ポケットモンスター Agent PLATINUM 作:ミノワ
今回はライルとルカの初任務となっています。
当然、一筋縄では行きません。
似た喪失を抱えていることが分かったルカですが、だからこそ辿り着いた価値観はライルとは真逆のようです。
夜のラウンジには、窓から差し込む月光と、デバイスの青白い光だけが漂っている。ライルとルカの二人は食堂から移動し、軽い打ち合わせを行っていた。
「さて、明日からどうやって回るかだな。おれ達の調査場所は割とまばらになってる」
ルカはソファに深く沈み込み、自分のデバイス画面を覗き込みながら気怠そうに答える。
「他の奴らは結構固まってんな。あのモヒカン野郎と隣にいたオッサンはだいぶ広範囲だが」
「ジムリーダーが多いからな。彼らはジム運営と兼任してるから、基本は管轄の街近辺で固められてる。……あと、『カゲツさん』と『ゲンジさん』な。人の名前を覚えろ。2 二人は元々別働隊って話だし、広範囲なのかもな」
「ふーん。ま、あたしはルートとかそんな細かいこと考えるのだりぃから、お前に任せるけど」
ライルは苦笑する。
「だと思ったよ。……じゃあ、シンオウ南部からいくか。まだ本部から近いし。……ちょうど、シンジ湖があるな」
「シンジコ……湖か? 行ったことねえな」
「ここから近いマサゴタウンってとこが、おれの出身地なんだ。ついでに、一瞬だけ家に顔出すか。……あ…」
自然と口を突いて出た実家の話。ルカの過酷な家庭環境を思い出したライルは、慌てて言葉を飲み込む。
「……悪い」
ルカは呆れたように鼻を鳴らした。
「……アホか。しょうもない気ぃ遣ってんじゃねえ」
「…………ダイゴさんによく言われててさ。『暇があれば実家に顔を出せ』ってな。あの人、自分は石の探索や仕事で全然家に帰らないから、お前はそうなるなって」
懐かしむように話すライル。ルカはふっと視線を落としながら口を開く。
「……ああ。あたしも同感だよ。家族は大事だ」
ルカのその一言は、いつもの刺々しさが消えた、静かで重みのあるものだった。
ライルはそんなルカを少しだけ見つめた。
少しの沈黙の後、ライルが再び口を開く。
「……じゃあ、あとはおれが考えとくから。明日は8時には出るからな。遅れんなよ」
「ああ」
ルカは立ち上がり、伸びをしながら割り当てられた居住エリアへ戻ろうとする。
しばらく歩き出したあと、ふと思い出したように振り返る。
「……あ、一緒の部屋で寝なくていいのか?」
ルカはわざとらしくニヤリと笑い、ライルの反応を伺う。
「は!? 何言って……——って、冗談だろ。いいから早く寝ろ!」
ルカは「べっ」と少しだけ舌を出し、答え合わせをしないまま、こちらを見ずにひらひらと手を振りながら去って行った。
静かになったラウンジで、ライルは一人、画面をスクロールする。
反応が出ている地点を眺めながら、ルカとのやり取りを少し思い出していた。
(……ったく変なやつ。しかし、『家族は大事だ』……か)
ライルは少しだけ硬い表情を解き、明日からのスケジュールを見直していった。
◇ ◇ ◇
朝。澄んだ空気の中、廊下を歩くルカの足音が響く。
彼女は言われた時間よりも少し前にロビーに向かったが、そこにはすでにデバイスを眺めるライルの姿があった。
ライルはルカに気づき顔を上げる。
「よう、早いな」
「お前こそな。ずっと仕事してんのかよ、仕事中毒か?」
「ただの最終チェックだよ。あと、ほら」
ライルは手際よく、袋に入ったサンドイッチと野菜ジュースを差し出す。
「メシ、食ってないだろ? なんとなく、朝弱そうだしな」
ルカは怪訝そうな顔をしながらそれを受け取る。
「……朝は食べねえんだよ。胃が動かねえ」
「食わなきゃ力が出ないぜ。今日は移動も多いんだから」
「晩に死ぬほど食ったっつの」
ルカは文句を言いながらも、受け取った野菜ジュースにストローを刺し、面倒くさそうに飲み始めた。
