ポケットモンスター Agent PLATINUM 作:ミノワ
ゲンジにこってりと絞られたライルとルカ。
三日目の修行内容もまた、予想とは違うものであった。
その夜、彼らは任務に備え、英気を養う。
翌日。
ゲンジの指示を受けた彼らが居たのは、昨日までの岩場ではなく宿泊先のセーフハウス。
二人は身構えていた。今日はどのようにしてシゴかれるのかと。
「くそッ……まだ体中いてえぞ。あのジジイ、加減を知らねえのかよ」
「おれ、昨日シャワー浴びてからの記憶ねえよ……。気づいたら朝だった」
ルカは首の辺りを揉みほぐしながら忌々しく言い放ち、ライルは少し茫然とした表情で呟く。
そこへ、厳格な雰囲気を纏ったゲンジがやってくる。
「二人とも、己の至らなさを実感したか?」
「押忍!」
「(ケッ。厳しすぎんだよ!)」
地響きのような声に二人は姿勢を正したが、一人は内心でそんなことを思っていた。
ゲンジは構わずに続ける。
「エージェント、そしてトレーナーは日々反省と研鑽だ。その積み重ねが、君たちをふとしたときに高みに押し上げる」
その言葉には、ゲンジが積み上げてきたものの重さが宿っていた。
昨日までとの差を察したライルが口を開く。
「今日は何か様子が違いますね?」
「ああ、もう戦闘はしない。そろそろ動きがありそうなのでな。最後の1日は休息に充てたい」
ゲンジは笑みを浮かべたが、ルカは怪訝な顔を隠さず、腕組みをしながら尋ねた。
「あんた、及ばないって言ってただろ。あの修行で足りんのかよ」
「それは分からん」
「……は?」
予想外の返答にルカは目を丸くするが、ゲンジは優しく微笑む。
「どれほど強くなっても、未来に何があるのかは読めない。時間も無かったことだしな。それでも、戦場での生き抜き方は教えたつもりだ」
ライルはゲンジの言葉を噛み締めるように反芻する。
「……適応ですよね」
「そうだ、いつでも感覚を研ぎ澄ませ。戦場は冷酷だ」
ゲンジは続ける。
「そもそも、なぜあのような修行内容にしたと思う?」
「……エージェントとしての能力を上げるためだと思っていますが」
「そうだ。そして、それだけではない」
ゲンジは力強く続ける。
「トレーナーとしても、最後まで立ち続けなければならないからだ。なぜなら我々こそがポケモン達の絶対的な司令塔であり、彼らは最後の最後まで、我々を信じているからだ」
ゲンジは視線をルカに移す。
「ルカくん。君のパオジアンもそうだ。彼はなぜ、君の言うことを聞かないと思う?」
「……あたしの力量が足りていないからだろう」
ルカはぶっきらぼうに答える。
「それもあるかもしれん。だが、それだけか?」
ゲンジはルカをまっすぐ見た。
「——君は本当に、最大限に彼を信頼できているのか? 言うことを聞かないからと、どこかで線引きしていないか?」
彼女は無言で、ハイパーボールを手に取り眺める。
「力で従わせることと、背中を預けることは違う。彼をもっと良く見ることだ。何を見て、何を望み、どうすれば君に応えるのかをな」
「良く見る……」
「ああ。君が本当に彼の力を望むのなら、応えてくれるさ。きっとな」
そしてゲンジは再び微笑んだ。
その後も、ゲンジは戦場での判断や、生き残るための心得をいくつも語り聞かせた。
そして話が一段落したころ——
「今日は以上だ。任務には明日の朝、出発する」
「了解!」
「ああ。ええと、どこだったっけ」
ライルが元気よく返事し、ルカが問う。
ゲンジは一呼吸置き、厳格な声で答えた。
「『そらのはしら』だ」
◇ ◇ ◇
その夜。
ゲンジは窓の外の揺れる波を眺めながらデバイスに耳を当てていた。
電話口の声は落ち着いた、それでいて優しく深みのある声だった。
『どうですか? 彼らは』
「ああ、やはりすごいな。二人とも、あの年代では頭ひとつ抜けている」
『もちろんそうでしょう。なにせライルくんは、私が推薦したのですから。ルカもまた、彼が選んだ人物です』
その声の主はシロナであった。
彼女が揺るぎない声でそう言うと、ゲンジは苦笑しながらも賛同した。
「口論ばかりしているがな。……なのに中々どうして嚙み合っている。面白いのは、同じ強さへ向かっていても、その才能やプロセスが真逆だということだ」
