ポケットモンスター Agent PLATINUM 作:ミノワ
敵組織へと繋がる情報を掴み、相棒としての絆を深めたライルとルカ。
追手を避けながらプラチナム本部への帰還を目指す二人。しかし、本部にいるシロナに届いていたのは——消息を絶ったはずの男からの「救助要請」だった。
まだ朝靄が海面を覆う早朝。
寄せ返す波の音だけが響くサザナミタウンの波打ち際に、ライル、ルカ、アデク、ロードの四人はいた。
アデクが二人に問いかける。
「君たち、昨夜はよく眠れたかな?」
「はい!久々にぐっすりでした」
「ああ」
背筋を伸ばして答えるライルの横で、ルカもまた、軽く首を回して身体の調子を確かめるように頷く。その瞳は、昨夜の語らいを経たことで迷いが消え、朝日のように澄み渡った決意が宿っている。
ロードは満足そうに頷き、口を開く。
「さて、俺達の調べじゃ、相変わらずヒウンシティや近隣の町々、それに主要な交通機関では、組織の人間らしき者が数人ずつ確認されている」
「わしの愛する土地で勝手しおって、腹立たしい奴らよ……」
アデクの拳がみしりと音を立てた。
元チャンピオンとしての誇りが、イッシュの平穏を乱す影に対して静かに怒りを燃やしている。
ルカは腕を組みながらロードに尋ねる。
「……じゃあ、移動は絶望的ってことか?」
「ああ。奴らの目をかいくぐり、公共交通機関を使って本部に帰るのは困難だ。そんなわけで、こいつを使わせてもらう」
ロードは不敵な笑みを浮かべ、何もない海原を指す。
「……??」
二人が首を傾げたその瞬間。
海面から巨大な泡がポツポツと湧き上がり、やがて轟々と地響きのような音を立てて水柱が上がった。
飛沫を弾き飛ばし、海中から姿を現したのは、鈍い光を放つ巨大な鉄の塊。
「こ、これって……」
「……ぶったまげたぜ。こんなもんまで隠し持ってんのかよ」
そこに鎮座していたのは、全長20メートルはあろうかという潜水艦であった。
「ほら、手早く乗り込むぞ」
ロードに促されるまま、人目を避けるように迅速にハッチを潜ると、艦内は外観の無骨さからは想像できないほど広々とした空間が広がっていた。
計器類が並ぶ通路を抜けるたび、制服を着た船員たちが足を止め、敬礼で四人を迎える。
案内された共有スペースのイスに腰を下ろし、ライルは窓の外——分厚い強化ガラスの向こう側に広がる深い群青色の世界を見つめた。
「すごいですね……。おれ、乗るのも見るのも初めてです」
「これはうちの海洋探査部隊だ。俺たちのような雇われじゃなく、海軍から派遣された兵たちが働いてる。危険な場所への探索や特定の危険なポケモンを監視してるのさ。……実は俺も乗ったのは初めてだ」
ロードは悪戯っぽく、しかし優しく微笑む。
「とんでもねえな。うちの組織って、かなりすげーんだな」
ルカは頬杖をつきながらも、物珍しそうに艦内を見回していた。
「……って待てよ、なんであんたらも乗ってんだ?」
ルカの問いにアデクが答える。
「ああ。シロナとも話をしたが、敵対組織の規模がつかめん今、君たちだけで行動させるわけにはいかん。本部までワシらがしっかり護衛させてもらう」
「はは……豪華な護衛ですね」
元チャンピオンと、気配を断つ潜入のプロ。
護衛としてこれほど心強い事もないだろう。
潜水艦は音もなく深い海を滑るように進んでいく。
窓の外には、太陽の光がカーテンのように差し込む。
ママンボウなどが泳ぐ群青色の景色が、やがて漆黒へと変わっていく。怪しく漂うブルンゲルや発光するランターン。さらには巨大なホエルオー達の影まで、幻想的な光景が次々と流れる。
ライルとルカは、束の間の平和を慈しむように、その景色に目を見張った。
半日以上にわたる海底の旅を経て、潜水艦はシンオウ地方のマサゴタウン近海へと浮上。
慣れ親しんだ冷たい空気と、潮の香りが二人を包む。そこからはアデクとロードが完璧なエスコートを見せ、ついに四人は「プラチナム本部」へと到着した。
◇ ◇ ◇
シロナの執務室へと向かう途中。
十数人もの作業着に身を包んだ技術班が四人とすれ違い、それぞれに挨拶の言葉をかける。
(どうしたんだろう? 点検かな?)
