ポケットモンスター Agent PLATINUM   作:ミノワ

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当然ではありますが、この問題児がすぐさま馴染めるわけはありません。




第十七話【混ぜるな危険】

 

 本部の重厚な扉を潜るライルとルカ。

 

 夜の本部は昼間ほどの喧騒はない。それでもモニターを見つめる解析班、黙々とキーボードを打つ事務方。彼らは日夜働くエージェントを支えるため、夜も交代制で業務を続けている。

 

 ルカはどこか退屈そうに辺りを見回しながら、ライルの後ろを歩いていた。

 

 そのまま執務室の扉を開くライル。

 

「シロナさん! 戻りました!」

「ライルくん、おかえ…り ……!?」

 

 書類に目を通していたシロナの視線が、ライルの背後に立つ少女——ルカで止まる。

 

 かつてライルが任務中に襲撃を受け、ダイゴからも報告が上がっていた人物。ライルが反転世界内で一時共闘したとはいえ、シロナはその人選に驚きを隠せない。

 

 その彼女を連れてきた意図を問いかけるように、シロナの瞳が鋭く光る。

 

「その子……ライルくん。あなたが選んだのなら、私はそれを受け入れるけれど、本当に、いいのね?」

 

 ライルは静かに答える。

 

「……正直まだ分からない部分もあります」

「おいなんだとてめー」

 

 ルカはすかさずライルにツッコミを入れる。

 

「でも、ダイゴさんの勘と、自分の感覚を信じてみたいんです。こいつの力は、本物ですから」

 

 ライルの揺るぎない眼差しをシロナはじっと見つめ返して答えた。

 

「……わかったわ。推薦は通しておく。後で正式な手続きを踏んでちょうだい。今は時間がない。先に会議室に行っておいてね」

 

 二人はリーダー室を後にし、会議室へと向かう。ルカはライルにこっそり耳打ちをする。

 

「……なぁ銀髪。あの女、強いのか?」

「何言ってんだ、この地方のチャンピオンだよ!」

「ふーん。道理で、だな」

 

 そんなやり取りをしている二人の背後から、刺すような語気の荒い言葉が飛ぶ。

 

「おい、ガキの使いならよそでやってくれよ。ここは遊びの場所じゃねえんだぞ」

 

 振り返ると、額の少し上だけに生やした髪の毛を逆立てた強面の男性が立っていた。そのやや後ろには、さらに風格のある老齢のトレーナーもいる。

 

 案の定、ルカは速攻で声の主にガンを飛ばしながら噛みつき返す。

 

「あ?? 誰だよおっさん。文句あんならブチのめすぞコラ」

「なんだぁ、クソガキ? 礼儀の欠片もねえな……」

「ストップストップ! おい待て、来て5秒で喧嘩すんじゃねえ!」

 

 ライルは大急ぎで間に入り、ルカを諌める。

 

「は?あいつが吹っかけてきたんだろ」

「いいから! とにかく、ここで働くには人間性が大事なんだ。今は黙って静かにしててくれ!」

「チッ……わかったよ。——てかそれならあいつの人間性はどうなんだよ」

 

 ルカは渋々身を引くものの、納得いかなさそうにぼやいている。

 

 周囲からの「とんでもない奴を連れてきたな」という視線が痛いほどライルに突き刺さる。ライルは推薦人として、早くも溢れそうになる後悔を押し殺し、ルカを会議室へと押し込んだ。

 

 

        ◇ ◇ ◇

 

 

 中には、テッセン、アスナ、スズナの見慣れたメンバーに加え、デンジやマキシといったチームシロナの元々のメンバーがいた。ライルとルカは空いていたアスナの隣に座り、声をかける。

 

「アスナさん! 体は大丈夫ですか?」

「うん! ばっちりだよ! ライル君も元気そうでよかった!」

 

 そして少し時間をおき、先ほどルカと口論した男性が、老年男性とともに入室し、後方の席へと座った。

 先ほどはゴタゴタで気づかなかったが、ライルはその二人の男性に見覚えがあった。

 

(見たことあるんだけどな……)

 

 ライルの思考を遮るように、シロナが入室してきた。その凛とした佇まいに、部屋の空気が一瞬で引き締まる。

 

