ポケットモンスター Agent PLATINUM   作:ミノワ

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※挿絵注意です。作成はAIです。




第三十五話【ルカの流儀】

 

 少し時間を空け、執務室へ戻ったライルとルカ。

 

 二人がシロナに告げられたのは、ダイゴに関連する情報と5日後の救助作戦に向けた明後日の会議予定。

 

 そして、その間の待機命令。

 

「遅くとも明日には招集したメンバーが集まる。時間がないから、今から私とアデク先生、ロードくんは作戦の立案に入るわ」

 

「……おれたちが出来ることはありますか?」

 

 ライルのその声にシロナは首を横に振るが、しかしその表情はどこか優しげだった。

 

「今、はっきりとした答えは言えない。どういった編成になるのかもね。ただ、相変わらず危険な任務よ。だから準備だけはしっかりしていて欲しい」

 

「……分かりました」

 

 ライルはわずかに肩を落とし、ルカと共に再び執務室を後にする。

 

 部屋に残ったシロナとアデク、そしてロードは、すでに話し合いを始めていた。

 

 そして夕刻。

 

 その日のうちに本部へとやってきたのは、ホウエン四天王のゲンジ。

 

 ゲンジはライルたちと再会の挨拶をそこそこに済ませたあと、足早にシロナの執務室へと向かっていった。

 

 その表情は険しいものであった。

 

「ゲンジのおっさん、だいぶ気合入ってたな」

「……ああ、そうだな」

 

 ルカの言葉にライルは心ここにあらずといった様子で答える。

 

 ダイゴが生きているかもしれないという「希望」と、それが罠かもしれないという「疑惑」。その振り幅に、ライルはいつもの覇気を少し欠いているように見えた。

 

 そして何より、待つことしか許されない現実が、彼の胸を締めつけた。

 

「わりい、おれちょっと部屋に戻るわ」

 

 ライルはそう言うと、力なく自室の方へと戻っていった。

 

 ルカはしばらく、その後ろ姿を見つめていた。

 

        ◇ ◇ ◇

 

 シロナの執務室。

 

 そこにはシロナ、アデク、ロード、そしてゲンジの四人が正方形の机を囲み座っている。その中心には指定座標の地図や、解析データの映ったデバイスが広げられていた。

 

 ゲンジが口を開き、シロナがそれに答える。

 

「どのように進めていくつもりだ?」

 

「不確定要素が多すぎて現場での動きが読めない。どのような不測の事態にも対応できるような形に『分ける』必要があります。その大枠は決まりました」

 

 ロードが、盤面を模したデバイスに、人に見立てた印を立てていく。

 

「後は誰をどこに当て嵌めていくかって事ですが……」

「ロードくんは『α』で問題ないわね?」

「そりゃあもちろん。……結局、シロナさんは?」

「私も同じく『中』に入るつもりよ——」

 

 そこで、二人の会話を聞いていたアデクが口を挟む。

 

「シロナ、いま本部のリーダーはお前一人だ。最後まで指揮するために、現場よりは『外』の方がいいんじゃないのか? そっちにはワシが代わりに入ろう」

 

 シロナは顎に手を当て、少し考える。

 

「……そうですね。彼の安否をこの目で確かめるつもりでしたが……先生の言う通り、そうしましょう」

 

 レジェンドたちの議論は、少しずつ輪郭を帯び始めていた。

 

        ◇ ◇ ◇

 

 一方、ライルの私室。

 

 彼は部屋に戻ったあと、自らに纏わりついた泥のように重い感情を洗い流すため、一度シャワーを浴びてベッドの上で横になっていた。

 

 しかしそれでも、抑えきれない不安と焦燥が波のように押し寄せてくる。

 

(ダイゴさん。あなたならきっと、無事ですよね……?)

