ポケットモンスター Agent PLATINUM 作:ミノワ
※挿絵注意です。作成はAIです。
少し時間を空け、執務室へ戻ったライルとルカ。
二人がシロナに告げられたのは、ダイゴに関連する情報と5日後の救助作戦に向けた明後日の会議予定。
そして、その間の待機命令。
「遅くとも明日には招集したメンバーが集まる。時間がないから、今から私とアデク先生、ロードくんは作戦の立案に入るわ」
「……おれたちが出来ることはありますか?」
ライルのその声にシロナは首を横に振るが、しかしその表情はどこか優しげだった。
「今、はっきりとした答えは言えない。どういった編成になるのかもね。ただ、相変わらず危険な任務よ。だから準備だけはしっかりしていて欲しい」
「……分かりました」
ライルはわずかに肩を落とし、ルカと共に再び執務室を後にする。
部屋に残ったシロナとアデク、そしてロードは、すでに話し合いを始めていた。
そして夕刻。
その日のうちに本部へとやってきたのは、ホウエン四天王のゲンジ。
ゲンジはライルたちと再会の挨拶をそこそこに済ませたあと、足早にシロナの執務室へと向かっていった。
その表情は険しいものであった。
「ゲンジのおっさん、だいぶ気合入ってたな」
「……ああ、そうだな」
ルカの言葉にライルは心ここにあらずといった様子で答える。
ダイゴが生きているかもしれないという「希望」と、それが罠かもしれないという「疑惑」。その振り幅に、ライルはいつもの覇気を少し欠いているように見えた。
そして何より、待つことしか許されない現実が、彼の胸を締めつけた。
「わりい、おれちょっと部屋に戻るわ」
ライルはそう言うと、力なく自室の方へと戻っていった。
ルカはしばらく、その後ろ姿を見つめていた。
◇ ◇ ◇
シロナの執務室。
そこにはシロナ、アデク、ロード、そしてゲンジの四人が正方形の机を囲み座っている。その中心には指定座標の地図や、解析データの映ったデバイスが広げられていた。
ゲンジが口を開き、シロナがそれに答える。
「どのように進めていくつもりだ?」
「不確定要素が多すぎて現場での動きが読めない。どのような不測の事態にも対応できるような形に『分ける』必要があります。その大枠は決まりました」
ロードが、盤面を模したデバイスに、人に見立てた印を立てていく。
「後は誰をどこに当て嵌めていくかって事ですが……」
「ロードくんは『α』で問題ないわね?」
「そりゃあもちろん。……結局、シロナさんは?」
「私も同じく『中』に入るつもりよ——」
そこで、二人の会話を聞いていたアデクが口を挟む。
「シロナ、いま本部のリーダーはお前一人だ。最後まで指揮するために、現場よりは『外』の方がいいんじゃないのか? そっちにはワシが代わりに入ろう」
シロナは顎に手を当て、少し考える。
「……そうですね。彼の安否をこの目で確かめるつもりでしたが……先生の言う通り、そうしましょう」
レジェンドたちの議論は、少しずつ輪郭を帯び始めていた。
◇ ◇ ◇
一方、ライルの私室。
彼は部屋に戻ったあと、自らに纏わりついた泥のように重い感情を洗い流すため、一度シャワーを浴びてベッドの上で横になっていた。
しかしそれでも、抑えきれない不安と焦燥が波のように押し寄せてくる。
(ダイゴさん。あなたならきっと、無事ですよね……?)
かつて自分の眼の前で囚われてしまった、憧れの上司。ライルはあの地獄のような光景を再び思い出しながら、奥歯を噛みしめる。
服を着る気力も出ず、しばらく下着姿のままでいると、火照った体が冷えてきた。
体調だけは崩せないと思い、そろそろ着替えようと、そのまま部屋をうろついていた、その時。
——カチャカチャ……
「ん?」
ドアから聞こえるその音に、ライルは眉をひそめる。
そして——
……ガチャリ。
「は?」
——バタン!!
