ポケットモンスター Agent PLATINUM 作:ミノワ
嵐の去った『そらのはしら』。
そこには穏やかな静寂と、戦いの爪痕だけが残されていた。全員が満身創痍、それでも互いに肩を貸し合い立ち上がる。そこには死線を越えた者たちの、無言の連帯感があった。
レックウザは眩い光を失い、元の姿へと戻り、力を使い果たしたようにその巨体を横たえた。
カイトはその前に膝をつき、両の手のひらを握り合わせた。
そしてレックウザに語りかける。
「レックウザよ、私はこの地に生きる民。ここに同胞を呼び、貴方の傷を癒やしましょう」
カイトを見据え、その祈るような言葉を聞き届けたレックウザ。だが特に反応することもなく、そのまま深い休息へと入った。
ゲンジがナギに肩を支えられながら、ライルとルカのもとへ体を引きずってくる。
「……皆、よくやったな」
「ほんと、どうなることかと思ったわ……」
ライルはゲンジとナギの言葉に微笑み返したが、すぐにルカを横目でじろりとみる。
「……お前、あとで説教だからな」
ルカは力なく笑った。
「なんでもいいから早く戻ろうぜ。あーー、疲れた」
周囲を気にするライル。
「……さすがにもう出てこないよな?」
「おい、バカ言うなよ。もう動けねえぞ」
すぐにまたいつもの軽口に戻る二人。
一行が帰路につこうとしたその瞬間。
ほんの少しの違和感がライルを一瞬止めた。
視界の端に「人影」のようなものを捉えた気がして、反射的に振り返る。
しかし、そこにはただ風に削られた岩肌があるだけだった。
「おい、どうした?」
「……いや、なんでもない」
気のせいかと思った。だがその妙な感覚は、澱のようにライルの心に残り続けていた。
◇ ◇ ◇
翌朝、キナギで傷を癒す面々。
ライルは医務室のベッドに座り、頬杖をついて窓の外の海を眺めていた。ルカリオもソファに掛け、体を休めている。
だがライルの頭は休んでいなかった。
考えていたのは、昨日の戦いのこと。
(……なんでまた、ギラティナは現れたんだ?)
レックウザを捕らえに来たと、咄嗟に自分は言った。ギラティナは、伝説のポケモンを狙っているフシがあるからだ。
(それは確かだと思う。実際、キッサキでもそうだった。レジギガスは、目の前で拉致された)
だがカンナギは? あそこに伝説のポケモンなどいない。
記憶をたどるライルだが、共通点はあった。どの地点も、数日前にエネルギーの異常反応が起き、そして消えた。
異常反応、そして消失。
カンナギに現れたことにも理由があったとしたら。
(……伝説のポケモンを捕らえる以外にも、何か目的がある?)
例えば——エネルギーを集める。
ライルとルカが見た『テンガンざん』の発光体も、目の前で消えた。
あれもギラティナが?
