TS転生した元男が演奏系配信者として稼ぐ話   作:深空 秋都

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#25 「新しい相棒」

 

 

 最初に試すのは空間系エフェクト。

 音に広がりや奥行きを与える機能だ。

 

 設定を有効にし、分散和音を爪弾く。乾いた弦の響き。

 その直後、ふわりと広がるような余韻が追いかけてくる。

 音が減衰していく過程が滑らかで、デジタルの粒子感を全く感じさせない。

 高密度な処理がされている証拠だ。

 

 次はディレイを試す。

 山びこのように音を繰り返す効果。

 実音と遅延音が絡み合い、リズミカルなシーケンスが生まれる。フィードバック音に僅かなモジュレーション(揺らぎ)を加えると、アナログテープのような温かみが付加された。

 これならバラードのソロでも、感情を乗せやすいだろう。

 

 さらに特殊なエフェクト、シマーも試してみる。

 残響音にオクターブ上の音を重ねる機能だ。

 コードを白玉で弾くと、キラキラとした光の粒子が降り注ぐような倍音が重なった。

 まるでシンセサイザーのパッド音のような、幻想的で厚みのあるサウンド。

 

 空間系のクオリティは申し分ない。

 次は歪み系エフェクトのチェックだ。

 ロックサウンドの核となる部分である。

 アンプのボリュームを少し下げ、パッチを初期化して歪みペダルを選択する。

 

 まずはオーバードライブ。

 真空管アンプのボリュームを上げ、音が飽和した状態をシミュレートしたものだ。

 俺はブルースの常套句的なフレーズを弾いた。

 弱く弾けばクリーンに近い鈴鳴り。強く弾けばジャリッとした粘りのある歪みが顔を出す。

 ピッキングの強弱に対する追従性を確認する。

 手元のボリュームノブを絞ると、歪み成分だけがスッと消え、艶のあるクリーントーンに戻る。

 このレスポンスは本物のアンプに近い。

 

 続いてディストーション。

 より深く、激しく音を歪ませる効果だ。

 ズンズンという重低音が床を伝って体に響く。

 ゲインを上げても音が潰れすぎず、コードの構成音が団子にならずに分離して聞こえる。音の伸びも良好だ。

 ハイフレットで速弾きのフレーズを弾いてみる。鋭い倍音が突き抜ける。音が太く、前に飛んでくる感覚。

 これ一台でバッキングからリードまで、幅広く対応できそうだ。

 

 最後にファズ。

 音が割れるほど過激に歪ませる、古典的なエフェクトだ。

 ブチブチとした荒々しい質感。扱いが難しいが、使いこなせれば唯一無二の個性を発揮する。

 ノイズゲートの設定を追い込み、演奏していない時の不要なノイズをカットする。

 音がスパッと切れる静寂のコントロールも完璧だ。

 

 一通りの機能を試し終え、俺はギターのボリュームをゼロに戻した。

 額にはうっすらと汗が滲んでいる。

 ただの機能チェックのつもりが、つい熱が入ってしまった。

 この機材があれば、配信での表現力は格段に上がるだろう。まさに即戦力だ。

 

 俺はシールドを抜き、エフェクターの電源を切った。

 アンプのスイッチもオフにする。ブツン、という小さな音と共に、アンプのパイロットランプが消えた。

 丸椅子から立ち上がり、軽く伸びをする。凝り固まっていた筋肉がほぐれていく。

 

 ギターをスタンドに戻そうとして、ふとガラス戸の向こうに視線をやった。

 そこには、数人の客が立ち止まっていた。

 彼らは一様に試奏ブースの中――つまり俺の方を見ていた。

 俺は自分の服装を確認する。

 ボタンの掛け違えはない。

 ごく普通の小学生女子の格好だ。

 

(……あ、そうか)

 

 小学生が武骨な機材を操作し、激しくギターをかき鳴らしていれば、目立って当然か。

 

「マジかよ……指の動き、半端なかったぞ」

「ギャップエグくない?」

 

 彼らは信じられないものを見るような目で俺を見ていた。

 無理もない。

 こんな子供が、あんな渋い顔をしてブルースやハードロックを弾いていたとは思うまい。

 

 カウンターには、先ほどの若い店員が待機していた。

 彼もまた、ガラス越しに俺の試奏を見ていたようで、少し興奮気味に身を乗り出してきた。

 

「あ、ありがとうございました!」

 俺がギターを差し出すと、店員は慌てて受け取った。

「お疲れ様でした! あの、すごかったですね!」

「あはは、ありがとうございます。機械がすごく良かったので、つい楽しくなっちゃって」

 

 俺は子供らしい笑顔を作って誤魔化した。

 そこへ、義母が戻ってきた。

 店長さんと話し込んでいたようだが、俺の姿を見つけて駆け寄ってきた。

 

「在処、終わった?」

「うん、今終わったよ」

「どうだった? いいの見つかった?」

「うん。これにするよ」

 俺は試奏したマルチエフェクターを指差した。

 

「おや、もう決めたのかい?」

 後ろから来た店長さんが、感心したように言った。

「早かったね。もっと悩み込むかと思ったけど」

「直感的に扱えたので。それに、求めていた機能が全部入ってましたから」

「それはよかった。目利きが早いね」

 

 店長さんは若い店員に指示を出し、在庫を取りに行かせた。店員は小走りで倉庫へと向かう。

 その間も、店内の客たちの視線はまだチラチラと俺に向けられていた。

 遠巻きにヒソヒソという話し声が聞こえる。

 義母が不思議そうに周囲を見回した。

 

「なんか、みんなこっち見てない?」

「気のせいじゃないかな? それより義母さん、何買ったの?」

 俺は強引に話題を変えた。目立つのは配信の中だけで十分だ。

 リアルで騒がれるのは面倒事の種にしかならない。

 幸い顔出しはしていないし、特定されることはないはずだ。

 ただの「ギターがやたら上手い小学生」として処理されることを願う。

 

 店員が箱を持って戻ってきた。

 新品の未開封品だ。

 家に帰って自分のギターで繋ぐのが楽しみだ。

 新しいプリセットを作る楽しみが待っている。

 

 義母が会計を済ませてくれる。

 俺は商品の入った重たい紙袋を受け取り、両手で抱えた。

 ずっしりとした重量感が心地よい。

 これが新しい相棒の重さだ。

 

「ありがとうございました! またお越しください!」

 店員と店長に見送られ、店を出る。

 自動ドアが開くと、外の車の走行音や風の音が飛び込んできた。

 駐車場の車へと向かう道すがら、俺は義母に言った。

 

「結構高かったけど、大丈夫だった?」

「ん~? ……なあに、これくらい大人に任せなさいな!」

 

 義母は力こぶを作りながらカラッと笑う。

 

「在処が楽しいならいいの。それに、在処なら完璧に使いこなしちゃうでしょ?」

「もちろん」

 

 俺の返答に喜んだのか、義母は優しく笑って、車のロックを解除した。

 俺は助手席に乗り込み、膝の上に紙袋を置いた。 シートベルトを締める。

 車がゆっくりと動き出した。

 

 窓の外の景色が後ろへと流れていく。

 俺は紙袋の硬い感触を確かめながら、これからの活動について思いを馳せた。

 この機材を使えば、今まで出来なかった表現が可能になる。

 重ね録りのクオリティも上がるだろうし、ライブ配信での即興演奏の幅も広がる。

 次回の配信が待ち遠しい。

 そんなワクワクした気持ちを抑えきれず、俺は自然と笑みをこぼしていた。

 

 

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