ポケットモンスター Agent PLATINUM 作:ミノワ
シロナの指示により、ホウエン地方「キナギタウン」へとやってきたライルとルカ。
ほんの束の間の休息を得た二人が迎えたのは、彼らを指名したという歴戦の強者だった。
追って伝えられた時間の少し前、彼らは再びいつもの装いに着替えなおし、桟橋付近にいた。
束の間の休息を享受したことにより、鋭く、しかしそれでいて充実した気を滾らせている二人。
すると、風が急に強さを増したことに気づき、ライルが顔を上げる。
そこに現れたのは——真紅の翼に群青色の体躯。
只者ではない風格を感じさせ、周囲の空気が一瞬にして張り詰める。
「これは、ボーマンダか……!」
その背に乗っていたのは、ホウエン四天王の一人。
「ゲンジさん!」
彼は着陸したボーマンダの背から飛び降りる。
「やあ、君たち。遅れてすまない。『少々』調査が長引いてな」
ゲンジはルカにだけわかるように、スッと目配せをした。ルカはそれに応え、小さく会釈する。
「いえ、お気になさらず!」
ハツラツとしたライルの返事にゲンジは口角を上げる。
「キナギはどうかな? 良いところだろう?」
ルカも珍しく、元気よく答えた。
「ああ、気に入った! シロナもたまに遊びに来るらしいぜ」
ライルはそれに驚く。
「なんでお前がそんなこと知ってんだよ……?」
「お前には内緒だよ」
二人の軽快な掛け合いを見て豪快に笑うゲンジに、ライルは問う。
「ところでゲンジさん、おれたちを指名してくれたって聞きましたけど」
「ああ。理由はいくつかあるが、その前にまずは、この間のカゲツの非礼を詫びさせてくれ。同じ四天王として、すまなかった」
彼が指しているのは先日の会議でのカゲツの怒号のことだろう。
歴戦の強者は帽子を取り、若い二人に頭を下げる。
「そんな……頭を上げてください!カゲツさんもすぐに謝ってくれましたし、何より本当のことですから。おれ、気にしてません」
ゲンジは頭を上げ、軽く微笑む。
「それならいいんだが……。やつは熱すぎるのが玉に瑕でな」
「あたしがハッキリ言ってやったから大丈夫だぜ! オッサン!」
余りにも通常運転すぎるルカにライルはすぐに注意する。
「おいアホ、ゲンジさんだ……失礼だろ」
ゲンジは帽子を被り直しながら再び豪快に笑う。
「ガハハ! 気にするな。それで、二人を呼んだ理由だがな。まず、君たちは反転と呼ばれる世界での任務に、既に何度か対応しているな?」
カンナギでの異常、テンガン外縁での救出活動、彼らは反転世界での経験において、すでに他のエージェントに勝っていた。
「それにライルくん、君はキッサキ神殿でもレジスチル達の弱点を看破したと聞いてる。要は、君たちの実績や能力が欲しかったのだ」
ライルはその言葉に、身が引き締まる思いだった。ゲンジはなおも続ける。
「それと——戦闘ログも見せてもらった」
ルカは聞きなれない言葉に頭をかしげる。
「なあおい銀髪……ログってなんだよ」
「事務の人に説明されなかったか? このデバイスには最新の録画機能がついてんだ。戦闘時に起動させてたら、それ自体が有用な記録になるし、情報共有も簡単なんだよ。まあ戦いが激しすぎると、映像が乱れたり、エラーが起きたりもするけどな」
ルカは自分のデバイスをクルクル回しながら眺める。
「ふーん、なるほどね。それを見たってのか。……っておい、まさか」
ルカが視線をゲンジに移すと、彼は淡々と答えた。
「私が見たのは君たちの邂逅と、反転世界でのギラティナとの戦闘だよ」
ルカは憤慨した。
『2つめ』はまだいい。
しかし『1つめ』のそのログとやらを他人に見られることは、彼女のプライドが許さなかったようだ。
