ポケットモンスター Agent PLATINUM 作:ミノワ
本作は一部シリアスな展開を含みますが、それをキャラ達がどう乗り越えていくのか、というのは一つの大きなテーマです。
今回は登場人物みんながカッコいいです。
一行が戻ってきたキッサキジムの応接室。
暖炉の火も、彼らの冷え切った心を温めるにはあまりに無力だった。事務職員が、憔悴しきった三人に温かい飲み物を差し出し、速やかに退室する。
テッセンは努めて冷静に、しかし慈父のような眼差しで事実を確認していく。
「三人とも、ひとまずはご苦労じゃった。神殿内部で起こったことについて、一部始終を教えてくれるか?」
スズナが途切れ途切れに語る神殿での惨劇を、テッセンは一言も漏らさず聞き届けた。
アスナとライルは、ただ一点を見つめたまま、動くことさえ忘れたかのようだった。
「……承知した、想像を絶する戦いじゃったの」
テッセンは大きく溜息をつき、アスナとライルを見る。
「アスナ、ライルくん、君たちの頭には今、言いようのない後悔が渦巻き、絶望に打ちひしがれておるかもしれん。——だが、決して己を責めるな。ダイゴは、自分の仕事をしただけじゃ」
その言葉が、二人の心の栓を抜く。声を押し殺し肩を震わせて泣くアスナ。溢れそうになる涙を必死で堪えるライル。
ジムリーダーとして、エージェントとして、常に強くあろうとしてきたニ人が、感情を露わにした瞬間だった。
「第一、ダイゴは転んでもただでは起きん男じゃ。必ず生き延びるチャンスを伺っておる。——そして、我々も休んでいる暇はないぞ」
テッセンのトーンが少し上がる。
「昨夜、ヤツと話をしていた時じゃ。実はダイゴは、万が一に自分の身に何かあった時のための指示を、わしに残しておった」
アスナとライルは同時に顔を上げる。
「……指示、ですか?」
「ああ、これより我々のチームは、——チャンピオン・シロナの指揮下に移る」
その一言に部屋の空気が一変した。
この地方の頂点であり、プラチナムシンオウ本部において、もう一人のリーダーを務める彼女が、このチームの手綱を握る。
「ちょっと待って、何の話ですか? チーム……? 指揮下って……?」
「うむ、もう君には隠せまい…」
状況に付いていけないスズナに対し、テッセンは静かに真実を説いた。世界の裏側で動く組織の存在。その任務によって自分たちがこの地に来たことを。
「……そんな組織があったなんて……」
「スズナくん。もし君が望むなら、わしが責任を持って君をエージェントへ推薦しよう。望まないなら、今わしが話したこと、今日起きたことは己の胸に秘めておいてくれ」
スズナは、窓の外の崩壊した神殿の方向を見つめた。そして、強い意思を込めた顔で振り返る。
「いえ、乗りかかった舟です。愛する故郷も壊された……。ぜひ、私を仲間に加えてください。ダイゴさんを助けるためなら、なんだってやります!」
「よく言った。……ではみんな、今日は休んで、明日本部に戻るか?」
重い沈黙が流れる。
もしこのままキッサキに留まれば、嫌でもダイゴを失った瞬間の記憶に心を削られるだろう。
ライルは呟く。
「いえ……今から移動しましょう」
その言葉にアスナも、スズナも、小さく頷く。前向きな意欲などではない。ただ、何かをしていないと心が壊れてしまう、この凍てついた地から逃げ出したい、そんな、現実逃避に近い願いだった。
「……わかった。ではすぐに出発しよう。今から出れば、夜には着くだろう」
そうして四人は早々にキッサキの地を後にした。
◇ ◇ ◇
本部の重厚な執務室を開けると、そこにはシロナが待っていた。だがその表情は厳しいリーダーのそれではなく慈愛に満ちたものだった。
部屋に足を踏み入れ、そのシロナの姿を視界に捉えた瞬間、ライルは安堵、罪悪感、そして喪失感が一気に決壊しそうになる。
シロナは静かに歩み寄り、ライルのその肩に手を置く。
「シロナさん……おれ……」
「……大丈夫。ダイゴくんなら必ず生きてる。まずは、君が無事でよかった」
その温もりに、ライルの心が一瞬だけ救われたような感覚になる。シロナは他のメンバーにも目をやる。
「アスナ、テッセンさんもお疲れ様でした。スズナ……君の推薦は最速で受理されたわ。巻き込んでしまって申し訳ないけれど、これから力を貸してちょうだい。……それと、三人は少し休みなさい。テッセンさんは私と今後の動きについて打ち合わせを」
そしてシロナの執務室を後にするライル。振り返った時には既に、シロナの顔は責任者としての鋭さを取り戻していた。
