ポケットモンスター Agent PLATINUM 作:ミノワ
敵組織へと繋がる手掛かりを得たライルとルカは、その代償として追われる身となってしまう。シロナの指示を受けた二人は、イッシュ地方の元チャンピオン・アデクとの合流を目指し、人目を避けて北東へと進む。
※一部、独自の設定がございます
イッシュ地方の険しい東部の山々。
二人は万全を期すため、大きな国道を避け、山中を進んでいた。
未開発の原生林は深く、時折、野生ポケモンの声が響く。
ガブリアスがその鋭い爪で、行く手を阻む草木を薙ぎ払う。そのすぐ後ろでルカリオが周囲を探索しながら進む。
ライルとルカは淡々と急勾配を上り下りし続けた。
「かなり険しい道だな」
ライルは振り返り、少し後方を歩いていたルカに声をかけた。
「大丈夫か?」
「山道は慣れっこだよ——『ヴィクトール』」
「ふっ。平気そうだな」
ルカにとって、この程度の悪路は苦にならない。その頼もしい足取りに、ライルは改めて彼女の強さを実感していた。
日が完全に沈む頃。
ライルとルカは澄んだ水の流れる川のほとりにテントを二つ張る。隣ではルガルガンとサザンドラの眼光が周囲の闇を監視し、二人を守っていた。
焚き火の暖かな光の中で、ルカは温めたスープをすすりながら、これまでの怒涛の日々をふと振り返る。
「しっかし、こんな山道歩かされたり、どこぞのお嬢に変装させられたり。……ここまで忙しいとはな。またインセンティブでも貰わなきゃ割に合わねえよ」
ライルは軽く笑う。
「だな。今度シロナさんに頼んでみるか」
焚き火の爆ぜる音が響く中、そんな軽口を言い合う二人。
しかしルカは少し視線を落とし、独り言のようにぽつりと呟く。
「……本当、大変だよ」
「………嫌になったか?」
ライルが穏やかに問いかけると、ルカは炎に照らされた顔を上げ、少しだけ表情を和らげる。
「……いや、別に悪くはねえ」
彼女は火を見つめながら続ける。
「……だけど、ずっとあのままだったとしたら、何してたんだろうな。いつかどっかでのたれ死んでたかもな」
ふと、ルカの顔に影が落ちる。
しかしライルはすぐさま否定した。
「そりゃねーだろ。お前、強いんだから」
「……いや、なんつーか——」
ルカは頭を掻きながら続ける。
「母さんと妹がいなくなってからは、時間さえありゃ戦ってたんだよ。野良のバトルなら、勝てりゃちょっとは賞金が貰える。でも負けりゃまた一文無し。生きるために強くなんなきゃならなかった」
「……大変だったな」
「……まあでも、戦ってる時だけは自分を責めなくて済んだ。あん時、あたしがすぐに妹を呼びに行ってたらって、そのことを思い出さずに済む」
ルカの声以外にはパチパチと焚き火の音だけが響いている。
「だから色んな奴と戦った。今までは運良く生きてこられたけど、あんなこと続けてたら、いつかきっと身を滅ぼしてた。あいつらにも、無理をさせてしまった……」
ルカはルガルガンとサザンドラを見る。
実際、ルカの戦い方は苛烈だ。
その指示がというよりは、その身ごと危険に突っ込んでいくからだ。それは自棄に近い感情から来るものだった。
ライルは、その独白を黙って受け止めていた。
どんな言葉を返せばいいのか分からない。
だが、ルカの家で彼女の過去を聞いたあの時と同じく、気安い慰めだけは違う——そう思えば思うほど、口は開かなかった。
そんなライルを見て、ルカは小さく苦笑し、すっと立ち上がる。
「別に慰めなんか求めてねえよ。ほら、もう寝ようぜ。夜はルガルガンとサザンドラが見張ってくれる」
「……ああ」
ライルは静かに焚き火へ土をかけ、火を消した。