 

 かつて自分の眼の前で囚われてしまった、憧れの上司。ライルはあの地獄のような光景を再び思い出しながら、奥歯を噛みしめる。

 

 服を着る気力も出ず、しばらく下着姿のままでいると、火照った体が冷えてきた。

 

 体調だけは崩せないと思い、そろそろ着替えようと、そのまま部屋をうろついていた、その時。

 

 ——カチャカチャ……

 

「ん?」

 

 ドアから聞こえるその音に、ライルは眉をひそめる。

 

 そして——

 

 ……ガチャリ。

 

「は?」

 

 ——バタン!!

 

「おぅわっ!!! なんで!!???」

 

 施錠していたはずの鍵が開き、重厚な扉が、景気よく開いた。

 

 そこに立っていたのは、パーカーを羽織り、運動用スパッツの上にショートパンツ姿という動きやすい全身黒色の服装に身を包んだルカ。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 足元には、ドヤ顔のブラッキーが鎮座しており、彼女はズカズカと部屋に踏みこんでくる。

 

 ライルは叫ぶ。

 

「何やってんだよお前!!」

 

 しかしルカは悪びれもせず答える。

 

「たまに鍵なくしたときはこうやってブラッキーに開けてもらうんだ。邪魔するぜ」

 

「いやそういうこと聞いてるわけじゃ——」

 

 彼女の歩みは止まらない。

 

「——いや待て、いま服着てねーから!くるな!」

 

 慌ててズボンを履こうとするも、焦れば焦るほど足が通らない。

 

 ベッドの上で無様にバタつくライル。

 

 ルカはその様子を見て、憐れむような微笑を浴びせる。

 

「キナギの海で色々見せ合った仲だろ? 今更気にすんなよ」

「あれはただの水着だろ! 変な言い方するな!」

 

 ルカはライルの抗議を鼻で笑い飛ばす。

 

 そして無遠慮に歩み寄り、彼の肉体をあの時と同じように、また値踏みするようにじっと見つめた。

 

「やっぱ、いい体してんな。ちょっと腹筋触らせろ、ホントに」

「おいバカ、やめろ……」

「いいからお姉さんに任せとけって」

 

 ルカの手が無慈悲にライルの脇腹に伸びる。

 

「何を任せんだよ! ちょ、やめろって……くっ、あははは!」

 

 逃げようとするライルをベッドに押し込み、容赦なく上半身をくすぐり攻めにするルカ。

 

 戦うこと数分。

 

 激しいもみ合いの末、ライルは力尽きてベッドに大の字になり、ルカはどこか満足げに肩で息をしていた。

 

「……ハァ、ハァ、なんなんだ一体……。おいルカ! 何しに来たんだよ!」

「決まってんだろ。トレーニングすんだよ」

 

 その言葉に、ライルは口をパクパクとさせて絶句した。

 

「お前が……? トレーニング? どういう風の吹き回しなんだよ……」

 

 ルカは当然のように言い放つ。

 

「言ったろ? どう過ごしたって待ち時間は一緒なんだよ。5日後の任務がそんなに危険なら、今からちょっとでも強くなりゃいいだけさ」

 

 それ自体は正論に違いないが、自主トレ嫌いな彼女の口から出たとは思えないその言葉に、ライルは唖然としていた。

 

「——世界は今日で終わるのか? 少なくともテンガン山の噴火は免れねえな……」

 

 そんなことをつぶやくライルに、ルカの怒声が飛ぶ。

 

「バカなこと言ってねーで早く着替えろ! このパンツ野郎!」

 

「こいつ……」

 

 文句を言いながらも、ライルはルカの強引な誘いに乗ることにした。

 

        ◇ ◇ ◇

 

 お決まりのランニングから始まり、最新鋭の器具を使った高負荷トレーニング。

 

 そしてポケモンたちの組み手と、連携確認。身体を動かし汗を流すうちに、ライルの不安や焦燥は少しずつ、覚悟へと変わっていった。

 

 ルカはその様子を見て「フン」と鼻を鳴らしながらも、その表情は満足げであった。

 