医務室で受ける消毒の匂いが、現実を突きつけてくる。傷の手当てを受けながら見るモニターには、疲弊したゴウカザル、バシャーモ、ユキノオーの姿。
彼らの傷こそ、神殿で起きた惨劇の証拠だったが、そこにダイゴの手持ちの姿はない。
食堂に座ってみたものの、ライルの目の前にある温かいスープは冷める一方で、一向に喉を通らない。
すると、背後から足音がした。
「ライルくん、食欲出ないよね……わかるよ」
声をかけてきたのは、契約締結を終え、正式にエージェントになったばかりのスズナだった。
「ね、私、この施設初めてで……少し風の当たれるところに連れてってくれない?」
二人は、夜の本部を見下ろすバルコニーへと移動する。
「……アスナさんは?」
「仮眠室で横になってる。だいぶ参ってるみたい。無理ないよね……。それにしても、君は強いんだね」
ライルは自嘲気味に首を振る。
「いや、おれなんて、全然……」
「……強いよ。君があの時、レジスチルたちの弱点を暴いてくれなかったら、今ここには誰もいなかったかもしれない。……ありがとう」
「そんな……」
スズナは隣に立ち、キッサキの冷た過ぎる空気とは違う、凛とした夜風に吹かれながら続ける。
「ダイゴさんならきっと大丈夫。私たちは、いまできることをやろう」
「…………」
その励ましに、ライルは何も言えず、俯きながら言葉を聞く。
「……辛いよね。わかるよ、私だって怖い。でも……どれだけ力不足を感じても、惨めでも、いつかは進まないといけない。だって、時間は待ってくれない」
実感の伴う力強い言葉をスズナは発する。
「でも、——それでもどうしてもダメな時は、自分が持っているものを数えるんだよ」
その言葉に、ライルは顔を上げてスズナを見る。スズナは、腰のモンスターボールを取り出し、愛おしそうに見つめた。
「仲間、友達、そして……この子たち。そうしたら、歩き出す力が湧いてくる……!君もきっとそうできる」
「……スズナさんこそ、本当に強いですよ」
少しだけ苦笑するライルに、スズナはいたずらっぽく、しかし温かく微笑んだ。
その笑顔は、暗闇を照らす一筋の希望のようだった。
スズナの激励で少し元気を出したライルは、回復施設に向かい、カプセルで眠るゴウカザルたちの姿を静かに見つめた。
彼らの傷は、共に戦い生き残った証だ。
そして脳裏に浮かぶのは、マサゴにいる母の顔、ヒカリ、ポケモン達、そしてこれまでの旅で出会った友人たちの笑顔。
「……そうだ。おれはみんなのために、自分の力を使いたいって……そう決めたんだ」
——到底、このままでは終われない。
ダイゴへの負い目、罪悪感が消えたわけではない。それでも、ただ立ち止まっているだけでは、いま守りたいものまで失ってしまう。
ライルは震える拳を握りしめ、再びその目に炎を宿す。
そして、意を決して再び執務室の扉を開けると、そこにはシロナとテッセンがいた。
そしてそのすぐあと、スズナに肩を借りたアスナも入ってくる。
アスナの頬や腕には絆創膏や包帯が残っていたが、その瞳にだけは、いつもの情熱が宿っていた。
彼女もまた、自らの足で立ち上がろうとしている。
その姿を見て、ライルは心で呟く。
(……本当、ここには心の強い人しかいないな)
シロナは二人の顔を交互に見つめ、静かに告げた。
「……野暮なことは聞かない。私は、前へ進むと決めた者には、指示と役割を与える」
シロナは厳しい目線を向けたあと、それでもなお力強い視線を返す三人に、少し微笑む。
「いま、テッセンさんから全ての報告を受けた。現場にいた君たちの意見も聞きたい。お願いできる?」
三人は頷く。重苦しいだけの空気は消え、再起を見据えたミーティングが始まる。
◇ ◇ ◇
会議室は静かな、しかし確かな熱量と空気を持っていた。現状の整理はこうだ。
レジギガスのもとに、三体の眷属が突如として現れた。そしてそれらは鎖によって縛られていた。黒い霧が彼らを包むと、異常なまでの回復力を見せたものの、強力なダメージが与えられると漆黒の穴へと消えた。
またそれのみならず、鎖はレジギガスを捉えようとしていた。一度はそれを防いだものの、ギラティナが現れ、レジギガスを拉致した。
情報の断片が共有されていくほど、今回の件の異質さがより浮かび上がっていく。
「なぜあの場にレジスチル達が現れた?」
「レジギガスが呼んだのではないか?」
「レジギガスを、そしてダイゴを拉致したギラティナの目的は?」
一同はそれぞれの意見を言い合っていたが、核心には辿り着けない。
ライルはそれを聞きながらも、レジスチル達を倒した時の状況を思い出していた。
その様子を見ていたシロナが、彼に意見を求める。
「ライルくん、君はどう思う?」
