TS転生した元男が演奏系配信者として稼ぐ話 作:深空 秋都
入学式から数日。
中学校の生活にも、少しずつ慣れてきた。
新しい教室に新しい担任。
最初の二日くらいはみんな多少なりとも猫を被っていたけれど、それももう剥がれ始めている。
休み時間になれば席を立つ子も増えたし、他クラスへ遊びに行く子も出てきた。
俺も輪の中心にいるわけじゃないけど、少なくとも浮いてはいない。
それはたぶん、隣の席にいる真琴のおかげだ。
「在処ちゃん、今日だからね」
昼休み。
お弁当を広げながら、真琴がこちらを覗き込んでくる。
「何が?」
「軽音部見学。昨日も言ったよね?」
「ああ、そうだった」
むーっとした顔で真琴が更に顔を近づける。
「忘れてたでしょ」
「忘れてはない」
じとっとした目を向けられる。
実際、少しだけ意識の外にはあった。
見学に行くつもりは最初からある。ただ、俺にとって軽音部に所属するのはほぼ既定路線だからだ。入部届も準備済みだ。
「放課後、一緒に行くからね?」
「うん」
「先に行っちゃだめだよー?」
真琴はそう言ってはにかんだ。
その笑顔を見ていると、教室の空気に馴染むのが上手い子なんだなと思う。
誰かの輪に無理やり入っていくんじゃなくて、気付けばその場の空気を柔らかくしている。
俺の場合、大人とのほうが会話しやすい。このくらいの子どもはどうも苦手だ。
分け隔てなく話せるのは羨ましい、とまでは思わないけど。
便利な才能だとは思う。
「真琴、そんなに軽音部楽しみなんだ」
「そりゃ楽しみだよ。在処ちゃんと居られる時間も増えるし。あとは……」
真琴は箸を止めて、少しだけ真面目な顔をした。
「ちゃんと叩ける場所、あるといいなって」
「……そっか」
小学六年の一年間、真琴はかなり真剣にドラムをやっていた。
遊び半分じゃなく、基礎からみっちり。
その結果どうなったかと言えば、同年代で見れば頭ひとつどころか、ふたつくらい抜けるところまで行っていた。
しかも、本人はその自覚が薄い。
周りが自分よりも上手い人たちばかりの環境にいたのだ。それも仕方ないと言える。
「在処ちゃんは?」
「私も興味はあるよ。というか、この学校に入った目的のひとつでもあるし」
学校の部活としての軽音部。
配信とも、ひとりでやる演奏とも違う場所。
そこで音楽をやるのは、きっと別の意味を持つ。
*****……
放課後。
ホームルームが終わると、真琴はすぐに立ち上がった。
「行こっ」
「うん」
教室を出て、特別棟へ向かう。
廊下には部活へ向かう生徒たちの足音と声が混じっていて、朝や昼とは違う賑わいがあった。
この時間の学校は嫌いじゃない。
授業のためだけに集まっている場所じゃなくなる感じがするから。
「第二音楽室だっけ?」
「そうだよ」
「在処ちゃん、よく覚えてるね」
「見学の紙に書いてあったからね」
「あ、ほんとだ」
渡り廊下を渡る頃には、遠くからドラムの音が聞こえてきた。
軽く刻むハイハット。
その上に乗るギターとベース。
まだ粗いけど、ちゃんとバンドの音だ。
隣を歩く真琴の足取りが少し速くなる。
分かりやすい。
第二音楽室の前には、既に何人か見学の新入生が集まっていた。
扉は開いていて、中からアンプの匂いと機材の並ぶ光景が見える。
「失礼します」
真琴が先に入っていって、俺も続く。
音楽室の中にはギターやベース、キーボード、マイクスタンド。
そして奥にはドラムセット。
先輩たちが軽く合わせていたのを止めて、こちらを見る。
「見学?」
声を掛けてきたのは、二年生くらいの女子の先輩だった。
明るくて、話しかけやすそうな人だ。
「はい」
「いらっしゃい。うち見学歓迎だから、気になる楽器あったら言ってね」
そう言って、部屋の隅の椅子を勧めてくれる。
見学に来ているのは俺たちだけじゃなかった。
ひとりはショートカットで活発そうな子。
もうひとりは髪も姿勢も綺麗に整った、いかにも育ちの良さそうな子。
真琴が小声で囁く。
「なんか強そうな子いるね」
「どういうことなの」
「なんかこう……スポーツできそうな感じ? あとはお嬢様っぽい子もいるよ」
言われてみればそうだった。
ショートカットの方は足元まで含めていかにも動きやすそうな雰囲気だし、もうひとりは制服の着こなしまで妙に隙がない。
そんなことを考えているうちに、先輩たちがまた演奏を始めた。
文化祭でやる曲だろうか。
知っている曲のサビだけを軽く合わせているらしい。
演奏としては荒い。
でも、生の音にはそれだけで気持ちよさがある。
ちゃんと前に出るドラム。
その後ろで支えるベース。
そこにギターとキーボードが乗る。
家で聞く音とも、配信越しの音とも違う。
今ここで鳴っている音だ。
ふと隣を見ると、真琴はもうドラムセットしか見ていなかった。
その視線に、憧れより強いものが混じっている。
演奏が終わると、先輩がこちらに向き直った。
「せっかくだし、触ってみる? 初心者でも全然大丈夫だよ」
ショートカットの子が「え、ほんとですか」と少し前に出る。
お嬢様っぽい子は何も言わないけど、キーボードを見ていた。
「ドラム叩きたい子いる?」
