ポケットモンスター Agent PLATINUM   作:ミノワ

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アデク、そしてロードという一線級のエージェント達と合流したライルとルカ。二人が得た手掛かりから敵組織の輪郭が浮かび上がり、そしてそれが、アデクとルカの過去に繋がる。



第三十三話【相棒】

 

 宿屋の個室に、静かな緊張が走る。

 

「ちょ、ちょっと整理させてください!……まずはアデクさん。この男を知ってるって、どういうことですか?」

 

 アデクは映像の男の顔を見つめたまま、ゆっくりと語り始めた。

 

「ああ。ワシが若い頃、海外の小国で紛争が起きてな。民間人の保護と紛争鎮圧の任務に就いたんだ。その時、恐ろしいほど強い奴がいた。……おそらく敵対勢力が雇ったのだろう」

 

アデクは眉を顰め、当時を思い出していた。

 

「ワシは奴と渡り合ったが、その強さには背筋が凍ったもんだ。忘れもせん。この顔……面影があるんじゃ。奴に違いない」

 

 元チャンピオンのアデクをして「背筋が凍った」と言わしめる怪物。その言葉の重みに、ライルは生唾を飲み込み、ロードが唸る。

 

「あんたにそこまで言わせる相手とはな、アデクさん」

 

「それにルカ。お前も思い出したっていうのは?」

 

 ライルの探るような視線を受け、ルカは深く息を吐き出すと、視線を落としたまま頷いた。

 

「……あたし、前は日銭を稼ぐのに苦労してたっつったろ?」

 

「ああ」

 

「……数年前、ちょっと治安の悪い地方に居たとき、ポケモンバトルの地下闘技場みたいなとこで賞金稼ぎしてたんだ。そしたら、ある奴らから声をかけられた。『仕事を手伝わないか』ってな」

 

 ルカは言葉を選びながら、つかえつかえに話をつなぐ。

 

「今思えば、すぐに切り捨てられるやつを探してたんだと思う。羽振りが良かったから、いくつか一緒に仕事をしてた。……しまいにはうちの組織にこないかって話もあったよ。この紋章は、仕事を紹介してきた奴が一瞬だけ見せた名刺に載ってたはずだ」

 

「……仕事っていうのは?」

 

「……初めは暴れるだけで良かった。堅気じゃない奴ら相手に、バトルを仕掛けて勝つだけだ。……でも、そのあとは盗みや、もっと酷いことまで持ちかけられた。そこで怖くなって……バックレたんだ」

 

 顔を俯け視線を逸らすルカ。

 

 その脳裏に、消したいはずの光景が浮かんでいるのをライルは察した。

 

「……ルカ」

 

 心配そうに彼女を見つめるライルを遮るように、ロードの冷徹な声が響く。

 

「本当に、今は繋がりはないんだろうな?」

「……!!」

 

 ライルが反射的にロードを鋭く睨みつけた。しかし、ルカがそれを制する。

 

「よせよ」

 

 そしてロードを見据えた。

 

「……奴らとはそこから会ってねえ。正直ほとんど忘れてたくらいだからな。……でも、証拠はねーよ」

 

 ロードの鋭い眼光と、ルカの真っ直ぐな視線がぶつかる。

 

 数秒の沈黙。

 

 だがロードは、ふいに目を伏せた。

 

「……わかった」

「………いいのか?」

「……長く潜入やってると、噓をついている人間が何となくわかるようになる。仕草や声色なんかでな」

 

 ロードは溜め息をつきながら続けた。

 

「疑って悪かったな、職業病なんだ。許してくれ嬢ちゃん。ライル君もな」

「あ、いえ」

 

 ロードはライルを一瞬見た後、ルカに再び視線を戻した。

 

「しかし、君も苦労してたんだな」

「フン、あんたも似たような匂いがするけどな」

 

 ルカの皮肉めいた言葉に、ロードは否定も肯定もせず、ただ薄く笑った。

 

「ふむ。しかし、まだまだ謎だらけだな」

 

 アデクがそう言い放つと、ライルがそれに頷いた。

 

「ええ。謎のカルト教団に傭兵集団。でも傭兵っていうくらいなら、そいつらはカルト教団に雇われているってことになりますよね?」

 

 それに対しロードが頷く。

 

「十中八九そうだろうな。奴らは金のためにしか動かない。それもちょっとやそっとじゃない大金さ。逆にそれさえ払えばなんだってする。倫理観なんてないに等しい。そういう意味じゃ、ウチとは対をなす組織かもな」

 

 映像の男を指差したロードは、語気を強めて続ける。

 

「だからこそ妙なんだ。ただの新興宗教にそんな潤沢な資金があるとは思えない。だからこの裏には、過去の交流会のリストに載ってた大企業や著名人が、スポンサーとして絡んでると俺は見てるが……まず間違いないと思う」

 

「でも、そいつらを雇ってまで達成したいこと……目的が不明です。『理想郷』とは何なのか、何をしようとしてるのか?」

 

