ポケットモンスター Agent PLATINUM 作:ミノワ
この回はライルがプラチナム本部に初めて訪れた話になります。
少し設定説明が多いですが、大体の世界観が分かってもらえるかなと思っています。
彼の初の上司は、あの貴公子です。
シンオウの冷たい風が頬を刺す、203番道路の外れ。そこにあったのは、一見すればただの大きな施設だった。
その前に、少年『ライル』は立っていた。彼の透き通るような銀髪が、初雪のように白く際立っている。
「……ここ、だよな」
私用のデバイスに表示された場所と、目の前の建物を見比べる。
間違いない。
意を決して中へ入ると、整った身なりの女性職員がライルを迎え入れた。
彼女の案内についていくと、スーツ姿の職員たちがテキパキと、慌ただしく廊下を行き交っている。
そして案内された一室。
女性職員と向かい合うように、ライルは椅子へ腰を下ろした。
机の上には数枚の書類と、一台の端末。
「それでは、まず加入審査を行います」
「はい」
電話で聞いていた通りだ。
女性職員は手元の端末へ視線を落とした。
「審査といっても、あなたのトレーナーとしての能力については、ある程度こちらでも把握しています」
「おれの?」
「はい。先日のシンオウリーグにも出場されていますから。公式戦の記録は確認しています」
女性は画面を操作する。
「加えて、推薦者であるシロナ様からも、人間性や性格、そして普段の行動について、ある程度伺っています」
「人間性……」
「ええ。最も必要とされる資質です」
そして女性職員は、別の画面を開いた。
「その前に、本人確認を兼ねて登録情報を確認します」
「あ、はい」
「マサゴタウン出身。現在はお母様と二人暮らし」
「はい」
「お父様は、貿易関係のお仕事に就いていらした」
「……はい」
女性職員は特に表情を変えることなく、次の項目へと進んだ。
ライルはその様子を見ながら、僅かに眉を寄せる。
(……そんなことまで分かってるのか)
家族構成や父親の職業まで。改めて、自分が今まで関わってきた世界とは違う場所なのだと実感する。
「確認できました」
職員が端末を置いた。
「では、いくつか簡単な審査を行います」
「具体的には?」
「適性検査。それから、簡単な実技です」
「実技……ポケモンバトルですか?」
「それも含まれます。体力測定も。ただし、単純な勝敗を見るものではありません」
その言葉に、ライルの目が僅かに変わる。
「……というと?」
「それは審査ですので、お答えできません」
「ですよね」
思わず苦笑する。
「では、移動しましょう」
◇ ◇ ◇
審査そのものは、ライルが想像していたものとは少し違っていた。
知識を問う簡単な適性検査。いくつかの状況を提示され、その場でどう判断するかを問われる面談。
そして、ポケモンと共に行う実技試験。
単純な戦闘能力だけを測っているわけではない。むしろ、限られた情報から何を優先し、どう動くのか。
その過程を見られている。
ライルは途中から、そのことに気づいていた。やがてすべての審査を終え、再び先ほどの部屋へ戻る。
女性職員は端末へ届いた結果を確認すると、小さく頷いた。
「——問題ありません」
「……合格ってことですか?」
「はい。正式に加入資格を認めます」
「これ、落ちる場合ってあるんですか?」
「ケースバイケースです」
(……聞いても答えてくれないだろうな)
事務の女性は、ライルの内心を見透かしたかのような表情を見せたが、淡々と続ける。
「それでは、ここから契約および組織体系について説明します」
女性職員が新しい書類を呼び出す。
「あなたが所属するのは『実働部隊』。メンバーはすべてスカウトか推薦のみで構成され、相応の実力と、何より『人間性』が重視された精鋭部隊です」
眼鏡の奥の瞳が、改めて17歳の少年を捉える。
「基本報酬は年俸制です。実績次第で見直しも交渉可能。我々事務方は国家公務員から選抜されますが、あなた方は『請負契約』によるプロフェッショナルとして活動していただきます」
