ポケットモンスター Agent PLATINUM   作:ミノワ

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第二十六話【ご褒美(?)は任務の後に】

 

 嵐の去った『そらのはしら』。

 

 そこには穏やかな静寂と、戦いの爪痕だけが残されていた。全員が満身創痍、それでも互いに肩を貸し合い立ち上がる。そこには死線を越えた者たちの、無言の連帯感があった。

 

 レックウザは眩い光を失い、元の姿へと戻り、力を使い果たしたようにその巨体を横たえた。

 

 カイトはその前に膝をつき、両の手のひらを握り合わせた。

 

 そしてレックウザに語りかける。

 

「レックウザよ、私はこの地に生きる民。ここに同胞を呼び、貴方の傷を癒やしましょう」

 

 カイトを見据え、その祈るような言葉を聞き届けたレックウザ。だが特に反応することもなく、そのまま深い休息へと入った。

 

 ゲンジがナギに肩を支えられながら、ライルとルカのもとへ体を引きずってくる。

 

「……皆、よくやったな」

「ほんと、どうなることかと思ったわ……」

 

 ライルはゲンジとナギの言葉に微笑み返したが、すぐにルカを横目でじろりとみる。

 

「……お前、あとで説教だからな」

 

 ルカは力なく笑った。

 

「なんでもいいから早く戻ろうぜ。あーー、疲れた」

 

 周囲を気にするライル。

 

「……さすがにもう出てこないよな?」

「おい、バカ言うなよ。もう動けねえぞ」

 

 すぐにまたいつもの軽口に戻る二人。

 

 一行が帰路につこうとしたその瞬間。

 

 ほんの少しの違和感がライルを一瞬止めた。

 

 視界の端に「人影」のようなものを捉えた気がして、反射的に振り返る。

 

 しかし、そこにはただ風に削られた岩肌があるだけだった。

 

「おい、どうした?」

「……いや、なんでもない」

 

 気のせいかと思った。だがその妙な感覚は、澱のようにライルの心に残り続けていた。

 

        ◇ ◇ ◇

 

 翌朝、キナギで傷を癒す面々。

 

 ライルは医務室のベッドに座り、頬杖をついて窓の外の海を眺めていた。ルカリオもソファに掛け、体を休めている。

 

 だがライルの頭は休んでいなかった。

 

 考えていたのは、昨日の戦いのこと。

 

(……なんでまた、ギラティナは現れたんだ?)

 

 レックウザを捕らえに来たと、咄嗟に自分は言った。ギラティナは、伝説のポケモンを狙っているフシがあるからだ。

 

(それは確かだと思う。実際、キッサキでもそうだった。レジギガスは、目の前で拉致された)

 

 だがカンナギは? あそこに伝説のポケモンなどいない。

 

 記憶をたどるライルだが、共通点はあった。どの地点も、数日前にエネルギーの異常反応が起き、そして消えた。

 

 異常反応、そして消失。

 

 カンナギに現れたことにも理由があったとしたら。

 

(……伝説のポケモンを捕らえる以外にも、何か目的がある?)

 

 例えば——エネルギーを集める。

 

 ライルとルカが見た『テンガンざん』の発光体も、目の前で消えた。

 

 あれもギラティナが?

 

 だがそれらを裏付ける根拠はなかったし、他にも気になる点がいくつかあった。

 

 ギラティナを見ていない地点でも『消失』は起きている。

 

 そうこう考えているうち、ルカリオが軽く鼻を鳴らす。

 

 何かを知らせるときの癖で、昔から変わらない。ライルは視線だけを動かした。

 

 すると、医務室の入り口に立っている人影があった。

 

 それはルカだった。

 

 彼女は静かにベッドの縁に近づき、ソファにいるルカリオに声を掛けた。

 

「よっ」

 

 ルカリオは、少し口角を上げる。

 

 そして彼女はライルに対し、背を向けるようにしてベッドに腰を下ろした。心なしかその距離は、いつもの二人よりほんの少しだけ近い。

 

 少しの沈黙の後、ライルが口を開く。

 

「……お前、なんであんな危ねーことすんだよ」

 

 彼が指しているのは、ルカが自分とレックウザを庇い、独りでギラティナに立ちはだかったこと。

 

