TS転生した元男が演奏系配信者として稼ぐ話 作:深空 秋都
最初に試すのは空間系エフェクト。
音に広がりや奥行きを与える機能だ。
設定を有効にし、分散和音を爪弾く。乾いた弦の響き。
その直後、ふわりと広がるような余韻が追いかけてくる。
音が減衰していく過程が滑らかで、デジタルの粒子感を全く感じさせない。
高密度な処理がされている証拠だ。
次はディレイを試す。
山びこのように音を繰り返す効果。
実音と遅延音が絡み合い、リズミカルなシーケンスが生まれる。フィードバック音に僅かなモジュレーション(揺らぎ)を加えると、アナログテープのような温かみが付加された。
これならバラードのソロでも、感情を乗せやすいだろう。
さらに特殊なエフェクト、シマーも試してみる。
残響音にオクターブ上の音を重ねる機能だ。
コードを白玉で弾くと、キラキラとした光の粒子が降り注ぐような倍音が重なった。
まるでシンセサイザーのパッド音のような、幻想的で厚みのあるサウンド。
空間系のクオリティは申し分ない。
次は歪み系エフェクトのチェックだ。
ロックサウンドの核となる部分である。
アンプのボリュームを少し下げ、パッチを初期化して歪みペダルを選択する。
まずはオーバードライブ。
真空管アンプのボリュームを上げ、音が飽和した状態をシミュレートしたものだ。
俺はブルースの常套句的なフレーズを弾いた。
弱く弾けばクリーンに近い鈴鳴り。強く弾けばジャリッとした粘りのある歪みが顔を出す。
ピッキングの強弱に対する追従性を確認する。
手元のボリュームノブを絞ると、歪み成分だけがスッと消え、艶のあるクリーントーンに戻る。
このレスポンスは本物のアンプに近い。
続いてディストーション。
より深く、激しく音を歪ませる効果だ。
ズンズンという重低音が床を伝って体に響く。
ゲインを上げても音が潰れすぎず、コードの構成音が団子にならずに分離して聞こえる。音の伸びも良好だ。
ハイフレットで速弾きのフレーズを弾いてみる。鋭い倍音が突き抜ける。音が太く、前に飛んでくる感覚。
これ一台でバッキングからリードまで、幅広く対応できそうだ。
最後にファズ。
音が割れるほど過激に歪ませる、古典的なエフェクトだ。
ブチブチとした荒々しい質感。扱いが難しいが、使いこなせれば唯一無二の個性を発揮する。
ノイズゲートの設定を追い込み、演奏していない時の不要なノイズをカットする。
音がスパッと切れる静寂のコントロールも完璧だ。
一通りの機能を試し終え、俺はギターのボリュームをゼロに戻した。
額にはうっすらと汗が滲んでいる。
ただの機能チェックのつもりが、つい熱が入ってしまった。
この機材があれば、配信での表現力は格段に上がるだろう。まさに即戦力だ。
俺はシールドを抜き、エフェクターの電源を切った。
アンプのスイッチもオフにする。ブツン、という小さな音と共に、アンプのパイロットランプが消えた。
丸椅子から立ち上がり、軽く伸びをする。凝り固まっていた筋肉がほぐれていく。
ギターをスタンドに戻そうとして、ふとガラス戸の向こうに視線をやった。
そこには、数人の客が立ち止まっていた。
彼らは一様に試奏ブースの中――つまり俺の方を見ていた。
俺は自分の服装を確認する。
ボタンの掛け違えはない。
ごく普通の小学生女子の格好だ。
(……あ、そうか)
小学生が武骨な機材を操作し、激しくギターをかき鳴らしていれば、目立って当然か。
「マジかよ……指の動き、半端なかったぞ」
「ギャップエグくない?」
彼らは信じられないものを見るような目で俺を見ていた。
無理もない。
こんな子供が、あんな渋い顔をしてブルースやハードロックを弾いていたとは思うまい。
カウンターには、先ほどの若い店員が待機していた。
彼もまた、ガラス越しに俺の試奏を見ていたようで、少し興奮気味に身を乗り出してきた。
「あ、ありがとうございました!」
俺がギターを差し出すと、店員は慌てて受け取った。
「お疲れ様でした! あの、すごかったですね!」
「あはは、ありがとうございます。機械がすごく良かったので、つい楽しくなっちゃって」
俺は子供らしい笑顔を作って誤魔化した。
そこへ、義母が戻ってきた。
店長さんと話し込んでいたようだが、俺の姿を見つけて駆け寄ってきた。
「在処、終わった?」
「うん、今終わったよ」
「どうだった? いいの見つかった?」
「うん。これにするよ」
俺は試奏したマルチエフェクターを指差した。
「おや、もう決めたのかい?」
後ろから来た店長さんが、感心したように言った。
「早かったね。もっと悩み込むかと思ったけど」
「直感的に扱えたので。それに、求めていた機能が全部入ってましたから」
「それはよかった。目利きが早いね」
店長さんは若い店員に指示を出し、在庫を取りに行かせた。店員は小走りで倉庫へと向かう。
その間も、店内の客たちの視線はまだチラチラと俺に向けられていた。
遠巻きにヒソヒソという話し声が聞こえる。
義母が不思議そうに周囲を見回した。
「なんか、みんなこっち見てない?」
「気のせいじゃないかな? それより義母さん、何買ったの?」
俺は強引に話題を変えた。目立つのは配信の中だけで十分だ。
リアルで騒がれるのは面倒事の種にしかならない。
幸い顔出しはしていないし、特定されることはないはずだ。
ただの「ギターがやたら上手い小学生」として処理されることを願う。
店員が箱を持って戻ってきた。
新品の未開封品だ。
家に帰って自分のギターで繋ぐのが楽しみだ。
新しいプリセットを作る楽しみが待っている。
義母が会計を済ませてくれる。
俺は商品の入った重たい紙袋を受け取り、両手で抱えた。
ずっしりとした重量感が心地よい。
これが新しい相棒の重さだ。
「ありがとうございました! またお越しください!」
店員と店長に見送られ、店を出る。
自動ドアが開くと、外の車の走行音や風の音が飛び込んできた。
駐車場の車へと向かう道すがら、俺は義母に言った。
「結構高かったけど、大丈夫だった?」
「ん~? ……なあに、これくらい大人に任せなさいな!」
義母は力こぶを作りながらカラッと笑う。
「在処が楽しいならいいの。それに、在処なら完璧に使いこなしちゃうでしょ?」
「もちろん」
俺の返答に喜んだのか、義母は優しく笑って、車のロックを解除した。
俺は助手席に乗り込み、膝の上に紙袋を置いた。 シートベルトを締める。
車がゆっくりと動き出した。
窓の外の景色が後ろへと流れていく。
俺は紙袋の硬い感触を確かめながら、これからの活動について思いを馳せた。
この機材を使えば、今まで出来なかった表現が可能になる。
重ね録りのクオリティも上がるだろうし、ライブ配信での即興演奏の幅も広がる。
次回の配信が待ち遠しい。
そんなワクワクした気持ちを抑えきれず、俺は自然と笑みをこぼしていた。