TS転生した元男が演奏系配信者として稼ぐ話 作:深空 秋都
週明けの放課後。
帰りのホームルームが終わると真琴が勢いよくスクールバッグを閉じて、こっちへ向かってくる。
「早く音楽室行こ!」
真琴はスクールバッグを肩へ掛けると俺の返事を待たずに教室の出口へ向かった。ホームルームが終わってから、まだ一分も経っていない。
別クラスの瀬名とは、今日はまだ一度も顔を合わせていなかった。同じ学校に通っていても、クラスが違うと少し遠く感じる。
廊下へ出ると運動部らしい生徒たちが階段へ走っていくところだった。俺と真琴も、その後を追うように特別棟へ向かう。
第二音楽室では三浦先輩たちがアンプや譜面台を動かしていた。
瀬名はまだ来ていないようだ。
「まだ来てないねー」
真琴は室内を一度見回したあと、自分のスクールバッグを壁際へ置いた。
俺も隣へスクールバッグを下ろす。
直後、開いたままの扉から勢いよく誰か入ってきた。
「お待たせ!」
瀬名が元気に顔を出す。跳ねた短い髪の先がいつもより乱れていた。
瀬名は先輩たちに爽やかな、人懐っこい笑顔で挨拶する。先輩たちも「うおっ、眩し……」「うちの部の光担当だな」「……いいか? バンドって陰キャ意外と多いんだぜ」「? 普通に可愛い後輩ちゃんじゃんね」と口々に反応する。
陰陽様々な先輩たちの反応を横目に、真琴が「いつもより時間かかったねー」と瀬名が背負っているケースをじーっと見ながら言う。
「そうなの! ……うちの担任、終わりですって言ってから話を二つも増やすんだよ? みんなゲッソリだよー」
「あー、そういう先生かあ」
真琴はヨシヨシと瀬名の頭を撫でて慰める。
しょんぼりとした顔になった瀬名は、真琴の視線が背中のケースへ移ったことに気づくと、すぐに笑顔へ戻った。
「そうそう。見てこれ! マイニューベース!」
「わ、ほんとに買ったんだ!」
瀬名はケースを床へ寝かせ、ファスナーを開けていく。
中から現れたのは、楽器店で選んだ濃い青のベースだ。店の照明で見た時より、音楽室の白い光の下では少し落ち着いた色に見える。
俺は前にもう見ているので、それほど驚きはない。
一方、真琴は新品のベースを見て「輝きが、輝きがすごい。これが新品のベース……!」と、なかなか良い反応をしている。瀬名は真琴の反応に口元をニマニマと緩ませる。
「綺麗な青色だあ。瀬名ちゃんは青色が好きなの?」
「実は前まで赤が好きだったんだけど、これ持ったらさあ……青が好きになっちゃったよね」
「おお、なんか分かるかも! ねえ、ちょっと持ってもいい?」
「いいよ。ちょっと重いから気を付けてね」
瀬名から受け取った真琴はベースを胸の前で抱えるように持った。
腕へ重さが乗った途端、目を丸くする。
「おもっ! 瀬名ちゃん、これ背負ってきたの?」
「そうだよお? ま、私は元々鍛えてるからね。これくらいなら持てるんだよ」
瀬名は力こぶを作り、自慢気に言った。
真琴は重さに耐えられなかったのか、すぐにベースを返した。瀬名も笑いながら受け取る。
三浦先輩が部屋の奥からこちらへ手を上げた。
「三人とも、準備できたら一回やってみる?」
瀬名はベースを抱え直す。真琴は手首から髪ゴムを外し、長い髪を低い位置でまとめながらドラムへ向かった。
俺もギターを持って準備をする。
瀬名はケースの置き場所をしばらく探した後、俺たちのバッグから少し離れた壁際へ立て掛けた。それから慣れない動きでストラップを肩へ通し、ケーブルをつなぐ。
各々、軽く音を鳴らして調整する。
真琴がスティックを鳴らし、短く数える。
俺がコードを置き、その後から瀬名のベースが入った。少しぎこちないが、始めたばかりで入れるほうを褒めるべきだろう。
音はまだ綺麗に揃わない。
少し遅れたり、途中で一音だけ違う弦が鳴ったりすることもあった。
「あ、やば」
瀬名がそう言いかけた時、俺は目と表情と軽く首を動かして「気にするな」と伝える。
真琴も瀬名が迷子にならないようにリズムを刻み続ける。俺も余計な音は足さず、前と同じ流れを繰り返した。
「うう、結構間違えちゃった」
「間違えたことよりも、やめずに弾けたことのほうが大きいよ。間違えたところは一緒に直せばいい」
「そうだよ瀬名ちゃん! 私も最初の頃は勢いだけでやってたから、すっごく沢山間違えたりしてたんだから」
瀬名は「ううん……二人とも上手いから、私も頑張って追いつかなきゃ」と気合を入れなおしている。
俺としては、あまり気負わずやってほしいのだが、人によって奮起の仕方は違うことも知っている。少し様子を見てからでも遅くないだろう。
真琴がすぐにスティックを構え直す。
「もっかいやってみよ!」
「よし!」
瀬名も迷わずベースへ手を戻した。
*****……
部活の後、いつも通り家事をこなしてから自室へ戻る。
「ベースで躓いた時に教えてあげられるようにしておくか」
俺はベースを軽くメンテナンスし、ネットに上げている曲のいくつかを弾いてみた。簡単なものから難しいものまで一通りやってみると、自分の思っている以上のパフォーマンスを発揮できてしまった。
自分の思い通りに動かせる身体的な才能。
「でもまあ、なかなか上手くならない苦しみも、容易にできてしまうという普通とのズレが分かるのはメリットか」
幸い、真琴には芦田さんという努力家タイプの先生もいるので、基礎部分はしっかりと磨き上げてくれるだろう。
瀬名に関しては、ある程度まで俺が教えていくつもりだが、不足が出てきそうなら大人を頼る。ベース一本でやってきた人のほうが悩みも打ち明けやすいだろう。
「あと一人欲しいな」
バンド自体は三人でもできなくはない。実際、そういうバンドもある。
それでも俺としては、もう一人……キーボードが欲しい。ついでにボーカルもできれば、なお良し。今後、やれることを増やすなら欲しくなる人材だ。
「今は基礎を固めつつ、バンド演奏自体に慣れていくのが先か」
玄関からドアが開く音が聞こえる。
「たでーまあー!」
義母だ。
ちょうど区切りもいいので、今日はここまでにしておこう。
俺はいつも通り、腹ペコが待っているであろう台所へ向かった。