TS転生した元男が演奏系配信者として稼ぐ話 作:深空 秋都
ボーカル。
よくバンドを主題にした漫画やアニメの主人公として起用されるポジションだ。
そしてボーカルはとにかく目立つ。嫌でも目立つ。そういう意味では読者、視聴者の視線を誘導しやすい。主役にはもってこいというわけだ。
俺が基本的にアップロードしている動画はボーカルなしの曲ばかりだ。音楽と関係ないものもあるが、それは一旦置いておく。メインは音楽系ね。
そろそろボーカルなしで上げ続けるのもダレてきた。動画の視聴者コメントには「ボーカルないの?」「歌詞ありますか? 歌いたいです」「やっぱ歌も欲しいなあ」といったものが散見される。
「と、言うわけでライブ配信で歌いたいんだけど」
「なるほど?」
義母はアイスコーヒーを口に含み、カラカラとカップを揺らす。
「ふんふん……この時間なら3時間くらいスタジオ使えるよ」
差し出されたメモ帳を覗き込む。
休日の開店すぐの時間だ。
「ん、その時間にする」
「おっけ。スタッフにも言っとくよ」
義母はメモ帳に何かを書き込んでアイスコーヒーを飲み干した。
「おかわりいる?」
「いるー」
俺はカップを受け取り、軽く洗ってからコーヒーを注いだ。
「あ、義母さん。サンドイッチ持ってく? 今日結構忙しいんでしょ?」
「持ってく!」
「じゃあ他の人の分も作っとく」
「ありがとー」
義母に限らずスタッフの好みの具材はリサーチ済み。俺のコミュ力は日夜成長している。
食パンの耳をカットしておく。
具材は前日から用意していた五種類を冷蔵庫から取り出す。
基本的に挟み込むだけなので、具材を予め用意しておけば、残りの作業は難しくもない。
カットした耳はラスクにすれば間食にもなる。おやつ代わりに作っておこう。
「よしできた。保冷剤をぶちこんでっと」
サンドイッチを詰め込んだ箱を保温、保冷用バッグに入れ、保冷剤を入れる。
パン耳ラスクはジャムも付属で入れておく。そのまま食べてもいいし、味変しても美味しい。
「義母さんできたよー」
「早い!」
「ほいこれ」
「おお……結構ある」
ゆさゆさとバッグの底を持って軽く揺らす義母。
「みんなの分もあるから、ちゃんと分けて食べてね。一人で食べたら牛になっちゃうから」
「りょーかいであります!」
「ほんとかな?」
ぷにっとお腹を突く。
(む、これは……ッ!)
「ふふん、どう? 引き締まったでしょ」
「これは、むむむ」
つんつんと何度も突く。
指先から伝わるのは腹筋の感触だ。
「腹筋だね」
「腹筋でしょ? でしょでしょ?」
ドヤァと顎をクイっと上げてニヤける義母。
「はいはい、よく頑張りました。何か食べたいものでも考えておいてね。作るから」
「っしゃァ!」
ぎゅーっと俺を抱きしめる義母。苦しい。
「そろそろ出る時間じゃないの。ほらほら準備して」
義母を引きはがし、準備を急がせる。
「早くしないと佳代さんに言って迎えに来てもらうけど」
「はい! はい! 準備します!」
タッタカターっと小走りで自室へ向かう義母。いつもの光景である。
俺はホッと一息。自分用のコーヒーを用意してゆっくりと次の配信のことに思考を巡らせる。
*****……
【待機中】
【ここ俺の席ね】
【席ってなに】
【気持ちの問題だろ】
【待機ちう】
【もうタイトルでワクワクが止まらんのだが】
【歌枠マジ?】
【本気か? やるのか? この配信で?】
【書いてあるってことはそーゆーことっしょ】
【なーほーね?】
【歌枠キター!】
【待機であります!】
【胸がドキドキしてきた】
【そろそろか】
【くるぞ】
――――配信開始
「どもでっす」
【あ、ども】
【どもっす】
【ういっす】
【うーっす】
【ちわーっす】
【部活かな?】
【歌枠と聞いて】