「あん時はあたしの調子が悪かっただけだぜ!? マジで!!」
騒がしく言い訳を並び立てるルカを横目に、ライルはゲンジに声をかける。
「ゲンジさん、こいつはもう無視しちゃってください」
「あ、ああ。わかった。……それで、見たうえでだが」
二人の背筋が少し伸びる。
「その年代にしては、かなり高水準だと思っている。ライルくんの分析力とそれを活かす柔軟さ、ルカくんの獰猛なまでの突破力」
四天王に褒められたライルは嬉しさのあまり顔を綻ばし、ルカはそんなことは当然といったように鼻を鳴らす。
「——だがそれでも、今回の任務では及ばない部分がある」
ゲンジの顔が不意に厳しくなり、ライルとルカも息をのんだ。そしてゲンジは提案する。
「だから、勝手ながら少し手ほどきをさせてもらおうと思ってね」
二人は顔を見合わせた。
「そんな悠長な時間あんのかよ?」
「今は数値も落ち着いている。だが数日のうちに動きがあるのは間違いないだろう。逆に今はチャンスなのだ。それにこのことは——」
ゲンジは何か言いかけて止まる。
「まあ、今はいい。それで、どうかな?」
ライルは真剣な瞳でゲンジをまっすぐ見据えた。
「四天王に直接教えてもらえるなんて願ってもありません。お願いします!」
ルカは少し気怠そうにしながらも、ゲンジという強者の威風、そして短期間ながら、彼の人格をみたうえで答えた。
「まあ、あんたが言うことだったら、試しにやってやるよ」
ゲンジは満足そうにうなずいた。
「良い返事だ。では準備ができれば出発しよう。覚悟しておけよ」
◇ ◇ ◇
キナギ近海に点在する険しい岩場。
ルカはその陰に身を潜め、荒い息を整えていた。
「くそ、あのオヤジ……とんでもねえ野郎だな」
周囲を取り囲む岩場の真ん中の開けた場所。
その広い、濡れた砂場の中心で、ゲンジは腕を組み、ただ立っているだけだ。しかし彼が放つプレッシャーは、それだけで辺りを沈黙させるほどだった。
ルカは岩の隙間から好機を窺う。
(よし、いけるか? ……いまだ!)
ルカが走り出した次の瞬間。
「——って、うおわぁっ!?」
岩場から次の遮蔽物へ跳躍した瞬間、正確無比な炎、そして空を切り裂く斬撃が彼女のすぐ側を掠める。
ゲンジの低い声が響く。
「ルカくん、動きが丸見えだよ」
岩陰から姿を現してしまったルカは、その勢いのままゲンジに向かって走り出す。
(場所が割れちまったら小細工できねえ!スピード勝負だ!)
ルカは腰のボールに鋭く手を伸ばし、彼女の持つ手持ちでも最速のクロバットとパオジアンを繰り出す。
クロバットは細かい直角をいくつも描くように、陽動を兼ねながら飛ぶ。
「パオジアン!『つららおとし』で援護しながら距離を詰めろ!」
しかしパオジアンはルカを一瞥し、甲高い咆哮をあげた後、獲物と認識したゲンジに向かって、ただ一目散に砂場を駆け出す。
「あっ!おい待て、パオジアン!!」
以前のように、ルカに牙こそ剥かないものの、その言葉に完全には従おうとしない。
それでもその速度は、先に飛び出したクロバットに追随するほどのものであった。
「大したスピードだ。フライゴン!『じならし』!」
——ズズズズ……
フライゴンの放つ横揺れがルカ達を襲う。パオジアンは動きを止められ、ボーマンダが放つ火炎の餌食となる。
クロバットもまた、フライゴンとの肉弾戦に苦戦していた。
ルカはすかさずサザンドラを繰り出し、特大の『りゅうのはどう』を放つが、それもボーマンダの遠距離攻撃によって相殺されてしまう。
「くそっ……!」
ルカが舌打ちしながらゲンジの背後を覗くと、そこには岩に溶け込むように伏せ、隙を窺っているライルの姿があった。
(ナイスだ銀髪、そのままかませ!)
