ポケットモンスター Agent PLATINUM 作:ミノワ
シンオウ特有の、肌を刺すような冷気が立ち込める訓練場。
荒い息遣いと、火花を散らす技の衝突音が止んだ。
「……よし、ここで終わりにしよう」
無造作にそう告げたロードの言葉が、二人の肩に重くのしかかった。
ライルとルカが引き続き教わっていたのは、ロードの説く「狡猾」な戦い方。 あらゆる状況を想定した訓練だったが、二人ともそのほとんどを形にすることはできなかった。
「結局、教えられたことの少ししか出来なかった……。それに、こんなんじゃ到底実戦で使えません」
ライルは悔しさを吐き出すように地面を見つめ、ルカは腰に手を当て、空を見上げていた。
そんな二人の姿を、ロードは鋭い、しかしどこか穏やかな眼差しで見つめていた。
「……気にするな、二人とも。言ったろ? これはすぐにできるようなもんじゃないんだ。頭で理解した上で、何度も実戦を重ねなきゃ会得することはできない。だが安心しろ。君らの実力は既に十分に高い」
それを聞いたルカは重々しく口を開く。
「……でももし、シロナが話してた組織ってのに、あの傭兵野郎が居たとしたら、あたしらは今のままじゃ、多分勝てない。あんたもそう思ってるからこそ、この修行なんだろ?」
傭兵野郎。
ルカが指すそれは、二人が潜入の際に見た、尋常ではない気配を放つSP風の老兵のこと。
ロードは短く息を吐くと、二人の背中を軽く叩いた。
「まあ、焦っても仕方がねえさ。とりあえず今日はもう休んで明日に集中しよう。二人とも、しっかりメシ食ってこい。任務に備えるんだ」
「……了解」
「……おう」
力なく応え、二人は訓練場を後にした。
足取りは重い。
会得できなかった極意、拭えない不安。
二人はその「不完全燃焼」のしこりを抱えたまま、当日を迎えることとなった。
◇ ◇ ◇
翌朝、テンガン山外縁。
ダイゴと見られる人物が指定した定刻の30分前。
麓には移送用の大型トラックが停められ、ドライバーを務める事務方と、護衛のマキシが待機している。
そこから1時間弱をかけて登った場所。
辺り一帯を深い森林が覆う中、開けた岩盤地帯にエージェント達は居た。ここは指定されたポイントから最も近く、かつすぐに異常を発見できるような、周囲を見渡せる場所である。
昨日から先に現地付近に入り索敵を行っていた『遊撃(β)』。そして、そこへ合流した『突入(α)』と『支援(γ)』。
総指揮を務めるシロナは、腕を組みながら凛として佇み、今現在では何の変哲もない岩壁の中央を、真っ直ぐに見据えていた。
そのリーダーに、遊撃の指揮を務めるゲンジが声をかける。
「昨日から報告している通り、付近に怪しい敵の動きはない。反転世界での戦闘がこちらに与え得る影響も考え、周囲の人払いも済んでいる」
シロナは頷き、言葉を返す。
「ありがとうございます。ならばあとは、本当に『開く』かどうかを待つだけ——」
「開かなければどうする?」
「事前の取り決め通り、状況を判断したうえで撤退します。仮に開いたとしても、数値が安定していなければ同様です」
定刻の10分前。
支援と遊撃のメンバーが見守る中、準備を整えた突入部隊が中心に立つ。
それぞれのメンバーが突入部隊に声をかけ、健闘を祈る。そこへフウロがライルとルカの元に駆け寄った。
「ライルくん、ルカちゃん。……気をつけてね。何かあればすぐに私たちを呼んでね!」
彼女は二人を順に抱きしめ、全身で激励を伝える。 彼女の真っ直ぐな思いにライルは頷き、ルカも迷いない表情を浮かべていた。
フウロは眩しそうに微笑むと、一歩下がって敬礼を送る。
シロナが手元のデバイスを確認すると、既に定刻の1分前。
「……さあ、α。準備はいいかしら?」
3、2、1、0——
そのほぼ同時。
指定場所の岩壁を割くように反転世界が開いた。
支援部隊がすぐさま数値をチェックし、問題がないことを確認。
シロナが合図を出す。
そして突入部隊は、その穴の中へ迅速に入っていった。
◇ ◇ ◇
岩壁の中は、細長い通路のような空間が続いている。
事前の訓練の通りに展開する突入部隊。
潜入・スピードに長けたデンジとロードが先頭を進み、索敵・強襲に長けたライルとルカが中央を固め、その全てのサポートとして最後尾をアデクが務める作戦。
