ポケットモンスター Agent PLATINUM 作:ミノワ
今章から、物語が少しずつ大きく動き始めます。今回はややシリアスな展開を含みます。
ダイゴの指示が響いた瞬間、ライル、アスナ、スズナは一斉に駆け出す。
ダイゴはメタグロスに飛び乗り、地響きを立てるレジギガスの元へ急行する。
三体の眷属を前に、ライルは走りながら鋭い声を張り上げる。
「それぞれの弱点を突きましょう!」
「氷なら私に任せて! バシャーモいくよ!」
「なら私は岩を! 出てきてユキノオー!」
アスナとスズナが即座に応じ、それぞれレジアイス、レジロックを相手取る。
そしてライルは最後に残った鉄の巨体の前に立ち塞がった。
「なら、お前の相手はおれだ」
そこに放たれたのはゴウカザル。頭から燃え盛る炎を揺らす相棒は、不敵な笑みと共に白い牙を剥いた。
レジアイスの氷とバシャーモの炎が激突し、水蒸気が爆ぜる。
レジロックが岩の腕を振り回すと、ユキノオーが真っ向からそれを受け止めた。
そしてゴウカザルは、凄まじい速度でレジスチルの懐へと潜り込み、爆炎を叩き込む。
一方、ダイゴはレジギガスの直下に到達。
伝説の巨人は、自らを縛り付ける黒い鎖を破壊しようと、暴れ回っている。
(この鎖を破壊するべきか……?)
ダイゴが逡巡した刹那。怒れるレジギガスは圧倒的な質量の剛腕を、ダイゴめがけて振り下ろす。
轟音と共に石畳が砕け散る。それを紙一重でかわしながら、ダイゴは必死に声を張る。
「よせ! 僕は敵じゃない!!」
鎖を壊そうにも、まずはこの巨神を止めなければ狙いすら定まらない。
ダイゴは即座に、最重量級の二匹——ボスゴドラとアーマルドを投入した。
二匹はレジギガスの足元へとしがみつき、必死に押さえつけようとする。
戦いは苛烈を極めていった。
炎と草、アスナ達は弱点をついた技で、レジアイス達の全身へ着実にダメージを与えていく。
——しかし。
眷属達が不気味な黒い霧に覆われると、その傷口は、時を戻すかのように少しずつ回復してしまう。
「そんな……攻撃が通らないの……!?」
アスナが驚愕の声を漏らす。
その一瞬の隙を敵は見逃さない。レジアイスの『ふぶき』と、レジロックの『ストーンエッジ』が重なるように放たれた。
バシャーモとユキノオーに直撃し、後方へ弾き飛ばされる。
ゴウカザルは猛攻を仕掛けていたが、レジスチルはお構いなしに、カウンターの一撃を繰り出してくる。
「ゴウカザル! よけろ!」
ライルの指示に、ゴウカザルは身を翻す。直撃こそ避けたものの、鉄の指が脇腹を掠める。
たったそれだけで彼の身体は放り出されてしまい、何とか空中で体勢を立て直し着地する。
「大丈夫か!?」
「ウキィッ!!」
ゴウカザルは脇腹を押さえながらも、戦意を剥き出しにして吠えた。
しかしどれだけ攻撃を入れても、ダメージが修復されればジリ貧となり、いずれあの反撃に捕まってしまう。
突破口を探していたライルの目に、ある違和感が映り込む。
レジスチルの鉄のボディが、部位によって、その修復速度に差が生まれていたのである。
他の箇所に比べ、執拗に攻撃されていた胴体の傷だけは、明らかに黒い霧の回復が追いついていない。
ライルはダイゴの方へ視線を走らせる。
ボスゴドラとアーマルドがレジギガスの足を止め、さらにその剛腕を、メタグロスが両爪で受け止めていた。
それでも、レジギガスの怪力に今にも引きちぎられようとしている。
——時間はかけられない。
「頼むぜ、ゴウカザル」
信頼がこもったその声に、ゴウカザルは力強く頷いた。
全身に爆炎を纏う『フレアドライブ』で、ゴウカザルは弾丸のように飛び出し、突撃した。
——ゴオォォン!!
