ポケットモンスター Agent PLATINUM 作:ミノワ
イッシュ地方へと足を踏み入れたライルとルカ。
潜入に向け、しっかりと準備を進めたいライルだったが……。
※途中、ゲーム・原作にはないオリジナル設定が登場します。ご了承ください。
イッシュ地方、ヒウンシティ。
見上げるほどに高く聳え立つビル群と人々の喧騒。ここはこの地方の資本主義の心臓部であり、同時に今回の潜入捜査の目的地でもあった。
二人は宿泊施設のライルの部屋に籠っていた。
任務詳細、会場案内図、街の地図と地方地図をベッドに広げ、当日に向けて様々な準備を進めていたのである。
すると地方地図を見ていたルカがおもむろに口を開く。
「ふーん。『ライモンシティ』、娯楽の街ね。ふーん……なんか怪しい気がするぜ」
会場の図面を見ていたライルが顔を上げ、鋭く言い放つ。
「おい待て行かねーぞ」
「なんでだよ! なんかあるかも知んないだろ!」
反論してくるルカをライルは跳ね返す。
「お前、遊びたいだけだろ。今回はダメだ、なりすましなんだぞ。何がきっかけでバレて失敗するか分からないんだからな」
「くっ……」
ルカはライルの正論に唇を噛んだ。
「あたし遊園地行ったことないから行ってみたかったのに……」
思わず溢れる本音。その少し寂しげな様子に、ライルは調子を狂わされる。
「……今度休みの日に来りゃいいだろ」
「いつになんだよそれ。それに休みが揃うかどうかも分かんねーだろ!」
当然のようにライルを巻き込もうとしているルカ。
「……ったく、わかったよ。じゃあ任務が終わったあと、行けそうなら行くってのでどうだ?」
「んー。まぁ、それで手打ちだな」
(なんでお前がちょっと優位な感じなんだ……)
しかしルカはベッドに勢いよく背中を預け、その後も退屈そうに言う。
「だとしても当日までヒマじゃん。あと何日あんだよ」
ライルはじろりとルカを見る。
「……シロナさんから来てた情報を頭に叩き込むんだよ。それと『言葉遣い』な!」
ライルは、練習用の台本を手で叩いた。
「さっき全然出来てなかったろ!酷いってレベルじゃないぜ。上流階級なんだぞ!」
「うるせーなー真面目くんは。そんなもん、その場の雰囲気でなんとかなるもんだって」
(こいつ……マジで喋らせんとこかな……)
ライルは大きな溜め息を吐いた。
先日、褒めたと思ったらこれだ。全面的に撤回したい。
だがそんなことで彼女が止まるのであれば、これまで苦労はしていない。
「あっ、そうだ。買い物行こうぜ」
「……おれの話聞いてたか?」
「もちろんだっつの、思い付いたんだよ」
「なにが」
ルカは弾けるようにベッドから身を起こす。
「なりすますのは、坊ちゃん野郎とそのダチなんだろ? だったら街で豪遊してたって違和感ないじゃん。むしろブランド店巡りでもしてる方がリアリティ出るだろ。まだ顔は割れてないんだし」
ライルは考え込む。
「……確かに一理あるかもな」
「だろー!?」
「でもダメだ。潜入が終わるまでは、会場近くの人目につくところには行かない」
「ちぇーっ! 心配性だなぁ」
ルカは再びベッドに寝転がった。それを横目で見るライル。
こうなれば苦肉の策だ、致し方ない。
「……そんなに出かけたいんなら」
「?」
その言葉にルカは首だけを起こした。
「人通りが落ち着く時間になってから、スカイアローブリッジに行くのはどうだ? そこなら会場からも離れてるしな。橋の途中が展望スペースになってて、ヒウンシティの夜景が見えるらしいぜ」
すると途端にルカが表情を変えた。
「——おい、マジかよ!たまにはいいこと言うじゃんか! 行こう行こう! 俄然やる気になってきたよあたし!」
「……現金なやつだな。んじゃ、もっかい練習な」
「オッケー!」
「全然令嬢っぽくねえ」
「オッケーですわ!」
ライルは再び頭を抱えた。
◇ ◇ ◇
夜。
目立たない服装に着替え、それぞれの部屋を抜け出す二人。
行き先は巨大な橋——スカイアローブリッジ。
その上層部に設けられた展望スペースに辿り着いた瞬間、海風と共に圧倒的な光の渦が二人を迎えた。
眼前に広がるのは、ヒウンシティの摩天楼が放つ輝き。
まるで宝石をぶちまけたようなその夜景に、ルカは思わず手すりへ身を乗り出し、言葉を失っていた。
「…………すげえ綺麗だな」
普段の好戦的な鋭さも影を潜め、その大きな瞳には街の灯りがキラキラと反射している。
ライルは隣に立つルカを横目で見る。
風に揺れる綺麗な黒髪と、そこから覗く金のインナーカラー。そして純粋に感動している少女の横顔。
見慣れない彼女の表情に、ライルは妙な気恥ずかしさを覚え、慌てて視線を夜景へと戻す。
するとルカが夜景を見つめたまま呟く。
「なあ……ここ、誰かに教えてもらったのか?」
なぜそんなことを聞くのかと、ライルは彼女の問いに片眉を上げ、答える。
「いや、ガイドブックで見つけただけだ」
ルカは少しだけライルを見て、そしてまた夜景に視線を戻す。
「……ふーん、そっか。いいチョイスじゃん。当日も頑張れそうな気がしてきたぜ」
彼女の珍しく素直な言葉に、ライルは少しだけ調子を狂わされる。
(……まあ、こうでもしなきゃやる気にならないからな)
そう自分に言い聞かせるライル。
隣では、ルカがまだ飽きることなく街の光を眺めている。
冷たい海風に吹かれながら、ライルは——もうしばらくここにいても悪くないと思った。