ポケットモンスター Agent PLATINUM 作:ミノワ
キナギタウンでの休息を終え、本部へと戻るライルとルカ。その道すがら、ルカのもっぱらの関心はご褒美をどう使うかということ。
そして、ひょんなことから再び、ライルの思考が動き始める。
ミオシティから海路を経由したマサゴタウンを抜け、本部への道のりを進むライルとルカ。
午前の日の光を浴びながら、二人の足取りは軽やかであった。特に一人は、懐の温かさに比例していつもより饒舌になっている。
「お~♪ マジで入ってるぜ♪」
ルカはデバイスに表示された電子通帳を眺めながら上機嫌。
かつて硬貨一枚の重さに唇を噛んでいた少女にとって、その数字は金額以上の意味を持つ。
「しかも、即日ってとこが最高に気に入ったよ!な!」
ライルはいつもと変わらないシンオウの街景色を見ながら答える。
「あー、そうそう。慰労も兼ねてすぐ対応してくれるんだ」
「……イロ? ……まあ、なんか知らねーけどエージェント想いの組織だな!」
その言葉にライルは苦笑する。
「ブラック組織がどうとか文句言ってたのは誰だよ……」
するとルカはふと、思いついたようにライルへ問いかける。
「そういやあの『風女』とかはこういうのもらえんのか? エージェントじゃねえんだろ」
「『ナギ』さんな。ジムリーダーには基本、協会を通して謝礼が支払われるんだ。もちろんうちの組織のことは隠してな」
「ふーん。ま、じゃなきゃ頑張り損だよな。あのもう一人のやつは?」
「カイトさんか? 多分、地方自治体を通して何かしらの謝礼があるはずだ」
そんなことを話しながら街々を進む二人。
その足が203番道路に向いたところで、ルカがおもむろに言い放つ。
「あ、なあおい待てよ!まだ時間あるだろ!?」
「なんだよ? おれ早く本部で休みたいよ」
「なに言ってんだよ!せっかく臨時ボーナスが入ったんだし買い物してこーぜ。ほら、行くぞ!」
「げっ」
突然の買い物宣言。
かつて何度も、幼馴染であるヒカリに長時間連れ回されたことを思い出し、嫌そうな声を上げるライル。
「……女の買い物に付き合うのは苦手だぜ」
その一言は、突如としてルカの眼光を戦闘中かのような鋭いものに変えた。
「おいてめえ、『りゅうのはどう』喰らわすぞ」
その威圧。
ライルは、ルカなら本当にやりかねないと思い、大人しく付いていくことにした。
◇ ◇ ◇
辿り着いたのは街のデパート。
ライルとルカリオは、ルカとルガルガンがショッピングする後について行く。
ルカがまず大量に購入したのは、ポケモンたちの好物品や高級な嗜好品。
ルガルガンは尻尾を振って喜んでいる。
「嬉しいだろー? 普段ならこんな良いの買わねえからな!」
「ガルルッ♪」
どんな時でもまずはポケモン優先。
普段の口調や態度はさておき、この少女が大切にしているものは、いつもブレがない。
ライルはその光景を見て、無意識に微笑んでいた。そしてその様子をじっと観察するルカリオ。
ライルはその視線に気づく。
「……なんだよ、ルカリオ」
(……いや別に)
そして今度こそ、ルカは自分のための嗜好品——少し高めなコーヒー、衣服などを次々と購入していく。
少女はいくつもの紙袋を揺らしながら、満足気に歩いている。
後ろを歩くライルはルカリオにそっと呟く。
「ヒカリより迷いがなくて良いよな」
(……お前、『りゅうのはどう』だぞ)
「なんでだよ!」
するとルカはおもむろに振り返り、ライルに向かって問いかける。
「なー。お前全然何も買わないじゃん!なんか欲しいもんねーの?」
「えっ。おれか?」
突然のフリにライルは戸惑う。
「いや、おれはいいかな。いまは別に」