 シロナは全員を静かに見渡すと、落ち着いた、それでいて揺るぎない声で口を開いた。

 

「今日来れるメンバーはとりあえず揃ったわね。今この時から、二つのチームは合体し再編される。ダイゴくんがいない今、私たちがやるべきことは、一つ一つ、事象を解決していくこと——」

 

 シロナの話を聞きながら、ライルは隣のルカへと囁く。

 

「会議が終わるまででいい。頼むから余計なこと言わないでくれよ?」

 

 ルカはそう言われると、自分の口をチャックに見立てて、わざとらしく閉めるジェスチャーをした。

 

 会議室の空気は、張り詰めた糸が今にも切れそうなほど重苦しく、それでいて言いようのない苛立ちが火種となって燻っていた。

 シロナがキッサキ神殿での一連の報告を始めると、特にライルとアスナの表情が強張る。そしてダイゴが囚われたという事実が改めて語られた瞬間、二人のその拳は、白くなるほど硬く握りしめられ、微かに震えていた。

 

 ルカはその様子を、何も言わずに横目でじっと観察していた。

 

「——とりあえず現状報告は以上。何か質問のある人はいるかしら?」

 

 静寂を破ったのは、先ほど入り口で揉めた、逆立った髪を持つ例の男。

 

「……そのキッサキ神殿とやらの話だがよ。なんでそんな大事な所に、新米ジムリーダーとガキが向かってたんだ? しかもテッセン、あんたが外で留守番だと?どう考えたって逆じゃねえか?」

 

「それはダイゴくんの判断よ」

 

 シロナは冷徹に言う。

 

「いやいや、それでもそいつらが足を引っ張ったのには違いないだろ。おれがその場にいりゃあ、そんなことにはならなかったぜ。——こんな経験のなさそうなガキ共と違ってな!」

 

 その男性の言葉を聞いたテッセンがすぐさま反論をする。

 

「彼らはその場でのベストを尽くした!ギラティナが現れたのがイレギュラーじゃ!」

 

 しかし男性は止まらない。

 

「だからそれじゃ甘いって言ってんだよ!あの人はホウエンの宝だぞ!ベストだろうがなんだろうが、結果的にそれを失っちまったんだ!」

 

 その言葉を皮切りに、室内は騒然となった。ジムリーダーたちがそれぞれの立場で反論し始め、ダイゴを失ったという底知れぬ不安が、混乱に拍車をかけていく。

 

 すると、もう一人の重厚なオーラを纏った老年の男性が、深く、静かな声で制す。

 

「カゲツ、いい加減にしろ」

「だがよ、ゲンジさん……!」

 

 その名前に、ライルはようやくピンとくる。

 

「カゲツ……ゲンジ、だって? じゃあやっぱり……」

 

 ライルの言葉にテッセンが答える。

 

「そうじゃライルくん。カゲツ、ゲンジ……ホウエン四天王が二人じゃ。ダイゴのもう一つの指示は、自分が何らかの理由により行動不能になった場合、もともと別動隊だった彼らが本隊と合流することじゃ」

 

「……そう、だったのか」

 

「なんだぁ、ガキでもおれらのことは知ってんのか」

 

 カゲツはぶっきらぼうに言う。

 

「そりゃあ、名前くらいは……」

 

「フン、そんなことはどうでもいいがな。大体、ダイゴさんはなんでもっと早くおれたちに声をかけなかった! 水くせえ! ガキども庇って自分がお釈迦になっちまったんじゃ、なんの意味もねえだろ!」

 

「何を言うんじゃ! ダイゴは死んどらん!」

「だが事態は絶望的だ!」

 

 怒号が飛び交う中、ライルとアスナは反論する言葉も見つからず、ただ耐えていた。

 

 その時、ルカが今度は自分の口元のチャックを開けるようなジェスチャーをして、ライルに囁く。

 

「おい、悪りぃけど、口開くぞ」

「え? いや、ちょっと待て……」

 

 ライルは嫌な予感がして彼女を制そうとするも、時すでに遅し。ルカは椅子を蹴るような勢いで立ち上がる。

 