◇ ◇ ◇
やがて二人は、深い森に囲まれたシンジ湖のほとりへと足を踏み入れた。
かつて伝説のポケモンが現れたとされるその湖面は、鏡のように静まり返っている。
ライルは周囲を見渡したあと、画面をじっと見つめて動かない。
その様子を見ていたルカは、食べかけのサンドイッチを飲み込み、ライルに問いかける。
「おい銀髪、どうしたんだよ?」
「……ないぞ」
不思議そうにするルカ、ライルは続ける。
「エネルギーの反応がない」
「どういうことだよ。場所はあってんだろ?」
「ああ。それに朝の段階では微弱だが反応があった」
ライルは湖の真ん中に浮く小島に目をやる。
「あっちも調べてみるか……」
それぞれウォーグルとサザンドラの背に乗り、小島のまわりを調べ始めるライルとルカ。
二体の羽ばたきが湖面に波紋を広げている。
「やっぱり、何もない。ここには伝説のポケモンが現れるって話もあるのに」
「……拍子抜けだな。何かがいるような気配はないぜ」
「ああ。……まあでも元々、かなり低い数値だった。もしかしたらただのエラーだったのかも」
しばらくの間、二人は湖畔を調査するも特に異常は感知されなかった。妙な違和感を残すものの、その場を後にすることにした。
◇ ◇ ◇
昼前。見慣れたマサゴタウン。ライルは玄関先だけでの帰省に留めるが、それでも扉を開けると熱烈な迎えを受けた。
「ちょっとライル!あんたまた連絡せずに帰ってきたわけ!?」
「まあまあヒカリちゃん、この子も忙しいのよ。あんた、少し痩せたんじゃない?」
「……ヒカリ、なんでまたお前がいるんだよ。ほら、これお土産。今日は一瞬顔見せに来ただけだから。じゃあな、二人とも」
会話もそこそこに、近所で買った手土産を渡し、すぐ仕事に戻るライル。「たまにはちゃんと休みなさいよー!」というヒカリの声が後ろから響いてくる。
ルカはそんなライルの日常を遠目から見ていた。
◇ ◇ ◇
二人はさらに移動し、次のポイントへ。向かったのは、つい1週間ほど前に調査に来ていたカンナギからテンガン山外縁にかけてである。
例の事件のあったカンナギタウンは立入禁止こそ解かれているものの、人々の往来が明らかに少ない。
ライルは少しの罪悪感を抱えながら街を通り過ぎていく。
山中、草をかき分けながら、やや後ろを進むルカが退屈そうに口を開いた。
「さっきのやつ、可愛かったじゃんか。誰だよあれ?」
ライルは少し面倒くさそうに答える。
「……組織に来る前はあいつとシンオウ中を旅してたんだ。まあ、幼馴染だよ」
「なんだよ彼女じゃねえのか。あいつがお前に惚れてるとかじゃねえの?」
ライルは振り返り反論する。
「そんなんじゃねーって。ただの腐れ縁だよ、おれたちは」
その返答に、ルカはさらに退屈そうな顔をする。そしてどこから拾ってきたのか、長めの木の棒を振り回しながら、邪魔な草木を退けている。
「ふーん。お前、ツラはいいのに真面目すぎてつまんねえな。たまには息抜けよ。あたしん家で急に泣き出した時みたいにな。あんときゃ結構可愛い顔してたぜ」
ライルは言われ放題が癪に触り、ルカを諌めつつも煽り返す。
「おい任務中は無駄口叩くな。それとあの時のことは忘れろ。……おっ、もうすぐつくぜ。——いきなり襲いかかってきたお前を、おれが完膚なきまでに追い返したあの場所だ」
後方で「なんだとてめえコラ!」というルカの怒声が響くのを無視しながら、ライルは進む。
(前に来た時は、突然の異常に巻き込まれた。それでも今は『こいつ』もいる。対応はできるはずだ)
ルカという新たな戦力を得たことにより、そう考えていたライルだったが、ふとデバイス上の異変に気づく。
「……? おかしいぞ、これ」
ライルがペースを上げたことに気づき、ルカも声をかける。
「おい銀髪、なんかあったのかよ」
それに答えるか答えないかのところで、調査ポイントへと辿り着く。