ライルは聞き慣れない言葉に少し戸惑いつつも、職員の説明を一つずつ頭の中で整理していく。
秘密組織。
その響きから勝手に想像していたものとは、ずいぶん違う。
(まあ、仕事なんだから当然か。頑張って早く慣れないとな)
職員はなおも続ける。
「業務はフィールドワークが主です。リーダーから振り分けられる依頼をこなし、それ以外の時間は基本的に自由。休日の研鑽やフィールドワークで得た有益情報の提供も『インセンティブ』として評価対象になります。特殊な高難易度の依頼を達成した場合も同様です」
彼女が端末を操作すると、規則集がライルのデバイスへ転送された。
「また、現場での判断は基本的にエージェントの裁量に一任されます」
「……現場判断で動いてもいいんですか?」
「ええ。状況は常に変化しますから、本部の指示を待つことが最善とは限りません」
職員はそこで言葉を区切った。
「ただし、自由と無責任は違います。行動については必ず事後報告を行ってください」
「……なるほど」
自由に動ける。
その代わり、自分の判断には自分で責任を負う。
単に命令されたことだけをこなす仕事ではないらしい。
「そして、組織の存在、および依頼内容は原則として他言無用。不便を感じることもあるでしょうが、それがこの組織と所属する人間の『安全』を担保しています」
職員はデバイスを机へ置いた。
「……とりあえず私からは以上ですが、何か質問事項はありますか?」
「……いえ。あ、ここに書いてある備品は何でも最短で取り寄せてもらえる、というのは本当ですか?」
「ええ。任務に必要なものであれば、特殊な進化の石から、局地用テント、特定のポケモンの好物まで、可能な限り迅速に。それが我々事務方の『仕事』ですから」
「へえ、心強いですね。では次の規定の——」
ライルはなるべく早急に理解を深めようと努め、いくつかの質問を重ねた。
事務官も極めて丁寧に、一つずつ回答していく。
「——はい。質問は以上です。ありがとうございました」
「では最後に、所属するチームリーダーのもとへ参りましょう」
◇ ◇ ◇
再び移動。
道すがら、開かれた扉の向こうに司令室らしき場所が見えた。
最新の大型ディスプレイに、空中へ浮かぶホログラム。
そこには各地方の定点映像や、エネルギー数値がリアルタイムで映し出されている。
ライルは歩きながら、僅かに目を細めた。
(シンオウだけじゃない……)
ホウエン、イッシュ、ジョウト、カントー。
次々と切り替わっていく映像。
(本当に世界中を見てるのか……?)
第一印象は、ただの大きな施設。
しかし中へ一歩入れば、それが大きな間違いだったことはすぐに分かった。
そこから数分ののち、執務室のような部屋の前で立ち止まる。
「ここですか?」
ライルが女性を見ると、無言で頷く。
ようやく、冷静な職員の顔が初めて柔らかく微笑んだ。
「……期待していますよ、シロナ様が選んだ『精鋭』。では、お気をつけて」
◇ ◇ ◇
——コン……コン
慣れないノックの後、重厚な扉を開ける。
ライルの目に映り込んだのは、彼の透き通るようなそれとはまた違う、スチールブルー寄りのやや青みがかった銀髪。
その姿を見たライルは驚きのあまり、言葉を失う。
待っていたのは、かつて憧れ、皺が出来るまで何度も読み込んだチャンピオン名鑑に名を連ねる、ホウエン地方のその頂点に立つ貴公子。
ライルは呆然と立ち尽くしていたが、数秒後にようやく声を発することができた。しかし、それも心なしか震えている。
「……ダイゴ、さん……? どうして……」
ダイゴはデスクから顔を上げ、穏やかな、しかしどこか鋭い光を宿した瞳で微笑む。
「やあ、おどろいたかな」
ライルは恐る恐る踏み出し、部屋を見渡しながら、喉から溢れ出そうになる数多の疑問を選別し、絞り出していく。
「いや、まあ……。というか、え? なぜホウエン地方のチャンピオンがここに?」
シロナ、そしてその次はダイゴ。
共に並大抵の実力者ではない。
