ポケットモンスター Agent PLATINUM 作:ミノワ
アデク、そしてロードという一線級のエージェント達と合流したライルとルカ。二人が得た手掛かりから敵組織の輪郭が浮かび上がり、そしてそれが、アデクとルカの過去に繋がる。
宿屋の個室に、静かな緊張が走る。
「ちょ、ちょっと整理させてください!……まずはアデクさん。この男を知ってるって、どういうことですか?」
アデクは映像の男の顔を見つめたまま、ゆっくりと語り始めた。
「ああ。ワシが若い頃、海外の小国で紛争が起きてな。民間人の保護と紛争鎮圧の任務に就いたんだ。その時、恐ろしいほど強い奴がいた。……おそらく敵対勢力が雇ったのだろう」
アデクは眉を顰め、当時を思い出していた。
「ワシは奴と渡り合ったが、その強さには背筋が凍ったもんだ。忘れもせん。この顔……面影があるんじゃ。奴に違いない」
元チャンピオンのアデクをして「背筋が凍った」と言わしめる怪物。その言葉の重みに、ライルは生唾を飲み込み、ロードが唸る。
「あんたにそこまで言わせる相手とはな、アデクさん」
「それにルカ。お前も思い出したっていうのは?」
ライルの探るような視線を受け、ルカは深く息を吐き出すと、視線を落としたまま頷いた。
「……あたし、前は日銭を稼ぐのに苦労してたっつったろ?」
「ああ」
「……数年前、ちょっと治安の悪い地方に居たとき、ポケモンバトルの地下闘技場みたいなとこで賞金稼ぎしてたんだ。そしたら、ある奴らから声をかけられた。『仕事を手伝わないか』ってな」
ルカは言葉を選びながら、つかえつかえに話をつなぐ。
「今思えば、すぐに切り捨てられるやつを探してたんだと思う。羽振りが良かったから、いくつか一緒に仕事をしてた。……しまいにはうちの組織にこないかって話もあったよ。この紋章は、仕事を紹介してきた奴が一瞬だけ見せた名刺に載ってたはずだ」
「……仕事っていうのは?」
「……初めは暴れるだけで良かった。堅気じゃない奴ら相手に、バトルを仕掛けて勝つだけだ。……でも、そのあとは盗みや、もっと酷いことまで持ちかけられた。そこで怖くなって……バックレたんだ」
顔を俯け視線を逸らすルカ。
その脳裏に、消したいはずの光景が浮かんでいるのをライルは察した。
「……ルカ」
心配そうに彼女を見つめるライルを遮るように、ロードの冷徹な声が響く。
「本当に、今は繋がりはないんだろうな?」
「……!!」
ライルが反射的にロードを鋭く睨みつけた。しかし、ルカがそれを制する。
「よせよ」
そしてロードを見据えた。
「……奴らとはそこから会ってねえ。正直ほとんど忘れてたくらいだからな。……でも、証拠はねーよ」
ロードの鋭い眼光と、ルカの真っ直ぐな視線がぶつかる。
数秒の沈黙。
だがロードは、ふいに目を伏せた。
「……わかった」
「………いいのか?」
「……長く潜入やってると、噓をついている人間が何となくわかるようになる。仕草や声色なんかでな」
ロードは溜め息をつきながら続けた。
「疑って悪かったな、職業病なんだ。許してくれ嬢ちゃん。ライル君もな」
「あ、いえ」
ロードはライルを一瞬見た後、ルカに再び視線を戻した。
「しかし、君も苦労してたんだな」
「フン、あんたも似たような匂いがするけどな」
ルカの皮肉めいた言葉に、ロードは否定も肯定もせず、ただ薄く笑った。
「ふむ。しかし、まだまだ謎だらけだな」
アデクがそう言い放つと、ライルがそれに頷いた。
「ええ。謎のカルト教団に傭兵集団。でも傭兵っていうくらいなら、そいつらはカルト教団に雇われているってことになりますよね?」
それに対しロードが頷く。
「十中八九そうだろうな。奴らは金のためにしか動かない。それもちょっとやそっとじゃない大金さ。逆にそれさえ払えばなんだってする。倫理観なんてないに等しい。そういう意味じゃ、ウチとは対をなす組織かもな」
映像の男を指差したロードは、語気を強めて続ける。
「だからこそ妙なんだ。ただの新興宗教にそんな潤沢な資金があるとは思えない。だからこの裏には、過去の交流会のリストに載ってた大企業や著名人が、スポンサーとして絡んでると俺は見てるが……まず間違いないと思う」
「でも、そいつらを雇ってまで達成したいこと……目的が不明です。『理想郷』とは何なのか、何をしようとしてるのか?」
