ポケットモンスター Agent PLATINUM 作:ミノワ
ロードとシロナの教えを胸に合同訓練へと臨むライルとルカ。しかし、ルカには何やら自分でも理解できない感情があるようで。ダイゴ救出作戦を前にした、最後の日常。
ロードとシロナから教えを受けた、その翌日。
合同訓練には気づけばカゲツ、スズナ、フウロ、マキシ、テッセンら、ほぼすべてのエージェントが参加し、至る所で火花が散っている。
ダイゴ救出という一つの目的に向け、組織がかつてないほど一丸となっていた。
そんな中、ルカはシロナの助言を忠実に守っていた。
自分が戦っていない間も、先輩たちの駆け引きを食い入るように見つめ、その一挙手一投足の意味を頭の中で読み解いていく。
——今のは、あえて追撃を止めた
——立て直そうと前へ出たところを狙ってる
(……今まで他人同士のバトルなんざ気にしたことなかったが、案外見れるもんだな)
その表情には、貪欲に成長を追う求道者のような気高さが宿っていた。
隣に座っていたライルは彼女のその様子に驚く。
(あのルカがここまで真面目に人のバトルを見るなんて……)
その純粋なまでのひたむきさに、昨日の蔵書室とは打って変わり、今度はライルの方が目を奪われてしまう。
(あれ? こいつ……こんなに横顔、綺麗だったっけ……?)
すると突然、ルカがこちらを振り向く。
「うおっ」
「……は? どうしたんだよ?」
「いや、なんでもねえ!」
不意に声をかけられ、驚くライル。
「……変なやつだな」
そう言ってルカは呆れたように笑った。
普段なら「見惚れてんのか?」とでも揶揄ってきそうな彼女は、集中しすぎていたのか気づいていなかったようだ。
するとそこへ、明るい声が飛んでくる。
「ライルくーん! 次、私とやろうよ!」
「あ、はい!」
「あっ!!」
ルカが短い声を上げる中、ライルはフウロに呼ばれてフィールドへと向かう。
再び謎のざわめきを覚えたルカは、自分に言い聞かせる。
「落ち着け……観察だ。相手の意図を読み取るんだ……」
他の戦闘を見ようとするも、目で追ってしまうのはライルとフウロの姿。
(チッ! ダメだ。なんか知らねーけどブチ切れそう……!)
「何言ってんのよもー!」
話が盛り上がっているのか、ライルの肩をフウロが叩いた。
それを視界の端に捉えたルカは、突如として理性を失った。
——ブチッ!!!
「ゴラァ! 長髪野郎! あたしと勝負しろ!!!」
「うわっ!? なんだよ嬢ちゃん!?」
行き場のない怒りをロードにぶつけるルカ。
そんな騒がしくも熱い一日は、瞬く間に過ぎていった。
◇ ◇ ◇
夕食時。
食堂のテーブルを囲むエージェントの面々だが、ルカは眉間にシワを寄せたまま黙々と大盛りご飯をかき込んでいる。
その様子を見たライルが声をかける。
「……なあ、何怒ってんだよ」
「怒ってねぇ」
「……怒ってんじゃん」
「怒ってねぇよ!!」
ルカは猛スピードで食事を平らげ、サッと立ち上がると、足早にトレーを戻し食堂を立ち去ろうとする。
「おい、どこ行くんだよ」
「風呂だよ風呂!全部いちいちお前に言わなきゃなんねえのかよ!」
ルカは荒々しく言い放つと、ズカズカと浴場へと向かってしまった。
「……なんなんだ、一体」
一人残され、そんなことをぼやくライルを遠目で見ていたデンジとロードが、ニヤつきながら両隣に座ってくる。
「どうした? ライルくん。嬢ちゃんと喧嘩したのか?」
「いや、そんなんじゃ……。でもまあ当日に支障はないと思うんで、大丈夫です」
ライルの肩に腕をかけながら声をかけるデンジ。
「モテる男は辛いよな。まあ、おれも気持ちは分かるよ」
「……確かに。 デンジさん、格好いいですもんね」
「お前……。それ、もう鈍感とかのレベルじゃねえぞ」
平然と呟くライルに、ロードは深いため息をつき、憐れみすら込めてその背中を叩く。
二人が席を離れたことを確認したライルは、一人で「ふう」と息をついた。
◇ ◇ ◇
ところ変わって女性浴場。
本部には、普段住み込みで働くエージェントや職員用の大浴場が用意されている。もちろん全員が利用可能である。
ルカは鼻の下まで湯船に浸かり、「ブクブク……」と不満を吐き出していた。
するとそこへ、賑やかな声を出しながらフウロ、スズナ、アスナが入ってくる。
(げっ!)