「おぅわっ!!! なんで!!???」
施錠していたはずの鍵が開き、重厚な扉が、景気よく開いた。
そこに立っていたのは、パーカーを羽織り、運動用スパッツの上にショートパンツ姿という動きやすい全身黒色の服装に身を包んだルカ。
足元には、ドヤ顔のブラッキーが鎮座しており、彼女はズカズカと部屋に踏みこんでくる。
ライルは叫ぶ。
「何やってんだよお前!!」
しかしルカは悪びれもせず答える。
「たまに鍵なくしたときはこうやってブラッキーに開けてもらうんだ。邪魔するぜ」
「いやそういうこと聞いてるわけじゃ——」
彼女の歩みは止まらない。
「——いや待て、いま服着てねーから!くるな!」
慌ててズボンを履こうとするも、焦れば焦るほど足が通らない。
ベッドの上で無様にバタつくライル。
ルカはその様子を見て、憐れむような微笑を浴びせる。
「キナギの海で色々見せ合った仲だろ? 今更気にすんなよ」
「あれはただの水着だろ! 変な言い方するな!」
ルカはライルの抗議を鼻で笑い飛ばす。
そして無遠慮に歩み寄り、彼の肉体をあの時と同じように、また値踏みするようにじっと見つめた。
「やっぱ、いい体してんな。ちょっと腹筋触らせろ、ホントに」
「おいバカ、やめろ……」
「いいからお姉さんに任せとけって」
ルカの手が無慈悲にライルの脇腹に伸びる。
「何を任せんだよ! ちょ、やめろって……くっ、あははは!」
逃げようとするライルをベッドに押し込み、容赦なく上半身をくすぐり攻めにするルカ。
戦うこと数分。
激しいもみ合いの末、ライルは力尽きてベッドに大の字になり、ルカはどこか満足げに肩で息をしていた。
「……ハァ、ハァ、なんなんだ一体……。おいルカ! 何しに来たんだよ!」
「決まってんだろ。トレーニングすんだよ」
その言葉に、ライルは口をパクパクとさせて絶句した。
「お前が……? トレーニング? どういう風の吹き回しなんだよ……」
ルカは当然のように言い放つ。
「言ったろ? どう過ごしたって待ち時間は一緒なんだよ。5日後の任務がそんなに危険なら、今からちょっとでも強くなりゃいいだけさ」
それ自体は正論に違いないが、自主トレ嫌いな彼女の口から出たとは思えないその言葉に、ライルは唖然としていた。
「——世界は今日で終わるのか? 少なくともテンガン山の噴火は免れねえな……」
そんなことをつぶやくライルに、ルカの怒声が飛ぶ。
「バカなこと言ってねーで早く着替えろ! このパンツ野郎!」
「こいつ……」
文句を言いながらも、ライルはルカの強引な誘いに乗ることにした。
◇ ◇ ◇
お決まりのランニングから始まり、最新鋭の器具を使った高負荷トレーニング。
そしてポケモンたちの組み手と、連携確認。身体を動かし汗を流すうちに、ライルの不安や焦燥は少しずつ、覚悟へと変わっていった。
ルカはその様子を見て「フン」と鼻を鳴らしながらも、その表情は満足げであった。
トレーニングを終えたあと、器具を片付けながらライルがルカに話しかける。
「……ありがとな。お前、おれに気を遣って誘ってくれたんだろ」
ルカはボトルの水を一気に飲み干し、ぶっきらぼうに返す。
「……まあ、相棒だからな。それに『こないだ』の礼もある」
「なんだよそれ」
「……別になんでもねーよ。そんなことより、明日はもっと良い考えが浮かんでんだ。お前もうじうじしてねーで、いつもらしくバカ真面目やってろ!」
その言葉を聞いたライルは前半部分に少しの不安を覚えながらも、その後の彼女らしい不器用で直球な励ましに苦笑した。
その心はすでに任務に向けて切り替わっていた。
彼女の言う通り、今は悩む時ではなく、来るべき瞬間に向けて牙を研ぐ時であった。
◇ ◇ ◇
翌朝。
ライルは自室のベッドで跳ねるように目を覚ました。
全身を走る心地よい筋肉痛。
それは昨日、ルカに振り回されながらも共に流した汗の証。ルーティンのシャワーを終えたライルは、濡れた髪を拭きながらクローゼットへ向かったところで、ふと足を止める。
「……デジャヴだ」
昨日の二の舞は演じない。
彼はマッハの速さでシャツを頭から被り、ズボンを履いた。
「来るなら来い」とドアを睨みつけ、臨戦態勢で数分待機する。
しかし——静寂。
「……今日は何もねーのか。あいつまだ寝てんのか?」
拍子抜けしたライルが、油断してドアを開け、一歩廊下へ踏み出した——その瞬間。
「おらぁっ!!」
ドアの陰に潜伏していたルカが、獲物を見つけた野獣のごとく背後からライルに飛びかかる。
そのまま体にしがみつき、自由を奪った状態で彼の上半身を再び全力でこねくり回す。
「ちょ、待て! てめえコラ! くっ……あははは!!」
「見たか! そう何度も同じ手を使うと思ったら大間違いだ! あたしは常に進化するんだよ!」
「このクソボケ! 降りろ! 」
朝から廊下でもみ合う二人。