そして互いに何も言わないまま、それぞれのテントへ入っていった。
◇ ◇ ◇
朝霧が晴れ、淡い朝日が差し込む頃。
二人は活動を再開した。
途中で監視を交代したブラッキーとワルビアルを労い、また険しい山道を下り始める。
——数時間後。
木々の切れ間から視界が開けた瞬間、二人は息を呑む。眼下には、穏やかに煌めく海と、まばらに並ぶ贅を尽くした邸宅。
「……あそこがサザナミタウンか」
ここは厳しい自然の先にひっそりと佇む、別世界のような保養地。名だたる猛者たちが世俗を離れて居を構えると噂されるその街は、静謐な空気に包まれていた。
「シロナさんが示したポイントはもうすぐだ。注意して進もう」
二人は緊張の糸をさらに引き締めた。そして街から少し離れた場所にある、綺麗な一軒家に辿り着く。
「ここでいいんだよな? 鍵の隠し場所は……っと」
あらかじめ共有されていた場所に手を伸ばし、鍵を見つけ出したライル。
それを見たルカが怪訝そうな顔でつぶやく。
「……不用心だな」
「強いからあんまり防犯とか気にしないのかもな」
苦笑しながら扉を開けた二人は、その瞬間、一歩も動けず立ち尽くす。
「こ、これは……」
そこにあったのは、完璧超人のようなシロナからはおよそ想像もできない「魔窟」。
「死ぬほど散らかってんぞ……。強すぎると掃除もしねーのかよ!」
難解な古文書、研究資料、謎の石板の破片が山脈のように積み上がり、奇跡的なバランスで保たれている。
「人から譲り受けた別荘でこれって……。シロナって、だいぶだらしねーんじゃね?」
「…………」
さすがのライルも、この惨状にはフォローの言葉が見つからなかった。
呆然としていた、その時。
背後でルカリオが低く唸り、ブラッキーとルガルガンもまた即座に牙を剥く。
「ルカリオ!? どうした!?」
(かなり強い奴が近づいてきてる……この間のホテルに来た奴ら以上の圧力だ!)
「チッ! 見つかっちまったのか!? ブラッキー!ルガルガン!」
一瞬でライルとルカの肝が冷える。
そして二人が身構えた瞬間。
——バタン!
勢いよく開いた扉の先に、ブラッキーとルガルガンが飛びかかる。しかし次の瞬間、ライルとルカは己の目を疑った。
襲いかかったはずの二体。
それが侵入者の足元で尻尾を振り、あまつさえその大きな手で喉元を撫でられていたのだ。
敵意の無さを瞬時に読み取ったのだろうか。
その侵入者は快活な声を上げた。
「ガッハッハ!勢いのある子らじゃな!よく鍛えられとる。しかし——」
そしてその双眸が、足元のポケモン達からライルとルカへ向けられる。
「良いポケモンは善なるトレーナーを見抜くもんじゃ」
そこに立っていたのは、燃えるような赤毛を逆立たせ、揺るぎない自信に満ちた笑みを浮かべる大男。
ライルは恐る恐る声をかけた。
「あなたが、アデクさん?」
「いかにも!よく来たな君たち! 大変だったのだろう、服が汚れとるじゃないか。もう安心せい、ワシが来たからな!」
その豪快な笑い声と、すべてを包み込むような底抜けの明るさに、二人は毒気を抜かれたように警戒を解く。
しかしそのすぐ後、突如として声がした。
「——そうそう。俺たちが来たからには、百人力だよ」
「……!? だれだ!」
アデクの背後、その大きな影に溶け込むようにして、一人の男がひょっこりと顔を出した。
肩にかかるまで髪の毛を伸ばした、掴みどころのなさそうな男だった。
瞬間。
ルカは全身の毛が逆立つような感覚に襲われ、咄嗟にライルに耳打ちする。
「(……おいこいつ、全く気配を感じなかったぞ)」
その男は、飄々とした態度で二人を見ている。