まずルカを視界に捉え、明るい声をかけたのはフウロ。
「あ! ルカちゃんじゃない! 一緒になれるなんて嬉しい!」
「うす……」
勝手に怒りをぶつけている気まずさに身を縮めながら、ルカは思わず三人の体を「盗み見」る。
(……強ぇな)
そんなルカに気づかず、今度はアスナが朗らかな声をかける。
「前はありがとうね。ルカちゃんって、本当はすごく優しいよね」
「いや……あれは別に……」
かつてのカゲツとの一件を引き合いに出され、ルカは照れて目を逸らした。
体を流した後、同じ湯船に浸かる中で、他愛もない話をこちらに振ってくれる先輩たち。彼女らの裏表のない明るさに、ルカの毒気が少しずつ抜けていく。
そして話題は、自然と「相棒」のことへ。
「ライルくんには、キッサキ神殿のとき助けてもらったんだ」
「イッシュの任務の時も凄かったよ。頼りになるよねー」
アスナの言葉にフウロが同意すると、ルカは「キッ」と視線を鋭くした。
(……やっぱりか、こいつ……!)
何がやっぱりなのか。
そんなルカの思いを知ってか知らずか、スズナがおもむろに話しかける。
「ねえ、ルカちゃん。ライルくんとはどういう関係なの?」
「はっ!? 」
「入ってから気づいたけど、この組織でバディって割と珍しいし、任務以外でもよく一緒にいるよね?」
突然の問いかけに顔をしかめるルカ。
「……いや別に、何もないけど」
「仲良さそうなのに!二人、結構お似合いだよ?」
「言われてみれば……」
「確かにそうかも……!」
お姉様方三人が、一斉に首を縦に振り始めた。
ルカは眉間にしわを寄せながらゆっくりと答える。
「……あいつは相棒だよ。……そういうんじゃない」
「「「えーー! そうなのーー!!?」」」
浴場には、残念そうな三人の合唱が鳴り響いていた。
◇ ◇ ◇
夜、静まり返ったルカの私室。
ベッドの上で寝転がり、彼女は天井を見つめていた。
石鹸の匂いが鼻先をかすめる。脳裏に浮かぶのは、正体不明の苛立ちの残滓、そして先輩方の言葉。
(そういうんじゃ……ないよな?)
自分でも説明のつかない奇妙な感覚。
「対等な信頼」という名の居心地の良い居場所を、なんだかよく分からない感情で定義し直すのは、どこか怖い。
けれど疼くようなざわめきもまた事実。
何度か寝がえりを打つも、どうにもしっくりくる体勢がない。
「あーダメだこれ。また久々に寝れねーやつじゃん」
観念した彼女は、上半身をベッドから起こした。
「……こんなのはあたしじゃねえ」
思い立ったルカは、パジャマ代わりのジャージ姿のまま部屋を飛び出した。
◇ ◇ ◇
(むふっ。あいつ、この時間にいきなり入ったらどんな顔するんだろうな)
いつの間にか目的が悪戯に変わったルカは、ブラッキーにササッと鍵を開けさせると、勢いよく扉を開けた。
「おい、来たぞコラァー!!」
——しかし、部屋はもぬけの殻。
相変わらず、主の性格を映したような整然とした空間が広がっているだけ。
「……あいついねーじゃん。どこ行ったんだ?」
この間にクローゼットを漁り、全ての服を隠してやろうかという考えが一瞬頭をよぎったが、流石に思いとどまった。
流石にというか、現時点でかなりアウトだが。
そしてその代わりに、最悪のシナリオが頭に浮かぶ。
(——ハッ。まさか、フウロってやつに呼び出されてんじゃねえだろうな。こうしちゃいられねえ!)