もはや本部の日常風景となりつつあるその騒動を経て、二人は「朝から疲れんだろがバカ!」「ザコが!油断する奴が悪いんだ!」と毒づき合いながら食堂へと向かう。
定食のスープを啜りながら、ライルはルカが提示した「今日の予定」に顔を引きつらせていた。
「ええ……。それ、本当にやるのか? 怒られちまうだろ。おれ嫌だぞ」
「大丈夫だって。使えるものは何でも使うんだよ。全員が揃ってることは、事務の奴らに聞いて確認済みだぜ」
食事を終えるや否や、ルカはライルの腕を掴んでリーダー室へと急ぎ、その重厚な扉の前に立つ。
ルカがライルに顎で指示をする。
ライルが嫌々ながら三回ノックをすると、ルカはその返事も待たず、思い切りよく扉を跳ね開けた。
「おい!ちょっ——」
ライルの制止を聞かずルカが大声で言い放つ。
「たのもーーー!!!!」
部屋の中にいたのは、シロナ、アデク、ゲンジ、ロードの四人。
机には未だ資料が広げられ、「4日後」に迫った救出作戦についての会議の真っ最中であった。
ライルは即座に一歩下がり、「これは自分の意志ではない」とアピールするようにルカを指さしながら、目を閉じ静かに神への祈りを捧げ始めた。
「——今、非常に重要な会議をしている最中だけれど。それを遮るほどの緊急の要件かしら?」
シロナの静かな、氷のような声が部屋に響く。
ライルは背筋に凍りつくような寒気を感じ、心の中でルカに別れを告げた。
しかし、当の本人は全く物怖じしていない。
「分かってるけど!当日までちょっとでも強くならなきゃだろ! あんたが準備しろって言ったんだぜ? せっかくこんなに強い奴らが居るんだから、稽古! つけてくれよ!」
その無謀とも言える要求に、大人四人は一瞬だけ虚を突かれたように目を丸くした。
そして数秒後。
「がっはっは! ほんとに君らは面白いな!」
「ええ、全くです」
アデクの豪快な笑いに、ゲンジが静かに頷き、ロードは呆れながらも優しい笑みを浮かべていた。
「全く……あなたという子は。だとしても、タイミングというものがあるでしょう」
シロナは呆れたように溜息をついたが、その瞳には僅かに慈しみがあった。
「構わん。昨日から通しで話していたのでな。ワシも少しばかり運動したいと思ってたとこだ。ゲンジ、付き合うか? ロード、シロナと続けて会議していてくれ」
「ええ、いいでしょう。二人とも。……あの時よりは成長しているんだろうな?」
ゲンジの鋭い眼光がライルとルカを射抜く。
それは「稽古」という名の、過酷な訓練の始まりを告げる合図。
ルカはドヤ顔でライルに振り返った。ライルは呆れ果てていたが、同時に、自分だけでは決して踏み出せないであろう「レジェンド」への門を開いた彼女の行動力に、心の底では感銘を受けていた。
◇ ◇ ◇
外の訓練場。
そこはもはや一つの戦場と化していた。
アデクのウルガモス、ゲンジのボーマンダ。
レジェンドたちの猛攻に、ライルのガブリアスとルカのサザンドラが真正面から食らいつく。
閃光が走り、爆炎が吹き荒れる。
技の余波に強化壁が軋む中、二人は息を切らしながらも、ただ一つでも多くの技術を盗もうと貪欲に挑み続けた。
「ガッハッハ! やるなあ二人とも!」
「まだまだ! この程度では我々は倒せんぞ!」
「やっぱり凄いな……!!」
「感心してる場合か! 休ませるな、相棒!」
その激闘を、執務室の窓から二つの影が静かに見つめていた。
「はは、二人ともやるなあ。先輩方も元気だ。楽しそうですね」
シロナは視線を机上のデバイスに向けたまま、ロードに告げる。
「混ざってきてもいいわよ? 大体の形は出来上がってきたし」
「いや、俺はまだいいですよ。……どうです? 決まりました?」
シロナの手元には、4日後に迫る作戦図があった。彼女はパズルのピースをはめ込むかのように、慎重に思案を重ねていた。
「……あともう少しね。残りのメンバーを、どこに当て込むかが決まれば」
「あの凸凹コンビはどうです?」
シロナの手が止まる。
窓の外では、ライルとルカが声を合わせ、良いタイミングで連携攻撃を繰り出していた。
「二人とも加速度的に成長してる。戦力としては申し分ないわ。……けど、ライルくんはどうかしらね。ダイゴくんを慕っていた分、現場で『もしものこと』があった時、彼が自分を見失わないか心配なの」
リーダーとしての冷徹な分析。
しかし、そこには親心のような僅かな揺らぎが含まれていた。
「……俺はあの二人が一緒なら、バッチリやってくれると思いますがね。それになんかありゃ、俺がカバーしてやれる」
「……ふふ。随分とあの子達を気に入っているのね」
シロナは小さく笑うと、再びデバイスに目を落とした。
窓の外から聞こえるレジェンドたちの稽古は、ライルとルカの二人を熱く叩き上げていった。
明日はいよいよ、会議の日。