ライルは顔を上げ、鋭い目をして答える。
そこに、先ほどまでの悲壮感を携えた少年はいない。
「……はい。おれも初めは、レジギガスが三体を呼んだのかと思った。でもそれは多分違う。レジギガスは『鎖』に囚われ、明らかに抵抗していました。それにも関わらず、現れた三体は彼を助ける素振り——たとえば鎖を破壊するなどはせず、真っ直ぐおれ達に向かってきた」
ライルは続ける。
「そもそも——シロナさんは特にご存じだと思いますが、過去に見たデータベースによれば、レジギガスは眷属が揃って初めて、その眠りから覚め、動き出すと言われています。もしそうであるなら、『逆』なんだと思います」
「逆って……?」
理解が追いつかない三人。シロナが静寂を破る。
「レジギガスが呼んだのでないならば、目覚めさせるために三体は現れたのではないか——というわけかしら」
ライルは頷く。
「そして、レジスチル達が行き来していたあの漆黒の穴は、反転世界に繋がっていると思います」
「どうしてそう思うんじゃ?」
テッセンが尋ねる。
「単純に、ギラティナが出入りしていたものと似ている、というのもありますが——」
ライルは、かつて自分がアーカイブに投稿した報告書を、ホログラムに写しながらなおも続ける。
「以前、おれは反転世界に閉じ込められたことがあります。そこから逃げ切れたのは、威力の高い攻撃が一点に集中したとき、空間が開いたからでした。ちょうど今回の三体が倒され、空間の裂け目が開いたときと酷似しているんです。——つまり反転世界に連なる者には『エネルギーの許容量』があり、それを超えると、その場での存在が維持できなくなるのではないでしょうか」
ライルの鋭い仮説に、全員が息を呑んだ。シロナは腕を組みながら、ライルの話をじっと聞いている。
「それと、誰がレジギガスを目覚めさせたのか。それは状況証拠だけを見れば、可能性が最も高いのはギラティナです。あいつは、レジギガスを連れ去る為に、レジスチル達を呼び出したのかも。そして理屈は分からないけど、鎖をかけた生物を恣意的に操ることができる。……何をするつもりなのか、何故ダイゴさんが連れ去られたのかまでは、分かりませんが……」
シロナは、ライルの話の全てを聞いた後、静かに頷いた。
「分からないことは、これからまた調べていくしかない。ギラティナの真の目的については、神話や考古学的な観点からも調べてみるわ。……さて、課題は山積みね」
全員が真剣な表情で頷く。
「まず、他のエージェント達にはこれらの情報を共有したうえで、引き続きエネルギー反応が現れたポイントを調査してもらう。ただし、本件はすでに単独で対応できるレベルを超えている。調査には、必ず二名以上であたらせる」
シロナは的確に、迅速に作戦を組み立てていく。
「そうなると、動ける人員が足りなくなる。ただでさえ最近は依頼が多発しているからね。あくまで精査した上でだけど、人員の補充も可及的速やかに行う必要がある。相応しい人物がいれば、私に共有してほしい」
全員がその言葉を真剣に聞いていた。
「そして、ダイゴくんのことだけど——」
その名が出た途端、一気に空気が張り詰める。
「彼の捜索については、私が責任を持って進める。皆は当面の間、目の前の依頼だけに集中してほしい」
「そんなっ、でも——」
反論しかけたアスナを、静かに諌めるシロナ。
「彼ほどの実力者が捉えられる案件なら、対応できる人間は極少数に限られる。生半可な実力では、命を落とす危険性がある」
シロナの言葉を受け、ライル達は何も返すことができず、黙りこむ。しかしシロナは、怒っているわけではない。
「——だから皆、強くなって。彼の不在を埋められるほどに。それまでは、私に任せて」
その堂々たるリーダーの言葉に、皆は納得し、頷いた。
「なら、今すぐできそうなことから始めましょう。メンバーの件だけど、誰か適している人物はいるかしら?」
皆が考え込む中、スズナが言う。
「……候補として現実的なのは、私みたいに組織のことを知らなかったジムリーダーとか、ですよね」
ライルも、自分の中にある強者達の記憶を呼び起こしていく。
すると、一人のトレーナーの姿が鮮明に浮かび上がった。
「あっ……」
高い戦闘力を持ち、例え怪物を前にしても一歩も引かぬ人物。鋭い眼光で戦場を駆けるルガルガンとサザンドラ、そしてその傍らで不敵に笑う苛烈な少女。
ライルはその強さを認めつつも、彼女の強烈な性格を思い出し、またしても、苦虫を噛み潰したような顔になった。
「ライルくん。誰か思い浮かんだの?」
シロナの鋭い視線が、困惑するライルに注がれた。