ポケットモンスター Agent PLATINUM 作:ミノワ
ダイゴの救出作戦まで、残された時間はあと三日。
シロナの指示を受け、準備を進めるライルとルカ。
そして、いよいよ作戦会議の日を迎える。
翌日。
本部の大会議室には、各地から招集可能なエージェントたちが静かに集結していた。
響くのは資料をめくる音と、時折交わされる短い確認だけ。シロナからの事前共有により、この作戦は救出であると同時に、組織同士の戦闘が伴う可能性があることを、誰もが理解していた。
既に席についているライルとルカは会議室のメンバーに目をやる。
前席には、一昨日から本部にいたアデク、ロード、ゲンジ。
周囲には、現在シロナの指揮下となっているアスナ、テッセン、カゲツ、スズナ。元々彼女のチームであったデンジ、マキシ。
そしてイッシュから招集されたフキヨセシティジムリーダーであるフウロの姿もあった。
定刻。
シロナが凛とした足音を響かせながら入室し、声を響かせる。
「来れるメンバーは全員揃ったわね。これより会議を始めます」
一同の空気が張り詰める。
「まず作戦の前提を確認します。事前に共有していた通り、ダイゴくんのデバイスから救助要請を受信した。我々はこれを受け、反転世界へ突入する。侵入予定地点はテンガン山外縁」
シロナが手元のデバイスを操作すると、大型スクリーンの地図上に三本の矢印が映し出された。
「本作戦は、あらゆる状況に対応できるよう部隊を三つに分ける」
三本の矢印が、それぞれ異なる色で強調表示される。
「反転世界へ直接突入し、ダイゴくんを救出する『突入(α)』。こちらの世界側で周辺制圧を担う『支援(γ)』。そして、その両部隊を状況に応じて支援・増援する『遊撃(β)』」
シロナは一呼吸置き、視線を会議室全体へ巡らせた。
「これより各部隊の編成を伝えます」
⸻
【突入(α)部隊】
ロード、デンジ、ライル、ルカ——そしてアデク。
「機動力、突破力、隠密性に優れた人員を中心に編成したわ。加えて、反転世界での実戦経験も考慮している」
ライルとルカは顔を見合わせた。
最前線。
ダイゴを救い出す最重要任務を、自分たちが担う。特にライルには、その重みが静かに胸へとのしかかった。
⸻
【遊撃(β)部隊】
ゲンジ、カゲツ、アスナ、フウロ。
「状況に応じて各方面を支援する機動戦力よ。近距離・遠距離を問わず柔軟に対応できる人選にしている。そして当日までに、このチームが現地の索敵も行うこと。ここはまた後ほど私の執務室で打ち合わせを」
⸻
【支援(γ)部隊】
シロナ、テッセン、マキシ、スズナ。
「私はこちらから全体の指揮を執る。外側からの警戒、通信統制、避難の経路確保、そして中遠距離からの広域制圧を担当するわ」
⸻
シロナは全員を見渡した。
「ダイゴくんは、未確認の組織を追跡中にこの救助要請を出している。このメッセージそのものが敵の誘導である可能性も否定できない」
会議室の空気が一段階張り詰める。
「そのため今回は、対組織戦闘へ発展する可能性がある。特に突入部隊は、敵との遭遇を常に想定して行動すること。現場がどのような動きになるかは読めない。シミュレーションはいくら行っても足りないほどよ」
そして最後に静かに締めくくった。
「当日まで残された時間は三日。各部隊は連携訓練を徹底し、情報共有を怠らないこと。どんな些細な違和感でも必ず報告するように——以上」
「応ッッ!!!」
一同の声が会議室にこだまする。
会議を終えたライルとルカにはもう、バディとして組んだ初期の頃の危うさはなく、死線を越えようとする戦士の光が宿っていた。
ダイゴを救うための作戦実施まで、あと三日。
◇ ◇ ◇
会議の熱気は、終了した後も鎮まることはなかった。任務への昂ぶりを隠さない者、静かに覚悟を固める者。
ライルとルカも「当日」を見据えて腹を括っていた。
「相棒。あたしらは当然、最前線だ。シロナはその辺よく分かってるぜ」
「ああ、しっかり期待に応えないとな」
そこへ、金髪を逆立たせた爽やかな男が歩み寄ってきた。
シンオウ屈指の実力者、デンジがライルに話しかける。
「久々だな、元気してたか? チーム同士よろしくな。……隣の子もよろしく。 おれは電気タイプ専門なんだ。スピードには自信がある。現場でも活かせると思うよ」