ライルの問いに、答えられる者は誰もいなかった。
カルト教団、そして裏の世界の傭兵集団。「理想郷」を語る男と、その信者たち。ギラティナとの関連性があるのかどうか。全員が頭を悩ませていたが、その答えは出ない。
そんな重苦しい沈黙を破るかのように、アデクが言い放つ。
「まあいい。分からんことは分からん! 今日はここまでにして、もう休もう。明日は君らをどう本部に送り届けるかだ」
その豪快な号令で、長い一日は幕を閉じた。
◇ ◇ ◇
サザナミタウンの夜風は、海水の香りと山の冷気を孕んでいた。
宿のバルコニーでは、ライルとルカが温かい飲み物の入ったカップを手に、静かに並んで座っていた。
その足元には、ルカリオ、グレイシア、ルガルガン、ブラッキーたちが、月明かりを浴びながら主たちを優しく見守るように佇んでいる。
「……昨日と同じ山の中でも、美味い飯と布団があるだけで全然違うよな」
「ああ、間違いないな。あの二人と、シロナさんには感謝しないとな」
昼間の緊張が嘘のように、穏やかな時間が流れる。
しかし、ルカの心には、先ほど告白した「過去」の澱みがまだ僅かに残っていた。
「……長髪野郎のこと、睨んでたな。真面目ちゃんのくせに、上の奴に突っかかるなんて珍しいじゃん」
「……別に。ちょっとムッとしただけだ」
「はっ、そうかよ」
ルカは少し笑う。
「別にあいつは間違ってない。お前だってわかってるくせに」
「……」
それから少し間を置いて、ルカがライルを真っ直ぐ見て口を開く。
「……なあ。あたしは、あいつらに頼まれて戦いはした。だけど、それ以上のことはやってない。本当だ。……お前にだけは、それを知っててほしかった……」
彼女の切実な瞳が、ライルを捉えた。自分の過去を知っても、なお信じてほしい。その不器用な願いを、ライルは受け止める。
「わかってる。お前はちょっと粗いとこもあるけど、そんなことするやつじゃない」
しかし、その言葉に、ルカはかえって自嘲気味な笑みを浮かべた。
「……でも、一時は手を組んでたのも事実だ。あいつらが何をしてるか分かってて、その場から逃げ出した。——そんな奴、本当にここに居ていいのかな」
初めて聞いたルカの弱音。その言葉には、普段の彼女からは見たことのない不安や迷いが滲み出ていた。
ライルは、即答できた訳ではなかった。だがぽつりぽつりと話し始める。
「……お前を推薦する前、おれは正直、大丈夫なのかなって思ってた」
ルカは僅かに唇を引き結んだ。
「それからいくつか一緒に任務をこなした。長いって言えるほど付き合いがある訳じゃない。喧嘩もするし、腹が立つこともある。だけど——」
ライルは少し視線を下げ、これまでルカとバディになってからのことを思い出していた。
彼女に叱咤されたから、少年を救えた。
頭が焦りでいっぱいの時は、息抜きをさせてくれた。
そして、身を挺してルカリオを庇ってくれた。
視線を少し上げる。
「お前を推薦したことは、絶対に間違いじゃない」
ルカはただ、じっと聞いていた。
「過去の全部を知ってるわけじゃない。その時は、お前一人じゃどうしようもなかったかもしれないけど——」
ライルは、ルカを真っ直ぐ見た。
「今はおれがいる。 お前はおれの相棒だ。今度はおれが、隣で一緒に戦うよ」
そのライルの言葉にルカは大きく目を見開いた。
彼女の過去とその孤独に、なんと答えれば良いのか分からなかった前とは違う。
彼女に本当に必要だったのは慰めでも、ましてや励ましでもない。信頼し、背中を預け、隣で戦う『相棒』という存在だった。
そしてライルの言葉に呼応するように、ルカリオもその胸に拳を当て、波導を伝えてきた。
(おいライル。オレたちもいるぞ)
グレイシア、ブラッキー、ルガルガンも一様にルカを見つめ、守るように身を乗り出した。
「お前ら……暑苦しいよ……」
ルカは顔を背けたが、その瞳は月明かりに照らされ、少しだけ輝いていた。
「そうだよ、シロナさんだって、みんなだって居る。……だから、大丈夫だ」
振り向いたルカの瞳が、ライルを捉える。
そしてルカは、真っ直ぐ頷いた。
「……ああ。前はできなかったけど、今は違う。奴らがこれから何をしようとしてるのか、この目で確かめる。それが間違ってるなら、今度はあたしがこの手で止めてやる。きっとそれが、シロナが言ってた『正しい力の使い道』なんだ」
