TS転生した元男が演奏系配信者として稼ぐ話 作:深空 秋都
「ねえ、ありかちゃん。なんか最近ね、学校で噂になってるよ」
下校中、隣を歩く真琴が不意に切り出した。
俺は心臓が跳ねるのを抑えながら、平静を装って聞き返す。
「噂? どんな?」
「なんかね、すごい小学生がいるって。ギターが上手で、歌もプロみたいなんだって」
ほっ。
どうやら俺個人が特定されているわけではないらしい。
顔を出していないし、配信での振る舞いと学校での「天音在処」のキャラは使い分けているつもりだ。バレる要素はないはず。
「へえ、そうなんだ。すごい小学生もいるもんだね」
「だよねー。私も見てみたいなあ。……あ、在処ちゃんもギター弾けるよね?」
真琴が上目遣いでこちらを見てくる。
鋭い。この天然素材の小悪魔は、時折核心を突いてくるから油断ならない。
「私は……まあ、趣味程度だよ。そんなすごい人とは比べものにならないって」
「そっかあ。でも私は在処ちゃんのギター好きだよ?」
「ありがとう。今度また聴かせてあげるね」
無邪気な笑顔に罪悪感を覚えつつ、俺は話題を今日の給食のメニューへと逸らした。
*****……
「ただいまー」
誰もいない家に挨拶をして、ランドセルを置く。
手洗いうがいを済ませ、自室のデスクへ。
パソコンの電源を入れ、日課となっている動画投稿サイトの管理画面を開く。
「さてと……」
画面に表示された数字を見て、俺は改めて息を呑んだ。
チャンネル登録者数:188,500人
歌枠配信直後に10万人を突破してから、その勢いは止まることを知らない。
アーカイブの再生回数は既に96万回を超えている。
コメント欄は絶賛の嵐で、海外からのコメントも増えてきた。
英語、スペイン語、韓国語……様々な言語が並ぶ様は壮観だ。
「切り抜き動画も回ってるな」
自分で作成した切り抜き動画も20~30万再生を超えているものが複数ある。
そして何より嬉しいのが、歌枠をきっかけに過去の演奏動画や料理動画にもアクセスが流れていることだ。
通常動画の平均再生数も、以前の数万回レベルから5万~8万回へとベースアップしている。
「完全に波に乗ったな」
波に乗ったということは、当然アレも付いてくる。
俺はマウスを操作し、「収益」のタブをクリックした。
画面が切り替わる。
そこには、今月の推定収益額が表示されていた。
「…………マジか」
表示された金額を見て、俺は椅子から転げ落ちそうになった。
ゼロの数を数える。
いち、じゅう、ひゃく……。
「……ギブソンのレスポール、カスタムショップ製が余裕で買えるじゃん」
あるいは、大卒初任給の数ヶ月分。
小学生が手にしていい金額ではない。
震える手で画面をスクロールする。
そこには赤い文字で注意書きが表示されていた。
『お支払いを受け取るには、保護者の同意が必要です』
『ユーザーが18歳未満のため――――』
当然だ。
この世界の法律でも、未成年が単独でこれだけの契約を結ぶことはできない。
分かってはいたことだが、実際の金額を目の当たりにすると、事の重大さがのしかかってくる。
「これは……報告案件だな」
俺はパソコンの画面をそのままにし、キッチンへと向かった。
今日の夕食は、少し豪華にしよう。
義母を驚かせてしまう詫びと、これからの協力へのお礼を込めて。
*****……
「ただいまあ~! いっやあ今日は疲れた!」
玄関から義母の元気な声が響く。
俺はエプロン姿で出迎える。
「おかえり義母さん。お疲れ様」
「あ~、在処の顔見たら元気出た。くんくん……お? 今日はなんだかいい匂いがする」
義母が鼻をひくつかせながらリビングに入ってくる。
テーブルの上には、特製ビーフシチューと、彩り豊かなサラダ、そしてバゲットが並んでいる。
ビーフシチューは圧力鍋を使って肉がホロホロになるまで煮込んだ自信作だ。
「うっひょー! ご馳走だ!」
「今日はちょっといいお肉が安かったからね。さ、手洗ってきて」