「いい加減にしやがれ! このクソ野郎!!」

 

 その場にいた全員の動きが止まり、静まり返る。

 

「黙って聞いてりゃ、いい年したオッサンがギャーギャーと喚きやがって。現場に居たのはこいつらだ! そこに居なかったのがてめえだろ! それが全てだ!」

 

 カゲツが呆気にとられる中、ルカの怒声はさらに加速する。

 

「ダイゴが誰だか知らねえが、済んだことをいつまでも責めて何になんだよ! これからどうするって話をすんだろうが! わかったらそのうるせえ口閉じてろ!モヒカン野郎!!」

 

 ———静寂。

 

 シロナやテッセン、そしてホウエンの重鎮であるゲンジまでもが、呆気にとられてルカを見つめている。

 

 ライルは顔を覆い、机に突っ伏して頭を抱え込んだ。

 

(……終わった……)

 

 嵐のあとのような静けさ。すると、それまでその状況を見守っていたシロナが口を開く。

 

 その言葉は、氷の刃のように会議室の熱を断ち切った。

 

「各位、建設的に議論を重ねられないのなら会議に意味はありません。私たちに遊んでいる時間はないの。そのことを理解した者からこの部屋を出て休憩しなさい。30分後、もう一度仕切り直します」

 

 シロナは冷徹なまでの威厳を纏い、そのまま前方の扉から退出する。場は一気にクールダウンし、カゲツは忌々しそうに舌打ちをすると、いの一番に後方の扉から出ていく。その後を、ゲンジが重厚な足取りで静かに追っていった。

 

 それを見た後、ライルがルカのほうを振り返ると、あろうことに彼女はカゲツの後ろ姿に向けて中指を立てている。ライルは大慌てでそれを下げさせようとする。

 

「お前、本当やめろそれ!」

「あ? 挨拶だろこんなの」

 

 ジムリーダーたちも各々の表情で部屋を後にし、残されたのはライル、ルカ、そしてアスナの三人。

 

 アスナがふう、と息を吐き、ルカの方を向いて口を開く。

 

「きみ、私たちを庇ってくれたんだよね。——でもあの時のことは、本当に後悔してる。自分にもっと強さがあればって……。だから気にしないでね、大丈夫だから」

 

 アスナはそのまま席を立とうとし、そして一言付け加える。

 

「……でもここだけの話、ちょっとスッキリしたよ。ありがとね!」

 

 アスナはいつもの太陽のような笑顔を見せ、部屋を後にした。

 

 ルカはその姿を頰を掻きながら見つめていた。

 

 ライルはルカをジロリと睨む。

 

「おいお前、とんでもない空気にしてくれたな」

 

「なんだよ! お前が言い返さないから代わりに言ってやったんだろ」

 

「おれは言い返すつもりはなかったんだよ……。だけどまあ、確かに、ありがとな」

 

「……ん」

 

        ◇ ◇ ◇

 

 少し外の空気を吸おうと二人が廊下へ出ると、そこには壁に背を預けたカゲツが腕組みをして待っていた。

 

 ライルは思わず身構え、ルカはカゲツを睨む。

 

 彼はおもむろに話しかけてきた。

 

「なぁ……」

 

 一瞬の沈黙が流れる。

 

 しかし、カゲツが発した言葉は意外なものだった。

 

「……悪かった」

「……!?」

 

 突然の謝罪に、ライルとルカはついつい顔を見合わせた。

 

「なんつーか、ダイゴさんが居なくなって、自分がその場にいれなかったことがどうしても納得できなくてな……。大人気なくキミたちに当たった。本当にすまなかった」

 

 カゲツは深々と頭を下げる。

 

「あの人は兄貴分みたいな人だったし、ショックだったんだ。でも、生きてる可能性が少しでもあるなら、おれも力を尽くしたい。おれのことは許さなくていい。だが、ダイゴさんを助けるために、協力させてくれ」

 

 その感情の表し方を間違えたとはいえ、彼もまたホウエンを思い、ダイゴを思うエージェントの一人だった。

 

 カゲツの真っ直ぐな言葉に、ライルも素直な想いを伝える。

 