 ライルの問いに、答えられる者は誰もいなかった。

 

 カルト教団、そして裏の世界の傭兵集団。「理想郷」を語る男と、その信者たち。ギラティナとの関連性があるのかどうか。全員が頭を悩ませていたが、その答えは出ない。

 

 そんな重苦しい沈黙を破るかのように、アデクが言い放つ。

 

「まあいい。分からんことは分からん! 今日はここまでにして、もう休もう。明日は君らをどう本部に送り届けるかだ」

 

 その豪快な号令で、長い一日は幕を閉じた。

 

        ◇ ◇ ◇

 

 サザナミタウンの夜風は、海水の香りと山の冷気を孕んでいた。

 

 宿のバルコニーでは、ライルとルカが温かい飲み物の入ったカップを手に、静かに並んで座っていた。

 

 その足元には、ルカリオ、グレイシア、ルガルガン、ブラッキーたちが、月明かりを浴びながら主たちを優しく見守るように佇んでいる。

 

「……昨日と同じ山の中でも、美味い飯と布団があるだけで全然違うよな」

「ああ、間違いないな。あの二人と、シロナさんには感謝しないとな」

 

 昼間の緊張が嘘のように、穏やかな時間が流れる。

 しかし、ルカの心には、先ほど告白した「過去」の澱みがまだ僅かに残っていた。

 

「……長髪野郎のこと、睨んでたな。真面目ちゃんのくせに、上の奴に突っかかるなんて珍しいじゃん」

「……別に。ちょっとムッとしただけだ」

「はっ、そうかよ」

 

 ルカは少し笑う。

 

「別にあいつは間違ってない。お前だってわかってるくせに」

「……」

 

 それから少し間を置いて、ルカがライルを真っ直ぐ見て口を開く。

 

「……なあ。あたしは、あいつらに頼まれて戦いはした。だけど、それ以上のことはやってない。本当だ。……お前にだけは、それを知っててほしかった……」

 

 彼女の切実な瞳が、ライルを捉えた。自分の過去を知っても、なお信じてほしい。その不器用な願いを、ライルは受け止める。

 

「わかってる。お前はちょっと粗いとこもあるけど、そんなことするやつじゃない」

 

 しかし、その言葉に、ルカはかえって自嘲気味な笑みを浮かべた。

 

「……でも、一時は手を組んでたのも事実だ。あいつらが何をしてるか分かってて、その場から逃げ出した。——そんな奴、本当にここに居ていいのかな」

 

 初めて聞いたルカの弱音。その言葉には、普段の彼女からは見たことのない不安や迷いが滲み出ていた。

 

 ライルは、即答できた訳ではなかった。だがぽつりぽつりと話し始める。

 

「……お前を推薦する前、おれは正直、大丈夫なのかなって思ってた」

 

 ルカは僅かに唇を引き結んだ。

 

「それからいくつか一緒に任務をこなした。長いって言えるほど付き合いがある訳じゃない。喧嘩もするし、腹が立つこともある。だけど——」

 

 ライルは少し視線を下げ、これまでルカとバディになってからのことを思い出していた。

 

 彼女に叱咤されたから、少年を救えた。

 

 頭が焦りでいっぱいの時は、息抜きをさせてくれた。

 

 そして、身を挺してルカリオを庇ってくれた。

 

 視線を少し上げる。

 

「お前を推薦したことは、絶対に間違いじゃない」

 

 ルカはただ、じっと聞いていた。

 

「過去の全部を知ってるわけじゃない。その時は、お前一人じゃどうしようもなかったかもしれないけど——」

 

 ライルは、ルカを真っ直ぐ見た。

 

「今はおれがいる。 お前はおれの相棒だ。今度はおれが、隣で一緒に戦うよ」

 

 そのライルの言葉にルカは大きく目を見開いた。

 

 彼女の過去とその孤独に、なんと答えれば良いのか分からなかった前とは違う。

 

 彼女に本当に必要だったのは慰めでも、ましてや励ましでもない。信頼し、背中を預け、隣で戦う『相棒』という存在だった。

 

 そしてライルの言葉に呼応するように、ルカリオもその胸に拳を当て、波導を伝えてきた。

 

(おいライル。オレたちもいるぞ)

 

 グレイシア、ブラッキー、ルガルガンも一様にルカを見つめ、守るように身を乗り出した。

 

「お前ら……暑苦しいよ……」

 

 ルカは顔を背けたが、その瞳は月明かりに照らされ、少しだけ輝いていた。

 

「そうだよ、シロナさんだって、みんなだって居る。……だから、大丈夫だ」

 

 振り向いたルカの瞳が、ライルを捉える。

 

 そしてルカは、真っ直ぐ頷いた。

 

「……ああ。前はできなかったけど、今は違う。奴らがこれから何をしようとしてるのか、この目で確かめる。それが間違ってるなら、今度はあたしがこの手で止めてやる。きっとそれが、シロナが言ってた『正しい力の使い道』なんだ」

