TS転生した元男が演奏系配信者として稼ぐ話 作:深空 秋都
5曲目終了。
額に滲む汗をタオルで乱暴に拭う。
スタジオの空調は効いているはずだが熱気が籠もってきた気がする。
「ふぅー……さて次はちょっと雰囲気変えていきますよ」
足元のマルチエフェクターを踏み込む。
パッチが切り替わりディスプレイの表示が変わる。
先程までの激しい歪みから空間系を深くかけたクリーントーンへ。
以前楽器店で購入したこの新機材は期待以上の仕事をしてくれている。
プリセットの切り替えラグもほぼ皆無で演奏へのストレスがない。
【お】
【音変わった】
【雰囲気変わるねえ】
【休憩なしかよ!】
【タフすぎる】
【水飲んで!】
【機材の光り方がカッコいい】
ペットボトルの水を一口含む。
「……んく……んく――ふう」
喉を潤すと同時に少し温まった液体が食道を通っていく。
「それでは次の曲いきますよ」
イントロのアルペジオを爪弾く。
ディレイとリバーブが深にかかった幻想的な音色が広がる。
雨の日のアスファルトの匂いをイメージして作った曲だ。
前世でバイト帰りにずぶ濡れになった時の情景を音にしただけの曲だが意外と人気がある。
「――……♪ ――♪」
ウィスパーボイス気味に歌い出す。
声を張り上げるだけが歌ではない。
息の量を調節しマイクとの距離感を意識する。
コンプレッサーの設定もこの曲用に調整済みだ。
小さな吐息までもしっかりと拾ってくれる。
【浄化される】
【さっきまでオラオラしてたのに】
【ギャップよ】
【ギターの音作りがガチ】
【声の使い分けすごくね?】
【歌詞が染みる】
【小学生の人生経験じゃないだろこれ】
まあ中身は酸いも甘いも噛み分けたおっさんだからな。
歌詞の節々に滲み出る哀愁のようなものは隠せない。
2番に入りドラムとベースの同期音源が加わる。
俺はバッキングに徹しながらサビでの盛り上がりを待つ。
足元でオーバードライブをオンにする準備をする。
サビの頭で歪みを足し感情を爆発させるように声を張る。
決して叫ぶのではなく腹から声を押し出すイメージ。
喉を締めずに共鳴させる。
「――……ッ!」
ギターソロ。
歌のメロディをなぞるような泣きのフレーズ。
チョーキングのピッチを慎重にコントロールする。
ここで外すと全てが台無しになる。
曲のアウトロで再びクリーントーンへ戻し静かに終わる。
残響音が消えるまで指を弦から離さない。
【最高】
【鳥肌】
【エフェクターの切り替えスムーズ過ぎ】
【これ生配信だよね?】
【CD音源かと思った】
「ありがとうございます。バラードもたまにはいいでしょ?」
軽くチューニングを確認しながらコメントを拾う。
「さてここからはノンストップで5曲いきます」
【は?】
【おいおいおい】
【喉壊れるて】
【セットリストの火力が高すぎる】
【こいつ……バーサーカーか】
「喉の使い方は心得てますからご安心を。それに……若いので回復が早いんですよ」
次の曲のイントロを弾き始める。
ここからはアップテンポなロックナンバーが続く。
――10曲目。
――12曲目。
指先が熱を持つ。
ピックを持つ指の感覚が研ぎ澄まされていく。
ゾーンに入った感覚。
視界がクリアになり音が立体的に聞こえる。
コメント欄の流れる速度が異常に速いが不思議と目で追える。
【速い】
【指どうなってんの】
【歌いながらこのリフ弾くの変態だろ(褒め言葉)】
【休憩しろw】
【見てるこっちが息切れそう】
【水!水を飲め!】
15曲目を終えたところで一旦ブレイク。
さすがに息が上がってきた。
肩で息をしながら水を含む。
半分ほど減っていたペットボトルを一気に空にする。
「ぷはっ……いやあ楽しいですね」
【楽しいならヨシ!】
【狂戦士】
【体力が底なし】
「残り8曲。ラストスパートです」
ギターを持ち直す。
重量バランスの良いボディが身体にフィットする。
相棒であるこのギターも今日はよく鳴ってくれている。
「次は新曲……というか未発表のアレンジバージョンです」
【!?】
【ここで新ネタ!】
【供給過多で死ぬ】
【ありがとう……ありがとう……】
足元のスイッチを踏みフランジャーをかける。
ジェット機のようなうねるサウンド。
カッティングのリズムに合わせて身体を揺らす。
歌う。
弾く。
ただそれだけのことがこれほどまでに楽しい。
前世で感じていた閉塞感や焦燥感はここにはない。
純粋な音楽への没入感だけがある。
――20曲目。
――21曲目。
喉の奥が少し熱くなってきた。
だが声枯れはない。
腹筋が悲鳴を上げているが無視する。
「そいじゃあ、ラストお~!」
最後は俺がこの世界で最初に作った曲。
動画投稿を始めた頃の拙い演奏ではなく今の技術で再構築した完全版。
イントロのパワーコードが炸裂する。
シンプルだが力強いリフ。
「――ッ――ッ!!」
今日一番の声を出す。
マイクの入力レベルがピークを叩く。
音割れ上等。
今は綺麗にまとめることよりも熱量を伝えることを優先する。
ギターソロ。
指板の上を指が駆け巡る。
タッピングからスウィープ奏法へ。
前世の手癖と今世の柔軟性が融合したテクニカルなフレーズ。
【うおおおおお】
【ラスボス戦かよ】
【感情の乗り方が半端ない】
【泣いた】
【神回】
最後の一音。
フィードバックノイズを残しながらボリュームペダルを絞っていく。
静寂が戻る。
俺は深く息を吐きギターを下ろした。
「ふぅ……っ! 全23曲完走しましたー!」
【おつかれえええええ!】
【パチパチパチパチ!】
【アンコール!】
【感動した】
【喉お大事に】
「ぬあ~……アンコールは……勘弁してください。さすがに電池切れで~す」
苦笑いしながら手を振る。
椅子に深く座り込み天井を仰ぐ。
心地よい疲労感が全身を包む。
「というわけで初の歌枠配信これにて終了です。
長時間のお付き合いありがとうございました。
アーカイブは残すので聞き逃した曲がある人は後でチェックしてください。
それではまた次回の動画か配信でお会いしましょう――ふう」
配信停止ボタンをクリック。
確認画面が出て「終了」を押す。
配信ソフトのステータスがオフラインになったことを確認してから俺は机に突っ伏した。
「……終わったぁ……」
緊張の糸が切れた瞬間どっと疲れが押し寄せる。
指先が微かに震えているのは武者震いの名残か単なる疲労か。
お腹がグゥと情けない音を立てた。