ポケットモンスター Agent PLATINUM 作:ミノワ
ゲンジの修行を終えたライルとルカは、ついに今回の任務先である『そらのはしら』へと向かう。天空の古塔の頂上で、彼らを待ち受けているものとは。
※今回登場する公式キャラクターは、媒体ごとに性格や口調の印象が異なるため、本作なりの解釈で描いています。一つのアレンジとして楽しんでいただければ幸いです。
天空の古塔『そらのはしら』の麓。
聳え立つその塔は、かつて人の手によって造られたというが、そうは思えぬほどの荘厳さを放つ。
風の音さえも、この場所では龍の咆哮のように響く。
その入り口から離れたところに二十代半ばほどのパイロットスーツ姿の美しい女性と、部族のような格好をした男性が立っていた。
「ゲンジさん!待っていましたよ!」
「監視ご苦労。二人とも紹介しよう。ヒマワキジムリーダーのナギくんだ。こちらはライルくん、そしてルカくんだ」
「おはようございます!」
「うーす……」
爽やかなライルの挨拶とそれに隠れるように小声のルカ。
「おはよう!」
ナギは極めて快活で、それでいて興味深そうに二人を眺める。
「話には聞いてたけど、二人ともとっても若いのね。キナギでゆっくり出来た?」
「……オッサンにこってり絞られてたが?」
「えっ!?」
ルカの言葉に、ナギは目を瞬かせる。
「まさか、ゲンジさんの修行を?」
「はい……」
げんなりして答えるライル。
「そのストイックさとスパルタで、門下生が地方を跨いで逃げ出すという、あのゲンジさんの修行を……」
ナギの話を聞き、ルカはこっそりライルに耳打ちする。
「(……オッサン、やっぱヤバいやつなんじゃねぇの?)」
「(……マジで弟子入りしたら、もっとキツいのかな……)」
そんな二人の話を遮るように「オホン!」という咳払いと共にゲンジが口を開く。
「二人は元々筋がいい。私はお節介で手ほどきをしただけだ。弟子入りしてくる奴らには『鍛えてくれ』と頼まれるから、そうしているだけだ」
少し照れくさそうに帽子を深く被るゲンジ。意外な人間味に、ライルは少しだけ表情を緩める。
「ゲンジさんにそこまで言わせる君たちが頼もしいわ」
ナギの表情が、真剣なものへと変わる。
「さて本題ね。私はダイゴさんのお手伝いで、しばらくこのあたりを調査していたの。ここには『レックウザ』っていう伝説のポケモンがいるんだけど、その周囲に異常がないか警戒にね」
どうやら二人は兼ねてからダイゴに協力していたようだ。
「そして、今は私が引き継いでいる」
そう話したのはゲンジ。
しかし、それぞれの話しぶりから察するに、ナギには組織の全容や、ダイゴの行方不明という「真実」は伏せられているようだ。
「改めて説明するが、今回は『そらのはしら』を調査する」
ゲンジの一声に場が引き締まる。
「レックウザに異常がないことを確認し、何もなければそれで良し。しかし何かイレギュラーが起き、我々で対処する必要性があればそうする。心してかかるように」
ゲンジのその言葉にライルとルカは頷く。
「上へ向かうルートは、彼が知っているわ」
ナギが指し示した先には、色黒で筋肉質な部族風の男が静かに立っていた。
「彼は、この辺りに昔から住む、歴史ある一族の一人なのよ!」
「カイトだ。俺が上まで案内する」
彼は浅く一礼をする。
「だが、進むのは龍神様が住む頂上の前までだ。我々は無闇に神に触れたくない。チャンピオンに免じて、案内をするだけだ」
必要以上に関わりはしない。
(少し気難しい人なのかな?)