「チャンピオンが集まっている組織ってことですか?」
「そういうわけでもないよ」
ダイゴは柔らかく笑う。
「ジムリーダーもいるし、表舞台には出ていない実力者もいる。もしかしたら君が知っている人とも、任務で会うかもしれないね」
ダイゴは優雅な仕草でティーカップを置いた。
「もう一つの質問の答えだけど、少し理由があってね。今はここ、シンオウ『本部』に居るのさ」
ダイゴは未だ驚きの表情を隠せないライルを見つめている。
「じゃあおれ……あ、いや僕は、ダイゴさんの下につくことになる……ってことですか?」
慌てて言葉遣いを直そうとするライル。
「ハハ。無理に言葉遣いは変えなくてもいいさ。そして、その通り。君はこれから、僕の部下になる」
「そうなんですね。おれはてっきり……」
言葉に詰まる彼を先回りするように、ダイゴは、悪戯っぽく目を細める。
「シロナの下に行くと思った? 原則として、推薦者は候補者のリーダーにはなれない決まりなんだ。……残念だったかい?」
ライルは図星を突かれたのか、少し頬を掻きながら答える。
「……いや、まさかダイゴさんが居るなんて思わないからびっくりして。あなたのことは尊敬してるから、こうしてお会いできて……その、光栄です」
ライルのたどたどしい、しかし偽りのないその言葉にダイゴは嬉しそうに笑った。
「ありがとう。そう言ってもらえると嬉しいよ。シロナから聞いていて、僕も君の実力は買っている。だが、憧れと任務は別さ。何も遠慮しなくていい。これからよろしく頼むよ。」
「……はい。よろしくお願いします」
ダイゴは立ち上がり、スマートな動作で上着を整えた。
「さあ。早速で悪いが、君にこなしてもらいたい依頼がいくつかあるんだ」
そして、ふと時計を見る。
「お昼がまだなら、親睦も兼ねてランチをしないか? そのあとはミーティングがしたい」
ダイゴは穏やかに笑った。
「PLATINUMの『エージェント』としてのね」
◇ ◇ ◇
二人はリーダー室を後にし、本部内の静かなダイニングへと場所を移した。
運ばれてきた料理に手を伸ばしながら、これまでの旅を優しく聞き出すダイゴと、思い出を振り返るライル。
ギンガ団との戦い。
リーグでの敗北。
そして、共に旅を続けてきたポケモンたち。
最初こそ緊張していたライルだったが、ダイゴの柔らかな物腰もあり、次第に肩の力が抜けていった。
そして食事が一段落したところで、本題であるミーティングへ。
ダイゴは専用端末を操作し、二人の間にホログラムのマップを展開する。
「さて。君に任せたい案件は現在三つ」
表示された地点へ、ライルの視線が向く。
「一つは砂漠地帯での特殊鉱石の回収。非常に珍しい石でね。僕としても興味があるんだ。そして——」
職員によって皿が片される。
ライルは小さく礼を言いながらも、その目は既にダイゴの提示した任務の分析を始めていた。
三つの地点。
それぞれ異なる環境。
必要になるポケモンも、現地で想定される危険も違う。
「……どれも、一筋縄じゃいかなそうですね」
「ああ。だが君の初仕事には相応しいだろう?」
ダイゴはライルの表情を確かめるように見つめる。
「君なら、これらを問題なく対処してくれると信じているよ」
ライルはもう一度、三つの案件へ目を走らせる。
先ほどまでの、憧れのチャンピオンを前にした少年の顔ではない。
これから自分が何をするべきなのか。
そのことだけを考える、真剣な表情。
「……分かりました」
ライルは頷いた。
「やります」
ダイゴは満足そうに微笑む。
「では——改めてよろしく頼むよ。ライルくん」
「はい」
こうして17歳の少年は、PLATINUMのエージェントとして最初の一歩を踏み出した。
この日以降、彼は着実に実績を上げていくが、この時はまだ知らない。
この先の任務で、自分の常識を大きく揺さぶる存在と出会うことを。
9/11、一部改稿しました。
大筋や今後の展開に変更はありませんが、序盤の描写やPLATINUM加入までの流れを整理しています。