ポケットモンスター Agent PLATINUM 作:ミノワ
この回はライルがプラチナム本部に初めて訪れた話になります。
少し設定説明が多いですが、大体の世界観が分かってもらえるかなと思っています。
彼の初の上司は、あの貴公子です。
シンオウの冷たい風が頰を刺す203番道路の外れ。そこにあったのは、一見すればただの大きな施設。その前に少年「ライル」は立っていた。彼の透き通るような銀髪が、初雪のように白く際立っている。
意を決して中へ入ると、整った見なりの女性職員がライルを迎え入れた。彼女の案内についていくと、スーツ姿の職員たちがテキパキと、慌ただしく廊下を行き交っている。道すがらの司令室と見られる場所にあったのは、最新の大型ディスプレイにホログラム。そこには各地方の定点映像や、エネルギー数値がリアルタイムで映し出されている。
そして案内された一室。案内役のその女性は淡々と、しかし隙のない口調で組織のルールを説く。ライルはその言葉を、支給されたばかりの専用デバイスの冷たい質感と共に、頭に刻み込んでいた。
「——以上が、当組織の基本体系となります。あなたが所属するのは『実働部隊』。メンバーはすべてスカウトか推薦のみで構成され、相応の実力と何より『人間性』が重視された精鋭部隊です」
眼鏡の奥の瞳が、射抜くように17歳の少年を捉える。
「基本報酬は年俸制です。実績次第で見直しも交渉可能。我々事務方は国家公務員から選抜されますが、あなた方は『請負契約』によるプロフェッショナルとして活動していただきます」
ライルは聞きなれない言葉に少し戸惑いつつも、持ち前の落ち着きと理解力で、事務職員の説明を受け入れていく。
(……なんか思ったよりもビジネスライクって感じだな……。頑張って早く慣れないとな)
ライルは「請負」という響きに、この組織が想像以上に現実的な場所なのだと実感した。そして事務員はなおも続ける。
「業務はフィールドワークが主です。リーダーから振り分けられる依頼をこなし、それ以外は自由。休日の研鑽やフィールドワークで得た有益情報の提供も『インセンティブ』として評価対象になります。特殊な高難易度の依頼を達成しても同様です。」
彼女が端末を操作すると、規則集がライルのデバイスへ転送された。
「組織の存在、および依頼内容は他言無用。不便を感じることもあるでしょうが、それがこの組織の『安全』を担保しています。……とりあえず私からは以上ですが、何か質問事項はありますか?」
「……いえ。あ、ここに書いてある備品は何でも最短で取り寄せてもらえる、というのは本当ですか?」
ライルはデバイスの規則集を眺めながら、事務官の女性に疑問を投げかける。
「ええ。任務に必要なものであれば、特殊な進化の石から、局地用テント、特定のポケモンの好物まで、可能な限り迅速に。それが我々事務方の『仕事』ですから」
「へえ、心強いですね。では次の規定の——」
ライルはなるべく早急に理解を深めようと努め、いくつかの質問をし、事務官も極めて丁寧に、ひとつずつ回答をする。
「——現場での裁量は基本的にエージェントに一任されますが、報告義務を怠り、それが組織に害すると判断された場合は、当然インセンティブの減給ということになります。よろしいですか?」
「はい、大丈夫です。質問は以上です。ありがとうございました」
「いえいえ。それでは、さっそくチームリーダーと合流し、今後の予定を確認してください」
ここでようやく、冷静な職員の顔が初めて柔らかく微笑んだ。
「……期待していますよ、シロナ様が選んだ『精鋭』。では、お気をつけて」
◇ ◇ ◇
職員に促され、さらに奥へと進むうちに現れた、重厚な扉を開けた先。ライルの目に映り込んだのは、彼の透き通るようなそれとはまた違う、スチールブルー寄りのやや青みがかった銀髪。その姿を見たライルは驚きのあまり、言葉を失う。
待っていたのは、かつて憧れ、皺が出来るまで何度も読み込んだチャンピオン名鑑に名を連ねる、ホウエン地方のその頂点に立つ貴公子。
ライルは呆然と立ち尽くしていたが、数秒後にようやく声を発することができた。しかし、それも心なしか震えている。
「……ダイゴさん……? どうして……」
ダイゴはデスクから顔を上げ、穏やかな、しかしどこか鋭い光を宿した瞳で微笑む。
「やあ、おどろいたかな。シロナからは何も聞いてないだろう? ここのことは、基本他言無用だからね」
ライルは恐る恐る踏み出し、部屋を見渡しながら、喉から溢れ出そうになる数多の疑問を選別し、絞り出していく。
「いや、まあ……。というか、え? なぜホウエン地方のチャンピオンがここに? チャンピオンが集まっている組織ってことですか?」
「そういうわけでもないよ。ジムリーダーもいるし、表舞台には出ていない実力者もいる。もしかしたら君が知っている人とも、任務で会うかもしれないね。少し理由があってね、僕は今、ここシンオウ『本部』に居るのさ」
ダイゴは未だ驚きの表情を隠せないライルを見つめながら、優雅に手元のティーカップを傾けた。
「じゃあおれ……あ、いや僕は、ダイゴさんの下につくことになる……ってことですか?」
慌てて言葉遣いを直そうとするライル。
「ハハ。無理に言葉遣いは変えなくてもいいさ。そして、その通り。君はこれから、僕の部下になる」
「そうなんですね。おれはてっきり……」
言葉に詰まる彼を先回りするように、ダイゴは、悪戯っぽく目を細める。
「シロナの下に行くと思った? 原則として、推薦者は候補者のリーダーにはなれない決まりなんだ。……残念だったかい?」
ライルは図星を突かれたのか、少し頬を掻きながら答える。
「……いや、まさかダイゴさんが居るなんて思わないからびっくりして。あなたのことは尊敬してるから、こうしてお会いできて……その、光栄です」
ライルのたどたどしい、しかし偽りのないその言葉にダイゴは嬉しそうに笑った。
「ありがとう。そう言ってもらえると嬉しいよ。なにせ僕も、君の実力を買っているものでね。だが、憧れと任務は別さ。何も遠慮しなくていい。これからよろしく頼むよ。」
ダイゴは立ち上がり、スマートな動作で上着を整えた。
「さあ。早速で悪いが、君にこなしてもらいたい依頼がいくつかあるんだ。お昼がまだなら、親睦も兼ねてランチをしないか? そのあとはミーティングがしたい。プラチナムの『エージェント』としてのね」
2人はリーダー室を後にし、本部内の静かなダイニングへと場所を移した。
運ばれてきた料理に手を伸ばしながら、これまでの旅を優しく聞き出すダイゴと、思い出を振り返るライル。そしてその後は本題であるミーティングへ。ダイゴは専用端末を操作し、ホログラムのマップを展開する。
「さて。君に任せたい案件は現在三つ。一つは砂漠地帯での特殊鉱石の回収。非常に珍しい石でね。僕としても興味があるんだ。そして——」
職員によって皿が片され、小さく礼を言いながらも、ライルの目は既にダイゴの提示した任務の分析を始めていた。
「……どれも、一筋縄じゃいかなそうですね」
「ああ、だが君の初仕事に相応しいだろう?君なら、これらを問題なく対処してくれると信じているよ」
ダイゴの洗練された優雅さと、ライルの若々しくも揺るぎない実直さが混ざり合う。
これが17歳の少年が歩む、PLATINUMでの日々の始まりだった。彼は与えられた依頼を着実にこなし、順調に実績を積んでいった。
——あの日、自らの運命を変える出会いに遭遇するまでは。