ライルが静かに指示を飛ばす。
「……行けっ!」
瞬間、ライルと共にゴウカザルとガブリアスが爆発的な加速で飛び出す。
「ふむ、いいタイミングだ」
しかし、それに気づいたゲンジがチルタリス、もう一体のフライゴンを場に出し、ライルの二体を封じ込める。
それでもその間を縫う様にライル自身がゲンジの懐へ飛び込み、修行の達成条件である「首のタスキ」を奪おうと手を伸ばす。
しかしゲンジの動きは淀みなく、ライルの勢いを利用してその体を引き寄せると、柔らかな水辺のクッションがある方へ鮮やかに投げ飛ばした。
背中を地面に打ちつけるライル。
「……ってぇ…!」
ライルは体勢を立て直しながら顔を上げる。
(でもこれで終わりじゃない……!)
投げ出されたライルの背後から、伏兵として温存されていたルカリオが『しんそく』の突撃を見せた。
これにはゲンジも一瞬、虚を突かれたように目を見開く。
しかし、傍らに鎮座していたボーマンダが即座に反応。至近距離からの『かえんほうしゃ』が炸裂。
——ゴォォォォオオオオ!!
ルカリオはその出力に耐えきれず、後方へと吹き飛ばされてしまった。
「ふむ。最後の突撃、悪くはない。君は作戦立案とその実行までが異常なほど早いな」
ゲンジは口に蓄えられた髭を触りながら、余裕を崩さずに告げる。
「しかし、そのあとは? すべてが読まれてしまった後のことまで考えられているか? 仕留めきれないのであれば、あの段階で君が出てくるのは悪手だ」
ライルは背中についた泥を払いながら、悔しそうに呟く。
「押忍」
続いてゲンジはルカの方へと向き直る。
「そしてルカくん。相変わらず思い切りはいいが、直線的であまりに大味だな。それに、技は当ててこそだ。威力がすべてではない。当てるに至るまでのプロセスが重要だ」
無言でそれを聞くルカ。
「……今日はここまでにしよう。先に戻っておきなさい。明日はさらにハードだぞ」
泥と海水にまみれ、満身創痍でその場を立ち去る二人。
その砂場には、幾度も特攻を繰り返したであろう足跡が無数に残されていた。
◇ ◇ ◇
それぞれの部屋でシャワーを浴び、汚れを落としたライルとルカは、宿泊先のラウンジで夜食を摂っていた。
「お前の最後のやつはいけると思ったぜ。惜しかったのにな」
「でも崩せるイメージが湧かなかった。判断力もそうだけど、基礎レベルが違いすぎる。……さすが、ホウエン四天王だ」
食事を頬張りながらルカが言う。
「感心してる場合かよ。何とかして出し抜かなきゃ、あたしの気が収まんねえぞ」
二人はその日の食事を早々に切り上げ、また明日の手ほどきに備えて早めの就寝をした。
◇ ◇ ◇
再び、キナギ近海の岩礁。
昨日の激闘の痕跡が残るその場所に、三人は立っていた。
「よし、今日こそタスキを取ってやるぞ!」
「あたしもイメージはバッチリだ。昨日の借りは倍にして返してやる!」
息巻く二人に、ゲンジは低い地響きのような声で告げる。
「……言っておくが、今日やるのは昨日の再現ではない。三人全員参戦の『バトルロワイヤル』だ」
「…………!?」
二人は同様に絶句した。
「毎日同じことをするのでは意味がない。それはもはや反復であり、今の君たちに必要なものではない。……覚えておきなさい。整備されたフィールドでのバトルと違い、エージェントの戦場に常はない。——慣れるのではなく適応するのだ」
ゲンジはそう言うと、マントの内ポケットから風船を3つ取り出した。それを手際よく適当な大きさに膨らませると、ライルとルカに渡す。
「ルールはこうだ。それぞれ四体を繰り出し、その全てが戦闘不能となれば負け。……そして、もう一つ。今渡した風船を括りつけなさい」
ライルとルカは言われるがまま(ルカは少し顔をしかめながら)、頭の部分にそれをつける。
