ポケットモンスター Agent PLATINUM   作:ミノワ

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今章から、物語が少しずつ大きく動き始めます。今回はややシリアスな展開を含みます。




第十四話【鋼の献身】

 

 ダイゴの指示が響いた瞬間、ライル、アスナ、スズナは一斉に駆け出す。

 

ダイゴはメタグロスに飛び乗り、地響きを立てるレジギガスの元へ急行する。

 三体の眷属を前に、ライルは走りながら鋭い声を張り上げる。

 

「それぞれの弱点を突きましょう!」

「氷なら私に任せて! バシャーモいくよ!」

「なら私は岩を! 出てきてユキノオー!」

 

 アスナとスズナが即座に応じ、それぞれレジアイス、レジロックを相手取る。

 そしてライルは最後に残った鉄の巨体の前に立ち塞がった。

 

「なら、お前の相手はおれだ」

 

 そこに放たれたのはゴウカザル。頭から燃え盛る炎を揺らす相棒は、不敵な笑みと共に白い牙を剥いた。

 

 レジアイスの氷とバシャーモの炎が激突し、水蒸気が爆ぜる。

 レジロックが岩の腕を振り回すと、ユキノオーが真っ向からそれを受け止めた。

 そしてゴウカザルは、凄まじい速度でレジスチルの懐へと潜り込み、爆炎を叩き込む。

 

 一方、ダイゴはレジギガスの直下に到達。

 

 伝説の巨人は、自らを縛り付ける黒い鎖を破壊しようと、暴れ回っている。

(この鎖を破壊するべきか……?)

 

 ダイゴが逡巡した刹那。怒れるレジギガスは圧倒的な質量の剛腕を、ダイゴめがけて振り下ろす。

 轟音と共に石畳が砕け散る。それを紙一重でかわしながら、ダイゴは必死に声を張る。

 

「よせ! 僕は敵じゃない!!」

 

 鎖を壊そうにも、まずはこの巨神を止めなければ狙いすら定まらない。

 ダイゴは即座に、最重量級の二匹——ボスゴドラとアーマルドを投入した。

 二匹はレジギガスの足元へとしがみつき、必死に押さえつけようとする。

 

 戦いは苛烈を極めていった。

 

 炎と草、アスナ達は弱点をついた技で、レジアイス達の全身へ着実にダメージを与えていく。

 

 ——しかし。

 

 眷属達が不気味な黒い霧に覆われると、その傷口は、時を戻すかのように少しずつ回復してしまう。

 

「そんな……攻撃が通らないの……!?」

 

 アスナが驚愕の声を漏らす。

 その一瞬の隙を敵は見逃さない。レジアイスの『ふぶき』と、レジロックの『ストーンエッジ』が重なるように放たれた。

 バシャーモとユキノオーに直撃し、後方へ弾き飛ばされる。

 ゴウカザルは猛攻を仕掛けていたが、レジスチルはお構いなしに、カウンターの一撃を繰り出してくる。

 

「ゴウカザル! よけろ!」

 

 ライルの指示に、ゴウカザルは身を翻す。直撃こそ避けたものの、鉄の指が脇腹を掠める。

 たったそれだけで彼の身体は放り出されてしまい、何とか空中で体勢を立て直し着地する。

 

「大丈夫か!?」

「ウキィッ!!」

 

 ゴウカザルは脇腹を押さえながらも、戦意を剥き出しにして吠えた。

 しかしどれだけ攻撃を入れても、ダメージが修復されればジリ貧となり、いずれあの反撃に捕まってしまう。

 

 突破口を探していたライルの目に、ある違和感が映り込む。

 レジスチルの鉄のボディが、部位によって、その修復速度に差が生まれていたのである。

 他の箇所に比べ、執拗に攻撃されていた胴体の傷だけは、明らかに黒い霧の回復が追いついていない。

 

 ライルはダイゴの方へ視線を走らせる。

 

 ボスゴドラとアーマルドがレジギガスの足を止め、さらにその剛腕を、メタグロスが両爪で受け止めていた。

 それでも、レジギガスの怪力に今にも引きちぎられようとしている。

 

 ——時間はかけられない。

 

「頼むぜ、ゴウカザル」

 

 信頼がこもったその声に、ゴウカザルは力強く頷いた。

 全身に爆炎を纏う『フレアドライブ』で、ゴウカザルは弾丸のように飛び出し、突撃した。

 

——ゴオォォン!!