その言葉に、真琴がぴくっと反応する。
「はいっ。やってみたいです」
「お、いいね。じゃあこっち来て」
にこにこと人懐っこい笑顔に先輩たちが「かわいいー」「飴ちゃんいる?」「……逃がしちゃだめよ」と歓迎ムードになっている。最後のはなんだろう。
先輩に呼ばれて、真琴がドラムセットの前へ座る。
椅子の高さを少しだけ合わせて、スティックを受け取る。
その所作は、よく手慣れていた。
先輩もそれに気付いたらしく、少しだけ目を丸くした。
「経験ある?」
「あります。去年、一年くらい」
「そっか。じゃあ、好きに叩いてみていいよ」
その言い方には、少し試すような響きがあった。
真琴は気にする様子もなく、スティックを軽く構えて、ほんの一瞬だけ呼吸を整える。
次の瞬間、ハイハットが綺麗に鳴った。
続けて、スネア。キック。
八ビート。
ただそれだけなのに、音の並びが最初から安定している。
拍が揺れない。
無駄に力まない。
しかも、ただ正確なだけじゃなくて気持ちよく前に進む。
真琴はそのまま、フィルを一つ挟んでリズムを変えた。
誰かが小さく声を漏らした。
先輩が目を見開いている。
ショートカットの子は分かりやすく口を開けていたし、お嬢様っぽい子もさすがに表情を少しだけ崩した。
真琴はそこから俺が作った曲を数分叩いて「ふーっ」と息を整えた。
一拍置いて、音楽室がざわつく。
ドラムの練習用に作った少々難度の高い曲だ。まともに叩ける中学生はほとんどいないだろう。
「……中一だよね?」
先輩がそんなことを言う。
「はい」
「中一でそれ?」
真琴はきょとんとした顔をした。
「えっと、ちゃんと教えてもらってたので」
「いや、ちゃんと教わっててもそこまで行く子そうそういないよ」
それはまあ、そうだろう。
真琴は練習量も多かったけど、それ以上に才能がある。
「すご……同じ一年なのに」
ショートカットの子が素直に呟く。
真琴は褒められているのに、少し落ち着かなさそうにしていた。
慣れていないのだ。
上手いことが当たり前すぎて、驚かれる経験が案外少ないのかもしれない。
先輩はまだ半信半疑みたいな顔で、今度はこちらを見る。
「もしかして、そっちの子も経験者?」
「ええ、まあ、はい」
「在処ちゃんはなんでもできるんですよ!」
「ちょ、真琴……」
先輩がニヤーっと笑みを深める。
余計なことを……。
でも、ここで変に濁すのも不自然か。
「じゃあ、君も弾いてみる?」
「少しなら」
先輩からギターを借りる。
チューニングを軽く確認してから、アンプに繋いだ。
俺は短くコードを鳴らして、指に馴染ませる。
真琴のあとに下手なものは出せないな、と思いながら、でも別に気負いはしない。
アルペジオから入って、短いフレーズを繋ぐ。
目立つ速弾きじゃなくて、音を置く感じで。
その方が、こういう場所では伝わりやすい。
俺は分かりやすいように真琴が叩いた曲を演奏する。
数分後、最後のコードを切るとさっきとは別の意味で静かになった。
「……ひええ」
今度はショートカットの子がそう言った。
先輩は片手で額を押さえている。
「今年の新入生、どうなってるの……」
真琴が横から得意げに笑っている。
「在処ちゃんやっぱりすごい!」
「真琴の方も十分すごかったよ」
「えへへ」
そのやり取りを聞いていたショートカットの子が、こちらにぐっと身を乗り出してきた。
「ね、二人とも入るの?」
「まだ見学に来ただけだけど」
「私、初心者なんだ。ベースっていうのをやってみたいの」
距離の詰め方が早い。
けど、嫌な感じはしない。
「そうだ名前! 私は瀬名! まだベースとか全然わかんないんだけど、なんか面白そうだなって思って」
見た目通り、勢いで飛び込んでくるタイプらしい。
その横から、もうひとりの子が静かに口を開く。
「……軽音部の演奏レベルは、思ったより悪くありませんでしたわね」
あらゆる所作に無駄がなく、美しい。そんな第一印象の少女が、熱のない、冷徹な視線を俺に向ける。
「特にあなた。すでに学生のレベルではないのでしょう?」
俺は敢えて答えなかった。
「少なくとも一人……いえ二人かしら。見学に来た甲斐はありました」
そう言ってから、音楽室を後にした。
先輩はそんな俺たちを見ながら、どこか楽しそうに頷いた。
「今年は尖った子が多くて何より。ま、とりあえず、来週から体験入部あるから。興味ある子はまた来てね」
「はい!」
真琴が即答する。
俺も頷いた。
「また来ます」
*****……
「あ」
「ん、どうしたの在処ちゃん」
スクールバッグの中から一枚の紙を取り出す。
「入部届、先に渡しておけばよかった。」
入部すること自体はすでに決めている。どのみち入るのであれば先に渡してしまったほうが気楽だ。
「んなっ、準備が早過ぎるよ」
「忘れないうちにと思って。書き損じ用にもらったのがもう一枚あるけど、いる?」
「いるっ。今書く!」
真琴が書き殴るように……字綺麗だな。
「書くの速いのに字が整ってるねえ」
「小さい時から文字を書くのは得意なんだー……できた!」
自慢げに入部届を見せびらかす真琴に、思わずくすりと笑う。
「じゃ、今度一緒に出しに行こうか」
「うん!」