ライルの快活な声が響く。
「はい! お願いします!」
デンジが去り、入れ替わるようにロードがやってくる。
「よっ、お二人さん。また一緒に行動することになるな」
ロードに気安く話しかけるルカ。
「なあ、長髪も稽古つけてくれよ」
「ああ。今日からは俺も訓練に参加する。また後でな」
二人とのやりとりを経て士気が高まる中、背後から風のように明るい声が響く。
その声の主は、涼し気なパイロットスーツに身を包み、特徴的な赤毛をくくった美しい女性。
「ライルくん! 久しぶり! 元気してた?」
イッシュの空を羽ばたくジムリーダー、フウロが満面の笑みでポンとライルの肩を叩く。
「ご無沙汰してます!以前の任務ではありがとうございました。フウロさんもこちらへ来られてたんですね」
「こっちこそ、あの時は助かったよー!そうなの!今回はアデクさん以外だと、イッシュからは私だけだね」
フウロが明るい笑顔で応え、そして続ける。
「聞いたよー? ライモンに居たんなら、フキヨセにも来てくれたら良かったのに!」
「いえ……状況的に少し寄りづらかったので」
まあ、少しところではなかったが。
フウロは目を細めてライルの姿を眺めた後、構わずに続けた。
「……ってあれ? 身長伸びた? それにちょっとガッシリしたんじゃない? 鍛えてるの?」
明るい彼女は、挨拶代わりと言わんばかりにライルの肩や胸の筋肉をペタペタと触る。
何の邪気もない、太陽のような笑顔。
——しかし、その様子を見ていた隣の少女から、突如としてドスの利いた声が発せられた。
「——あ?」
フウロはそれに気づくと、その声の主にも明るく声をかける。
「あ、新人の子ね? あたしフウロ、よろしくね!こっちのチームともまた連携しましょうね!」
フウロはそういうと軽やかに去っていった。
「相変わらず元気な人だなぁ……」
のんきにそんなことを呟くライルを、鋭い眼光と声が刺す。
「……てめえ、なんだあの女」
「フキヨセジムリーダーのフウロさんな」
ライルの普段通りすぎるトーンの返事に、ルカのボルテージが上がる。
「ちげえよ。てめえの体ベタベタ触ってたろ、何なんだよアレ。拒否しろやコラぶっ飛ばすぞ!」
「何怒ってんだよ……。 お前こそ昨日散々くすぐってきただろうが」
「あたしは相棒だからいいんだよ! ……決めた、あの女も訓練に呼ぶぞ。完膚なきまでに叩きのめしてやる」
その目には冗談などかけらもない、本気の意志が宿っていた。
「落ち着けって! 物騒なこと言うなよ!」
「いーや、落ち着いてるぜ。……ただし、あたしの心の中指は、両手の二本とも『そらのはしら』くらいそそり立ってるけどな」
「……わけわかんねー例えしてんなよ。ほら、行くぞ!」
ルカの壮絶な語彙力に呆れながら、彼女を連れ退室するライルであった。
◇ ◇ ◇
早速、外の訓練場へと集まった『突入(α)』チーム。
アデクが中心に立ち、豪快な号令を放つ。
「さあ、時間は限られている。今からみっちりやって行くぞ!」
「押忍!!」
まずはデンジとライルとルカがそれぞれ手持ちを出し合い、肩慣らしと連携確認を兼ねた戦闘訓練を行った。
デンジのサンダース、ライルのゴウカザル、ルカのルガルガンが火花を散らす。
「いいね二人とも、中々のスピードだ。だがまだまだ上げてくぜ?」
サンダースの電光石火のスピードに、ゴウカザルとルガルガンが必死に喰らいついていく。
そしてある程度、体が温まってきたところで一旦ストップし、動き方を含めた打ち合わせに入る。
「アデクさん、どうします?」
「現場での細かな指揮はロード、お主に任せる。ワシは『中』では基本サポートと殿に回る」
「了解」
ここでは隠密と潜入に長けたロードが基本的な指揮を握る。
その指示をもとに、反転世界内でのフォーメーションや、状況に応じた決め事を固めていく。
そしてその後は、対組織における戦闘を想定した訓練へ。ライルとルカの二人は、ロードからの個別指導を受けることとなった。
◇ ◇ ◇
「さて、お二人さんは対組織の戦闘経験はあるのか?」
ロードの質問にライルとルカが答える。
「一年くらい前、ギンガ団ってのとやり合ったことならあります。ここに入る前ですけど」
「チンピラ、ゴロツキ、ヤーさんその他諸々みたいなのとの抗争なら慣れてるぜ」
ルカの言い草にロードは苦笑しながら答える。