 

 鋼鉄を打つ強烈な衝撃音が轟き、レジスチルの体が大きく後方へと傾く。

 

「まだだ!」

 

 ゴウカザルはその勢いのまま、巨体によじ登り、ゼロ距離から『かえんほうしゃ』を食らわせた。

 

 ゴオオオオ! と凄まじい炎がレジスチルを包む。熱を逃がせない鉄のボディが、赤色へと染まっていく。

 

 そしてそのダメージが、極限まで与えられた瞬間。

 

 レジスチルの足元に再び漆黒が開いた。そして引き摺り込まれるようにして消えていく。

 

 ライルは確信に近い声を上げる。

 

「——やっぱり、回復できるダメージには上限がある……!」

 

 ライルは即座にアスナとスズナの方を向き、声を張り上げた。

 

「アスナさん! スズナさん! こいつらに一番の火力を叩き込んで! 散らしちゃダメだ! 一箇所だけに集中させてください!」

 

 その叫びにジムリーダー達は即座に反応した。

 

「さすが……! よっしゃいくよ、バシャーモ!」

「ライル君! まかせて!」

 

 2匹の猛攻が炸裂する。バシャーモの口から放たれたのは『オーバーヒート』、そしてユキノオーからは『リーフストーム』。

 最大火力が寸分の狂いもなく一点へと集中し、レジアイスとレジロックに真正面から直撃する。

 修復限界を超えた凄まじいダメージ。レジアイスとレジロックは、レジスチルと同様に、足元に口を開いた穴へと、次々と引きずり込まれていった。

 

「よし、やった……!」

 

 確かな手応えに、ライルが声をあげる。

 その一部始終を見届けていたダイゴが、すかさず言葉を紡ぐ。

 

「みんな、よくやってくれた!」

 

 眷属は退けた。すかさずライル達が、ダイゴの近くへと駆け寄る。ダイゴの双眸が、巨神の肉体を縛り付ける鎖を捉えた。

 

「この鎖を破壊する!レジギガスの腕を止めてくれ!」

 

 短く鋭い指令。バシャーモとゴウカザルが右腕を、ユキノオーが左腕を抑え込み、メタグロスと位置を交代。

 

 自由を得たメタグロスが、空中に向かってその強靭な両腕を振り上げ、渾身の『コメットパンチ』を、絡みつく鎖に向け容赦なく叩き込む。

 巨大な金属音が神殿に轟く。しかし、その不気味な鎖は、表面部分にほんな僅かなヒビが入っただけで、ほとんどの衝撃を弾き返した。

 

「もう一発だ!!」

 

 再びメタグロスが腕を振り上げる。

 

 ——その刹那、突如として、レジギガスから湧き出す力の出力が跳ね上がった。

 

 両腕にしがみついていた3匹、そして重量級のボスゴドラ、アーマルドまでもが、羽虫を払うかのように一斉に振りほどかれる。

 

 その風圧によって、最も近くにいたライルの身体が吹き飛ばされる。

 

「うわぁっ!!」

「ライルくん!!」

 

 アスナの声が轟く。

 

「なんなのこのパワー……!?」

「——これはまさか、スロースタート……!」

 

 そしてスズナの驚愕の声を塗りつぶすように、ダイゴの声が響く。

 

 ——特性『スロースタート』。

 

 レジギガスに縛りが与えられていた時間が終わり、レジギガス本来の怪力が覚醒したのである。

 神殿を震わせるノイズ交じりの咆哮。誰もがその威圧感に身構えた、その瞬間。

 

 巨人は自らの両手で、その胸元を締め付けていた黒い鎖を直接掴み取ると、ただ純粋な力のみで、それを引きちぎった——。

 

 ——バキイィィィィン!!

 

 凄まじい破断音が轟く。

 

 すると、先ほどまでの暴走が嘘のように、空気が一変する。あたりに、神々しいまでの厳かな雰囲気が満ちていく。

 

 縛るものを排したレジギガスは、ただ静かに、悠然とそこに佇んでいた。

 

 四人はその姿に、完全に目を奪われていた。

 

「なんて偉大な力だ……これが……」

「——キッサキの王の力……!」

 

 ダイゴとスズナは、感嘆の声を上げる。

 

「ライル君!大丈夫!?」

 

 アスナが吹き飛ばされたライルを心配し、駆け寄ってくる。

 

「あ、はい……何とか……」

 

 衝撃で呼吸を詰まらせていたライルは、ふと、すぐ側に落ちていたデバイスに目がいく。

 先ほどの風圧で吹き飛ばされた際、ポケットから滑り落ちてしまったようだ。

 

 それを拾おうとしたそのとき。

 

 暗転していた画面に突如として、アラートがポップアップされる。

 

 その画面を見たライルは凍りつく。

 

 そこに映し出されていたのは、カンナギの異変で目にしたあの最悪の波形。

 

「……みんな、待ってください!数値が、ありえないほど上がってる……!」

 

 ライルがそう叫んだ瞬間、空間が裂ける気配がした。

 

 悠然と佇むレジギガスの背後に、先ほど眷属達が通ったものよりも、遥かに巨大で真っ黒な「穴」が開く。

 

 ライルを除いた三人は、現れた「それ」が何であるのか、わかっていない。

 その深淵から覗く、血走ったような赤い瞳。それと視線が合った瞬間、ライルの全身に鳥肌が立つ。

 

「あいつだ……!あいつがまたやってきた……!」

 

 闇を割ってその姿を現したのは、金色の装甲を纏う反転世界の神——ギラティナ。

 

 そしてその神の行動は、迅速かつ無慈悲だった。

 

 這い出たギラティナはその長い巨体を、覚醒したレジギガスに一瞬にして巻き付ける。

 そして抗う間を一時も与えず、力ずくで、暗闇の中へと引きずり込んでしまった。

 