 その無謀さを、窓の外を眺めたまま静かに咎めた。

 

「知らねーよ、体が勝手に動いたんだ」

 

 ルカは肩をすくめ、言い返す。

 

「……そういうお前こそ、あたしを助けただろ」

 

 ルカの反論に、ライルは言葉を返す。

 

「……咄嗟だよ」

 

「そうかよ」

 

 しずかに流れる静寂。

 

 二人はまだ目も合わさない。

 

 しかしルカは不意に、にやりと笑った。

 

「……フフ、勝負はあたしの勝ちだな」

「……勝負? ……ああ」

 

 彼女の言うとおり、ライルはあの墜落の瞬間、はっきりとルカの名前を呼んだ。

 

 「バトルに負けたら呼ぶ」というはずだったルールは、いつの間にか、「先に呼んだら負け」というものに改変されていたようだが。

 

 ライルは呆れたような顔でつぶやく。

 

「……ガキだな」

「うるせえな」

 

 ルカはそう毒づくと、ライルの肩にその後頭部をもたれかけた。

 

 ライルは少しだけ眉を動かした。

 

 ルカは無言だが、頬を掻いている。

 

 そして、そっと呟く。

 

「……ありがとな」

「……こっちこそな。ルカリオのことも」

「あんなん普通だよ」

 

 再び沈黙。

 

 ライルはルカの方を一瞬見て、また窓の外へと顔を戻す。

 

「勝負は終わりだろ? ならお前はいつ呼ぶんだよ」

「あー……」

 

 ルカは視線を上に向ける。

 

「まあ、気が向いたらにしとくよ」

 

 素直になりきれない。

 

 けれど、出逢った頃のような気まずさもなく、不器用な二人は小さく笑い合った。

 

 そこから少しの間、特に何かを喋るわけではなかった。

 

 ただお互いの体温だけが軽く伝わるだけの時間。

 

 ルカリオはそれを、優しく見守っていた。

 

        ◇ ◇ ◇

 

 少しの後。「コンコンコン」と控えめなノックの音が部屋に響く。

 

 ルカは弾かれたように、自然な動作を装って頭を離した。

 

 入ってきたのは、体のあちこちに包帯を巻いたゲンジ。

 

「やあ、すまない。今、大丈夫か?」

 

 ライルは体をゲンジに向け、姿勢を正す。

 

「大丈夫です。ゲンジさん、ケガは……」

 

「肋を何本かやってしまったよ。これでも鍛えているつもりなんだがな」

 

 ゲンジは苦笑し、その体を引きずりながらイスへと腰を下ろす。

 

「……改めて、君たち、ありがとう。危険な任務だったが、君たちがいたおかげでレックウザを守り、ギラティナを退けることができた」

 

 礼を言うゲンジに、ライルはすぐさま言葉を返す。

 

「いえ、おれたちこそです。ゲンジさんに鍛えてもらったから、なんとか生き延びることができました。ありがとうございます」

 

 ゲンジは、教え子の成長を確信した師のように、満足そうに深く頷いた。

 

「今からシロナと映像電話を繋ぐ。君たちも一緒に参加してくれるか? 私たちの無事をこの目で確かめたいそうだ」

「ここでですか?」

「ああ、人払いは済んでいる」

「わかりました。なら、おれが繋ぎますよ」

 

 ライルはデバイスを取り出す。

 

「——それと、報告書はもう確認したと言ってたんだが……何か知ってるか?」

「あ、報告書は昨日のうちに、おれが出しておきました」

「はあ!? おい!」

 

 ルカは勢いよく立ち上がった。

 

「こんな傷だらけのくせにまた仕事してたのか!このボロボロ野郎が!」

 

 ルカは呆れ果て、ライルの頭に手刀を軽く振り下ろす。ライルはそれを半ば無視し、慣れた手つきでデバイスを操作する。

 

 そしてシロナへ映像電話を繋ぎ、本件の一連の流れを報告した。

 

        ◇ ◇ ◇

 

『………よくわかりました。三人とも、本当にお疲れ様でした。ライルくんもルカも、素晴らしい活躍だったわね』

 

 ライルとルカは、その労いにわずかに表情を緩めた。

 

「他の地点の状況はどうなっているのだ?」

 

 ゲンジの問いにシロナが答える。

 