「まあ、その歳にしちゃ十分だな。ただ、もし敵があの傭兵集団だったとしたらまた話は変わってくる。もちろんそうじゃない可能性もあるが、あのレベルを想定してて損はないはずさ」
ライルとルカは同時に、潜入捜査で見た老兵の姿を思い出していた。
「君ら、ゲンジさんに修行してもらったんだろ? なんか言われたか?」
「……おれは、手が読まれた後が弱いと言われました」
「あたしは直線的すぎるって言われた」
ロードは腕を組みながら頷いて答える。
「まあそうだな。そのアドバイスの後は君らも色々と改善してるんだろうが、俺が付け加えるとするなら、クリーンすぎるってことかな」
「クリーン?」
「ああ。正攻法、素直とも言えるが。ここぞという時の決め手ほど、慎重にしなきゃならないんだ。例えば敵が、ライルくんの思考のそのさらに上を行ったら? こちらの作戦の意図に気づかれ、敢えてそれを利用されてしまったら? その時、一瞬の迷いが命取りになる」
ライルはその言葉を真っ直ぐに受け止めていた。
「嬢ちゃんも。自慢の突破力を真正面から防がれ、いなされたらどうする? ガラ空きの所に手痛いカウンターを喰らうよな」
ロードの言葉に、ライルとルカが瞬時に、そして同時に問いかける。
「どうすれば良いですか?」
「どうすりゃいい?」
ロードは二人のそのひたむきな姿に、口角をあげた。
「一言で言うなら、もっと『狡猾』になれってことだよ」
「狡猾に……」
「ああ。そして大事なのはそれを必要な時に出せるかどうかで、方法ってのはいくらでもあるよ。要は、相手の『呼吸』を乱すこと。いくつもの工夫と駆け引きでそれを生み出す。やり方は言い始めたらキリがないが——」
そういうとロードは辺りに落ちている適当な木の棒を見つけだし、ガリガリと音を立てながら、いくつかの戦闘場面を地面に描き出した。
「例えばこういう時、ちょっと溜めを作るだけ。すると同じ技でも、当てるタイミングひとつで効果は大きく変わる。あるいは敵に勝ち筋を見せて敢えてそこに乗らせ、油断したところを叩く。それの応用で敵を自分の狙ったポイントまで誘い込み、嵌める。後は——」
ロードが話し終えた時には、地面にはあらゆる戦況を想定した図が描き出されていた。
最後まで話を聞いたライルとルカが順に口を開く。
「……言葉としては理解できます」
「あたしはまだイマイチだな」
「まあ、そうだな。見たとこライルくんは理論派だし嬢ちゃんは実践派だろ? 今からは実際の動きの部分もやっていくぜ。手持ちのポケモンを準備しな」
二人は言われた通りにし、ロードの指導を着々と受けていった。
◇ ◇ ◇
しばらくの後。
日は暮れかけ、辺りには少しずつ暗闇が広がっていた。
ロードの指南を受けていた二人だったが、思うような結果を得られなかったのか、その表情は固いままであった。
その様子を見たロードが声をかける。
「まあ、これは一朝一夕で出来ることじゃないんだ。何度も意識して訓練して、いくつかの死戦を越える中で身についていくもんさ。当日は俺もアデクさんもデンジもいる。二人ともまずは、しっかりと実力を発揮してくれりゃそれでいい」
若干の不完全燃焼となっていた二人は、小声で耳打ちをし合う。
「(あとちょっとやってくか? もう少し理解したいし)」
「(ああ、あたしは別に構わねえぜ)」
それを見たロードが、少し釘を刺すように付け加えた。
「あまり疲れが溜まるといけねえからこれ以上の実践は勧めないが、それでも気になるなら蔵書室にでも行ってみな。兵法書とかがわんさかあるはずだぜ」
狙いを看破された二人は顔を見合わせ、その場での訓練は一旦終えることにした。
◇ ◇ ◇
その後、二人は食堂での腹ごしらえを手早く済ませ、ロードに勧められた通りに、本部の蔵書室へと籠っていた。
並んだ背表紙が放つ紙の匂いの中、二人は中央に置かれた机に横並びで座る。ライルは戦術理論の本を、ルカは図解の多い兵法書を広げている。
ロードに突きつけられた「呼吸の乱し方」という課題。それを解く鍵を、彼らは泥臭く文字の中に求めていた。
難解な記述をつぶさに読み進めるライル。
「……なるほど、こういう戦い方もあんのか。ロードさんの言ってた通りだな。あとは……」
少しすると、例の如く兵法書に飽きてきたルカ。
