ポケットモンスター Agent PLATINUM   作:ミノワ

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ゲンジの修行を終えたライルとルカは、ついに今回の任務先である『そらのはしら』へと向かう。天空の古塔の頂上で、彼らを待ち受けているものとは。

※今回登場する公式キャラクターは、媒体ごとに性格や口調の印象が異なるため、本作なりの解釈で描いています。一つのアレンジとして楽しんでいただければ幸いです。




第二十三話【凪の時間】

 

 天空の古塔『そらのはしら』の麓。

 

 聳え立つその塔は、かつて人の手によって造られたというが、そうは思えぬほどの荘厳さを放つ。

 

 風の音さえも、この場所では龍の咆哮のように響く。

 

 その入り口から離れたところに二十代半ばほどのパイロットスーツ姿の美しい女性と、部族のような格好をした男性が立っていた。

 

「ゲンジさん!待っていましたよ!」

 

「監視ご苦労。二人とも紹介しよう。ヒマワキジムリーダーのナギくんだ。こちらはライルくん、そしてルカくんだ」

 

「おはようございます!」

「うーす……」

 

 爽やかなライルの挨拶とそれに隠れるように小声のルカ。

 

「おはよう!」

 

 ナギは極めて快活で、それでいて興味深そうに二人を眺める。

 

「話には聞いてたけど、二人ともとっても若いのね。キナギでゆっくり出来た?」

 

「……オッサンにこってり絞られてたが?」

 

「えっ!?」

 

 ルカの言葉に、ナギは目を瞬かせる。

 

「まさか、ゲンジさんの修行を?」

 

「はい……」

 

 げんなりして答えるライル。

 

「そのストイックさとスパルタで、門下生が地方を跨いで逃げ出すという、あのゲンジさんの修行を……」

 

 ナギの話を聞き、ルカはこっそりライルに耳打ちする。

 

「(……オッサン、やっぱヤバいやつなんじゃねぇの?)」

 

「(……マジで弟子入りしたら、もっとキツいのかな……)」

 

 そんな二人の話を遮るように「オホン!」という咳払いと共にゲンジが口を開く。

 

「二人は元々筋がいい。私はお節介で手ほどきをしただけだ。弟子入りしてくる奴らには『鍛えてくれ』と頼まれるから、そうしているだけだ」

 

 少し照れくさそうに帽子を深く被るゲンジ。意外な人間味に、ライルは少しだけ表情を緩める。

 

「ゲンジさんにそこまで言わせる君たちが頼もしいわ」

 

 ナギの表情が、真剣なものへと変わる。

 

「さて本題ね。私はダイゴさんのお手伝いで、しばらくこのあたりを調査していたの。ここには『レックウザ』っていう伝説のポケモンがいるんだけど、その周囲に異常がないか警戒にね」

 

 どうやら二人は兼ねてからダイゴに協力していたようだ。

 

「そして、今は私が引き継いでいる」

 

 そう話したのはゲンジ。

 

 しかし、それぞれの話しぶりから察するに、ナギには組織の全容や、ダイゴの行方不明という「真実」は伏せられているようだ。

 

「改めて説明するが、今回は『そらのはしら』を調査する」

 

 ゲンジの一声に場が引き締まる。

 

「レックウザに異常がないことを確認し、何もなければそれで良し。しかし何かイレギュラーが起き、我々で対処する必要性があればそうする。心してかかるように」

 

 ゲンジのその言葉にライルとルカは頷く。

 

「上へ向かうルートは、彼が知っているわ」

 

 ナギが指し示した先には、色黒で筋肉質な部族風の男が静かに立っていた。

 

「彼は、この辺りに昔から住む、歴史ある一族の一人なのよ!」

 

「カイトだ。俺が上まで案内する」

 

 彼は浅く一礼をする。

 

「だが、進むのは龍神様が住む頂上の前までだ。我々は無闇に神に触れたくない。チャンピオンに免じて、案内をするだけだ」

 

 必要以上に関わりはしない。

 

(少し気難しい人なのかな?)

 

 ライルは内心、そう思った。

 

 そしてゲンジが低い声で答える。

 

「充分だ。よろしく頼む」

 

 カイトの案内で一行は塔の内部へと進む。

 

 

        ◇ ◇ ◇

 

 

 外光が遮られた塔の内部は、ひやりとした空気が漂い、古い石材の匂いが鼻を突く。

 

 塔の床はその所々がヒビ割れている。

 

 先頭を行くのはカイトとゲンジ。

 

 そのすぐ後ろにナギ、そしてライルとルカが続く。

 

 ルカはジャケットの端を掴み、体に引き寄せる。

 

「……寒ィな。それに静かすぎて気味が悪い」

 

「ああ。でも、まだ異常は無さそうだ」

 

 ライルはデバイスを確認しながら進む。

 

 上へと向かう道中、少なからず野生ポケモンたちの気配があるが、不思議と襲ってくる様子はない。

 

「ふむ、思いの外スムーズだな」

 