「そんなに邪険にしないでくれよ。俺は味方さ。『ロード』ってモンだ。……君達とおんなじチームに属してるっていえば、信じてくれるか?」
「!?!?」
度重なる衝撃に、二人は言葉を失ったまま立ち尽くしていた。
◇ ◇ ◇
その長髪の男、ロードは目を丸くして二人を見ていた。
「あれ? どうした? 組織のやつらと会うのは初めてじゃねーんだろ?」
戸惑いながらライルが答える。
「あ、すみません。もちろん初めてじゃないですけど……ここ数日、色々あって頭が混乱してて」
「無理もないじゃろう」
アデクは腰に両手を置き、穏やかに二人を見た。
「ここじゃなんだ、近くでワシの知り合いが宿屋をやっとる。君らも相当消耗しとるだろうし、とりあえずそこへ行くか? 事情も伝えて貸切にしてあるから、安全じゃぞ」
二人の表情に、安堵が広がる。
「ありがとうございます。お言葉に甘えます」
「いや本当に、『ここじゃなんだ』だよ。この部屋……」
書類の山を見渡し、呆れ顔のルカ。ロードとアデクも同様の顔をしている。
「相変わらずだな〜。シロナさん」
「ここはワシらも来たことあってな。その度に片付けろと言うんだが……」
「ま、まあお忙しいでしょうから……」
それが、ライルの精一杯のフォローであった。
一行は山道を20分ほど歩き、斜面にひっそりと佇む宿屋へ到着。
小規模ながら、手入れの行き届いた庭園と木の温もりが美しい、隠れ家のような宿。広々とした湯船に身を沈め、溜まっていた疲れと緊張を洗い流す。
通された個室には、イッシュの豊かな山の幸がこれでもかと並び、ポケモンたちにも、最高級の食材を贅沢に調理した特別食が振る舞われる。
二人はそこで、久しぶりに本当の安らぎを得ることができた。
「生き返った……」
「湯船も久々に入れました。最高です」
「おう、気にするな。ここはわしの奢りじゃ。思う存分堪能せいよ」
グラスを片手に、ルカが片眉を上げる。
「組織のケーヒじゃねえのかよ?」
「いや、わしゃもう半分引退しとるんでな。ワシとシャガってやつがおるんだが、同じ時期に引退したよ。お前さんら、ゲンジは知っとるか?」
「そうなんかよ! ゲンジのおっさんはあたしらの三日師匠だよ」
「ガハハ、そうか! やつは教えるのが上手いだろ? ワシらより歳は下だが、実直なやつでな」
「厳しすぎて殺されかけたけどな……」
ゲンジの修行を思い出し、げっそりとした表情のルカ。
そこでライルが口を挟む。
「シロナさんがアデクさんを頼ったと聞いたので、てっきりまだ現役なのかと……」
「たまにこうやって現場に出る程度じゃ。まあ、チャンピオン同士としても交流あるからなあ。もっともワシは『元』だが」
アデクはあっけらかんとした態度で続ける。
「——それに、シロナを組織に推薦したのは、何を隠そうワシなんでな」
「!?!?」
次々と明かされる組織の源流に、ライルたちはついていくのがやっとであった。
「そして、このロードはシロナが推薦人じゃ」
ロードは掴みどころのない表情で、ひょいとピースサインを作る。
「そうなんですね! じゃあ、きっと実力者だ」
「よせよ。君もシロナさんの推薦だって聞いてるぜ。んで、俺はアデクさんのチームに属してたが、引退されたタイミングでシロナさんのチームに移ったのさ」
そこで、それまで飄々としていたロードの表情が、僅かに曇る。
「……しかし、ダイゴさんのことは驚いたよ。結構可愛がってもらったんだ。ダイゴさんからも君の話は聞いててさ。『新入りなのに仕事ができるやつがいる』ってな」
「いえ、そんな……」
ダイゴの名前を聞き、少しだけ嬉しさを覚えつつも、顔を曇らせるライル。