そこでニ人が目にしたのは、岩壁に張り付き煌々と輝いていたエネルギー体が、徐々に小さくなり、完全に消失していく姿であった。
「そんな……消えたぞ……。どうなってるんだ?」
考え込むライルにルカが声をかける。
「なんか吸い取られてったみたいだったな……。どうすんだよ? これ」
少しの沈黙の後、ライルは答える。
「……シロナさんに報告する」
◇ ◇ ◇
シロナへと通信を繋ぐライルと、すぐ近くで腕組みをしているルカ。傍らにはルカリオとルガルガンが繰り出され、周囲の警戒にあたっている。
『エネルギー体が目の前で消えた?』
電話越しのシロナが不審そうな声を出す。
「はい、さっきまでは反応していたはずなんですが……。それに元々の数値こそ微弱でしたが、シンジ湖でも同様のことが起きました」
『妙ね……』
「他の地点で似たような状況になってないですか?」
『今のところ報告はあがってないわね。他のエージェント達は移動時間もあるし、まだ現地には辿り着いていないのかも』
「そうですか……」
ルカがその会話を聞いていたその時、ライルのルカリオが周囲の僅かな機微を捉えた。
鋭い波導の声が、ライルとルカの脳内に響く。
(ライル。少し先に、先ほどまで無かった『穴』のような空間が開いた)
「何だって? ……シロナさん、ちょっとすみません」
ライルはデバイスから耳を離し、画面上の数値を見る。
そこには確かに、カンナギやキッサキ神殿同様、反転世界が開いた時と似た波形が現れていた。
しかし、それぞれの時ほどの異常なものではない。
——おそらく反転世界へと続く軽微な空間が開いた。
「確かに、すぐ近くに発生してるな。でも数値が安定してない、長く保たないかも……。シロナさん、いま——」
現況を報告しようとするライルに、それまで話を聞いていたルカが口を挟む。
「おい待てよ。すぐ消えちまうんなら、とっとと中に入って調べようぜ」
そう言って一人で歩き出すルカ。それを見てライルは制止する。
「おい、待て……! 状況確認が終わってからだ!」
ルカは不機嫌そうに振り返り、言い放つ。
「あー? そんなん待ってたら時間かかっちまうだろ!サクッと行って帰ってくりゃいいんだよ!」
ルカの言う通り、デバイス上の数値は不規則に揺れている。消失するまで余り時間は残されていないようだった。
電話越しにシロナの声が響く。
『ライルくん? 何かあったの? またそこに反転世界が生じているの?』
ライルはデバイスに耳を当てながら、口調を強める。
「……いや、ダメだ!同様の先行情報か、危険性を確認してからじゃないと行かない!それが鉄則だ!」
ルカも退かずに、徐々にヒートアップする。
「だから!!そんなもん待ってて、行った時に何もかも無くなってたらどうすんだよ! すぐ行きゃ間に合うものがあるかも知んないだろ!今しかねえんだって!」
「命に関わる問題なんだ!!!慎重になるのは当然だろ!!!」
ライルは、キッサキ神殿でのあの最悪の光景を思い出していた。仲間を、危険な目には合わせられない。
——しかし
「そうかよ、じゃあ聞くけどよ……」
それでもなおルカは譲らずに、彼女の魂の内から叫んだ。
「——そん中に、ダイゴってやつがいても同じこと言えんのかよ!!」
「………ッ!!!」
その一言は、ライルの喉を突き刺すかのような衝撃だった。
彼はハッとして、耳から電話を離す。
『ライルくん? もしもし? 応答しなさい! ……無闇に飛び込むのは危険よ! ライルくん!!』
「……すみません、シロナさん」
ライルは、迷いを断ち切るように電話を切り、ルカに向かって一瞥する。
「……ほんと、最悪だよ。お前」
ルカは不敵に笑い、腰のボールに手を当てながら言い放つ。
「わかってるよ。行くぞ!!」
二人は森を蹴り、反転世界へと続く漆黒の「穴」へ向かって全力で駆け出した。