「……おれに力があれば、あの時きっと助けられた。だからカゲツさんの言う通りです。だからもっと強くなります。こちらこそ、色々教えてください。よろしくお願いします」

 

 差し出された無骨な手を、ライルは力強く握り返す。カゲツは短く頷き、その場を立ち去ろうと歩き出す。

 

 ルカはその姿を眺めていたが、退屈そうに吐き捨てる。

 

「……チッ。つまんねーの」

 

 するとカゲツは、遠目からふっと思い出したように振り返りこう告げた。

 

「あ、あとおれ……一応、まだ20代だから……」

 

 カゲツはそれだけ言い残し、バツが悪そうに外へ出ていく。

 

 ルカはニヤリとする。

 

「……おっさんって言われたこと気にしてんじゃん」

 

 ライルはすぐにルカの肩を軽く小突く。

 

「……黙ってろ!」

 

        ◇ ◇ ◇

 

 再開された会議には、もはや先ほどの喧騒はなかった。皮肉にもルカという名の劇薬は、組織の停滞した空気を破壊した。熱せられた鉄が叩かれて刀剣となるように、全員の眼差しを鋭いものへと変える。

 

 シロナは再び、落ち着いた声を響かせる。

 

「先ほどは全員が感情的になっていた。でもダイゴくんを思う気持ちは皆同じ、その前提を忘れないで」

 

 その言葉に、各自がプロフェッショナルとしての顔に戻り、シロナがモニターに映し出す映像を見つめる。

 

「異常現象は全地方で観測されています。しかし、土地の特性を熟知した我々は、ホウエンとシンオウにリソースを集中させる。カントー、ジョウト、イッシュなどの他地方については、各地方の支部が対応中よ」

 

 そしてシロナは、ルカの方を見やる。

 

「さて、ルカちゃん。問題がなければ、この後あなたの申請は受理される。今回の初任務は推薦人のライルくんとバディを組んでもらうから……よろしくね」

 

 シロナの鋭い眼差しを真っ直ぐ見つめ返し、ルカは小さくコクリと頷く。

 

「では各位。明日からの調査をお願いします。そしてくれぐれも、充分に注意して任務に当たること。本件は、例え誰であっても、その身に何があるかわかりません。心してかかるように。以上」

 

「応ッッ!!」

 

 その咆哮は、本部全体を震わせるほどの熱量を持っていた。

 

 カゲツやゲンジ、そしてホウエン・シンオウのリーダーたちが、各々のリストを手に、風のように会議室を去っていく。

 

        ◇ ◇ ◇

 

 夜。正式な契約締結を済ませ、デバイスの設定を終えたルカが、食堂にいたライルと合流する。二人は遅めの食事を摂る。

 

 ルカはデバイスの契約内容を見直しながら、ライルに話しかけた。

 

「なぁ、銀髪。……この仕事、結構もらえるんだな。あたし、あんな数字の並び初めて見たぜ」

 

 ライルはトレーに乗った山盛りの定食をかき込みながら答える。

 

「あー、どうなんだろうな。おれも他で働いたことないから平均は分からんけど。まあ、命懸けの仕事だしな」

 

「フン、あたしは今まで金とは無縁の生活だったんだ。大金は大金さ。……ま、特に使うこともねーけどな」

 

 そしてルカは一度トレーに視線を戻した後、思い出したかのように、突然ライルに食ってかかった。

 

「——おい。てか、てめえの給料教えろよ!どうせこれ以上に貰ってるくせに、パン屋の代金くらい渋ちんしてんじゃねえよ!」

 

 ライルは突如として撒き散らされたその怒りに、吹き出しそうになりながら反論する。

 

「誰がお前に教えるかよ!それに、パン屋はちゃんと払ってやったんだから文句言うな!」

 

 ルカは「チッ」と舌打ちをしながらも、これまた山盛りに乗せた目の前の食事を豪快にかき込み始めた。

 

 ライルもそれに負けじと、明日からの任務に備えて栄養を詰め込む。

 

(……本当、なんなんだよこいつは)

 

 騒がしいルカとのやり取りに振り回されながらも、ライルの心には、キッサキから戻った時のような「重い冷たさ」はもう残っていなかった。

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