「あ、新規リスナーも来てくれてますね。どもども、ぜひ聴いていってくださいね」
勢いよく流れるコメント欄を見ながらセッティングをする。
「音量大丈夫ですか?」
今日は自宅ではない。
普段と異なる環境だとマイクに入る声が音量含め変わる。
【ちょっと遠い感じかも】
【気持ち遠いかもね】
【俺は普通に聞こえるけど】
少しマイクの角度を変え、配信ツールのマイクボリュームをいじる。
「こんな感じでどうです?」
【お、いい感じ!】
【おっけおっけ】
【さっきよりいいね】
リスナーの反応は良好だ。全員が全員、ちゃんと聞こえているかまでは分からないが、そこから先はリスナーの視聴環境に左右されるので、あまりリスナーの要望に応え過ぎるとどっちつかずになってしまう。切り捨てるつもりはないが、配信上の限界というものだ。
「調整のご協力ありがとうございます。さて、今日の配信ですけど、まあタイトルで察しはついてますよね」
【もちろん】
【ついにガッツリ歌枠か】
【俺、歌のほうは聴いたことないんだよな】
【一応ボーカル有りもほんの少し動画あるぞ】
【ワクワクが止まらん!】
「はい。というわけで今日はタイトル通り、歌枠でやっていきますよってことで……ほいっと」
配信画面のシーンを切り替える。
「ジャン! ……このセットリストの曲全部歌います」
【ん?】
【お?】
【ちょっと待て】
【ちょ待てよ】
【これ全部あれか?】
【全部ボーカルなしで上げてる曲じゃん!】
【あ、これ歌詞あったんだ】
【動画のほうには歌詞書いてないんだよな】
【じゃあ歌詞全部考えてきたってこと?】
【つーか全部オリジナル曲なんだが】
【23曲あるんですけど】
【一周回ってこわい】
「もちろん全部オリジナル曲ですよ。カバー入れるか迷ったんですけど……せっかくやるなら全部オリジナルでやっちゃえと心の悪魔が囁きまして」
【悪魔さんかなり悪魔してるな】
【囁きでやれるレベルじゃねーぞ!】
【脳のキャパどうなってんの、マジで】
【ワクワクが止まらん!】
「あ、でも歌詞は作曲時点で作っていたので、そこは新しく書いたわけじゃないんですよ。
まあ練習はそれなりに……ちょっとだけ? やりましたよ? 一回しか練習してないのありますけどおー」
ご安心を。
俺の身体はかなりハイスペックなのだ。一回歌った曲、特に自分で作曲したものに関してはほぼ狂いなく歌いきることができる。
前世では到底できなかった芸当だ。
【急に不安になってきた】
【僕をご不安にさせるとは……かなりの策士ですよ】
【一回!?】
【それって】
【ぶっつけ本番じゃん!】
【度胸は認めよう】
「まま、これでも聴いて落ち着いてください」
俺は早速、セットリストの一曲目を流した。
リスナーとの漫才は楽しいが、時間は有限だ。
【ぬお!?】
【急にぶちこんできやがった】
【落ち着けるかぁ!】
十数秒のイントロが終わり、一番Aメロに入る。
「――……♪ ――♪ ……♪」
【おお、おお】
【ううーん! 透き通る】
【クリアヴォイス】
【うっま】
前世のボーカル担当が言っていた練習法を実践し、トレーニングを積んできた。
やはり若いプラス才能というのは凄まじい。吸収速度が段違いだ。
しばらくすると曲はやがてサビに入る。
――ここだ。
「……――――ッ! ――ッ!」
常人から逸脱した音域から放たれる歌声がマイクを通じて画面の向こう側へ。
【あ、やばい】
【これすき】
【すごい】
【音域やばい】
【すき】
【あー耳が幸せ】
【この曲のサビ、ボーカルあるとこんなカッコいいんだな】
【推しです、もう決めました、推します】
コメント欄を見る限り、楽しんでもらえているようだ。
練習した甲斐があったなあと、じんわりと感じる。
そして一曲目が終わり、そのままの勢いで二曲目へ続く。