ポケットモンスター Agent PLATINUM 作:ミノワ
チャンピオンであるダイゴ、そしてジムリーダーであるアスナとテッセン。
エージェントを兼任する彼らには、重い負担と重責がのしかかります。
その苦悩が少し垣間見える回となっています。
キッサキシティへと向かう217番道路の道程は険しいものだった。視界は白く染まり、足元には常に新しい雪が積もっていく。
厚手の防寒具に身を包み、膝まで埋まる雪道をかき分けて進む四つの影があった。
極限の環境下、一行は菱形の陣形を組みながら進む。アスナとライルが左右の側面を固め、ベテランのテッセンが後方からのサポートを担う。
そしてその布陣の先頭を切るのは、迷いなく雪を踏み締めるダイゴだった。
ライルは凍りつくゴーグルの位置を調整しながら周囲を見回す。
その時、雪の壁の向こうに潜む異変を察知し、声を張り上げる。
「皆さん!右側に動きがあります!」
その警告とほぼ同時に、野生のユキノオーの群れが牙を剥いて姿を現した。
しかし、それに対するチームの迎撃は無慈悲なまでに正確だった。
「ジバコイル!でんじはじゃ!」
後方からテッセンの声が響き、放たれた電気が群れの先頭の足を瞬時に止める。
「バシャーモ!ほのおのパンチ!」
「ゴウカザル!かえんぐるま!」
すかさず、左右からアスナとライルの鋭い指示が交錯した。
——熱波が雪を溶かす。
エージェントにとっては、自然も守るべき対象。無理やりに、群れのすべてを強力な技で壊滅させる必要はない。
3人は見事な連携で、最も体躯の大きい群れのボスを迅速に無力化し、そのまま足を止めることなく先へと突き進む。
「みんな、良い連携だったね。——む?これは……」
メンバーを褒めたダイゴだったが、ふと何かに気づいて視線を雪原の窪みへと落とす。
そこには新雪に深く刻まれた巨大な足跡。
「マンムーの足跡だな。余計な戦闘は避けたい。少しルートを外れよう。ライルくん、道を見失わないよう、ルカリオに波動で見張らせてくれるかい?」
「了解!」
淀みのないチームワーク。普段の、一人で戦況のすべてを判断し、何もかもをこなさなければならない単独任務とは違う。
ここでは、信頼できる仲間たちがおり、己の役割にのみ徹することができる。
その安心感のなかで、ライルは存分に自身の力を発揮していた。
(凄い安定感だ……。ただでさえジムリーダーが2人いるのに、そのうえダイゴさんまで一緒なんて)
互いの背中を預け合いながら四人は歩き続け、やがてセーフハウスへと辿り着いた。
もう少し進めば、凍てつくエイチ湖のほとりが見えてくるはずだが、今夜はこの隠れ家で夜を明かす。
温かい食事を済ませた後、部屋の暖炉に火が灯される。赤々と燃える炎は、部屋の中央に腰掛ける4人の顔を静かに照らし出していた。
「予定通り、明日午前中にはキッサキシティに辿り着く。そこから神殿までの案内人はスズナくんに頼むつもりだ」
ダイゴの口から出てきたのは、キッサキシティの現役ジムリーダーであるスズナの名前だった。彼女の家系は代々、キッサキ神殿を守る管理人を任されている。
アスナが、深く頷いて口を開いた。
「良いと思います!ジムリーダーは街の周囲を知り尽くしてる。もしかしたら既に、何かしらの異常を感じ取っているかも」
しかしライルの脳裏に素朴な疑問が浮かぶ。
「あれ? でもスズナさんって……」
「そう、彼女は我々の組織を知らない。案内を頼むのは神殿の前までだ」
ライルの懸念を察し、ダイゴが冷静に答える。続いて、テッセンが髭を蓄えた口元を緩めて呟いた。
「よく内部調査を許可してくれたのう」
「知らない仲じゃないのでね。それに、シロナも口添えしてくれたようです」
確かに、シンオウ地方の現チャンピオンであるシロナの言葉とあれば、地方のジムリーダーが断る理由もないだろう。
ダイゴは手元の資料に再び視線を落とし、淡々と続けた。
「作戦通り、内部には僕とライルくん、そしてアスナの3人で向かう。テッセンさんは外からのデータ解析と、通信電波の制御をお願いします」
「よっしゃ燃えてきたぞー!」
「うむ!任せておけい」
高い突破力を誇る炎のエキスパートのアスナと、精密な電子機器系統を司るテッセン。
ダイゴの配置した布陣は、理にかなっていた。ライルは、ボスである彼の無駄のないマネジメントに、改めて息を巻いていた。
◇ ◇ ◇
夜更け前。セーフハウスの静寂の中、ダイゴとテッセンの二人は未だ暖炉の前に残り、熾火を見つめていた。
「しかし、お主も現場へ出てくるとはのう」
テッセンがぽつりと溢すように言うと、ダイゴはどこか困ったような苦笑を浮かべた。
「このところ依頼が急増していますからね。現状メンバーの数では足りない部分も出てくるんです。……特に今回は妙な胸騒ぎがした。だから貴方とアスナが来てくれて良かった」
一組織のリーダーとしての、隠しきれない苦悩を吐露しながらも、駆けつけてくれた二人への真摯な感謝を伝えるダイゴ。
その実直さに、テッセンは豪快に笑った。
「水くさいのう。ワシらもエージェントじゃ、できることがあるなら何でもするぞい」
その言葉を受け、ダイゴは深く、穏やかに微笑んだ。
一方その頃、アスナとライルの二人は、2階の小さなバルコニーに出ていた。
いつの間にか激しい吹雪は止み、夜空には息をのむほどに美しい星空が、煌々と冷たく輝いている。
二人は口元から白い息を吐き出しながら、手元の温かい飲み物を流し込んでいた。
ライルは、隣に立つ先輩を見やりながら、以前から気になっていた疑問を口にする。
「それにしても、ジムリーダーとエージェントの兼業って大変すぎないですか? おれなら頭がパンクしそうです……」
アスナはバルコニーの手すりに両手を預け、飾らない彼女らしく答えた。
「うーん……まあ、実務はね。だけどジムリーダーがエージェントになる場合は、事務方がひとり派遣されるんだよ」
「え、そうなんですか?」
「そ! だから事務処理とか雑用は全部やってくれるんだー。私はそういうの苦手だから助かるよね! アハハ!」
夜空に響くような明るい笑い声を上げながら、楽しそうに話すアスナ。
けれど、ライルは理解していた。表の舞台で『街の顔』として立ち続ける責任、そしてこの組織の一員として、世界を裏側で支える覚悟。
たとえ書類仕事の手間は代わりに引き受けてもらえたとしても、彼女たちがその背に乗せる『重さ』までを代行できる人間など、どこにもいない。
おちゃらけて見せる彼女の強さに触れ、ライルは心からの尊敬の眼差しを、先輩であるアスナに向けた。
少年のその真っ直ぐすぎる視線に気づき、照れくさそうに笑った後、いつもの調子で元気な声を張り上げる。
「なに感心したような顔してんのよ! ほら、明日に備えて早く寝るよ!」
そしてライルの肩をバチっと音が出るほどの勢いで叩いた。
「アスナさん。——痛いっす」
ライルは顔をしかめながら、叩かれた肩を手のひらでさする。
「ああ、ごめん! ついね、つい」
寒冷の夜気の中、悪びれずに笑うアスナの快活な笑い声が、優しく響き渡っていた。