「よし、皆……進もうか」
指定されたポイントまでは歩いておよそ30分ほど。アデクの号令とともに、五人は一斉にパートナーを繰り出す。
ロードのドラパルトが半透明となり最も先頭を進み、その後にデンジのサンダースが続く。ライルのルカリオとルカのクロバットが周囲の気配を探知。そしてアデクのアギルダーが、影のように最後尾の死角を埋める。
言葉は発さずとも、重なる足音が五人の意識を完璧に同調させていることを物語っていた。
反転世界内は相変わらず歪んだ岩壁が広がり、所々で天井の岩から垂れる水滴がやたらに遅かったり、そもそも止まっていたり。
重力や時間の概念が現実世界と異なることはもはや言うまでもなく、加えて完璧な静寂が空間を埋め尽くしていた。
「相変わらず気持ちわりー世界だな」
そう言ってルカが隣のライルに声をかける。
「ああ。でも数値は安定してるな。これならすぐ閉じる心配もなさそうだ」
過去にこの「裏側の世界」を経験している二人。その経験こそが、他の三人のエージェントと比べて場数で劣る彼らに、落ち着きをもたらしていた。
「何か違和感に気づいたら教えてくれ。二人とも頼りにしてるぜ」
ロードはそう声をかけ、デバイスに表示されたポイントを確認しながら進む。
地面は徐々に上向きになり、所々、隙間が開いた狭い通路を進みながら、ライル達は上の方へと向かっていく。
——そしてふと、右側の視界が変わる。
それは、通路の隙間から、眼下に広がる大きな空間が覗いたとき。
「全員、ストップだ」
先頭のロードが制止のサインを出し、全員が息を殺して立ち止まる。
アデクが問いかけ、ロードが答える。
「どうした? ロード」
「『何か』がいる、一匹じゃない」
全員が通路の端から下の空間を覗き込む。
するとそこには、種類を問わない無数のポケモンたちが、漆黒の霧と鎖のような模様を纏って蠢いていた。
その光景に、全員が総毛立つ。
「……なんだ……これは」
そのあまりの異様さにデンジが思わず口を開き、ライルがそれに続く。
「これは……キッサキ神殿とそらのはしらの時の……」
ライルの脳裏に、あの忌まわしい記憶が蘇る。黒いオーラを纏ったレジスチル達、そしてギラティナが空間の裂け目から呼び出した鳥ポケモン達。
今、目の前にいる軍勢は、それらと同じ「異質な闇」を宿していた。
アデクとデンジが順に話す。
「ライルくんが報告書で上げていた特徴の通りだな。しかしなんなんじゃ、この数は」
「それに、動きませんね……」
軍勢は一様に、まるで何かの指示を待つかのように俯き、規則正しく並び、その場に立っている。
まさに、異様な光景だった。
ロードは少し考え、そして言葉を発する。
「……今は打つ手がない。とりあえずは動かないと判断して、先を急ぎましょう」
一行はその後も極限まで気配を殺し、当初の想定よりも時間をかけ、ついに目的地へ到達した。
そこは先ほどの反転ポケモン達がいた空間ほどではないが、ある程度開けた場所。
ライルがロードに問いかける。
「デバイスはここを指してます。とりあえず待機……でいいんですよね?」
「ああ。……周囲を注意深く観察しろ。俺たちの生死に関わる問題が発生したら即時に撤退する」
張り詰めた沈黙。
その中でロードが、そしてそれに少し遅れてルカが、背後の岩陰に潜む「違和感」を捉えた。
「ドラパルト!」
「クロバット!」
二体のポケモンが弾かれたように岩陰に突撃し、そこにいた『潜伏者』をあぶり出す。
「うわあっ!!ちょ、ちょっと待て!!」
そこから転がり出てきたのは、『薄汚れた白衣』を纏った研究者風の老人。
その目は異様な好奇心にギラついている。
「てめえなにもんだジジイ!!」
ルカの怒号が響き、全員がモンスターボールに手をかける。
「よせ!ワシを襲うんじゃない!!」
老人は慌てふためきながら、五人の動きを制そうとする。
そしてその後に放った老人の言葉は、実際に彼らの動きを止めた。
「貴様ら……プラチナムか!?」
「…………ッ!!!!」
秘匿されているはずの組織の名を、見ず知らずの老人が口にした。
予想だにしない状況に、五人の間に戦慄と沈黙が広がった。