみそか)から視線を放し、寂しげに佇む校舎を仰ぎ見た。
そのおおきな体躯は、ぼくが入学した時の姿よりも三年分小さく見えた気がした。
ぼくの背丈はちっとも変わらないのに。
「寂しかったのかな」
「何がだ?」
「ほら、卒業式の答辞で。多摩美さん泣いてたじゃん。何か置いてきたものでもあるのかなぁ…って、この校舎に」
「ああ…まぁな、おれも置いてきたし。2年強こっそり机の中で育ててきたカブトムシのムシ郎をな!」
「それぜったい次の三年生びっくりするじゃん…自分の机に教科書入れた時に、そんなのさ」
「偉大なるおれの置き土産だぜ?サプライズだろぉ?」
『偉大なる』がどっちの言葉にかかっているのかわからない。
ぼくがこれでも、やっぱりこいつは人の気持ちも何とやらの…すがすがしいほどのばかだ、おおばかだ。
でもそんなおおばかをみて、ぼくはほんの少し大きく感じた『後悔』が小さくなった気がした。
いや、実際はきれいさっぱり消えたのかもしれない。
あるいはぼくに隠れて、心の根っこで大きくなっているのかも。
でも今はその小さくなったような心地を感じて、右の足を一歩前に踏み出せる気がした。
「行くのかよ、ミケ」
背後で大晦日の声がした、振り返ると少し離れた場所でアイツだけ校門の内側。
ぼくはいつのまにか歩き出していたみたいだ。
最初の一歩さえ出せば自然に歩けるのが、思春期なのかも…とぼくは思った。
そう考えるとアイツはさっきと同じ場所で、氷の大海に踏み出せずにいるペンギンみたいに見えて少し可笑しかった。名前が冬馬院(とうまいん)で大晦(たいかい)だから。
後付けの根拠が頭の中で浮かび上がると余計に可笑しかった。
「なに笑ってんだ!おい!ミケ!馬鹿にするなよ!お前は馬鹿にするときはすぐ笑うからな!」
「馬鹿にしてないよ、なんか面白かっただけ!」
「そうか!…ん?それを馬鹿にしてるって言うんじゃないのか?」
校門をくぐっても、いつものやりとりでぼくは吹き出した。大晦日も笑った。
横隔膜がつって腹が痛い、たぶんアイツもそうだ。
卒業してもまったく成長していないぼく、いつも通りの大晦日(おおみそか)
この学び舎から旅立っても、ぼくらはこの関係でいられそうでなんだか安心した。
「じゃあね!大晦日(おおみそか)!また連絡するよ!」
「おう!何ならいつものゲーセンでまってるぜ!」
■◆■◆
友人にさよならを告げて、ぼくは学び舎を後にした。
今日はぼくの卒業の日。
そしてぼくの誕生日だ。
ぼくは15歳になって、お家でケーキを食べた。
そのあとはリビングで週刊のマンガ本を読んで、ゴールデンタイムのバラエティ番組を見て。
日記を書いて、ベッドで寝て。
朝になれば、新しい明日が待っているはずだった。
そのはずだったのに。
目が覚めたぼくに待っていたのは、新しい明日じゃなかったみたいだ。
「え?」
桜咲く4月初旬の校門。
その目の前にぼくは立ち尽くしていた。
■三ケ田(みけた)
…通称ミケ、喜怒哀楽こもごもの3年間に終止符を打つための卒業式があっという間に過ぎたため『後悔』が沸き上がるのが遅かった。
鈍い部分があるが、切り替えは早い。
◆冬馬院大晦(とうまいん たいかい)
…大晦日(おおみそか)、通称真冬で一番熱い男。
自認めず、他認めるばか。
卒業に際して悩みなどさっぱりないが、ひとの感情を慮る思慮はある。
もしかすると彼はばかではなく、だれの目も気にせず自己に徹するだけの賢者なのかもしれないが机の中でこっそりカブトムシを育てていたためやっぱりばか。
●多摩美(たまみ)
…ミケのクラス3ーAが誇る鉄血の委員長。
彼女がそのウデを振るうたびにあだ名が増えるため、卒業時点で99の渾名を持つ。
本名は多摩美純奈(たまみ じゅんな)だが、もっぱら名字か名前で呼ばれ『タマ』とは呼ばれない。
理由はクラスの誰かがキン〇マと言って弄った際に大暴れしたから。
それ以来、彼女は完璧鉄仮面委員長と呼ばれし過去と決別し1-Aの破壊神、またはジーニスト(守護神)となった。
感情の高ぶりは止められないが、机の上にお供えをすれば大抵のことは許してくれる。