 ゲンジのその言葉に、カイトが答える。

 

「俺たちはこの首飾りをかけてる」

 

 そして首から下げている装飾品を指した。

 

 その真ん中には綺麗に輝く『石』が嵌められていた。

 

「これは、昔からこの辺りのポケモンたちと共存してきた部族の証だ。特殊なエネルギーを持っていて、襲われにくいようになっているのさ」

 

「へぇ……それは凄いな」

 

 ライルの純粋な言葉に、カイトは後ろを振り向き、笑みを浮かべた。

 

 ライルはその笑みを見て、先ほど彼に抱いた印象が変わっていくのを感じた。

 

 その穏やかな空気を破ったのは、ナギの意外な一面だった。

 

「ねえねえ、君たちはどうしてダイゴさんやゲンジさんと知り合ったの?」

 

「えっ? えーっと……シロナさんの手伝いです」

 

「うそ!シンオウチャンピオンの? あなたたちすごいのね! シンオウ出身? ポケモンたちはどんな感じなの? あ、シロナさんってプライベートでキナギに何回か来てるって知ってる?」

 

 クールな外見に似合わず、矢継ぎ早に繰り出されるトーク。

 

 その勢いに、ヒカリやアスナと言ったエネルギッシュな面々を思い出し、苦笑するライル。

 

「どうかした?」

 

「いや、知り合いの女性に似てるなと……。あ、アスナさんはご存知ですよね?」

 

「アスナちゃん? とっても仲良いわよ! 似てるかしら?」

 

 そんなライルとナギの会話に、ルカが口を挟んでくる。

 

「言っとくけどこの銀髪、『女たらし』だぜ。真面目そうなとこにみんな騙されんの」

 

「あら! そうなの?」

 

「は!? お前訳わかんねーこと言うなよ!」

 

 思わずまた揉み合いになりそうになったその時、低い声が空間を制する。

 

「諸君、ストップだ」

 

 そこにいたのは、古代から姿を変えないネンドール。割れた外壁から刺す光が、不気味にその姿を照らしている。

 

「大丈夫だ」

 

 カイトが一歩前に出る。

 

 ネンドールは静かに辺りを見回すと、そのまま奥へと消えていった。

 

「彼らはこのはしらを守る番人でもある。だがこちらに敵意が無ければ襲ってはこない」

 

 ライルは感心したように呟く。

 

「カイトさんのおかげで、全く無駄な戦闘をしてないな……」

 

 

        ◇ ◇ ◇

 

 

 そこからさらにしばらく登り続け、頂上へと繋がる出口にたどり着いたところで、再びカイトが口を開く。

 

「すまんが、俺はここまでだ。武運を祈る」

 

「ああ、助かった。恩に着るよ」

 

 ゲンジが礼を言うと、カイトはその場を後にした。

 

 出口を抜けた先には、吸い込まれるような蒼穹が広がっていた。

 

 さらに進むと巨大な石畳の広場が姿を現す。

 

 風雨に何千年も晒されてきた石畳は所々が欠け、無数の亀裂が刻まれている。

 

 その石畳の先には空しかない。

 

 周囲を遮るものはなく、一歩踏み外せば雲海へ真っ逆さまだ。

 

 しかし、その場にレックウザの姿はない。

 

 ゲンジが全員に声をかける。

 

「よし、今のうちに岩の影に隠れよう。気配を隠すんだ」

 

 三人はその指示に従う。

 

 ルカのブーツに当たった小石が、遥か下へと落ちていく。

 

「うおっ。めっちゃ高ぇな……」

 

 そして、デバイスの数値を確認しているライルにナギが気づき、話しかけてくる。

 

「あら、カッコいいわね、その機械」

 

「あー……これは……シロナさんに借りてるやつです」

 

 彼はしれっと誤魔化した。

 

 そして身を潜めること数十分。

 

 岩陰で息を潜めて周囲を窺うものの、空にはちぎれ雲が流れるばかり。

 

 誰一人として口を開かない。

 

 雲だけがゆっくりと流れ、時折吹く風が岩肌を撫でていく。

 

 ライルはデバイスに目を落とす。

 

 数日前、異常があったと言われていた数値だが、今は特に反応はない。

 

(うーん。シロナさんによれば、『カンナギ』や『キッサキ』と反応が似てたって話だけど……)

 

 そんなライルの胸中とは裏腹に、ルカは腕組みをしながら、退屈そうに辺りを見渡していた。

 

 そしてナギはどこか期待するような表情で蒼穹を見つめ、ゲンジは微動だにせず、目を閉じ、牙を研ぐかのように集中していた。

 

 そこから、さらに数十分。

 

 ナギが突如として周囲を見渡し始めた。

 

 目を細め、静かに告げる。

 

「……風が変わった」

 

「えっ。本当ですか?」

 

「うん。気流の向きが変わったと思う。——何かが来る」

 

 そのすぐ後。

 

 先ほどまで辺りを包んでいた凪の時間を切り裂くように、蒼穹中に響き渡るほどの凄まじい咆哮が轟いた。

 

 ——グォォォォォオ!!!!!