彼女の目には静かな炎が宿っていた。
「おう、それでこそお前だよ」
二人は力強く拳を突き合わせた。
ポケモンたちが先に建物内へ入り、二人がそれに続く。
ライルの後を追ったルカは小さく、しかし確かな声で、その背中に囁いた。
「ありがとうな……ライル」
ライルはそっと振り向く。
「……ん? なんか言ったか?」
「いや、なんでもねえよ……『相棒』」
今度はしっかりと聞こえる声で、ライルに呼びかけた。
◇ ◇ ◇
そのバルコニーの真下。
完全に気配を消して闇に溶け込んでいたロードの隣に、アデクが静かに歩み寄る。
「盗み聞きか?」
ロードは腕を組み、目を閉じたまま、ゆっくりと答えた。
「護衛ですよ。今、彼らの安全は完璧に保証されてなきゃいけない。だから何も聞こえてません。……アデクさんは?」
「ワシもそうだ。護衛だよ」
アデクはそう言って、熱くなった目頭を無造作に拭う。
経験を重ねた大人たちは、二人が宿の中に戻るまで、夜風の中で静かに守っていた。
◇ ◇ ◇
所変わり、窓一つない広大な会議室。
厚い鋼鉄製の扉が外界との一切を遮断し、無機質な照明だけが長机を白く照らしていた。
その場に立っていたのは、交流会でSP風の姿をしていたあの老年の男。その時と違うのは、身に纏っているのがSPスーツではなく、軍服であるということ。
そしてその前に置かれた長机に座るのは、スーツを着た三人の男と、ライル達が見た『穢れなき白』を纏った教祖の男。
恰幅の良いスーツの男が、老兵に対し冷たく言い放つ。
「いやはや、君達が獲物を取りこぼすとはね。天下の傭兵集団がしてやられたな」
老兵は後ろに手を組みながら、低く響く声で答えた。
「……公共交通機関を見張らせていたが、それらしき人物は見つからなかった。まだこの地方から出てはいないはずだ」
「御託はいい。全く、金の分の仕事はしてくれたまえよ。君が全ての現場に出ればいいだろう」
老兵はそれに対し何も答えず、しばし間を置いてから口を開く。
「……うちの兵が撮った『そらのはしら』での画像解析はどうなっている? 残りの三人の照合をするという話だったろう」
それに対し今度は、白髪混じりのスーツの男が答える。
「画像のノイズがひどすぎて、完全な解析はまだだ。あの場所はエネルギー余波がでかすぎた。五人のうち二人は四天王ゲンジにジムリーダーのナギ、たまたま居合わせたと言うには随分なメンツだが、あとの三人は一般人だろう。本件には関係ないはずだ」
「……アレはただのガキ共じゃない。うちの兵士を欺くほどのやつらだ。素人には思えん。三人のうちの二人と一致するなら、何か指令を受けて行動していた可能性が高い」
白髪混じりの男は片眉を上げた。
「君らのような秘匿された組織が他にいるとでも?」
「あり得なくはないという話だ」
すると、もう一人の比較的若いスーツの男が語気を少し荒げた。
「そう思うのなら君らが逃さなければ良かっただけの話だ。それ相応の金は払っているだろう!」
老兵の男は顔だけを動かし、堂々と答えた。
「それについては申し立てのしようもない。謝罪しよう」
「貴様……」
立ち上がった男に対し、これまで口を閉じていた『教祖の男』が口を開く。
「落ち着きたまえ、諸君。計画が頓挫したわけでもあるまい」
スーツの男はその言葉を聞き椅子に座ったが、不満そうにふんぞり返った。
老兵はそれを一瞥した後、『教祖』に向かって問いかける。
「『ギラティナ』は今どうなっている?」
「レックウザから受けたダメージが甚大すぎる。アレはしばらく動かんだろう」
「……奴なしで計画を進めろと?」
「その通りだ。決して『取り込み』は止めるな。他を使っても構わん。伝説かどうかは問わず、戦力は一匹でも多く必要だ」
「……了解」
老兵が感情を排した声で返事し、部屋を後にしようとしたその時——
「待て」
再び響いた教祖の声に、老兵は振り返る。
「例の件はどうなったのだ? 我々のアジトをコソコソと嗅ぎ回っているという『男』の件だよ」
「いまだに尻尾が掴めん。相当な手練れだ」
「……大丈夫なのだろうな」
「少し餌を撒く。食い付けばこの手で仕留めてやるさ」
「失敗はするなよ」
それを聞き届けた老兵は、今度こそ身を翻し部屋を後にした。