勝手な妄想に火をつけた彼女は、もう止まらないし止められない。
ルカは、夜の本部を駆け出した。
◇ ◇ ◇
まず向かったのはトレーニング室。あのバカ真面目な相棒のこと、こんな夜まで体を動かしていても不思議はない。
しかし、勢い良く開けた扉の先にいたのは、居残りで汗を流していたロード。
「あれ、長髪じゃん」
「おー嬢ちゃんか。こんな時間に何しに来たんだ?」
「あー……いや、まあ別に」
はぐらかすルカに、ロードはピンときた。
彼女がいま探しているもの(人)、そして、昼間に八つ当たりされた仕返しをする絶好のチャンスであること。
「ライル君を探してんのか? さっき『すらっとした』男を屋外訓練場で見た気がするぜ。フウロちゃんって子もいたような気がするけどな……」
その言葉を聞いた瞬間、ルカの表情が変わる。
「何だとコラ……! ぜってー許さねーぞ!!」
聞くや否や、脱兎の如く走り出すルカ。その背中を見送りながら、ロードはニヤリと笑う。
「くっく。若い子はおもしれーなぁ」
全速力で屋外に辿り着いたルカ。
周囲を見渡すと、暗闇の中に居る複数の人影を確かにとらえた。
「てめえ……」
ルカは猛然とその影達に食ってかかる。
「おい!あたしという相棒がいながら何やって——」
「——うおっ! どうしたんだよ急に!」
そこに居たのもやはりライルではなく、『すらりとした』デンジとフウロ、そしてテッセンの三人。
「あれ? ルカちゃんじゃない!なにしてるの?」
先ほども聞いたその明るい声に、ルカは唖然とする。
「あ、私はね、特訓につきあってもらってるの。電気タイプの対策でね!また汗かいちゃいそうだけど……あははっ」
「そっ……すか」
(……クソッ、あの長髪野郎、覚えとけよ)
ロードの『狡猾さ』にしてやられ、バツが悪そうな表情のルカ。デンジは状況を瞬時に察して問いかけた。
「ライルくんを探しに来たのか?」
デンジの問いかけにフウロが驚く。
「えっ。ライル君を探してるの? こんな夜なのに何かあったの?」
ルカは頬を掻きながら答える。
「いや、別に……特に用はないんだけど……」
ニヤリと笑うデンジと、優しく微笑むフウロ。
事情を知らないテッセンが続けて尋ねる。
「ライル君が他に居そうなところは探したのかい?」
「……あー」
そう言われ、何か心当たりが思い浮かんだようなそぶりのルカ。
「そういやもう一個あったかな。邪魔して悪かったッス」
逃げるように去っていくルカ。その背中を見つめながら、デンジとフウロが呟く。
「なんか青春だなぁ」
「ほんと、一生懸命だね……」
◇ ◇ ◇
そして捜索劇の果て、最後に辿り着いたのは、昨夜と同じ蔵書室。
ルカはそこでようやくお目当ての背中を見つけた。音もなく近づき、その隣に静かに腰を下ろす。
それに気づいたライルが声をかける。
「……あれ? なにしてんの?」
「なにしてんのじゃねーよ。こんな時間まで勉強しやがって。……あたしはお前を探してたんだよ」
「そうなのか? どうしたんだよ」
「どうしたんだよってそんなの——あれ? なんだったっけ?」
不思議そうな顔をするライル。
「知らねーよ。変なやつだな」
奇しくも昼間のルカと同じセリフを口にし、ライルは苦笑いしつつも、再び兵法書へと視線を戻す。
ルカはその様子を眺めていると、ふと、ライルの手元にある一冊の本が目に留まった。
「あれ? それ、あたしも買ったやつじゃん」
それはかつてライルが薦め、昨夜ルカが「40ページまで読んだ」と言っていたあの小説。
「……あー、いや。なんか久々に読みたくなってさ」
ルカがその本を手に取ってみると、栞が挟まれていたのは、ちょうど40ページ目。
どうやらライルは、ルカが読んだところまで、その物語を追いかけていたようだ。
「……ふーん」
ルカはすこし微笑み、ライルは対照的に、視線を泳がせていた。
そしてルカはそのまま、ライルの肩に後頭部を預け、その続きを読み始めた。ライルもその重みを受け入れたまま、静かに兵法書へ視線を戻した。
ルカは思った。
これが何なのかは、まだ分からない。
けれど——今はこれでいい。
静寂の中、二人の「呼吸」は重なり合っていた。