だがそれらを裏付ける根拠はなかったし、他にも気になる点がいくつかあった。
ギラティナを見ていない地点でも『消失』は起きている。
そうこう考えているうち、ルカリオが軽く鼻を鳴らす。
何かを知らせるときの癖で、昔から変わらない。ライルは視線だけを動かした。
すると、医務室の入り口に立っている人影があった。
それはルカだった。
彼女は静かにベッドの縁に近づき、ソファにいるルカリオに声を掛けた。
「よっ」
ルカリオは、少し口角を上げる。
そして彼女はライルに対し、背を向けるようにしてベッドに腰を下ろした。心なしかその距離は、いつもの二人よりほんの少しだけ近い。
少しの沈黙の後、ライルが口を開く。
「……お前、なんであんな危ねーことすんだよ」
彼が指しているのは、ルカが自分とレックウザを庇い、独りでギラティナに立ちはだかったこと。
その無謀さを、窓の外を眺めたまま静かに咎めた。
「知らねーよ、体が勝手に動いたんだ」
ルカは肩をすくめ、言い返す。
「……そういうお前こそ、あたしを助けただろ」
ルカの反論に、ライルは言葉を返す。
「……咄嗟だよ」
「そうかよ」
しずかに流れる静寂。
二人はまだ目も合わさない。
しかしルカは不意に、にやりと笑った。
「……フフ、勝負はあたしの勝ちだな」
「……勝負? ……ああ」
彼女の言うとおり、ライルはあの墜落の瞬間、はっきりとルカの名前を呼んだ。
「バトルに負けたら呼ぶ」というはずだったルールは、いつの間にか、「先に呼んだら負け」というものに改変されていたようだが。
ライルは呆れたような顔でつぶやく。
「……ガキだな」
「うるせえな」
ルカはそう毒づくと、ライルの肩にその後頭部をもたれかけた。
ライルは少しだけ眉を動かした。
ルカは無言だが、頬を掻いている。
そして、そっと呟く。
「……ありがとな」
「……こっちこそな。ルカリオのことも」
「あんなん普通だよ」
再び沈黙。
ライルはルカの方を一瞬見て、また窓の外へと顔を戻す。
「勝負は終わりだろ? ならお前はいつ呼ぶんだよ」
「あー……」
ルカは視線を上に向ける。
「まあ、気が向いたらにしとくよ」
素直になりきれない。
けれど、出逢った頃のような気まずさもなく、不器用な二人は小さく笑い合った。
そこから少しの間、特に何かを喋るわけではなかった。
ただお互いの体温だけが軽く伝わるだけの時間。
ルカリオはそれを、優しく見守っていた。
◇ ◇ ◇
少しの後。「コンコンコン」と控えめなノックの音が部屋に響く。
ルカは弾かれたように、自然な動作を装って頭を離した。
入ってきたのは、体のあちこちに包帯を巻いたゲンジ。
「やあ、すまない。今、大丈夫か?」
ライルは体をゲンジに向け、姿勢を正す。
「大丈夫です。ゲンジさん、ケガは……」
「肋を何本かやってしまったよ。これでも鍛えているつもりなんだがな」
ゲンジは苦笑し、その体を引きずりながらイスへと腰を下ろす。
「……改めて、君たち、ありがとう。危険な任務だったが、君たちがいたおかげでレックウザを守り、ギラティナを退けることができた」
礼を言うゲンジに、ライルはすぐさま言葉を返す。
「いえ、おれたちこそです。ゲンジさんに鍛えてもらったから、なんとか生き延びることができました。ありがとうございます」
ゲンジは、教え子の成長を確信した師のように、満足そうに深く頷いた。
「今からシロナと映像電話を繋ぐ。君たちも一緒に参加してくれるか? 私たちの無事をこの目で確かめたいそうだ」
「ここでですか?」
「ああ、人払いは済んでいる」
「わかりました。なら、おれが繋ぎますよ」
ライルはデバイスを取り出す。
「——それと、報告書はもう確認したと言ってたんだが……何か知ってるか?」
「あ、報告書は昨日のうちに、おれが出しておきました」
「はあ!? おい!」
ルカは勢いよく立ち上がった。
「こんな傷だらけのくせにまた仕事してたのか!このボロボロ野郎が!」
ルカは呆れ果て、ライルの頭に手刀を軽く振り下ろす。ライルはそれを半ば無視し、慣れた手つきでデバイスを操作する。