ライルは内心、そう思った。
そしてゲンジが低い声で答える。
「充分だ。よろしく頼む」
カイトの案内で一行は塔の内部へと進む。
◇ ◇ ◇
外光が遮られた塔の内部は、ひやりとした空気が漂い、古い石材の匂いが鼻を突く。
塔の床はその所々がヒビ割れている。
先頭を行くのはカイトとゲンジ。
そのすぐ後ろにナギ、そしてライルとルカが続く。
ルカはジャケットの端を掴み、体に引き寄せる。
「……寒ィな。それに静かすぎて気味が悪い」
「ああ。でも、まだ異常は無さそうだ」
ライルはデバイスを確認しながら進む。
上へと向かう道中、少なからず野生ポケモンたちの気配があるが、不思議と襲ってくる様子はない。
「ふむ、思いの外スムーズだな」
ゲンジのその言葉に、カイトが答える。
「俺たちはこの首飾りをかけてる」
そして首から下げている装飾品を指した。
その真ん中には綺麗に輝く『石』が嵌められていた。
「これは、昔からこの辺りのポケモンたちと共存してきた部族の証だ。特殊なエネルギーを持っていて、襲われにくいようになっているのさ」
「へぇ……それは凄いな」
ライルの純粋な言葉に、カイトは後ろを振り向き、笑みを浮かべた。
ライルはその笑みを見て、先ほど彼に抱いた印象が変わっていくのを感じた。
その穏やかな空気を破ったのは、ナギの意外な一面だった。
「ねえねえ、君たちはどうしてダイゴさんやゲンジさんと知り合ったの?」
「えっ? えーっと……シロナさんの手伝いです」
「うそ!シンオウチャンピオンの? あなたたちすごいのね! シンオウ出身? ポケモンたちはどんな感じなの? あ、シロナさんってプライベートでキナギに何回か来てるって知ってる?」
クールな外見に似合わず、矢継ぎ早に繰り出されるトーク。
その勢いに、ヒカリやアスナと言ったエネルギッシュな面々を思い出し、苦笑するライル。
「どうかした?」
「いや、知り合いの女性に似てるなと……。あ、アスナさんはご存知ですよね?」
「アスナちゃん? とっても仲良いわよ! 似てるかしら?」
そんなライルとナギの会話に、ルカが口を挟んでくる。
「言っとくけどこの銀髪、『女たらし』だぜ。真面目そうなとこにみんな騙されんの」
「あら! そうなの?」
「は!? お前訳わかんねーこと言うなよ!」
思わずまた揉み合いになりそうになったその時、低い声が空間を制する。
「諸君、ストップだ」
そこにいたのは、古代から姿を変えないネンドール。割れた外壁から刺す光が、不気味にその姿を照らしている。
「大丈夫だ」
カイトが一歩前に出る。
ネンドールは静かに辺りを見回すと、そのまま奥へと消えていった。
「彼らはこのはしらを守る番人でもある。だがこちらに敵意が無ければ襲ってはこない」
ライルは感心したように呟く。
「カイトさんのおかげで、全く無駄な戦闘をしてないな……」
◇ ◇ ◇
そこからさらにしばらく登り続け、頂上へと繋がる出口にたどり着いたところで、再びカイトが口を開く。
「すまんが、俺はここまでだ。武運を祈る」
「ああ、助かった。恩に着るよ」
ゲンジが礼を言うと、カイトはその場を後にした。
出口を抜けた先には、吸い込まれるような蒼穹が広がっていた。
さらに進むと巨大な石畳の広場が姿を現す。
風雨に何千年も晒されてきた石畳は所々が欠け、無数の亀裂が刻まれている。
その石畳の先には空しかない。
周囲を遮るものはなく、一歩踏み外せば雲海へ真っ逆さまだ。
しかし、その場にレックウザの姿はない。
ゲンジが全員に声をかける。
「よし、今のうちに岩の影に隠れよう。気配を隠すんだ」
三人はその指示に従う。
ルカのブーツに当たった小石が、遥か下へと落ちていく。
「うおっ。めっちゃ高ぇな……」
そして、デバイスの数値を確認しているライルにナギが気づき、話しかけてくる。
「あら、カッコいいわね、その機械」
「あー……これは……シロナさんに借りてるやつです」
彼はしれっと誤魔化した。
そして身を潜めること数十分。
岩陰で息を潜めて周囲を窺うものの、空にはちぎれ雲が流れるばかり。
誰一人として口を開かない。
雲だけがゆっくりと流れ、時折吹く風が岩肌を撫でていく。
ライルはデバイスに目を落とす。
数日前、異常があったと言われていた数値だが、今は特に反応はない。
(うーん。シロナさんによれば、『カンナギ』や『キッサキ』と反応が似てたって話だけど……)
そんなライルの胸中とは裏腹に、ルカは腕組みをしながら、退屈そうに辺りを見渡していた。
そしてナギはどこか期待するような表情で蒼穹を見つめ、ゲンジは微動だにせず、目を閉じ、牙を研ぐかのように集中していた。
そこから、さらに数十分。
ナギが突如として周囲を見渡し始めた。
目を細め、静かに告げる。
「……風が変わった」
「えっ。本当ですか?」
「うん。気流の向きが変わったと思う。——何かが来る」
そのすぐ後。
先ほどまで辺りを包んでいた凪の時間を切り裂くように、蒼穹中に響き渡るほどの凄まじい咆哮が轟いた。
——グォォォォォオ!!!!!