何となく、隣にいる相棒を盗み見ていると、奇妙な感覚に囚われる。
真剣な眼差し、思考に集中するその端正な横顔。
(ほんとに、こいつは……)
気づけばルカは、そのどこまでも真面目な相棒をしばらくのあいだ眺めていた。
ふと我に返る彼女。
(——って、なんだいまの時間)
ルカは慌てて視線を自分の本へと戻すも、内容が頭に入ってこず、思わず口を開く。
「あ~だめだ! あたしこういうの苦手だ、ほんと。お前よく読めるよな、本好きだもんな」
「まあな。色々知れて楽しいだろ?」
そこでライルが思い出したように言う。
「……本といえば、前に買った小説、読んだのか?」
ライルの言う前とは、初めてバディとしてのインセンティブをもらい、ルカに無理やり買い物に付き合わされたあの日のこと。
「んー……まあ、ちょこっとな。40ページくらいまでは読んだよ」
ルカはそう答えると、少しバツが悪そうに舌を出した。
「そこからが面白くなるのに! ……まあ、お前が本を読むイメージなかったから、手を付けてるだけでも驚きだよ」
ライルは苦笑し、そして続ける。
「というかそんなに苦手なら、あの時なんで買ったんだよ?」
ルカは手元の本に視線を戻しながら、特に何も考えずに答える。
「……別に。お前が好きだって言ったから、ちょっと読んでみたくなっただけだよ」
「……そっか」
その言葉を聞いた後、ライルは自分の手元の本へと視線を戻す。
ルカは少しの後、ふと自分の発言を思い返す。
(ん? なんだその意味不明な理由は……)
蔵書室に小さな沈黙が落ちる。
すると、廊下に凛とした足音が響き、その主は蔵書室の明かりに気づくと、扉を開け入ってきた。
◇ ◇ ◇
「あら、二人そろって蔵書室なんて。珍しいわね。何してるの?」
その声の主はシロナであった。
「あたしら、今勉強中なんだよ」
「ロードさんに色々教えてもらって。でもそれだけじゃ分からなくて、ここに来たんです」
二人は今日学んだ「戦術」や「呼吸の乱し方」についてシロナに説明をした。
「なるほど、対組織の戦闘対策ね」
「あんたなら余裕で出来るだろ? 教えてくれよ」
意志の強さはそのままに、しかしかつての棘が消え、純粋な向上心に満ちたルカの瞳。
シロナはその変化を愛おしむように、満足げに微笑んだ。
しかし——
「そうねえ。私がここで何か教えてもいいけれど、それじゃあきっと伝わらないかも」
「シロナまでそんなこと言うのかよ〜」
「ふふ、それなら少しヒントをあげようか?」
そう言うとシロナは二人の前の席へと腰を下ろした。
「ルカ。あなたは一度、『自分以外のバトルを徹底的に観察して言葉にしてみる』のはどうかしら?」
「言葉に?」
「そっ。あなたは今まで、直感と自分の経験で対応してきた。それは素晴らしい強さよ。でも、明日からの合同訓練では、あえてその直感を一回止めてみるの」
ルカはその言葉を聞き漏らすまいと、真っ直ぐにシロナを見据えている。
「『なぜ相手は今、その技を指示したのか』『なぜその間合いを取ったのか』……一瞬一瞬の理由を、全部頭の中で言葉にしてみる。考えて、考えて、直感の裏にあるロジックを掴むの。そうして自分で掴んだ答えは、どんな時でもあなたを助ける一生の武器になる」
ルカはシロナの言葉を噛みしめるように、静かに頷く。
「遠回りに思えるかもしれないけど、それがきっとロードくんが話していたことと繋がってくると思うよ」
「……わかった。やってみる」
ルカの素直な返事に、シロナは優しく微笑んだ。
そしてシロナはさらに、ライルのほうへ向き直る。
「ライルくんは……そうねえ」
自分は何を言ってもらえるのか、どんなアドバイスをくれるのかと、ライルは期待に目を輝かせている。
シロナはライルをじっと見つめた。
少しの沈黙。
そして——
「うーん。……まあ、『今のままでいい』かな」
「えっ!?」
「じゃあ二人とも、あまり遅くならないように。あ、鍵は守衛さんに返しておいてね」
席を立ち、夜風のように去っていくシロナと、蔵書室に残された二人。
「『自分で掴んだ答えは一生の武器になる』……か。うちのボスは良いこと言うな」
「……おれだけ何も言われなかった……」
ショックを受けるライル。
そんな彼をよそに、ルカはどこか吹っ切れたような表情で再び本に向き合う。
しばらくの間、蔵書室には静かな熱意が漂っていた。