TS転生した元男が演奏系配信者として稼ぐ話 作:深空 秋都
ある日の放課後。
第二音楽室へ入ってきた少女を見て、三浦先輩が「あ」と声を上げた。
「この前の一年生だ。いらっしゃい」
「……こんにちは」
髪も制服の襟も初めて会った時と同じように隙なく整っていた。
以前も演奏を終えたところで彼女が廊下に立っていた。
俺が持ち込んだ新曲の譜面と壁際のキーボードを交互に見て、目が合うと小さく会釈して去っていった。
「あ! そういえば名前を聞いてなかったね」
少女は短く息を吸って背筋を伸ばした。
「一年の
「神崎さんね。今日も見学かな?」
「……ええ、そのつもりです」
三浦先輩は「そっかそっか! こちらへどーぞ」と空いている椅子を勧める。神崎は礼を言い、音もなく腰を下ろす。
第二音楽室では先輩たちが練習している。教室はかなり広く、四隅に固まれば四バンドまで問題なく練習できる。
神崎の視線が部屋を一周する。
先輩たちの練習風景を見ていると、誰も使っていない、壁際のキーボードで止まった。
「この前、廊下にいた子だよね?」
瀬名がベースを抱えたまま神崎に話しかける。
「ええ、音が廊下まで聞こえていましたから」
神崎は顔を近づけてくる瀬名に少し驚きながら答えた。
「ね、ね、どうだった?」
「どうだったとは……あの時の演奏ですか?」
「うん!」
神崎は両腕を軽く組み、手を顎に当て、思案している。
「正直に申し上げても?」
神崎は瀬名の演奏がドラムの拍から少し外れていたこと、単純なミスなど簡単に指摘した。
「やっぱり分かるんだ……」
瀬名が目を伏せたところで、神崎がハッと気づいたように目を泳がせる。
神崎は瀬名の左手を見てから、少し優しい口調で語りかける。
「ですが、最後の方は遅れても次の小節で戻っていました。ご自分で修正なさったのでしょう?」
「う、うん、真琴ちゃんのキックを聞いて」
「であれば十分です。気づき、修正することができるなら上出来です」
瀬名は神崎の言葉に「ありがと! 何かあったら、また教えて!」と言い、ベースの練習へ戻った。
神崎は意気揚々と去っていく瀬名を見てから、またキーボードへ目を向けた。
俺はギターの音量を絞りながら、神崎の立ち姿を横目で見る。
最初の見学の時、神崎は俺と真琴の実力を一度の演奏で見抜いた。
以降、彼女は何度も見学に来ている。彼女からすれば、軽音部の実力を確かめたいだけなら一度で足りたはずだ。
これ以上、何を確かめたいのか。どうして入部しないのかまでは分からない。本人から聞いていない事情を知ったように決める気もない。
俺は三浦先輩にキーボードの使用許可を取りに行った。
すると三浦先輩は「オッケー!」と頭上に丸を作った。
というわけで、早速使われていなかったキーボードのケーブルを確かめた。
「おお、なんという絡まり方……やるかあ」
ケーブルをほどいている間、神崎はソワソワとしており、俺に何をしているのかと尋ねることはなかった。ただ、後ろから視線は感じる。
俺はなるべく手際よくケーブルをほどいていき、端子をキーボードに取り付けていく。
「よし、できた」
準備を終え、神崎の方を向くとフイっと目を背け、瀬名へ視線を移した。
俺は小さく笑い、神崎に近づく。
「神崎さん」
「……何でしょう」
「キーボード繋いでみたんだけど、試しに弾いてみない?」
神崎は俺とキーボードを交互に見る。
「わたくしは見学に来ただけです」
「いいの? 弾かなくて」
断られたら断られたで構わない。
俺が代わりに楽しむだけだ。ちょっとやりたかったし。
「なんだかキーボードに熱視線を送ってたみたいだったけど、気のせいかな」
神崎の目が俺に釘づけになり、形の整った眉が歪む。
「……ずいぶん勝手な決めつけですのね」
「違った?」
「違うとは言っていません。その、弾かないとも……言っていません」
神崎が壁際へ歩いていく。
キーボードの前で止まり、椅子を引いた。座面の高さを確かめ、少しだけ前へ動かす。腰を下ろしても背筋は崩れない。
鍵盤へ触れる前に音量のつまみが絞られていることを確かめ、足元のペダルを靴先で試す。
神崎がこちらへ顔を向けた。
「はあ……一曲だけでよろしいかしら」
「一曲と言わず、好きなだけ」
「一曲だけです」
念を押してから、神崎は鍵盤へ向き直る。
指先が白鍵の上に浮いた。
そして、その演奏は俺たちの想像を超えていた。