これまでの事件の裏に、何者かがいる可能性を見出したライル達。
次の指示までの待機をどう過ごすかで揉めるライルとルカと、独自に調査を進めるシロナ。
そして新たな可能性として、次なる地方が浮かび上がった。
シロナへの報告から一夜明けた朝。
次の情報が入るまでの待機命令(実質のオフ)を告げられたライルとルカ。
食堂で朝食をとる二人だが、今日の過ごし方を巡って、いつものようなやり取りが始まっていた。
「さて今日はどうすっかなー!」
定食を食べ終え、伸びをするルカ。
「また買い物しても良いし、久々に映画館とか行くのもありだな!」
それを聞いていたライルが口を挟む。
「言うて正確には待機だからな?」
「オフはオフだろ? 任務がハードなクセに休みが少な過ぎんだよ」
「……確かに、最近はちょっと特殊だな」
そうこう話しているうちにライルも食べ終え、箸を置いた。
そしてルカに告げる。
「まあ、次の任務の指令があるまでにはちゃんと帰ってこいよ」
ルカは片眉を上げた。
「帰ってこいよってどういうことだよ」
「え?」
「お前も一緒に行くに決まってんだろが」
当然のようにライルを含めた予定を組むルカ。今度はライルが困ったように眉を下げる。
「いや……おれはトレーニングするつもりなんだけど」
「嘘だろ!せっかく休みなのに出かけられねぇじゃん!」
ライルはポカンとした表情を浮かべる。
「……いや、出かけりゃいいじゃんか」
「イジリ相手がいないとつまんねーだろ!」
「なんだよそれ……」
むくれた顔をするルカ。
その様子を見かねたライルだが、今日のメニューはしっかりと決めてあった。
——変えたくない。
そこで、ダメ元で妥協案を提示してみる。
「……じゃあ、お前も一緒にトレーニングするか?」
案の定、ルカは盛大に顔をしかめた。
「冗談だろ……。なんで休みにまでそんなクソ真面目なことしなきゃなんねーんだ」
(だよな……)
そこでライルは思いつく。
付き合いが長い訳ではないが、よく理解していたことがある。
「……お前昨日、『こいつは真面目ちゃん過ぎるから、あたしが相手してやんなきゃ』、とか言ってなかったっけ?」
「……ぐっ」
昨日の自分のセリフを逆手に取られ、ルカは言葉に詰まる。
そして。
「わかったよ! 付き合ってやるよ!」
ライルの思惑は成功した。
この少女は、自分が一度言ったことは曲げないのだ。
◇ ◇ ◇
数十分後。
散々文句を言っていたルカだが、機能的でタイトなトレーニングウェアに身を包み、気合の入った姿で現れた。
本部の充実したトレーニング施設を使った、二人のハードな一日が始まる。
まずはランニングで身体を温め、その後は心肺機能を高める高強度なトレーニング。
次にフリーウェイトで全身の筋肉へ負荷をかけていく。
最後まで戦場に立つため、己自身も鍛える。
キナギでゲンジから教わったことも相まって、ライルのメニューは過酷そのものだった。
「お前、やりすぎだろ……」
「何言ってんだ。上の人らに追いつくためにはまだまだ足りないって」
「……その向上心はどっから湧いてくんだよ」
口ではそんなことを言うルカ。
しかし。
「でもお前、ついてこれてるよな」
「なんやかんや能力高いからな。あたしは」
(……本当にその通りだな)
フリーウェイトの重さは流石にそれぞれの適正に合わせていたが、それでもルカはライルとほぼ同じメニューをこなしていた。
ライルは心の中で、彼女の身体能力の高さに改めて舌を巻いていた。
午後。
屋外演習場へ移動し、ポケモン同士のバトル形式でのトレーニング。
ガブリアスやルカリオ、サザンドラ、ルガルガンたちが激しくぶつかり合う。
しかしそれは、ただ単に相手を倒すための勝負というよりは、互いの連携や技の相性を確認し合うためのもの。
若き二人の訓練は、夕暮れ時まで続いた。
そして再び食堂。
今日の熱気が嘘のように、食堂には穏やかな時間が流れていた。
ルカは疲労感に身を任せ、グラスの水を飲み干す。
「お前のストイックさにはほんと呆れたよ……」
「普通だって。それにお前もやってたじゃん」
「まあ、やるとなりゃガチさ」
「そうかよ」
結局、ルカは最後まで淡々とメニューをこなした。
ライルはその姿に加え、彼女がエージェントとなってから共にこなしてきた任務を思い出していた。
「……まあ、なんだかんだすげーよな、お前は」
「あ?」
「つえーし頭もキレるしな。なんつーか——」
そこでライルがルカを見据えた。
「お前がバディになって良かったかもな」
何の気負いもない、真っ直ぐな賞賛。
「…………」
数秒後。
——バシィッ!
