『そらのはしら』の頂上。
傷ついた天空の王を背に、反転世界の王を迎え撃つ。
目的はただ一つ、レックウザが再び立ち上がるまで、時間を稼ぐ。
それは、あまりにも無謀だった。
ルカは迫り来るギラティナを見据えたまま、片眉を上げた。
「前(カンナギ)ん時は二人だったから、それよりはマシか」
ライルは呆れたように溜め息を漏らす。
「前とは状況がちがうだろ……」
そう。隙を見て逃げる判断ができたカンナギの時とは違う。
ここには建物など、遮る障害は何もない。
ましてや逃げ場など。
さらに、石畳から踏み外せば、地上へ真っ逆さまだ。
しかし逃げる者などいない。
全員が真っ向から迎え撃つ覚悟を決めた。
ライル達はウォーグル、フライゴン、チルタリスを一度呼び戻す。
そのまま音もなく塔へ近づくギラティナ。
その巨体はオリジンフォルムから、六つ足の異形——アナザーフォルムへ。
見る者を萎縮させるその威容は、重々しく石畳へと降り立つ。
——ズズウゥンッ。
塔全体が、悲鳴を上げるように揺れた。
こちらに歩を進めるギラティナ。
視線は真っ直ぐにレックウザを捉えている。
しかし、その足取りには、ほんの僅かな重さが見えた。
無論、それを見逃すゲンジ達ではない。
「反転のポケモンは、一度に大打撃を与えれば、追い返せるという話だったな?」
ゲンジの問いに、ライルが答える。
「そうですね。でもギラティナは反転世界の主です。同じ認識が当てはまるかどうか……」
ライルは言葉を切り、ギラティナの巨体を見上げる。
「それに、あいつは元々の耐久力ですら高すぎる」
「だが、奴も傷を負っている。レックウザと我々の攻撃が効いている証拠だ」
ゲンジは全員を鼓舞するかのように言い放つ。
そして五人は真っ直ぐにギラティナを見据えた。
ライルはウォーグルとルカリオを一度下げた。
そしてエースであるガブリアスを出し、グレイシアと並べる。
「頼むぜ、ガブ」
「ガアアッ!」
そしてルカはサザンドラに加え、ルガルガンを呼び出した。
「出番だぞ!」
「ガル!」
ゲンジとナギはそのままの面々、ボーマンダとフライゴン、エアームドとチルタリス。
そしてカイトはトドゼルガ。
「行くぞ。全員、心してかかれ!」
一同は即座に散開した。
——ギシャアアアアアアアアッ!!!!
ギラティナが咆哮し、禍々しい『あくのはどう』を全方位へ放射する。
ポケモン達はそれぞれに回避。
「トドゼルガ!『まもる』だ!」
「ヴォォ!」
トドゼルガはその巨体を壁にし、トレーナー達を守り抜いた。
ナギのチルタリスとフライゴンが勢いよく飛び出す。
そしてギラティナの周囲を激しく旋回して視界を奪う。
ギラティナが苛立ったように首を振った。
その隙。
「ガブリアス!!」「サザンドラ!!」
ライルとルカの叫びに、同時に飛び出すガブリアスとサザンドラ。
サザンドラはギラティナの首周りへ『かみくだく』を、ガブリアスはその胴体に『ドラゴンクロー』を叩き込む。
間髪を容れず、フライゴンとチルタリスが『りゅうのいぶき』を放つ。
麻痺を狙ったのだ。
連続した全員の攻撃に、ギラティナは怯んだ。
しかし体を大きく振ってそれらを払うと、意に介さぬかのように歩を進める。
「あいつ、とんでもない圧力だ。カンナギの時は本気じゃなかったのか……?」
加えてこのタフネス。
相変わらず黒い煙はギラティナの傷を回復させていた。
だが心なしか、その速度も落ちている。
「足止めだ! 動きを止めろ!!」
隙を突いて、ガブリアスとサザンドラがギラティナに飛び掛かる。
それぞれが左右の前足に組み付き、その進行を封じ込めようとした。
だが、ギラティナが巨体を大きく揺らすだけで、二体の拘束は軽々と振りほどかれた。
「チッ!怪力野郎が!」
そして尻尾を振るう。
——バシィン!!