「良いからなんか買えよ、ノリ悪いぞ!」
「ええ?」
「なんか好きなもんあんだろ!」
「うーん……」
ライルは少し考え、そして答えた。
「じゃあ——本屋行って良いか?」
自分なら絶対に思い付かない選択肢に、ルカは顔をしかめた。
「はあーー? 真面目ここに極まれりだな。何がいいんだよそんなの」
「……お前がなにか買えっつったんだろが。それに意外と面白いよ。ついてこいって」
デパート内の本屋にたどり着く二人。
そしてライルは、トレーニング本、ポケモンの戦闘学などの本をカゴに入れていく。
ルカはその間、ずっと怪訝そうな顔をしていた。
ふと、ライルが目に止まった小さな小説を手に取る。
「よく読んだなあ、これ」
懐かしむように軽く本のページをめくっていくライル。
「それ、面白いのか?」
「ああ、面白いよ。読みやすいし」
「ふーん」
そしてルカは続ける。
「じゃあ、あたしそれ買うわ」
「えっ」
ライルは驚く。
「お前、本なんか読むの?」
「なめんなよ。漫画は大好きだ」
「漫画は別だろ……」
それぞれ購入を済ませた後、本屋を出る二人。
そしてデパートを後にする。
その時、ルカが思い出したように言い放つ。
「あ!あともう一つ行かないといけないところがあるな!」
「まだなんか買うのかよ?」
そう言って二人が最後に入った場所。
それは、ルカが好きそうな、どこにでもある街角のパン屋だった。
「むふっ。一回やってみたかったんだよなー」
次から次へとトレーにパンを載せていくルカ。
「気になったやつ、片っ端から買いまくるんだ!銀髪も食うから、全部2個ずつだぜ」
「おい、おれはそんなに食えねえぞ」
香ばしく焼き上がった小麦の香りが、昼の街並みに溶け出していく。
二人は買い物袋と山のようなパンが入った袋を手に、近くの公園に入った。周囲に子供たちの遊ぶ声が響く中、ベンチでパンを食べ始めた。
それぞれのポケモン達も繰り出し、先ほど山のように買ったフードを与えていく。
出来立てのパンを頬張り、ルカは上機嫌だった。
「まじサイコー!」
——しかし食べ始めること十数分。
流石に全部は食べきれなくなってきたのか、その手が止まる。
「すげぇ苦しい……」
「だから言っただろ……」
呆れ顔のライル。
「勿体無いから残すなよ」
ルカはルガルガンやサザンドラ達をチラリと見る。しかし全員、満腹のようだ。
するとルカは、ライルに少しでも消化させようと無理やりパンを突っ込もうとする。
だが彼は意地でも口を開かない。
「……しょうがねえな」
諦めたルカはそう言うと、周囲で遊んでいた子どもらが連れているポケモンや、野生の鳥ポケモンに配りだした。
中には彼女を不審者扱いする子どもも現れ、それに怒ったルカがふざけて追いかけ始める始末。
それを見て笑うライル。
「はは。一昨日、ギラティナ相手に立ち向かった奴には見えないな」
フンフンと鼻息を荒くしながら戻ってくるルカ。
「あのガキ、こんな綺麗なお姉さんを不審者扱いしやがって」
「まあ、知らんやつにいきなりパンあげるとか言われたら怖いだろうな」
「別にポケモンも食べれるやつだっての」
「そういう問題じゃないと思うけど」
「一人だけじゃ全部食うのは無理なんだからしょうがねえだろ。やっぱり適量を買うのが1番だ、次からそうしよう」
「フッ、それがわかってよかったな」
ベンチにもたれかかるライル。
なんて事のない日常。
死闘後の、ほんの束の間の休息。
だが、なんとなく。
ルカが先ほど放った一言がどうにも引っかかった。
一人だけじゃ全部食うのは無理。
一人だけじゃ、全部は——
(……もしかして……そういうことなのか?)