ロードはその様子を見てすぐにフォローをした。
「大丈夫だ、シロナさんが探してる」
ライルは少しだけ微笑んだ。
そこでルカが口をはさむ。
「同じチームだってのに、まだまだ知らねえやつがいるもんだな」
「まあ、おれはちょっと特殊だからな」
「特殊?」
アデクは表情を引き締め、湯気の立つお茶を啜りながら、眼光を鋭くした。
「……ああ。それも踏まえて、少し仕事の話をしよう。今回の一連の件について、色々教えてくれるか?」
穏やかだった空気の中に、プロフェッショナルの緊張感が戻ってきた。
◇ ◇ ◇
ライルとルカはこれまでの経緯を順を追って説明した。ギラティナを巡る仮説の件と、今回の潜入捜査に逆尾行。そしてあの「狼の紋章」を巡る追走劇。
「これがその例のカードです」
ライルは懐から「狼の紋章」が描かれたあの識別票を、静かにテーブルの中央へ置く。
「なんじゃあ、このマークは……?」
「……これは」
ロードの顔から余裕の笑みが消え、その眼光が鋭く変貌する。
その様子を見たルカが口を開いた。
「長髪野郎! なんか知ってんのか!?」
「ああ……。——え、長髪?」
ルカのあまりにもな口調に、ロードは唖然とした。
すかさずライルがフォロー(?)する。
「あー、すみません。こいつめっちゃ無礼で。あとで叱っときます」
「うるせえよ!」
一体、何がうるせえよなのか。
「そうなのか……。不意だったからびっくりしたよ。まあいいや、話を進めよう」
気を取り直したロード。
「ライルくん、どうやら君達はえらい大物を釣り上げたみたいだ」
「大物……ですか?」
「ああ。これは、裏世界じゃ名の知れた『傭兵集団』の紋章だ」
「……傭兵だと?」
ルカは即座に声を上げ、眉を顰めた。
「そうさ。元々軍人だった奴らで構成されてる、選りすぐりの戦闘集団だ。奴らは闇の中で生きている。裏の世界でも、そう易々とはお目にかかれない」
何かを考え込んでいるようなルカの表情を見て、ライルが問いかける。
「おい、どうした?」
「……いや、続けてくれ」
その言葉にライルはデバイスを操作し、あの「SP」の映像を映す。
「おれたち、会場で『こいつ』を見たんです。段違いの雰囲気でした。そんな組織の一員だって言うなら納得がいきます」
それならば、傭兵集団と例の教団はまた違う組織ということなのか。
それはまだ分からなかったが、映像に映る、鋼のような肉体を持つ老人の姿を見て、ロードは呆れたように乾いた笑い声を漏らす。
「この威圧感は、間違いなく頭領格だろうな。……君ら、よく逃げ切れたもんだ」
「途中、危なかったですけどね……。でもロードさん、随分と詳しいんですね」
ライルの言葉にロードがニヤリとする。
「ああ。俺は潜入捜査専門のエージェントなのさ。基本、長期にわたって特定組織に潜入し、情報を流したり解体させたりするのが仕事だ」
「潜入捜査専門の……」
「そうだ。シロナさんにこの交流会の情報を流したのも俺だぜ。……まさか、こいつらが噛んでるとは思わなかったがな」
潜入のプロすら警戒する傭兵集団。
そのとき。
これまで沈黙を守り、映像をまじまじと見つめていたアデクが、ゆっくりと口を開く。
「……わしゃあ、この男を知っとるぞ」
「本当ですか!?」
アデクの意外な言葉にライルが身を乗り出した、その瞬間。
隣でずっと紋章を睨みつけていたルカも、何かに弾かれたように口を開いた。
「……おい、あたしもだ。このマーク、思い出したよ」
喉を震わせるような、ルカの低い声。
その瞳には、懐かしさではなく、苦い記憶を呼び起こした者の困惑が浮かんでいた。