 巨神を飲み込み、徐々に閉じていく空間の裂け目。

 

 目の前で起きた、あまりの超常的な出来事に、何が起こったのか理解できるものはいなかった。

 

 そして『王』を失った神殿は、そのバランスを瞬時に失う。地響きと共に、天井の石材が少しずつ崩れ始める。

 

 それを見て、誰よりも早く反応したダイゴが叫ぶ。

 

「全員!緊急退避だ!神殿が崩れる!」

 

 ダイゴは全員の配置を見やり、スズナに向けて動線確保の指示を飛ばす。彼女はその鋭い声に、弾かれたように走り出した。

 

 しかしライルとアスナの2人は、目の前で起きた伝説の王の拉致という衝撃に、走り出すのがほんのコンマ数秒、遅れてしまう。

 

 穴が完全に閉じるまでの数瞬の隙間。

 

 ギラティナの触手のような、禍々しい翼がずるりと伸び、アスナとライルに襲い掛かろうとする。

 

「きゃっ——」

(とっさに動けないっ……!!)

 

 迫りくる黒い影。絶望の瞬間。

 二人の視界を、銀色の色彩が遮る。

 

 ——ドンッッ!!!

 

 ダイゴが、二人の背中を全力で突き飛ばした。

 

 押し出されるようにして、石畳の上を転がり落ちる二人。

 体勢を立て直し、すぐさま背後へと視線を向けたとき、ライルの口から悲痛な叫びが上がった。

 

「ああ、そんなっ……ダイゴさん!!」

 

 その視線の先には、ライル達の身代わりとなり、身体を捕らえられたダイゴの姿があった。

 ダイゴは2人の無事を確認すると、閉じゆく裂け目に引きずり込まれながら、しかし、微塵の動揺も見せず、断固たる口調で言い放つ。

 

「……問題ない、早く行け!!!」

 

 直後、無情にもその穴は完全に閉じた。

 

「うわぁぁぁあああ!!」

 

 ライルの叫び声が轟く。

 隣のアスナは声を発せず、顔面蒼白になり激しく震えている。

 

 ——最悪の事態。

 

 プラチナムのリーダーの一人であるダイゴが、自分たちの目の前で闇へと連れ去られた。

 しかし無情な神殿の崩壊は、彼らを待ってはくれない。岩が次々と落下し、床が砕けていく。

 

 スズナは二人の元へと駆け寄り、その肩を強く掴んだ。

 涙がその頬を伝う中、必死に叫ぶ。

 

「二人とも!お願い立って!行こう!!——ダイゴさんの覚悟が無駄になる!!!」

 

 その言葉が、ライルを我に返す。

 視界が激しく歪むなか、歯を食いしばり、立ち上がる。

 

「アスナさん、行こう……行かなきゃだめだ……!」

 

 アスナに肩を貸しながら、崩落する岩と埃が激しく落ちてくる最奥の間を後にし、螺旋階段を登っていく。崩れゆく通路を、三人は必死に走り続けた。

 

 しかし、ようやく地上階まで辿り着いたところで、唯一の出口が、天井から崩落した岩塊によって塞がりかけているのが見えた。

 

 ——間に合わないっ……!

 

 全員が覚悟した、その瞬間だった。

 わずかな隙間を縫って、鉄の円盤のような生物が神殿内へと滑り込み、猛スピードでこちらへ向かってくる。

 それを見たライルが叫ぶ。

 

「これは、テッセンさんのジバコイル!!」

 

 三人は躊躇うことなくその鋼鉄の体へと掴まった。ジバコイルは『でんじふゆう』による凄まじい推進力でもって、建物が崩壊する間一髪を、弾丸のような速度で突き抜けた。

 

 その勢いのまま、三人の身体は雪の上へと投げ出された。直後、背後で神殿の入り口が大音響と共に塞がる。

 呆気に取られていると、デバイスを握りしめたテッセンが、険しい表情で駆け寄ってくるのが見えた。

 

「無事か!?エネルギー数値が異常に跳ね上がったんで、すぐにジバコイルを飛ばしたが……!」

 

 その言葉を聞いても、雪の上に崩れ落ちたライルとアスナは、立ち上がることができなかった。

 ライルは雪を強く握りしめ、アスナは顔を覆ったまま、小刻みに震え続けている。

 

 スズナはかろうじて立ち上がったものの、守るべき街の象徴であった、神殿の内部が崩壊したその光景を、凝視したまま言葉を失っている。

 

 テッセンは周囲を食い入るように見回す。

 

 しかしどれだけ探しても、そこに本来居るべきはずの凛々しきリーダーの姿が、どこにもない。

 

 テッセンは、震える声を必死に抑え込み、しかし、静かに問いかけた。

 

「ここに居る者達で、全員じゃな?」

 

 その問いに、答えられるものは誰一人としていなかった。

 

 だが、その場を支配したあまりにも重苦しい沈黙こそが、何よりも確かな答えとなっていた。

 

 テッセンは灰色の空をゆっくりと見上げ、深く、長く目を閉じる。

 ただ、冷たい雪だけが、悲劇を覆い隠すように、静かに降り続けていた。

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