その様子を見つめるルカ。
「お前さ、隙あらばなんか考えるのやめろよな」
「これは癖だ、治らねえ」
ライルの言葉にルカは溜息をつく。
「で? どしたんだよ」
ライルは少し考え、言葉を返す。
「あのさ、ギラティナの目的は何だったと思う?」
ルカも少し考えた後、答える。
「そんなの——こないだ会った時に聞いとけよ」
「いや聞けるかよ」
ライルは手早くツッコんだ後、おもむろに立ち上がった。
「買い物終わったしもう良いだろ? 早く本部向かおうぜ。シロナさんと話したいことがあるんだ」
ルカはまだ遊び足りないと文句を言いながらも、二人は本部へ向かうのであった。
◇ ◇ ◇
本部、シロナの執務室。
そこには高級な紅茶の香りと、どこか張り詰めた、しかし信頼に満ちた空気。
「二人ともお帰り。——あら? ルカ、上機嫌そうじゃない」
いつになく楽しそうなルカに、シロナは目を細めた。そしてライルが口を開く。
「こいつ、さっきまで豪遊してたんです」
「別に高いもん買ってねーよ。残高にはまだまだいっぱい残ってるし」
「良いじゃない。お金は使うためにあるものよ」
「そーだよ、お前が使わなさすぎ! もしかして今までの報酬とかほぼ残ってんじゃねーの?——よし、決めた」
ルカは、これは名案とばかりに手を打った。
「今後、パンは永久的にお前に奢らせる」
「ぜったいやだね」
くだらないやり取りをここでも続けているライルとルカに、シロナは優しく微笑んだ。
「ふふ。二人とも見ないうちに随分と仲良くなったね」
不意に投げかけられたシロナの言葉に、二人は一瞬、視線を泳がせた。
だがルカはすぐに胸を張って言い返した。
「まあな!こいつは真面目ちゃん過ぎるから、あたしが相手してやんなきゃな!」
「はいはい、言ってろよ」
ライルはシロナに視線を戻す。
「……それでシロナさん。少し考えたことがあるんですけど、話して良いですか?」
ライルの声から温度が消え、エージェントとしての鋭い響きが戻る。
「ええ。もちろん」
ライルは軽く頷き、ゆっくりと話し始めた。
「ギラティナは、一体だけで行動していたんでしょうか?」
◇ ◇ ◇
その言葉に、シロナの表情がすぐさま変わった。
「……どういうこと?」
「……ギラティナには、協力者が居たんじゃないかと考えたんです」
シロナはゆっくりと問い返した。
「……根拠はあるの?」
「はい。まず、おれなりにギラティナの行動理由に仮説を立てました。一つめは、『伝説級を含むポケモンを捕らえる』こと。これはほぼ間違いないと思います。実際、ギラティナはレジギガスを連れ去ったし、鎖のポケモン達を利用している様子でしたから」
ライルは話を続ける。
「そして二つめ。それは『エネルギーの回収』です」
「エネルギーの回収?」
シロナは眉を顰めた。
「はい。これはまだ、あまり確証がない話なんですが……」
「大丈夫。続けて」
ライルは頷く。
「ここ最近、各地で起きてるエネルギーの異常反応後の『消失』。あれは、ギラティナが集めていたんじゃないかと、そう考えたんです」
シロナとルカは静かにその話を聞いていた。
「そしてそれを、ギラティナ自身が使っていた……。だから『そらのはしら』でのあいつは、異常なほどタフで、強かったのではないか、と」
ライルだけでなくルカの脳裏にも、先日の戦闘光景が蘇る。
レックウザを相手取り、なお、五人と複数のポケモンを圧倒した異常な力。
伝説級だからと言えばそれまでだが、確かに常軌を逸してはいた。
「だけど、シロナさんが言ったように、あいつを撃退してもエネルギーの消失は止まらなかった……」
そこでシロナがようやく口を開く。
「それが、協力者がいたっていう理由?」
そして次はルカが続いた。
「……まあ、あり得なくはないけど、それだけじゃ根拠薄くねーか? そもそも集めてたんじゃなく、普通にただ消えたって可能性もあるだろ」
「だから仮定なのさ」
ライルはそこで一拍を置いた。
「それにまだある。実は——」
ライルはそこで、そらのはしらで見た『人影』についての話をした。
