「そういうわけか!」
「そう、そういうわけなんだよ大晦日(おおみそか)」
「三ケ田(みけた)、遅刻の言い訳はそこまでにしてくれる?」
春休みの尾を引くぽわぽわした空気感が教室を包み、その真ん中でぼくと大晦日はうんうんと首を頷く。
そんなぼくらを見て委員長の調子を崩さない多摩美さんは呆れた様子だったが、無理もない。
なぜならぼくが体験した出来事は常人には到底信じられないことだろうから。
『大晦日(おおみそか)ってさ、机の中でカブトムシ飼ってるよね。ムシ郎』
『なぜそれを…!?ミケ、エスパーなのか!?』
『いんや、未来人…さ…!』
『すげぇ!』
むしろアレで納得する大晦日(おおみそか)が並外れているのかもしれない、もちろん頭のほうが。比べて、机を挟んで相対する多摩美さんのまなざしは鷹の目さながらで一筋縄にはいきそうもない。
この一連の我がことは世界に類をみないビックニュースなのに、フェイク扱いされるのは誠に遺憾…は言いすぎだけどちょっとくらい信じてもらいたい気持ちはある。
われは未来人、わが孤独さをいざ知れとばかりに、ぼくは両手を猫の手にして抵抗して見せるが多摩美さんはため息を吐くばかりだ。くそう…。
「あ、でもさ、多摩美さんは常人じゃないじゃん。むしろ鉄人じゃん、鉄人〇八号」
「誰があんなずんぐりむっくりしたロボットだっての!?私は規範精神あふれる公明正大なただの委員長よ!」
「よく知ってるね…」
鉄人〇八号は半分冗談だけど、SOS団もびっくりな多摩美さんの逸話(エピソード)を聞いて常人と結論付けるひとは少なくともこのクラスでは見たことがない。
ちっとも大きくない胸を張る委員長は、150cmもないその小さい体にどれだけのパワーを秘めているのだろう。たぶんドラえもんのように原子力で動いているのかもしれない」って痛ったぁ…。
「心の声が漏れてるよ、三ケ田。人の大きさに触れたら次はどうなるか分からないから」
「ありがとう委員長、ドラえもんの部分は無視してくれるんだね」
「そこはツケ、明日までに返済方法を考えて置いてよ!」
そう言って多摩美さんは教室の外に行ってしまった、たぶんぼくの遅刻を先生に届けるために。
ほんとうは自分でやらないといけないことだが、委員長は委員長であるから委員長的責務を遂行するための手間を惜しまない。
それでもぼくらには十分すぎるくらいなのに、委員長がこなす範囲を越えたときはツケという名のワイロでサービスしてくれる。
それが彼女がジーニアス(守護神)の渾名で呼ばれる所以でもあるのだが。
「ぼくは、なんだかんだで多摩美さんを便利使いしてるフシがあるからなぁ…本当に気を付けないと。」
貸しを返すためには財布の紐を緩める必要があるが、今のぼくは結構緩められる懐事情だ。
だってほら、15歳の誕生日でおこづかいを貰ったから…って。
財布を見てぼくはひっくり返った。
びっくりしすぎでぼくは思わず大晦日に向かって財布を投げつけてしまった。
「うお!?どしたお前ぇ!」
「ナイスキャッチ。ねぇ、大晦日(おおみそか)ポケットに入った財布の中身はたったの50円だったよ、卒業の日に誕生日で貰ったはずなのに」
「それはそうだろ、だって今は1学期の登校一日目だぜ。ミケの誕生日じゃないだろ」
そっか、ぼく今14歳だったよ…大晦日(おおみそか)しか信じてくれなくてあんまりタイムリープした実感がないから忘れていたけれど。
ぼくの目の前に校門が現れたあのときは、スマホを見てもぼくが今いる現在地を信じることが出来なかったけれど体を見れば一目瞭然だった。
おけけがない。