 トレーニングを終えたあと、器具を片付けながらライルがルカに話しかける。

 

「……ありがとな。お前、おれに気を遣って誘ってくれたんだろ」

 

 ルカはボトルの水を一気に飲み干し、ぶっきらぼうに返す。

 

「……まあ、相棒だからな。それに『こないだ』の礼もある」

「なんだよそれ」

 

「……別になんでもねーよ。そんなことより、明日はもっと良い考えが浮かんでんだ。お前もうじうじしてねーで、いつもらしくバカ真面目やってろ!」

 

 その言葉を聞いたライルは前半部分に少しの不安を覚えながらも、その後の彼女らしい不器用で直球な励ましに苦笑した。

 

 その心はすでに任務に向けて切り替わっていた。

 

 彼女の言う通り、今は悩む時ではなく、来るべき瞬間に向けて牙を研ぐ時であった。

 

        ◇ ◇ ◇

 

 翌朝。

 

 ライルは自室のベッドで跳ねるように目を覚ました。

 

 全身を走る心地よい筋肉痛。

 

 それは昨日、ルカに振り回されながらも共に流した汗の証。ルーティンのシャワーを終えたライルは、濡れた髪を拭きながらクローゼットへ向かったところで、ふと足を止める。

 

「……デジャヴだ」

 

 昨日の二の舞は演じない。

 

 彼はマッハの速さでシャツを頭から被り、ズボンを履いた。

 

 「来るなら来い」とドアを睨みつけ、臨戦態勢で数分待機する。

 

 しかし——静寂。

 

「……今日は何もねーのか。あいつまだ寝てんのか?」

 

 拍子抜けしたライルが、油断してドアを開け、一歩廊下へ踏み出した——その瞬間。

 

「おらぁっ!!」

 

 ドアの陰に潜伏していたルカが、獲物を見つけた野獣のごとく背後からライルに飛びかかる。

 

 そのまま体にしがみつき、自由を奪った状態で彼の上半身を再び全力でこねくり回す。

 

「ちょ、待て! てめえコラ! くっ……あははは!!」

「見たか! そう何度も同じ手を使うと思ったら大間違いだ! あたしは常に進化するんだよ!」

「このクソボケ! 降りろ! 」

 

 朝から廊下でもみ合う二人。

 

 もはや本部の日常風景となりつつあるその騒動を経て、二人は「朝から疲れんだろがバカ!」「ザコが!油断する奴が悪いんだ!」と毒づき合いながら食堂へと向かう。

 

 定食のスープを啜りながら、ライルはルカが提示した「今日の予定」に顔を引きつらせていた。

 

「ええ……。それ、本当にやるのか? 怒られちまうだろ。おれ嫌だぞ」

「大丈夫だって。使えるものは何でも使うんだよ。全員が揃ってることは、事務の奴らに聞いて確認済みだぜ」

 

 食事を終えるや否や、ルカはライルの腕を掴んでリーダー室へと急ぎ、その重厚な扉の前に立つ。

 

 ルカがライルに顎で指示をする。

 

 ライルが嫌々ながら三回ノックをすると、ルカはその返事も待たず、思い切りよく扉を跳ね開けた。

 

「おい!ちょっ——」

 

 ライルの制止を聞かずルカが大声で言い放つ。

 

「たのもーーー!!!!」

 

 部屋の中にいたのは、シロナ、アデク、ゲンジ、ロードの四人。

 

 机には未だ資料が広げられ、「4日後」に迫った救出作戦についての会議の真っ最中であった。

 

 ライルは即座に一歩下がり、「これは自分の意志ではない」とアピールするようにルカを指さしながら、目を閉じ静かに神への祈りを捧げ始めた。

 

「——今、非常に重要な会議をしている最中だけれど。それを遮るほどの緊急の要件かしら?」

 

 シロナの静かな、氷のような声が部屋に響く。

 

