TS転生した元男が演奏系配信者として稼ぐ話   作:深空 秋都

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#51 「神崎エンカウント」

 

 ある日の放課後。

 

 第二音楽室へ入ってきた少女を見て、三浦先輩が「あ」と声を上げた。

 

「この前の一年生だ。いらっしゃい」

「……こんにちは」

 

 髪も制服の襟も初めて会った時と同じように隙なく整っていた。

 

 以前も演奏を終えたところで彼女が廊下に立っていた。

 俺が持ち込んだ新曲の譜面と壁際のキーボードを交互に見て、目が合うと小さく会釈して去っていった。

 

「あ! そういえば名前を聞いてなかったね」

 

 少女は短く息を吸って背筋を伸ばした。

 

「一年の神崎 玲(かんざき れい)ですわ」

「神崎さんね。今日も見学かな?」

「……ええ、そのつもりです」

 

 三浦先輩は「そっかそっか! こちらへどーぞ」と空いている椅子を勧める。神崎は礼を言い、音もなく腰を下ろす。

 

 第二音楽室では先輩たちが練習している。教室はかなり広く、四隅に固まれば四バンドまで問題なく練習できる。

 

 神崎の視線が部屋を一周する。

 先輩たちの練習風景を見ていると、誰も使っていない、壁際のキーボードで止まった。

 

「この前、廊下にいた子だよね?」

 

 瀬名がベースを抱えたまま神崎に話しかける。

 

「ええ、音が廊下まで聞こえていましたから」

 

 神崎は顔を近づけてくる瀬名に少し驚きながら答えた。

 

「ね、ね、どうだった?」

「どうだったとは……あの時の演奏ですか?」

「うん!」

 

 神崎は両腕を軽く組み、手を顎に当て、思案している。

 

「正直に申し上げても?」

 

 神崎は瀬名の演奏がドラムの拍から少し外れていたこと、単純なミスなど簡単に指摘した。

 

「やっぱり分かるんだ……」

 

 瀬名が目を伏せたところで、神崎がハッと気づいたように目を泳がせる。

 神崎は瀬名の左手を見てから、少し優しい口調で語りかける。

 

「ですが、最後の方は遅れても次の小節で戻っていました。ご自分で修正なさったのでしょう?」

「う、うん、真琴ちゃんのキックを聞いて」

「であれば十分です。気づき、修正することができるなら上出来です」

 

  瀬名は神崎の言葉に「ありがと! 何かあったら、また教えて!」と言い、ベースの練習へ戻った。

  神崎は意気揚々と去っていく瀬名を見てから、またキーボードへ目を向けた。

 

 俺はギターの音量を絞りながら、神崎の立ち姿を横目で見る。

 最初の見学の時、神崎は俺と真琴の実力を一度の演奏で見抜いた。

 以降、彼女は何度も見学に来ている。彼女からすれば、軽音部の実力を確かめたいだけなら一度で足りたはずだ。

 

 これ以上、何を確かめたいのか。どうして入部しないのかまでは分からない。本人から聞いていない事情を知ったように決める気もない。

 

 俺は三浦先輩にキーボードの使用許可を取りに行った。

 すると三浦先輩は「オッケー!」と頭上に丸を作った。

 

 というわけで、早速使われていなかったキーボードのケーブルを確かめた。

 

「おお、なんという絡まり方……やるかあ」

 

 ケーブルをほどいている間、神崎はソワソワとしており、俺に何をしているのかと尋ねることはなかった。ただ、後ろから視線は感じる。

 俺はなるべく手際よくケーブルをほどいていき、端子をキーボードに取り付けていく。

 

「よし、できた」

 

 準備を終え、神崎の方を向くとフイっと目を背け、瀬名へ視線を移した。

 俺は小さく笑い、神崎に近づく。

 

「神崎さん」

「……何でしょう」

「キーボード繋いでみたんだけど、試しに弾いてみない?」

 

 神崎は俺とキーボードを交互に見る。

 

「わたくしは見学に来ただけです」

「いいの? 弾かなくて」

 

 断られたら断られたで構わない。

 俺が代わりに楽しむだけだ。ちょっとやりたかったし。

 

「なんだかキーボードに熱視線を送ってたみたいだったけど、気のせいかな」

 

 神崎の目が俺に釘づけになり、形の整った眉が歪む。

 

「……ずいぶん勝手な決めつけですのね」

「違った?」

「違うとは言っていません。その、弾かないとも……言っていません」

 

 神崎が壁際へ歩いていく。

 

 キーボードの前で止まり、椅子を引いた。座面の高さを確かめ、少しだけ前へ動かす。腰を下ろしても背筋は崩れない。

 

 鍵盤へ触れる前に音量のつまみが絞られていることを確かめ、足元のペダルを靴先で試す。

 神崎がこちらへ顔を向けた。

 

「はあ……一曲だけでよろしいかしら」

「一曲と言わず、好きなだけ」

「一曲だけです」

 

 念を押してから、神崎は鍵盤へ向き直る。

 

 指先が白鍵の上に浮いた。

 

 そして、その演奏は俺たちの想像を超えていた。

 

 

 

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