ぼくはアソコも背も、多摩美さんのように大きい方ではないのでそれを見て判断することはできない。
しかしそこを見ればすぐに分かった。
なぜならおけけがないから。
誕生日を迎えてパイ〇ンになる事件なんて、ぼくは聞いたことがない。
よってぼくは、自分の体が14歳のものになったことという定理を受け入れたのだ。
ほんとうに確信したのは今だけど。
「タイムスリップなら財布も持ち越せたのになぁ…」
ため息が漏れて、14歳のぼくはすっかり意気消沈ぎみだ。
そんなぼくの目の前でゲラゲラ笑うのは大晦日(おおみそか)、いっそ気持ちいいくらいに笑ってくれる。
「そんなに笑うなよ大晦日(おおみそか)…これじゃ未来人も形無しだよ」
「ハハハ…!あー………くそぉ…!ミケが宝くじを当てたら俺も半分貰って豪遊できるのに…くやしすぎるだろ!?ワハハ!あぁ、くそぉ…!」
「感情がジェットコースターすぎない?笑うか、怒るかどっちかにしてよ。というか大晦日(おおみそか)に半分渡すわけないじゃん」
「大丈夫だ、ミケ。先日、おれたちは今日の現代文の小テストで相手に勝てば相手の持ち物をひとつ貰えるという賭けをしていたんでな。そらどうだ、ほら合法だぞ!」
明らかな違法行為だが、そんな事実も吹き飛ばすほどの高笑いが大晦日の喉から響く。
ああばかだ、こいつはおおばかだ。そしてぼくもばかだった。
なぜぼくはこいつにそんな対決を約束してしまったのだろう、きっと春休みののんびりした時間で忘れていたんだ。こいつが国語だけは最強だってことを。
ぼくがキングだとして、大晦日(おおみそか)はジョーカー。
こういう場面だけは人一倍悪運が強いのが憎らしい。
いまぼくのカバンの底には某週刊少年漫画とコラボした一番くじのラストワン賞の現品が眠っている。ぼくは以前、一学期初頭にこいつとの対決に敗れ大事な現品を失ってしまった。妹にせっつかれ、あげると言ってしまったのに大晦日(おおみそか)に奪われたせいで妹に3日は口を聞いてもらえなくなり、それから一週間は落ち込んだという苦い思い出をぼくは覚えている。そう、靴の裏にへばりついて取れないガムのように。
けど待てよ…ぼくは未来人じゃないか。
怒りで頭が冴えてきて、思考がよく巡りぼくの中に閃きが生まれる。
そうだ、ぼくには受験勉強のアドバンテージがある!
これを駆使すれば、実質2年生の大晦日(おおみそか)なんてけちょんけちょんにできると思うぞ、そうだ、そうだよ!
「表情がコロコロ変わるなぁミケ、おれに挑む覚悟はできたか?」
「ああ、大晦日(おおみそか)!受けて立とうじゃないか!」
■◆■◆
乾坤一擲の勝負にあっけなく敗れ、ぼくは敗走した。くそう…。
だが、カバンの底にあるものだけは守り切ることができた。
なんでも、大晦日がムシ郎のエサやりを忘れていたらしくエサ代が欲しいと言ったため、ぼくのなけなしの財布の中の50円玉が取引の弾となった。
ぼくが経験した以前の勝負では、ムシ郎の話は影も形もなかったためもしかすると未来のムシ郎は二代目のムシ郎だったのかもしれない。
そう考えるとぼくは未来を変えてしまったことになるが、これも未来人の特権だろう。
と、思わないことには目の前の景色を受け入れられそうもない。
″ザァァァァ……″
雲一つない空だったはずなのに、机越しの窓の外はバケツをひっくり返したような土砂降り雨だ。
今は昼休み。
大晦日はカブトムシを救うために早退したため、難を逃れたが生徒数500人を誇る南総里(みなみふさり)中学校の校舎には未だ499人が取り残されている。
もちろん傘なんて用意していない。