『そのことだけど、少し気になっていることがあるんです』

「なんですか、それ?」

 

 ライルが聞くと、シロナは顎に手を添え、神妙に話す。

 

『例のエネルギー反応が、昨日からも引き続き消失を続けているの』

「ギラティナを撃退したのにですか?」

『ええ』

「どういうことだよ、あいつぶっ倒したら終わりじゃねえのか?」

 

 唐突に口を挟むルカ。シロナは冷静に続ける。

 

『終わりかどうかはともかく、何かしらの関係はあると思っていたのだけれどね……。それに、妙なのはその消え方かな』

 

 今度はライルが口を開く。

 

「妙っていうのは?」

『少しずつ消えているの、まるでルートでも辿るかのようにね』

 

 シロナの話を聞き、『そらのはしら』での人影を思い出すライル。

 

「……そういえばおれ——」

 

 ライルは途中で言葉を飲み込んだ。アレが何だったのか、自分でもよく分かっていない。言いかけたものの、今ここで曖昧な証言を話すことはやめた。

 

「いえ、何でもありません」

 

 シロナはそのライルの様子を捉えたあと、静かに口を開いた。

 

『……まあ、一旦これで終わりにしましょう。今日はみんなの無事を確認したかっただけだから。もう少し休んだら、ライルくんとルカは一度、本部の方へ戻って来てくれる?』

 

  二人は頷く。

 

『ゲンジさんは、ケガが治るまでしっかりと静養されてください。今後については、追って連絡します』

「ああ、そうさせてもらうよ。寄る年波には勝てん。あいたたた……」

 

 シロナは心配そうに、だが少し微笑む。

 

『お大事にしてくださいね。では二人とも、道中気をつけてね』

 

        ◇ ◇ ◇

 

 丸一日の休暇を終え、一行は別れの時を迎えた。

 

 ゲンジ、ナギ、カイトに見送られたあと、シンオウ行きの大型フェリーへと乗り込むライルとルカ。

 

 エンジン音が響き、煙が噴き始める。

 

 ライルとルカ、そしてルカリオとルガルガン(まよなかのすがた)は、その甲板で海風を浴びていた。

 

「あ〜あ、また移動かよ。 マジでハードじゃん、この仕事」

 

 ルカは伸びをしながらライルを睨みつけ、そのまま続ける。

 

「お前、よくもこんなブラック組織に就職させてくれたな!あんだけ命張ったって考えたら給料も全然足りねー気がしてきたわ」

 

 キャモメ達の鳴き声が聞こえる中、ルカが不満を漏らす。

 

「だよなー!ルガルガン!」

「ガルル!」

 

 ルガルガンはルカに同意するかのように吠えているが、意味はわかっているのだろうか。

 

 ライルはルカリオにフードを渡しながら口を開く。

 

「……今回は特級の案件だった。しかもそれなりの成果を上げたんだ。きっと『インセンティブ』があると思うぜ」

 

 ルカはルガルガンのたてがみを撫でながら、ライルの方を振り向いた。

 

「ん? インセンティブってなんだよ」

「契約の時に説明されてないか? 特別報酬だよ、危険手当とか」

 

 目を丸くするルカ。

 

「マジか、あんまり聞いてなかったぜ」

 

 そして興味津々な顔で聞く。

 

「で? どんくらい貰えるんだよ?」

 

 ライルは少し考え、これまでの功績から算出される、おおよその額を指で示した。

 

 ルカは眉をひそめる。

 

「え。お前それ、かける幾つだよ」

 

 ライルは周りに聞こえぬよう、静かにルカの耳元に寄り、具体的な数字を囁いた。

 

 それを聞いた瞬間、ルカの瞳が大きく見開かれる。

 

 ——そして

 

「……いい組織だな〜〜!」

 

 さっきまでの不満はどこへやら。

 

 掌を返して大はしゃぎするルカと、それを見て呆れながらも、悪戯っぽく笑うライル。

 

 足元では、ルガルガンが何のことか分からず、ポカンとした顔で、笑い合う二人を見つめていた。

 

 ——ボーーーーッ!

 

 フェリーの大きな汽笛が響き渡る。

 

 そして船は、ゆっくりとシンオウの地を目指して動き出した。

 

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