雲を割り、舞い降りてきたのは、超常的なほどの巨躯。
生命力に溢れた鮮烈な緑の体色。
長い首をもたげたその先に、すべてを見通すような黄金の眼光。
その姿は紛れもなく——
「レックウザだ……!!」
目の当たりにしたその余りの神々しさに、四人は言葉を失う。
これこそが、ホウエンの空を統べる龍。
はしらの頂上に着陸し、悠然と佇むレックウザ。
その神秘的な姿に、一同はただ圧倒されていた。
ナギは両手で口元を抑え、ルカも目を見開いている。
「なんて美しいの……」
「……すげえな」
ゲンジですら、目を奪われていた。
「彼は、我々ドラゴン使いの夢だ」
しかし、すぐに鋭い視線に戻る。
「……だが、おそらくこちらに気づいているな」
ゲンジの言うとおりレックウザはこちらに気づいているが、襲いかかってはこない。
カンナギで出会った狂乱のギラティナとも、反転世界の鎖を解いたレジギガスとも違う、圧倒的な「静」。
彼にとって人間という存在は、もはやノイズですらない。
ナギがレックウザに見惚れている間、エージェント三人は密かに声を交わす。
「ライルくん、デバイスはどうかな?」
「はい。レックウザが何かしらの『反転世界の影響』を受けていないのは、一目瞭然です。数値も正常そのものです」
「それなら無駄足ってことか?」
ルカが片眉を上げる。
「いや、確認は必要さ。……何も起きないのが一番なんだから」
そう安堵しかけた瞬間であった。
今度は、レックウザがゆっくりとその眼を細める。
先ほどまで悠然と空を見渡していた黄金の眼が、一瞬にして鋭さを帯びた。
静かに巨体を起こす。
そして突如、全身から凄まじい覇気を解き放った。
ナギとルカが口を開く。
「な、何なの!? この感じ、今ゾクっとした……」
「……これ、殺気だろ」
そしてそのすぐ後。
四人は一様に首筋を手で払い、後ろを振り向くような素振りを見せた。
なぜなら、何か得体の知れない悍ましいものに、すぐ真横から覗かれたかのような感覚が襲ってきたからである。
そして、それを感じたのは彼らだけではないようだ。
レックウザはその体表に、エネルギーを纏い始めた。
それを見た一同は反射的に身構える。
しかし、翡翠の龍はこちらを見向きもせず、長い首をもたげ、何もない虚空を鋭く睨みつける。
そして再び、天空を割るような咆哮を上げた。
一斉に耳を塞ぐ四人。
ライルはすぐさまデバイスを確認した。
「……っ!!数値が……!」
「おい、どうした!? 銀髪!」
ルカが覗き込んだデバイスには、異様な波形が示し出されていた。
その反応の意味を、二人は知っていた。
「おい銀髪……この嫌な感じって、まさか」
「そのまさかだ……来るぞ……」
蒼穹に突如として「ヒビ」が入り、空間の入り口が無理やり抉じ開けられる。
あの時と同じ。
黒という言葉では表現しきれないほどの漆黒。
そこから覗くのは、すべてを呪うかのような悍ましい赤い眼。
その赤が消えたかと思った次の瞬間。
凄まじいスピードで現れたのは、黄金の装甲を持つ——ギラティナ。
レックウザはその姿を認めるや否や、天を駆ける雷光となって飛び出す。
——ゴォオッ!!!
伝説の龍たちの巨体が衝突し、周囲に突風ほどの風圧が吹き荒れた。
「全員! 飛べるものの背に乗れッ!!」
ゲンジの鋭い声に、一同はすぐさま反応。
ゲンジはボーマンダ、ライルはウォーグル、ルカはサザンドラ。
そしてナギはエアームドの背に飛び乗る。
ライルの鋭い指摘が飛ぶ。
「ギラティナだ……!またあいつが、反転世界に引き摺り込もうとしてるんだ……レジギガスと同じように、レックウザを!」
ルカはゲンジに指示を仰ぐ。
「オッサン! あたしらはどうする!?」
猛風の中ではためくマント。
ゲンジは帽子を抑えながら鋭く眼光を光らせ、決断を下す。
「……レックウザを援護する。この戦いに介入し、ギラティナを撃退するぞ」
この伝説同士の戦いに、人間が参加する。
それは危険を通り越した狂気。
天空の防衛戦が今、幕を開ける。