 ライルは背筋に凍りつくような寒気を感じ、心の中でルカに別れを告げた。

 

 しかし、当の本人は全く物怖じしていない。

 

「分かってるけど!当日までちょっとでも強くならなきゃだろ! あんたが準備しろって言ったんだぜ? せっかくこんなに強い奴らが居るんだから、稽古! つけてくれよ!」

 

 その無謀とも言える要求に、大人四人は一瞬だけ虚を突かれたように目を丸くした。

 

 そして数秒後。

 

「がっはっは! ほんとに君らは面白いな!」

「ええ、全くです」

 

 アデクの豪快な笑いに、ゲンジが静かに頷き、ロードは呆れながらも優しい笑みを浮かべていた。

 

「全く……あなたという子は。だとしても、タイミングというものがあるでしょう」

 

 シロナは呆れたように溜息をついたが、その瞳には僅かに慈しみがあった。

 

「構わん。昨日から通しで話していたのでな。ワシも少しばかり運動したいと思ってたとこだ。ゲンジ、付き合うか? ロード、シロナと続けて会議していてくれ」

 

「ええ、いいでしょう。二人とも。……あの時よりは成長しているんだろうな?」

 

 ゲンジの鋭い眼光がライルとルカを射抜く。

 

 それは「稽古」という名の、過酷な訓練の始まりを告げる合図。

 

 ルカはドヤ顔でライルに振り返った。ライルは呆れ果てていたが、同時に、自分だけでは決して踏み出せないであろう「レジェンド」への門を開いた彼女の行動力に、心の底では感銘を受けていた。

 

        ◇ ◇ ◇

 

 外の訓練場。

 

 そこはもはや一つの戦場と化していた。

 

 アデクのウルガモス、ゲンジのボーマンダ。

 

 レジェンドたちの猛攻に、ライルのガブリアスとルカのサザンドラが真正面から食らいつく。

 

 閃光が走り、爆炎が吹き荒れる。

 

 技の余波に強化壁が軋む中、二人は息を切らしながらも、ただ一つでも多くの技術を盗もうと貪欲に挑み続けた。

 

「ガッハッハ! やるなあ二人とも!」

「まだまだ! この程度では我々は倒せんぞ!」

「やっぱり凄いな……!!」

「感心してる場合か! 休ませるな、相棒!」

 

 その激闘を、執務室の窓から二つの影が静かに見つめていた。

 

「はは、二人ともやるなあ。先輩方も元気だ。楽しそうですね」

 

 シロナは視線を机上のデバイスに向けたまま、ロードに告げる。

 

「混ざってきてもいいわよ? 大体の形は出来上がってきたし」

「いや、俺はまだいいですよ。……どうです? 決まりました?」

 

 シロナの手元には、4日後に迫る作戦図があった。彼女はパズルのピースをはめ込むかのように、慎重に思案を重ねていた。

 

「……あともう少しね。残りのメンバーを、どこに当て込むかが決まれば」

「あの凸凹コンビはどうです?」

 

 シロナの手が止まる。

 

 窓の外では、ライルとルカが声を合わせ、良いタイミングで連携攻撃を繰り出していた。

 

「二人とも加速度的に成長してる。戦力としては申し分ないわ。……けど、ライルくんはどうかしらね。ダイゴくんを慕っていた分、現場で『もしものこと』があった時、彼が自分を見失わないか心配なの」

 

 リーダーとしての冷徹な分析。

 

 しかし、そこには親心のような僅かな揺らぎが含まれていた。

 

「……俺はあの二人が一緒なら、バッチリやってくれると思いますがね。それになんかありゃ、俺がカバーしてやれる」

 

「……ふふ。随分とあの子達を気に入っているのね」

 

 シロナは小さく笑うと、再びデバイスに目を落とした。

 

 窓の外から聞こえるレジェンドたちの稽古は、ライルとルカの二人を熱く叩き上げていった。

 

 明日はいよいよ、会議の日。

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