手を洗って着替えた義母が、待ちきれない様子で席に着く。
「いただきます!」の合図と共に、スプーンでシチューを掬う。
「ん~っ! これこれ! お店の味!」
「赤ワイン多めに入れたからね」
「在処、将来お店出せるよ。毎日通うよ!」
「はいはい、今も毎日作ってるでしょー」
上機嫌で食事を進める義母を見ながら、俺はタイミングを計る。
美味しい食事で機嫌を良くしておいてから、重い話を切り出す。交渉の基本だ。
食後のコーヒーを淹れ、義母が一息ついたところを見計らって、俺は切り出した。
「あのさ、義母さん。ちょっと真面目な話があるんだけど」
「んー?」
義母が呑気にコーヒーを啜る。
俺は首を横に振り、一枚の紙をテーブルに置いた。
さっきプリントアウトしておいた、収益画面のスクリーンショットだ。
「これ、見てほしいんだけど」
「どれどれ……動画サイトの画面? 数字がいっぱい……えーと、推定収益?」
義母の視線が、右上の金額欄で止まる。
時が止まったかのように、義母が固まる。
「…………ふぁっ!?」
変な声が出た。
義母は二度見、三度見してから、俺と紙を交互に見る。
「え、これ……円? ドルじゃなくて?」
「円だよ」
「いち、じゅう、ひゃく……ええええ!?」
椅子から飛び退く勢いで驚く義母。
まあ、そうなるよな。
俺だって最初は変な汗が出た。
「在処……これ、どういうこと? 何か悪いことしたわけじゃないよね?」
「失礼な。正当な対価だよ。動画の再生数が増えたから、広告収入が入ることになったんだ」
俺は淡々と説明する。
チャンネル登録者が10万人を超えたこと。
歌枠配信がバズって、過去の動画もたくさん見られていること。
その結果として、これだけの金額が発生していること。
義母は呆然としながら説明を聞いていたが、やがて深く息を吐いてソファに座り直した。
「すごいね……というか、私のお給料より……いや、比べるのはやめよう」
「でね、ここからが本題なんだけど」
俺は注意書きの部分を指差す。
「まだ未成年だから、このお金を受け取る契約ができない。
保護者、つまり義母さんの同意と、義母さん名義での管理が必要になる」
義母の表情が引き締まる。
さっきまでの驚き顔から、大人の顔つきに変わる。
「そっか、未成年だもんねえ」
「うん。税金とか扶養の話も関わってくると思う。だから、義母さんに管理をお願いしたいんだ」
俺は頭を下げる。
いくら中身が大人でも、社会的な立場は無力な子供だ。
ここだけは、大人の力を借りなければどうにもならない。
義母は少しの間沈黙してから、優しく俺の頭に手を置いた。
「頭を上げて、在処。お願いなんてしなくていいよ」
「義母さん……」
「これは在処が頑張った成果だもん。私が責任を持って管理するよ。保護者として当然のことだから」
その言葉に、胸の奥が温かくなる。
この人は、普段は抜けているところもあるけれど、いざという時は本当に頼りになる。
「ありがとう」
「でも、これだけの大金だからね。在処用の口座を新しく作って、そこできっちり管理しよう。
使い道についても、ちゃんと話し合って決めようね」
「うん。半分以上は貯金でいいと思ってる。これからの活動資金とか、機材費に使えれば十分だから」
「よし、じゃあ今度の休みに銀行行こうか! 在処の通帳作りに行こう!」
「うん」
義母は努めて明るく振る舞ってくれたが、経営者としての顔が垣間見えた。
普段は俺の年齢に合わせてのんびりふわふわとしているが、義母は世間から見ればデキる女経営者なのだ。
特にこういった類の話は頭が痛くなるほど勉強してきたに違いない。
俺は改めて、プリントアウトされた数字を見る。
ただのデータ上の数字だったものが、義母の協力を得て、現実の「価値」へと変わろうとしている。
前世では生活のために必死で働いて得ていたお金。
いつの間にか将来のことすら考える余裕のなかったあの頃。
「……将来、か」