ライルがそんなことを考えている間に、執務室が見えてきた。そしてシロナが奥で待つその扉を、ライルが力強くノックした。
重厚なオーク材の扉を開くと、そこにはいつものように凛とした立ち姿のシロナが待っていた。
しかし二人の姿を認めた瞬間、その表情はリーダーの仮面を脱ぎ捨て、一人の人間としての安堵に塗り替えられた。
足早に歩み寄った彼女は、二人の手を取り、力強く握りしめた。
「貴方たち、本当に無事でよかった……。よくやってくれたわね」
その温かさは彼らがようやく「家」に帰ってきたことを物語っていた。
シロナはアデクとロードにも視線をやる。
「助かりました、アデク先生。それにロード君も」
「気にするな。若い芽を守るのは年寄りの役目じゃ」
「俺もですよ。できることなら、何でも手伝います」
シロナは二人のエージェントに深く頷き、それから少し微笑んでライルたちを見た。
「サザナミも、良いところだったでしょう?」
「ああ、誰かに追われてなきゃ泳ぎたいくらいに海も綺麗だったよ。……それに、普段完璧な人間の『えげつない一面』も見れたしな」
ルカのその言葉に、一同の脳裏にあの「資料の山」で埋め尽くされた魔窟のような別荘が浮かぶ。
「……あー、そういえばそうだったわね。……ほら、私も結構忙しいから。——さっ! 本題に入りましょう!」
頬を少し赤らめて強引に話を切り替えるシロナに、ライルは思わず苦笑いを漏らした。
椅子を並べ、四人はサザナミタウンで判明した事実を共有した。傭兵集団、その頭領格の老人、そしてルカの過去。
すべてを話し終えた後、ルカは決然とした表情でシロナを見据えた。
「あたしのやるべきことが分かった。奴らと戦う必要があるなら、最後まであたしをこのチームに置いてほしい。そのあとで、懲罰でも何でも受ける」
かつて傭兵の仕事に手を貸していた自分。
そのけじめをつけようとするルカの言葉を、シロナは静かに、しかし断固として否定した。
「懲罰? そんなものはないわ。ライルくんも私も、今の貴方を信じてる。貴方は私たちの仲間、貴重な戦力よ。休んでもらっている暇はない」
ライルは嬉しそうに、隣に座るルカの肩を軽く小突く。ルカもまた、安堵と強い意志が混じり合った晴れやかな顔を見せた。
そしてロードとアデクが順番に口を開く。
「例の組織は、ライルくん達が既にイッシュを脱出しているとは思っていないでしょう。彼らを探しに出てきたところを狙って、さらに情報を集めます」
「ワシも伝手を使い調査にあたらせよう。愛するイッシュで好き勝手をされるのは、どうにも癪なんでな」
彼ら一流エージェントの作戦を聞き、ライルとルカは少し胸を高鳴らせた。
しかし——シロナがそれを断ち切った。
「その件だけど、しばらくそっちにリソースは割けないかもしれない」
「……どういうことです?」
怪訝そうに聞くロードに、シロナは一拍置いて答えた。
「——実は、ダイゴくんの件で進展があった」
シロナのその一言に、執務室の空気が一変した。
「本当ですか!?」
ライルが椅子を蹴らんばかりに立ち上がる。
しかし、そう話したシロナの顔がわずかに曇っている。それが何を意味しているのか、ライルにはわからない。
「……シロナさん?どうしたんですか?」
「……考えをまとめたいの。先生、ロードくん、少し良いですか?——ライルくんとルカは、外で待っていてほしい」
そう言うとシロナは執務室からライルとルカを退出させた。
閉じられた扉を見つめ続けているライルを見て、ルカが声を掛ける。
「おい、大丈夫か?」
「……ああ。でも、何があったんだろう」
その表情は不安げであり、拳は固く握りしめられていた。ルカは再びライルに声をかけた。
「……なあ、気持ちはわかるけど、待ってる時間はどう過ごしたって同じだろ。一旦、腹ごしらえでもしようぜ」
そう言うとルカは、ライルを半ば強引に食堂へと連れて行った。
◇ ◇ ◇
執務室に残された大人たち。
ロードがシロナに問いかける。