鋼鉄を打つ強烈な衝撃音が轟き、レジスチルの体が大きく後方へと傾く。
「まだだ!」
ゴウカザルはその勢いのまま、巨体によじ登り、ゼロ距離から『かえんほうしゃ』を食らわせた。
ゴオオオオ! と凄まじい炎がレジスチルを包む。熱を逃がせない鉄のボディが、赤色へと染まっていく。
そしてそのダメージが、極限まで与えられた瞬間。
レジスチルの足元に再び漆黒が開いた。そして引き摺り込まれるようにして消えていく。
ライルは確信に近い声を上げる。
「——やっぱり、回復できるダメージには上限がある……!」
ライルは即座にアスナとスズナの方を向き、声を張り上げた。
「アスナさん! スズナさん! こいつらに一番の火力を叩き込んで! 散らしちゃダメだ! 一箇所だけに集中させてください!」
その叫びにジムリーダー達は即座に反応した。
「さすが……! よっしゃいくよ、バシャーモ!」
「ライル君! まかせて!」
2匹の猛攻が炸裂する。バシャーモの口から放たれたのは『オーバーヒート』、そしてユキノオーからは『リーフストーム』。
最大火力が寸分の狂いもなく一点へと集中し、レジアイスとレジロックに真正面から直撃する。
修復限界を超えた凄まじいダメージ。レジアイスとレジロックは、レジスチルと同様に、足元に口を開いた穴へと、次々と引きずり込まれていった。
「よし、やった……!」
確かな手応えに、ライルが声をあげる。
その一部始終を見届けていたダイゴが、すかさず言葉を紡ぐ。
「みんな、よくやってくれた!」
眷属は退けた。すかさずライル達が、ダイゴの近くへと駆け寄る。ダイゴの双眸が、巨神の肉体を縛り付ける鎖を捉えた。
「この鎖を破壊する!レジギガスの腕を止めてくれ!」
短く鋭い指令。バシャーモとゴウカザルが右腕を、ユキノオーが左腕を抑え込み、メタグロスと位置を交代。
自由を得たメタグロスが、空中に向かってその強靭な両腕を振り上げ、渾身の『コメットパンチ』を、絡みつく鎖に向け容赦なく叩き込む。
巨大な金属音が神殿に轟く。しかし、その不気味な鎖は、表面部分にほんな僅かなヒビが入っただけで、ほとんどの衝撃を弾き返した。
「もう一発だ!!」
再びメタグロスが腕を振り上げる。
——その刹那、突如として、レジギガスから湧き出す力の出力が跳ね上がった。
両腕にしがみついていた3匹、そして重量級のボスゴドラ、アーマルドまでもが、羽虫を払うかのように一斉に振りほどかれる。
その風圧によって、最も近くにいたライルの身体が吹き飛ばされる。
「うわぁっ!!」
「ライルくん!!」
アスナの声が轟く。
「なんなのこのパワー……!?」
「——これはまさか、スロースタート……!」
そしてスズナの驚愕の声を塗りつぶすように、ダイゴの声が響く。
——特性『スロースタート』。
レジギガスに縛りが与えられていた時間が終わり、レジギガス本来の怪力が覚醒したのである。
神殿を震わせるノイズ交じりの咆哮。誰もがその威圧感に身構えた、その瞬間。
巨人は自らの両手で、その胸元を締め付けていた黒い鎖を直接掴み取ると、ただ純粋な力のみで、それを引きちぎった——。
——バキイィィィィン!!
凄まじい破断音が轟く。
すると、先ほどまでの暴走が嘘のように、空気が一変する。あたりに、神々しいまでの厳かな雰囲気が満ちていく。
縛るものを排したレジギガスは、ただ静かに、悠然とそこに佇んでいた。
四人はその姿に、完全に目を奪われていた。
「なんて偉大な力だ……これが……」
「——キッサキの王の力……!」
ダイゴとスズナは、感嘆の声を上げる。
「ライル君!大丈夫!?」
アスナが吹き飛ばされたライルを心配し、駆け寄ってくる。
「あ、はい……何とか……」
衝撃で呼吸を詰まらせていたライルは、ふと、すぐ側に落ちていたデバイスに目がいく。
先ほどの風圧で吹き飛ばされた際、ポケットから滑り落ちてしまったようだ。
それを拾おうとしたそのとき。
暗転していた画面に突如として、アラートがポップアップされる。
その画面を見たライルは凍りつく。
そこに映し出されていたのは、カンナギの異変で目にしたあの最悪の波形。
「……みんな、待ってください!数値が、ありえないほど上がってる……!」
ライルがそう叫んだ瞬間、空間が裂ける気配がした。
悠然と佇むレジギガスの背後に、先ほど眷属達が通ったものよりも、遥かに巨大で真っ黒な「穴」が開く。
ライルを除いた三人は、現れた「それ」が何であるのか、わかっていない。
その深淵から覗く、血走ったような赤い瞳。それと視線が合った瞬間、ライルの全身に鳥肌が立つ。
「あいつだ……!あいつがまたやってきた……!」
闇を割ってその姿を現したのは、金色の装甲を纏う反転世界の神——ギラティナ。
そしてその神の行動は、迅速かつ無慈悲だった。
這い出たギラティナはその長い巨体を、覚醒したレジギガスに一瞬にして巻き付ける。
そして抗う間を一時も与えず、力ずくで、暗闇の中へと引きずり込んでしまった。
巨神を飲み込み、徐々に閉じていく空間の裂け目。
目の前で起きた、あまりの超常的な出来事に、何が起こったのか理解できるものはいなかった。
そして『王』を失った神殿は、そのバランスを瞬時に失う。地響きと共に、天井の石材が少しずつ崩れ始める。
それを見て、誰よりも早く反応したダイゴが叫ぶ。
「全員!緊急退避だ!神殿が崩れる!」
ダイゴは全員の配置を見やり、スズナに向けて動線確保の指示を飛ばす。彼女はその鋭い声に、弾かれたように走り出した。
しかしライルとアスナの2人は、目の前で起きた伝説の王の拉致という衝撃に、走り出すのがほんのコンマ数秒、遅れてしまう。
穴が完全に閉じるまでの数瞬の隙間。
ギラティナの触手のような、禍々しい翼がずるりと伸び、アスナとライルに襲い掛かろうとする。
「きゃっ——」
(とっさに動けないっ……!!)