そしてシロナへ映像電話を繋ぎ、本件の一連の流れを報告した。
◇ ◇ ◇
『………よくわかりました。三人とも、本当にお疲れ様でした。ライルくんもルカも、素晴らしい活躍だったわね』
ライルとルカは、その労いにわずかに表情を緩めた。
「他の地点の状況はどうなっているのだ?」
ゲンジの問いにシロナが答える。
『そのことだけど、少し気になっていることがあるんです』
「なんですか、それ?」
ライルが聞くと、シロナは顎に手を添え、神妙に話す。
『例のエネルギー反応が、昨日からも引き続き消失を続けているの』
「ギラティナを撃退したのにですか?」
『ええ』
「どういうことだよ、あいつぶっ倒したら終わりじゃねえのか?」
唐突に口を挟むルカ。シロナは冷静に続ける。
『終わりかどうかはともかく、何かしらの関係はあると思っていたのだけれどね……。それに、妙なのはその消え方かな』
今度はライルが口を開く。
「妙っていうのは?」
『少しずつ消えているの、まるでルートでも辿るかのようにね』
シロナの話を聞き、『そらのはしら』での人影を思い出すライル。
「……そういえばおれ——」
ライルは途中で言葉を飲み込んだ。アレが何だったのか、自分でもよく分かっていない。言いかけたものの、今ここで曖昧な証言を話すことはやめた。
「いえ、何でもありません」
シロナはそのライルの様子を捉えたあと、静かに口を開いた。
『……まあ、一旦これで終わりにしましょう。今日はみんなの無事を確認したかっただけだから。もう少し休んだら、ライルくんとルカは一度、本部の方へ戻って来てくれる?』
二人は頷く。
『ゲンジさんは、ケガが治るまでしっかりと静養されてください。今後については、追って連絡します』
「ああ、そうさせてもらうよ。寄る年波には勝てん。あいたたた……」
シロナは心配そうに、だが少し微笑む。
『お大事にしてくださいね。では二人とも、道中気をつけてね』
◇ ◇ ◇
丸一日の休暇を終え、一行は別れの時を迎えた。
ゲンジ、ナギ、カイトに見送られたあと、シンオウ行きの大型フェリーへと乗り込むライルとルカ。
エンジン音が響き、煙が噴き始める。
ライルとルカ、そしてルカリオとルガルガン(まよなかのすがた)は、その甲板で海風を浴びていた。
「あ〜あ、また移動かよ。 マジでハードじゃん、この仕事」
ルカは伸びをしながらライルを睨みつけ、そのまま続ける。
「お前、よくもこんなブラック組織に就職させてくれたな!あんだけ命張ったって考えたら給料も全然足りねー気がしてきたわ」
キャモメ達の鳴き声が聞こえる中、ルカが不満を漏らす。
「だよなー!ルガルガン!」
「ガルル!」
ルガルガンはルカに同意するかのように吠えているが、意味はわかっているのだろうか。
ライルはルカリオにフードを渡しながら口を開く。
「……今回は特級の案件だった。しかもそれなりの成果を上げたんだ。きっと『インセンティブ』があると思うぜ」
ルカはルガルガンのたてがみを撫でながら、ライルの方を振り向いた。
「ん? インセンティブってなんだよ」
「契約の時に説明されてないか? 特別報酬だよ、危険手当とか」
目を丸くするルカ。
「マジか、あんまり聞いてなかったぜ」
そして興味津々な顔で聞く。
「で? どんくらい貰えるんだよ?」
ライルは少し考え、これまでの功績から算出される、おおよその額を指で示した。
ルカは眉をひそめる。
「え。お前それ、かける幾つだよ」
ライルは周りに聞こえぬよう、静かにルカの耳元に寄り、具体的な数字を囁いた。
それを聞いた瞬間、ルカの瞳が大きく見開かれる。
——そして
「……いい組織だな〜〜!」
さっきまでの不満はどこへやら。
掌を返して大はしゃぎするルカと、それを見て呆れながらも、悪戯っぽく笑うライル。
足元では、ルガルガンが何のことか分からず、ポカンとした顔で、笑い合う二人を見つめていた。
——ボーーーーッ!
フェリーの大きな汽笛が響き渡る。
そして船は、ゆっくりとシンオウの地を目指して動き出した。