ゲンジもまた、自分の帽子にくくりつけた風船を指さしている。
「これが割れても負けだ。その風船が割れれば、君たちは命を落としたと同義だと心得よ。——では、始めッ!!」
戦場は一瞬にして混沌の極致へと叩き落とされた。
ゲンジ:ボーマンダ、フライゴン、フライゴン、チルタリス
ライル:ガブリアス、ルカリオ、ウォーグル、グレイシア
ルカ:サザンドラ、ルガルガン(まよなか)、クロバット、ブラッキー
計十二体のポケモンが入り混じる大乱闘。
それぞれの「命」である風船を守るため、主軸となるボーマンダ、ガブリアス、サザンドラを自身の直衛に配置。
残りの三体ずつを遊撃・特攻・支援に回すという、奇しくも似通った布陣となる。
まずはお互いの間合いを近づけぬよう、中・遠距離攻撃が火花を散らす中、その一瞬の隙を突き、ルカが音もなくゲンジの背後に回り込む。
「もらったぜ!!ルガルガンッ!!」
ルガルガンによる急襲。
しかし、攻撃が届くコンマ数秒前、ゲンジは迷いなく走り出し、ボーマンダの背へと跳躍。悠然とその場を離脱。
「クソッ!! 逃げ足の速いジジイだな!」
「ルカ君、標的は常に動き続けるぞ?」
「知っとるわ!!」
地を蹴って追撃しようとするルカ。
しかし、その頭上の風船を、ルカリオの『はどうだん』が鋭い弾道で狙い撃つ。
それをギリギリで視認したルカは咄嗟に転がって回避し、ライルに怒声を浴びせた。
「あっぶね!おい銀髪! あたしを狙ってんじゃねえよ!!」
「何言ってんだよ! バトルロワイヤルだろ!!」
言い争う彼らに、ゲンジが落ち着き払った声を放つ。
「二人とも、よそ見をしていて良いのか?」
ゲンジのボーマンダが放つ広範囲の『かえんほうしゃ』が、岩場を焼き尽くさんばかりに広がる。
次第に二人は追い詰められていく。
ライルとルカは激しい戦火の中で、同様の思いを抱えていた。
(……キツイ……!!!)
ライルは水場を走りながら、常に全体を見渡せる位置に移動しようとする。
(四体に対して常に指示を出しながら、自分も風船を守るために全力で動き回らなきゃいけない……。頭がパンクしそうだ……!)
ルカは三人のうち、最も縦横無尽に駆けていたが、持ち前の勘だけではかわしきれないほどの際どい場面が頻出していた。
(銀髪とオッサンの合わせて八体を同時に相手しなきゃなんねえ。多対多の戦闘の中でも、ここまでの難易度は初めてだ。頭も体も休む暇がねえ……!)
肉体的な疲労よりも先に、過密な情報処理で脳が焼き切れるような感覚。
しばらくの後、一瞬の隙を突かれると、ゲンジの遊撃隊が放った鋭い一撃により、二人の頭上の風船は『ほぼ同時』に、無慈悲な音を立てて破裂した。
二人は同様に膝をつき、肩で息をする。
「ハア……ハア……」
ゲンジは腕を組みながら二人を悠然と眺めていた。その息はほとんど乱れていない。
「どうだ? ハードといったろう。戦場なら、君たちは今、最も簡単に死んでいるぞ」
ライルとルカは何とか顔を上げるが、ゲンジは容赦しない。
「だが、修行のいいところは何度でもやり直せることだ」
そう言うと事も無げに、懐から予備の風船を取り出す。
「幸い、風船はまだあるからな。……さあ、立て」
ルカはそれを見て驚愕の顔をした。
「うげっっ!! まだやんのかよ、鬼教官!!」
あの真面目なライルですら、流石に根をあげそうになり絶望の顔で呟いた。
「……マジかよ……」
結局、二日間の修行は特に良いところもなく、四天王ゲンジの実力にコッテリと絞り上げられてしまったライルとルカ。
だが、その間に叩き込まれたものは、疲労や痛みだけではない。
彼らはまだ気づいていなかったが、確かな成長への一歩が、その心身に刻み込まれていた。