迫りくる黒い影。絶望の瞬間。
二人の視界を、銀色の色彩が遮る。
——ドンッッ!!!
ダイゴが、二人の背中を全力で突き飛ばした。
押し出されるようにして、石畳の上を転がり落ちる二人。
体勢を立て直し、すぐさま背後へと視線を向けたとき、ライルの口から悲痛な叫びが上がった。
「ああ、そんなっ……ダイゴさん!!」
その視線の先には、ライル達の身代わりとなり、身体を捕らえられたダイゴの姿があった。
ダイゴは2人の無事を確認すると、閉じゆく裂け目に引きずり込まれながら、しかし、微塵の動揺も見せず、断固たる口調で言い放つ。
「……問題ない、早く行け!!!」
直後、無情にもその穴は完全に閉じた。
「うわぁぁぁあああ!!」
ライルの叫び声が轟く。
隣のアスナは声を発せず、顔面蒼白になり激しく震えている。
——最悪の事態。
プラチナムのリーダーの一人であるダイゴが、自分たちの目の前で闇へと連れ去られた。
しかし無情な神殿の崩壊は、彼らを待ってはくれない。岩が次々と落下し、床が砕けていく。
スズナは二人の元へと駆け寄り、その肩を強く掴んだ。
涙がその頬を伝う中、必死に叫ぶ。
「二人とも!お願い立って!行こう!!——ダイゴさんの覚悟が無駄になる!!!」
その言葉が、ライルを我に返す。
視界が激しく歪むなか、歯を食いしばり、立ち上がる。
「アスナさん、行こう……行かなきゃだめだ……!」
アスナに肩を貸しながら、崩落する岩と埃が激しく落ちてくる最奥の間を後にし、螺旋階段を登っていく。崩れゆく通路を、三人は必死に走り続けた。
しかし、ようやく地上階まで辿り着いたところで、唯一の出口が、天井から崩落した岩塊によって塞がりかけているのが見えた。
——間に合わないっ……!
全員が覚悟した、その瞬間だった。
わずかな隙間を縫って、鉄の円盤のような生物が神殿内へと滑り込み、猛スピードでこちらへ向かってくる。
それを見たライルが叫ぶ。
「これは、テッセンさんのジバコイル!!」
三人は躊躇うことなくその鋼鉄の体へと掴まった。ジバコイルは『でんじふゆう』による凄まじい推進力でもって、建物が崩壊する間一髪を、弾丸のような速度で突き抜けた。
その勢いのまま、三人の身体は雪の上へと投げ出された。直後、背後で神殿の入り口が大音響と共に塞がる。
呆気に取られていると、デバイスを握りしめたテッセンが、険しい表情で駆け寄ってくるのが見えた。
「無事か!?エネルギー数値が異常に跳ね上がったんで、すぐにジバコイルを飛ばしたが……!」
その言葉を聞いても、雪の上に崩れ落ちたライルとアスナは、立ち上がることができなかった。
ライルは雪を強く握りしめ、アスナは顔を覆ったまま、小刻みに震え続けている。
スズナはかろうじて立ち上がったものの、守るべき街の象徴であった、神殿の内部が崩壊したその光景を、凝視したまま言葉を失っている。
テッセンは周囲を食い入るように見回す。
しかしどれだけ探しても、そこに本来居るべきはずの凛々しきリーダーの姿が、どこにもない。
テッセンは、震える声を必死に抑え込み、しかし、静かに問いかけた。
「ここに居る者達で、全員じゃな?」
その問いに、答えられるものは誰一人としていなかった。
だが、その場を支配したあまりにも重苦しい沈黙こそが、何よりも確かな答えとなっていた。
テッセンは灰色の空をゆっくりと見上げ、深く、長く目を閉じる。
ただ、冷たい雪だけが、悲劇を覆い隠すように、静かに降り続けていた。