 

 彼女の目には静かな炎が宿っていた。

 

「おう、それでこそお前だよ」

 

 二人は力強く拳を突き合わせた。

 

 ポケモンたちが先に建物内へ入り、二人がそれに続く。

 

 ライルの後を追ったルカは小さく、しかし確かな声で、その背中に囁いた。

 

「ありがとうな……ライル」

 

 ライルはそっと振り向く。

 

「……ん? なんか言ったか?」

 

「いや、なんでもねえよ……『相棒』」

 

 今度はしっかりと聞こえる声で、ライルに呼びかけた。

 

        ◇ ◇ ◇

 

 そのバルコニーの真下。

 

 完全に気配を消して闇に溶け込んでいたロードの隣に、アデクが静かに歩み寄る。

 

「盗み聞きか?」

 

 ロードは腕を組み、目を閉じたまま、ゆっくりと答えた。

 

「護衛ですよ。今、彼らの安全は完璧に保証されてなきゃいけない。だから何も聞こえてません。……アデクさんは?」

 

「ワシもそうだ。護衛だよ」

 

 アデクはそう言って、熱くなった目頭を無造作に拭う。

 

 経験を重ねた大人たちは、二人が宿の中に戻るまで、夜風の中で静かに守っていた。

 

        ◇ ◇ ◇

 

 所変わり、窓一つない広大な会議室。

 

 厚い鋼鉄製の扉が外界との一切を遮断し、無機質な照明だけが長机を白く照らしていた。

 

 その場に立っていたのは、交流会でSP風の姿をしていたあの老年の男。その時と違うのは、身に纏っているのがSPスーツではなく、軍服であるということ。

 

 そしてその前に置かれた長机に座るのは、スーツを着た三人の男と、ライル達が見た『穢れなき白』を纏った教祖の男。

 

 恰幅の良いスーツの男が、老兵に対し冷たく言い放つ。

 

「いやはや、君達が獲物を取りこぼすとはね。天下の傭兵集団がしてやられたな」

 

 老兵は後ろに手を組みながら、低く響く声で答えた。

 

「……公共交通機関を見張らせていたが、それらしき人物は見つからなかった。まだこの地方から出てはいないはずだ」

 

「御託はいい。全く、金の分の仕事はしてくれたまえよ。君が全ての現場に出ればいいだろう」

 

 老兵はそれに対し何も答えず、しばし間を置いてから口を開く。

 

「……うちの兵が撮った『そらのはしら』での画像解析はどうなっている? 残りの三人の照合をするという話だったろう」

 

 それに対し今度は、白髪混じりのスーツの男が答える。

 

「画像のノイズがひどすぎて、完全な解析はまだだ。あの場所はエネルギー余波がでかすぎた。五人のうち二人は四天王ゲンジにジムリーダーのナギ、たまたま居合わせたと言うには随分なメンツだが、あとの三人は一般人だろう。本件には関係ないはずだ」

 

「……アレはただのガキ共じゃない。うちの兵士を欺くほどのやつらだ。素人には思えん。三人のうちの二人と一致するなら、何か指令を受けて行動していた可能性が高い」

 

 白髪混じりの男は片眉を上げた。

 

「君らのような秘匿された組織が他にいるとでも?」

「あり得なくはないという話だ」

 

 すると、もう一人の比較的若いスーツの男が語気を少し荒げた。

 

「そう思うのなら君らが逃さなければ良かっただけの話だ。それ相応の金は払っているだろう!」

 

 老兵の男は顔だけを動かし、堂々と答えた。

 

「それについては申し立てのしようもない。謝罪しよう」

「貴様……」

 

 立ち上がった男に対し、これまで口を閉じていた『教祖の男』が口を開く。

 

「落ち着きたまえ、諸君。計画が頓挫したわけでもあるまい」

 

 スーツの男はその言葉を聞き椅子に座ったが、不満そうにふんぞり返った。

 

 老兵はそれを一瞥した後、『教祖』に向かって問いかける。

 

「『ギラティナ』は今どうなっている?」

 

「レックウザから受けたダメージが甚大すぎる。アレはしばらく動かんだろう」

 

「……奴なしで計画を進めろと?」

 

「その通りだ。決して『取り込み』は止めるな。他を使っても構わん。伝説かどうかは問わず、戦力は一匹でも多く必要だ」

 

「……了解」

 

 老兵が感情を排した声で返事し、部屋を後にしようとしたその時——

 

「待て」

 

 再び響いた教祖の声に、老兵は振り返る。

 

「例の件はどうなったのだ? 我々のアジトをコソコソと嗅ぎ回っているという『男』の件だよ」

 

「いまだに尻尾が掴めん。相当な手練れだ」

 

「……大丈夫なのだろうな」

 

「少し餌を撒く。食い付けばこの手で仕留めてやるさ」

 

「失敗はするなよ」

 

 それを聞き届けた老兵は、今度こそ身を翻し部屋を後にした。

 

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