衝撃に飛ばされるガブリアスとサザンドラ。
「大丈夫か!?」「くそっ!」
ライルとルカの声をよそに、ギラティナは、今度は飛びまわっていたフライゴンとチルタリスに目を付けた。
フライゴンの翼を口で咥え、投げ飛ばす。
「くっ、フライゴン!」
チルタリスを触手のような翼に掴み、石畳へ叩き落す。
「チルタリス!」
障害を排除し、ギラティナが再び歩を進めたその時。
——ズルッッ
巨体が大きくぐらついた。
ライルのグレイシアとカイトのトドゼルガが、足元の石畳部分に氷を張らせていたのだ。
一歩踏み出すたび、その巨体が滑る。
「ルガルガン! 今だ!!」
ルカの指示で、ルガルガンが『ストーンエッジ』を放つ。
鋭い岩の柱がギラティナの身体を左右から挟み込み、その動きを固めた。
「みんな、よくやった」
ボーマンダの背に乗り、隙だらけとなったギラティナを見下ろし、上空からゲンジの声が響く。
「ボーマンダ」
その声にボーマンダが頷く。
そして頭上に無数の恒星が光り輝き始めた。
「『りゅうせいぐん』!!」
——ヒュン、ヒュン……ヒュンヒュンヒュン——
降り注いだ無数の光弾がギラティナを襲う。
凄まじい爆音、そして爆煙。
もはや決着がついたかとすら思われた。
——しかし。
爆煙が晴れると、一同は驚愕する。
そこにいたはずのギラティナの巨体。
上半身だけがこの世界に残され、残る半身は沈み込むように、裂けた空間の向こう——反転世界へと消えていたのだ。
ギラティナは二つの世界をまたぐことで、全ての直撃だけは逃れていた。
ゆっくり、ずるりと這い上がるギラティナ。
そして——激昂。
空気を切り裂き、天をつんざくような咆哮。
ライルとルカが耳を塞ぎながら叫ぶ。
「……ここまでやって、ダメなのか!?」
「あいつ、完全にブチ切れちまってやがる……!」
もはや、なりふり構わぬギラティナ。
咆哮と共に、その全身から黒紫色の奔流が爆発した。
その衝撃は、周囲にいた者を容赦なく薙ぎ払う。
「ぐおっ!」
「きゃあぁぁっっ!!!!」
ゲンジとボーマンダは岩壁へ叩きつけられ、ナギとカイトもトドゼルガと共に地面へ崩れ落ちる。
ガブリアスが身を挺してライルを庇うが、その衝撃で大きく吹き飛ばされ、レックウザの足元へと転がった。
「ぐっ……!」
腕に力が入らない。
視界の端ではガブリアスが倒れ、起き上がれないでいる。
「ガブリアス!くそッ……!!」
ゆっくりと顔を上げた先には、六つ足の死神。
ライルとその先のレックウザを見据え、一歩、また一歩と歩み寄ってくる。
その重い足音だけが、静まり返った「そらのはしら」に響く。
絶望がはしらを支配した——その時だった。
少女と竜が、ゆっくりとギラティナの進路へ歩み出た。
ルカは咄嗟にサザンドラの背に乗り、攻撃を回避していた。
サザンドラから飛び降りるルカ。
脇にはさらに、ルガルガン。
「……こいつに何かする気なら、まずあたしらが相手になってやるよ」
さらに少女が繰り出したのは、『災厄』パオジアン。
「おい、よせルカ! 逃げろ!!」
ルカは振り返り、ここでもまた不敵に笑ってみせた。
「行くぞ、お前ら」
ルカの覚悟に応えるように、ルガルガンとサザンドラが低く咆哮を上げた。
三体は同時に地を蹴り、反転世界の王へと躍りかかる。
しかし——
ギラティナがその巨体を振り回す。
その一撃だけで、すでに傷ついていたルガルガンとサザンドラは弾き飛ばれてしまう。
石畳を転がり、なお立ち上がろうともがく二体。
パオジアンはその速度で紙一重に攻撃をかわしていく。
だがそれでも、残るはただ一体。
ルカの命令に、完全に従うわけではない。
水晶のようなその瞳は、今なお主人のルカではなく、眼前の強敵だけを見据えていた。
自らの判断のみで迎え撃つパオジアン。
しかし、迫るギラティナの突進をまともに受け、吹き飛ばされた。
ルカはその姿を見て、拳を握りしめる。
「頼む……!あたしに応えろ!!パオジアン!!」
その叫びは、命令ではなかった。
後ろにいる相棒を守りたいという願い。
ルカの叫びに応えるように、倒れたパオジアンがゆっくりと顔を上げる。
その双眸が、初めて真っ直ぐルカを映した。
——次の瞬間。
頂上の空気が、一瞬にして凍りつく。
ヒリつくほどの怒気が、石畳を這うように広がっていく。
パオジアンが、ギラティナを睨む。
——ギシ、ギシ、ギシ……
その『つるぎ』から放たれた威圧に、金色の装甲は軋むような音を立て、ギラティナをまとっていた黒い霧までも、僅かに薄らいだ。
あまりの覇気に、ギラティナは初めて歩みを止めた。
ライルとルカは目を見開く。
「ギラティナが……怯んだ……?」
だが。
それでも反転世界の王は退かない。
咆哮を上げ、眼下の敵すべてを消し飛ばさんと、口にエネルギーを溜め始める。
その瞬間だった。
再びギラティナの動きが止まる。
今度は完全に。
視線だけが不意に、少しだけ上へ、ライルの後方へと向けられたのだ。
視線の先にそれは居た。
巨大な歯刃と、黄金に輝く髭。
そして、眩いほどのエメラルドの光を放つ——龍の王。
カイトが、震えながら声を上げる。
「間に合った……これが——メガレックウザだ……!!」
あまりの威圧感。
ギラティナの瞳に明確な警戒の色が宿った。
そして背後の空間を裂き、反転世界へ逃れようとする。
ルカは叫んだ。
「絶対逃すな!! 動きを止めろ!!」
パオジアンが駆け、放たれた巨大な『つららおとし』が裂け目の入り口を塞いだ。
その隙を、天空の王は見逃さない。
それは、幾度となく繰り返された攻防。
全員がその身を削って繋いだ、今この一瞬のための時間。
あとは——最後の一撃を刻むだけ。
天空を統べる王が放つ、破壊的なエネルギーを纏った一撃。
——『ガリョウテンセイ』。
轟音とともに、メガレックウザがギラティナに激突。
凄まじい衝撃が『そらのはしら』の頂を包み込む。
爆風が雲を吹き払う。
反転世界の王は悲鳴にも似た咆哮を響かせ、その巨体は大きく吹き飛ばされる。
そして新たに裂けた空間の奥へと吸い込まれるように姿を消した。
裂け目もまた、静かに閉じていく。
メガレックウザは、最後のその瞬間まで、目を離さなかった。
吹き荒れていた風が止む。
厚い雲の切れ間から一筋の陽光が差し、静寂が『そらのはしら』を包んだ。
——彼らは、空を守り抜いたのだ。