 

 雲を割り、舞い降りてきたのは、超常的なほどの巨躯。

 

 生命力に溢れた鮮烈な緑の体色。

 

 長い首をもたげたその先に、すべてを見通すような黄金の眼光。

 

 その姿は紛れもなく——

 

「レックウザだ……!!」

 

 目の当たりにしたその余りの神々しさに、四人は言葉を失う。

 

 これこそが、ホウエンの空を統べる龍。

 

 はしらの頂上に着陸し、悠然と佇むレックウザ。

 

 その神秘的な姿に、一同はただ圧倒されていた。

 

 ナギは両手で口元を抑え、ルカも目を見開いている。

 

「なんて美しいの……」

 

「……すげえな」

 

 ゲンジですら、目を奪われていた。

 

「彼は、我々ドラゴン使いの夢だ」

 

 しかし、すぐに鋭い視線に戻る。

 

「……だが、おそらくこちらに気づいているな」

 

 ゲンジの言うとおりレックウザはこちらに気づいているが、襲いかかってはこない。

 

 カンナギで出会った狂乱のギラティナとも、反転世界の鎖を解いたレジギガスとも違う、圧倒的な「静」。

 

 彼にとって人間という存在は、もはやノイズですらない。

 

 ナギがレックウザに見惚れている間、エージェント三人は密かに声を交わす。

 

「ライルくん、デバイスはどうかな?」

 

「はい。レックウザが何かしらの『反転世界の影響』を受けていないのは、一目瞭然です。数値も正常そのものです」

 

「それなら無駄足ってことか?」

 

 ルカが片眉を上げる。

 

「いや、確認は必要さ。……何も起きないのが一番なんだから」

 

 そう安堵しかけた瞬間であった。

 

 今度は、レックウザがゆっくりとその眼を細める。

 

 先ほどまで悠然と空を見渡していた黄金の眼が、一瞬にして鋭さを帯びた。

 

 静かに巨体を起こす。

 

 そして突如、全身から凄まじい覇気を解き放った。

 

 ナギとルカが口を開く。

 

「な、何なの!? この感じ、今ゾクっとした……」

 

「……これ、殺気だろ」

 

 そしてそのすぐ後。

 

 四人は一様に首筋を手で払い、後ろを振り向くような素振りを見せた。

 

 なぜなら、何か得体の知れない悍ましいものに、すぐ真横から覗かれたかのような感覚が襲ってきたからである。

 

 そして、それを感じたのは彼らだけではないようだ。

 

 レックウザはその体表に、エネルギーを纏い始めた。

 

 それを見た一同は反射的に身構える。

 

 しかし、翡翠の龍はこちらを見向きもせず、長い首をもたげ、何もない虚空を鋭く睨みつける。

 

 そして再び、天空を割るような咆哮を上げた。

 

 一斉に耳を塞ぐ四人。

 

 ライルはすぐさまデバイスを確認した。

 

「……っ!!数値が……!」

 

「おい、どうした!? 銀髪!」

 

 ルカが覗き込んだデバイスには、異様な波形が示し出されていた。

 

 その反応の意味を、二人は知っていた。

 

「おい銀髪……この嫌な感じって、まさか」

 

「そのまさかだ……来るぞ……」

 

 蒼穹に突如として「ヒビ」が入り、空間の入り口が無理やり抉じ開けられる。

 

 あの時と同じ。

 

 黒という言葉では表現しきれないほどの漆黒。

 

 そこから覗くのは、すべてを呪うかのような悍ましい赤い眼。

 

 その赤が消えたかと思った次の瞬間。

 

 凄まじいスピードで現れたのは、黄金の装甲を持つ——ギラティナ。

 

 レックウザはその姿を認めるや否や、天を駆ける雷光となって飛び出す。

 

 ——ゴォオッ!!!

 

 伝説の龍たちの巨体が衝突し、周囲に突風ほどの風圧が吹き荒れた。

 

「全員! 飛べるものの背に乗れッ!!」

 

 ゲンジの鋭い声に、一同はすぐさま反応。

 

 ゲンジはボーマンダ、ライルはウォーグル、ルカはサザンドラ。

 

 そしてナギはエアームドの背に飛び乗る。

 

 ライルの鋭い指摘が飛ぶ。

 

「ギラティナだ……!またあいつが、反転世界に引き摺り込もうとしてるんだ……レジギガスと同じように、レックウザを!」

 

 ルカはゲンジに指示を仰ぐ。

 

「オッサン! あたしらはどうする!?」

 

 猛風の中ではためくマント。

 

 ゲンジは帽子を抑えながら鋭く眼光を光らせ、決断を下す。

 

「……レックウザを援護する。この戦いに介入し、ギラティナを撃退するぞ」

 

 この伝説同士の戦いに、人間が参加する。

 

 それは危険を通り越した狂気。

 

 天空の防衛戦が今、幕を開ける。

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