突如としてルカはライルの肩を叩いた。
「いって!なにすんだよ!」
「今更あたしの有能さに気づいたのか? おせえんだよバカ銀髪!」
「なんだよ褒めたんだろ!」
「うるせえよ、つーか推薦したのお前だろ!」
「…………確かに!」
「ったく、あたしもう部屋に戻るからな!」
ルカは呆れたように立ち上がり、トレーを返却しにいく。
ライルは気づいていなかったが、そんな彼女の耳は心なしか、少し赤く染まっていた。
◇ ◇ ◇
翌日の朝。
朝の光が差し込むシロナの私室。
長い脚をゆったりと動かし、シロナはベッドから身を起こした。
彼女は慣れた手つきで、その長い金髪をまとめ上げ、いつもの装いに着替えた。
簡素な朝食を済ませ、ブラックコーヒーを一杯。喉を通り抜ける苦味が、眠っていた意識を起こす。
そこでふと私室を見渡すシロナ。
「…………ヤバいわね」
その仕事ぶりからは想像もつかないほど、床には資料や専門書が散乱している。
彼女は多忙を極めていた。
リーグチャンピオン、考古学者、そして『プラチナム』のリーダー。
ここ最近は家にも帰れていない。
(……でも、家は家でヤバいからなぁ)
シロナは散らかりまくった私室の障害物を慣れた動きで避け、執務室へと向かった。
仮に仕事が減って時間ができたところで、彼女が片付けをするかどうかはさておき——。
ここまで激務に追われているのには理由があった。
シロナの執務室に向かう途中には、この本部でもう一人、同じ肩書きを持つ男の執務室がある。
しかしそこには——未だ主が帰らないまま。
彼女は小さく眉を顰め、組織を束ねるその決意をより強固なものにし、自分の執務室に入った。
静まり返った部屋で、彼女の専用端末が静かに鳴る。
シロナは手早くそれを取った。
「ごめんなさいね、急かしちゃって」
相手は『信頼できるエージェント』の一人。
「こういう件なら、貴方にお願いするのが1番いいと思ったの」
シロナの言葉に、通話口の相手が答える。
『問題ありませんよ。こっちでできることは何でもやります』
「助かるわ。それで、どうかしら?」
『ええ。いくつか追っていた組織の中で直近なら、妙な宗教団体の話ですね』
「宗教団体?」
『はい。『新しい理想郷へ導く』って触れ込みの団体ですが、ここ最近で急拡大しています。金の流れも怪しい』
『新しい理想郷』、シロナの眉間に皺がよる。
『そいつら主催で上流階級やその子息ら向けに複数の交流会とセミナーが開かれていて、そこに参加したやつらが軒並み狂信的になるって話だ。これが『各地方』で行われているらしい。……まあ、ハッキリ言ってただのカルトかもしれませんがね』
「……誰が出ていたか分かるリストはあるの?」
『ええ、協力者を通じてなんとか手に入れました。わりと有名な企業とか人物もいますよ』
ブブ。
シロナの端末が音を鳴らす。
『開催地の一覧と合わせて送りました。まだ全部は追えてませんがね』
送られてきたデータはリスト化された企業及び人物、そして各地方の地図。
その地図には交流会やセミナーが開かれた都市がいくつも記されていた。
シロナはしばらくそれを眺めた後、別のデータを画面上に重ねる。
各地で観測された、エネルギー反応の消失地点。
二種類の印。
そのすべてが一致しているわけではない。
だが、いくつかの地点は、妙に近い位置に重なっていた。
「…………」
『どうしました?』
「いえ。続けて」
『……それで、前回の交流会に不参加だったやつがいる。上流階級の子息とその友人の女性です。初めて参加する予定だったらしいが、どうもきな臭くてやめたらしい。……もしかしたら使えるかもしれません』
「……面が割れていないのならチャンスか。それで、次の開催はいつなの?」
『一週間後、場所はイッシュ地方のようです。どうしますか?』
「ギリギリね……。悠長にしてられないわ」
シロナは待機命令を出していた二人の姿を思い出す。
「任せてみたい二人がいるの」
『わかりました、準備はこっちで進めておきます。後ほど詳細を送ります』
「了解、ありがとう。いつもあなたは頼りになるわ」
『いえ、またなんかあったらなんでも言ってくださいよ』
通信が切れた後、シロナは暗い画面を見つめたまま深く息を吐いた。
上流階級の社交界。
エージェントから得た情報に目を通していくシロナであった。
◇ ◇ ◇
数時間後。
シロナの執務室に隣接するコンパクトなテラス。
穏やかな日差しを浴びながら、ライルとルカはシロナを囲み、ティータイムを兼ねた作戦会議に臨んでいた。
「——なりすます相手は、商船業を営む男性の息子よ。組織の事務方が本人に接触し、代わりに参加する許可を得ているわ。必要な書類と登録情報の処理も済ませてある」
ライルは神妙な面持ちで話を聞き、ルカは目を少し輝かせながらカップを傾けている。
「会場で行われるという怪しげなセミナーの中身から、何かヒントを得られないかが今回の潜入捜査の目的」
シロナは手にしていたカップを置いた。
「ここまでで何か質問はあるかしら?」
同じくカップを置いたルカが勢いよく話す。
「スパイ映画みたいじゃん! そんな仕事もあんだな」
「無いわけじゃないけど、通常のエージェントはフィールドワークがほとんどよ。でも今回は男女ペアが条件だし、そもそも『人影』の話を知っているのは一握り。だから、君たちにお願いしたいの」
「面白そうじゃん! あたしは良いぜ!」
「シロナさん、そのターゲットの二人ってもしかして……」
ライルは何か嫌な予感がしたのだろうが、途中で言葉を飲み込む。
「いや、やっぱり何もないです」
「何だよ銀髪」
「お前には言わない」
「言えよバカ」
シロナが口を挟む。
「じゃあ二人ともお願いね。詳細はまたいつものようにデバイスに送っておくわ。準備が整い次第、すぐに向かってくれるかしら」
「了解!」
二人は再び、潮風の吹くフェリーへと乗り込む。
目的地は、近代的な摩天楼と古い歴史が同居する広大な土地——イッシュ地方。