スマホで見た天気予報によれば、夜までこの雨模様は続くらしい。
「これじゃすっかり濡れ鼠だよ…いや、うん。ぼくはミケだけど」
とはいえ、雨の時間は嫌いではない。雨に降られるのは嫌いだけど。
少しのあいだ目を閉じて、ゆっくり考えるのも悪くはないかもしれない。
もし、ぼくが時間遡行して一学期に戻ってきたことには意味があるのだろうか。
「漫画じゃ、世界を救うとかがお決まりだよね」
でもぼくじゃそんな役目は引き受けられそうにない、そんな大荷物は犬にでも食わせてしまいたい。
第一志望は落ちたけど、でもぼくは卒業出来て満足しているしぼく自身に過去に戻る理由なんてありはしない。
この現象は間違いなくオカルトといっていいだろうし、ぼくの身に起こったことをぼくは信じたいし誰かに信じてほしい。
そういう意味では大晦日(おおみそか)に信じてもらえたのは、実はけっこう助かっているのかもしれない。
「けれど、ぼくに原因がないのなら事故なのかな」
思ったことを口に出すと、まるでぼくという人間が二人いるような感じだ。
未来の自分が黒幕…なんてのも突拍子がないけれど、もし事故じゃないのなら…。
「黒幕がいる?」
口に出して、驚く。
だけど、あまりに突然なのにすとんと腑に落ちた気もする。
この学校には創設ウン年目の中堅オカルト部がある、そして別館にある図書館にはたくさんの古い蔵書があると委員長から聞いたことがある。
『自習にも便利だけど、賢いけどインケンな図書委員がいるから近づかないほうがいいわ』
その時はこういう文脈で多摩美さんに言われたっけ、あそこに常駐していると噂の図書委員のひとと委員長は犬猿の仲らしい。
犬も猿もミケと称されるぼくには近づきがたいものがあるけれど、物知りな他人ほど話やすい者はいないというのがぼくの経験則だ。
取り合えずこの状況をぼくは解決したい、できることならあの未来に後を濁さず帰りたい。
なぜならば、ぼくの知る記憶では一学期の一日目、大晦日(おおみそか)にラストワン賞の現品を奪われた日。
こんな大雨が降ることなどなかったのだから。
「ぼく自身が敵ってやつ?」
敵、それも世界の敵。
時空を歪める敵、世界を崩壊させる敵。
歴史を変える、タイムパラドックス、宇宙の崩壊。
ばからしいけど、否定しようとしても腑に落ちない。
遠くで鳴る雷の音を聞くたびに、ぼくの推測は確信に変わり始める。
―――「未来を変えたから」
取り引きの中身が変わった。
一匹の虫の生命が失われなかった。
ひとりの人間の意識が時間遡行した。
それだけで本来来るはずの未来が歪められるのだとしたら。
「ぼくはきっと、後を濁さず去らなければならない」
ちっぽけな人間が、誰かの運命を変えてしまう前に。
ピシャン!、と雷が落ちる音が耳に聞こえた。
ぼくの意識が深いところから覚醒し、雨の音が鮮明になっていく。
いつの間にかぬめりついていた手の平には、夥しいほどの汗が握られていた。
「古今無双…なら良かったのになぁ」
残念ながらぼくは普通のひと、ミケと呼ばれる三丁目の三ケ田さんなのだ。
だからひっそりと、問題解決のために抜き足差し足で邁進するんだ。
知るべきことは。
―――ぼくの推測が正しいのか。
―――正しいのならどうやって未来に戻るのか。
―――時間遡行は偶然か否か。
兎にも角にも、切るしかない。
覚悟も何もないけれど、ぼくはこんなひどい『後悔』なんてしたくないから。
だから行くんだ、切っていこう。
平々凡々なぼくの、窮鼠噛猫(きゅうそごうびょう)のスタートラインを。
(そのためにはまず、図書館かなぁ?)