「シロナさん、何があったんです?」
「……以前から技術班に通信能力を強化してもらって、シンオウ全土に電波を広げて探っていたの。そしたら、ほんの数日前、ダイゴくんと通信がつながった」
「……!! 本当ですか?」
シロナは無言で頷き、また話し始める。
「少し話した後、すぐに途切れてしまったけどね。彼はいま、『反転世界内』にいる」
身を乗り出すロード、そしてアデクが口を開く。
「無事なのか? なぜこちらに戻ってこない?」
「戻って来ないのでなく、簡単には戻れないと言っていた。……彼はあの日から、帰る方法と共に、独自で調査を進めていたみたい。そしてその情報によれば、反転世界内には——『組織立って行動をする危険な者達がいる』とのこと」
アデクとロードの表情が変わる。
「……それはまさか、ライルくん達が調査した例の教団らのことですか?」
「情報が断片的でまだ確信がない。彼はもう少し踏み込んで調べると言っていた」
「そんな無茶な……」
「……そして問題はこれよ」
シロナはそう言うと、自らのデバイスを差し出した。
アデクとロードがそれを覗くと、そこには数十桁の数値が並んでいた。
「……これは、デバイスの緊急用メッセージじゃないですか」
「そう。緊急時の簡易的なテキスト送信機能。この数値は前から八桁が日付と時刻、その後ろは座標を表している。これによれば、指定日時は今日から5日後の午前10時。そしてポイントは地図とややずれているから、これはおそらく反転世界内……」
シロナはデバイスを手元に戻した。
「これが来たのがほんの今朝。——つまり『救助要請』よ」
アデクとロードは眉間に皺を寄せたまま聞いていた。そしてシロナがさらに続ける。
「おそらく彼は、この場を移動できない何らかのトラブルに見舞われた。重大な怪我を負ったのかもしれない……」
シロナはそこまで話すと、口を閉じた。それを見たアデクが声を掛ける。
「……どうした?」
シロナは小さく息を吐いてから、その問いに答えた。
「……迷っているんです。これが本当なら、絶対に助け出さなければならない……」
すると今度はそれを聞いたロードが口を開いた。
「……つまり、『本当』かどうかが分からないってことですね?」
シロナはゆっくりと頷いた。
「この簡易メッセージはその緊急性の高さから、操作自体は比較的簡単に行うことができる。指紋認証、網膜認証のいずれかを使い、デバイスのロックさえ解ければね。——たとえ、それが本人の意図したものでないとしても」
組織を追うと言っていた彼から届いた救助要請。しかし、それをダイゴ本人からのものであると断定するには、あまりにも不確定要素が多すぎた。
「それに、なぜ5日後なんじゃ。今すぐではない理由とは何なのか?」
「それも分かりません。何かタイミングがあるのかも。あるいは——」
「罠かもしれない」
ロードの言葉にシロナが頷く。
「……反転世界に入る救出作戦ならば、それなりに人数をかけないといけない。でももし、これが罠だった場合はその場にいる全員の身を危険にさらすことになる」
シロナは唇を噛み、眉間に皺を寄せる。
しばらくの間、重たい沈黙が執務室を包んだ。
アデクが低く、揺るぎない口調で答えた。
「……シロナ。お前の中で、答えは決まっているんだろう」
シロナは何も言わなかった。
そして、アデクを見つめ返す。
「エージェント達はお前の判断を信じて動く。やると覚悟を決めたのなら、お前自身がそれを疑うな。最後まで貫き通せ」
アデクは一拍を置き、そして告げた。
「それがリーダーというものじゃろう」
シロナはその言葉を受け、すぐにいつもの鋭く凛とした眼差しを取り戻した。
ロードは少し俯いて目を閉じながら、その口角を上げる。
シロナは静かに口を開く。
「そうですね。それが、貴方に教わったことです」
彼女は再び顔を上げ、今度こそ、強く言い放った。
「参加可能なメンバーを各地方から招集する。明後日、救出に向けた作戦会議を行います」