シロナは微笑みながら頷いている。
そしてゲンジは少し表情を変えて尋ねた。
「よかったのか?」
『なにがです?』
「この任務だ。指名したのは私だが、危険なのは間違いない」
シロナはゆっくりと答える。
『重々承知です。彼らは若くともエージェント、こういう機会は必ずくる。……それに、能力や実績以外に、何か別の意図もあったのでは?』
ゲンジは少し驚いた顔を見せ、苦笑しながら告げる。
「……まあな。実はこの任務は、ダイゴから事前に引き継いでいたものだ」
シロナは静かに聞いていた。
「その時、ライルくんと『仲間になるかもしれない少女』のことを聞いた。何かあれば目をかけてやってくれとも言われた。会ったこともないのにだぞ」
ゲンジは呆れたように言う。
『あなたもダイゴくんも面倒見がいいですからね』
シロナは口角をあげ、一呼吸置いて続ける。
『それに、今後を考えれば彼らにはもっと成長してもらわないと。……早いに越したことはない』
ゲンジが眉を顰める。
「何を焦る?」
『……まだ分かりません。でもダイゴくんは警戒していた。何か裏で大きなことが進んでいるかもしれないと……』
シロナのその声には緊張が乗っていた。
「……時に、捜索のほうはどうなんだ」
『一部のエージェントにだけ、あらゆる方向から情報収集をさせています。……何かあっても耐えられる人物たちを。私も含めてね』
ゲンジは口髭を触りながら溜め息をつく。
「そうか、わかった。取り急ぎ、明日のことは任せろ」
『挑むのは三人ですか?』
「助っ人がいる。エージェントではないが、ダイゴの手伝いをしていた者たちだ」
『頼もしいですね』
「気は抜けんがな」
ゲンジはそっとデバイスを切り、明日に備えた。
◇ ◇ ◇
キナギタウンの夜風はどこまでも穏やかで、海原は月明かりを反射して淡く輝いている。
木造りのラウンジで気を整えているライルとルカ。彼らのポケモンも明日に備え英気を養っている。
「どうだった? 修行」
「……別に」
冷たい飲み物を手にしているルカの口調は相変わらずだ。
「おれはさ、まだまだ力不足を痛感させられたよ。やっぱり、普通のポケモンバトルみたいにはいかない」
そしてライルの真面目ぶりも、相変わらずである。
「フン。オッサンがああいうのに強いだけだろ。まだまだ伸びるってことだよ、あたしらも。——まあ、あたしはすでに最強だけどな」
不遜なルカに、ライルは呆れて言う。
「言っとくけど、テンガン山でのバトルはおれが勝ってんだぜ?」
「うるせえよ!」
ルカが立ち上がる。
「次からはあたしの全勝だ!今度、ガチでやってやるよ!」
「ああ、望むところだ。いつでも相手してやるよ」
二人は顔を見合わせ、どちらからともなく笑みをこぼす。
最悪の出会いをした彼らには、今はバディとしての仲間意識と、好敵手としての敬意が育っている。
「いよいよ明日はオッサンとの任務だな。修行でストレス溜まってたんだ。おもっきり暴れてやるぜ」
「ゲンジさんな。……ってかお前、シロナさんのことは名前で呼んでたよな? 呼び捨てだけど」
「シロナは、シロナだろ」
ボスとしてのシロナの器に触れたルカにとって、彼女はすでに「認めざるを得ない存在」になっているようだ。
「おれのことは名前で呼んだことないのにな」
ライルのぼやきにルカは憤慨する。
「何言ってんだよ! お前こそ、あたしの名前呼んだことないだろ!」
「……なんか先に呼んだら負けな気がしてきたんだよな」
「なんだよそれ!」
ルカは少し考え、いつもの口調で告げた。
「……よし!じゃあ、いつかガチのバトルで負けた方が、先に相手を名前で呼ぶ。これでどうだ?」
「……ガキだな……」
「てめえもだろうがコラァ!!」
またしても始まった、子どものような揉み合い。
それを見て、ブラッキーやグレイシアは優しく微笑み、ルカリオは呆れたように首を振る。
ガブリアスにいたっては何かの稽古と勘違いして、嬉々として二人の間に飛びかかろうとしていた。
「おいよせ!お前がきたら潰されちまう!!」
キナギタウンの夜はどこまでも穏やかだっ
た。
過酷な『そらのはしら』への任務の前夜とは思えないほどに。