「『人影』……ねぇ」
顎に手を当てるシロナに、ライルは頷く。
そしてルカへと視線を移す。
「ルカ、おれたちがテンガン山の外縁で見たエネルギー体はどうなった?」
「……関係あるか? それ」
「いいから」
「あん時は……確か」
ルカは、あのとき目の前で消失した、光り輝く結晶のようなエネルギー体の様子を思い出す。
「……吸い取られていったみたいだった」
「そう。そしてその後、すぐ近くで反転世界が開いた。あれはちょうど、『人が通れる』くらいのサイズだったんだ」
「…………!!」
ルカの目が見開かれる。
「それに、人影を見たのは君だけじゃないわね」
シロナの言葉に、ライルは頷く。
「そうです、ミオシティの少年。あの子は偶然、反転世界に入り、そして『人みたいなものに付いて行った』と話していました。そして翌日には、ミオシティ近辺の反応も消えていた」
ライルが見たそらのはしらでの人影。
少年が見た反転世界内での人影。
そして、ちょうど人が通れるサイズの裂け目。
個々だけでは強くない要素だが、並べれば確かに一本の線に繋がるようにも思える。
ライルはシロナとルカを順に見た。
「——これが、誰かの仕業なら」
シロナは黙ったまま、ライルの続きを待つ。
「あと、もう一つ気になる証言があったんです」
ライルは少年から聞いた言葉を思い返す。
「あの子は途中で、『急に体が飛んだみたいになった』と言った。実際、ミオシティの浜辺から反転世界に入ったはずなのに、おれたちが助けた時はテンガン山外縁の裂け目の中にいた」
ライルはそこで、一度言葉を区切る。
「少年の見た人影が、その移動に関わっていたとしたら——」
シロナが、ライルの考えを引き継ぐように口を開いた。
「単独あるいは複数の人間が、何らかの方法で反転世界を経由して各地を移動し、高エネルギー体と関わっていた可能性がある。そしてその者たちが、ギラティナに協力していたのではないか——ということね」
ライルは深く頷いた。
そこでルカも、ようやく話が繋がったように口を挟む。
「なら昨日シロナが『ルートを辿るみたいに消えた』って言ってたのも、順番に回ってたって考えりゃ辻褄が合うってことだな。協力関係があるかどうかは不明だけど」
「ああ、そうだな。でもいずれにせよ、もし本当に長距離を短時間で移動できる手段を持っているなら——」
ライルの目に警戒の色が浮かぶ。
「目的次第では、かなり危険だと思います」
その少し後、ルカがやや慎重気味に口を開く。
「でもお前……ミオのガキが見た人影は、ダイゴってやつなんじゃないかって、言ってなかったか?」
ライルはルカを見た。
「……ああ」
そして一拍を置いて答える。
「そうだ」
その目にはまだ、執着の色が残っている。
だが、希望的観測に寄ることはしなかった。
シロナはライルをじっと見つめ、そして口を開く。
「君が言いたいことはわかった。そして私は、その方向で進める価値があると思う」
ライルは少し意外そうな顔をする。
「……いいんですか?」
「どうしたの?」
「……あ、いえ」
ライルは少し眉を上げる。
「はっきり言って、いくらでも反証できる考えですし……」
シロナは小さく微笑んだ。
「未知の状況への対応策を教えましょうか」
「えっ?」
ライルは少し驚いた後、ゆっくり頷く。
「……はい」
「『仮説』と『検証』を行い続けることよ」
その言葉に、ライルは目を見開いた。
「だから君はそのままでいい」
「……はい!」
そしてシロナは表情を引き締めた。
「でも、ライルくん自身が言った通り、現段階で確証はない……」
そして続ける。
「そのためこの話は、一部のエージェントだけに共有する。ここ最近、各地方で不審人物の目撃情報や、組織の動きがなかったか、調べてみましょう」
「はい! お願いします!」
ライルが勢いよく返事をする。
隣では、ルカが腕を組んだまま口角を上げていた。
完全に謎が解けたわけではない。
だが、点在していた違和感は、少しずつ一本の線となり始めていた。