反転世界内へと突入した、プラチナム【α】部隊。
そこにいた老人が、秘匿されているはずの組織の名を口にしたことで、メンバー達に緊張が走る。
反転世界内。
プラチナムの名を口にした老人。
「なんでウチの……」と言いかけたルカを、ロードが手で制し、老人へ問いかける。
「その言葉、どこで知った?」
老人は眉を上げ、しゃがれた声で答えた。
「『ダイゴ』が教えてくれたよ。……全く話通りのやつらじゃ。並のトレーナーではない」
その口から出た名に、一同の間にひりつくような緊張が走る。
ダイゴが教えた? 組織の一員でもない者に?
彼の規律正しさを知るメンバー達の間に、自然と警戒が高まる。
「おい、彼に何をしたんだ……!」
ライルの声には、隠しきれない怒気がこもっていた。
「何をした、じゃと?」
「ああ、返答次第であんたを捕える。容赦はしない」
ライルがそういうと老人はそれを一笑に付す。
「ハッ! 何をしたどころか、わしはダイゴの命の恩人じゃ! やつを匿っておるんじゃ!」
ルカとアデクが口を開く。
「なに言ってんだ? てめー」
「その言葉、ワシらにどう信じろと?」
「ふむ。まあ無理はない」
老人はそう言うと、五人の姿をまじまじと眺め始め、最初に一際体格の大きなアデクを指差した。
「貴様はアデクじゃな? ダイゴは貴様か、シロナという女が来るはずだと言うてたよ」
指を差されたアデクの表情が僅かに固まる。そして老人は、三人を順に見渡し、言い放った。
「それから銀髪はライル、黄色い髪はデンジ。それと黒髪に金髪の混じった小娘、ルカとか言ったか。もしかするとお主もいるかもしれんと言うていた」
そして老人は、ロードを一瞥する。
「ただ、そこの長髪の男、お前のことは何も言ってなかったがな」
一同はさらに驚愕した。老人は、ロード以外の救出メンバーの名前を当ててみせたのである。
元チャンピオンのアデクやジムリーダーのデンジ、シンオウリーグに出ていたライルの名前は知られていてもおかしくはない。
しかし一介のエージェントであり、表世界で活動したことのないルカまで知られていた。ダイゴはルカとの面識こそなかったが、かつて『彼女の力が必要になるかもしれない』と話していた唯一の人物であった。確かに、老人がダイゴと繋がっていない限り、その存在を知ることはない。
老人の言葉が本当なら、驚くべきはダイゴの推察力である。
ライルはその事実に、先ほどまで自分を包んでいた緊張や怒りよりも、希望が大きくなってきていることに気づいた。
(ダイゴさんが、生きているのか……? 本当に!?)
「あまり時間はない、早くわしについて来い」
デンジがロードに耳打ちをする。
「……罠という可能性はないのか?」
「なくはないが……周りに人がいるような気配もない。ライル君のルカリオも反応していない。……やつに乗ってみるか」
ロードが向き直ると、老人は口を開いた。
「話はまとまったな?」
「ああ、あんたについて行こう」
◇ ◇ ◇
老人に案内されるまま、さらに15分ほど進む。
すると、反転世界の歪んだ岩肌に半ば埋まるようにして佇む、古びた小屋に辿り着いた。
「こんな場所に……?」
不思議そうに呟くライルに、老人が答える。
「おそらく何らかの拍子にこちらへ『飲み込まれた』のだ。既に持ち主はいなかったので、使わせてもらっておる」
老人が扉を開け、急かすように五人を中に入れる。薄暗い部屋に居たのは、四本の脚を折り畳み、鎮座する『メタグロス』。
そしてその隣、簡素なベッドに横たわる一人の男性の姿があった。
その人物の顔を見た瞬間、ライルが声を上げる。
「……ダイゴさん!!!」
そこにいたのは紛れもない、ダイゴ本人だった。
ライルは駆け寄り、ベッドのそばにしゃがみ込む。反応はないが、どうやら寝ているようだ。
しかし、彼は確かに、生き延びていた。
ライルはついに、かつてのボスとの再会を果たした。デンジも、ロードも、アデクも、次々にベッドの傍らへと駆け寄る。
そしてダイゴはゆっくりと目を開き、ライルの姿を捉えると、少し掠れた声を出す。
「……やあ、ライルくん。来てくれると思っていたよ」
ダイゴは駆け寄ったメンバーを順に確認していく。
「アデクさんにデンジも。……はは、ロードまでは、読めなかったな……」
ロードという予想外の救援にダイゴが弱々しく、けれど嬉しそうに微笑む。ロードもまた、安堵の色を浮かべて深く頷いた。
そしてダイゴの視線が、少し遅れて近づいてきたルカへと移る。ルカはライルの隣にしゃがみ込むと、ダイゴに軽く会釈をした。
二人が並んでいる——その光景を見たダイゴは、満足げな笑みを浮かべた。
「……ライルくん、僕の勘は当たるだろ……?」
「……当たりすぎですよ……」
ライルは溢れる涙を堪えきれず、けれど満面の笑みを浮かべた。
それを見つめるルカの表情もまた、柔らかく、温かなものへと変わっていた。
◇ ◇ ◇
再会の余韻を断ち切るように、老人の乾いたしゃがれ声が響く。
「感動の再会は済んだか?」
それにロードとライルが答える。
「ああ。疑って悪かったな、ジイさん」
「ダイゴさんを助けてもらって、本当にありがとうございます」
二人が頭を下げる中、一人だけ懐疑的な視線を崩さない少女が口を開く。
「てゆーか誰だよ?」
「……貴様だけ口が悪いのう。わしゃゼンノというもんじゃ」
それを聞いていたダイゴが上半身を起こそうとし、ライルがすぐさま体を支えた。
「……この世界に閉じ込められてからしばらくして、彼と出会ってね。ゼンノはこの反転世界のことを、以前から調べていた人物なのさ」
「この世界の研究を……?」
「……すげー、変人ってことか?」
ライルの問いに、ルカが怪訝そうな顔で言い放つ。
「おい! 失礼なやつじゃな貴様! ……だが、ワハハ! その通りじゃ! 変人と思われても致し方あるまい。かつては隠居して悠々暮らしておったんじゃが、ちと因縁ができてしまっての。それでここを調べておる」
そこへアデクがさらにゼンノに問いかける。
「この世界を解析できているのか?」
「ある程度はな。だが、ここのルールは現実世界のどの摂理にも当てはまらん。まだまだ判明せんことは多い」
ゼンノに続き、徐々に意識のハッキリしてきたダイゴが答える。
「だが分かったこともある。本部に持ち帰り、早急に対策を立てなければならないこともね。……彼は貴重な情報を持つ人物だ。本部へ同行してもらい、正式に保護と協力を要請したい」
そう言ってダイゴが布団をどけると、一同は固唾を飲んだ。
彼の片腕が、痛々しく包帯で巻かれていたのだ。
「ダイゴさん……! その腕……!」
「少し怪我をしてね、その影響で発熱し身動きが取れなかった。今はまだ感覚が乏しい」
「……そんな……っ」
自分を庇ったことが原因で、この世界に囚われたダイゴが怪我をした。ライルは自責の念に駆られるが、ダイゴの瞳は冷徹なまでに先を見据えていた。
「君が気にすることじゃない。それよりも君たち、跡をつけられていないか?」
その問いにロードが答える。
「ええ、それはない」
「ふむ。それなら問題ないか……?」
「何か思い当たることが?」
「ああ。ここに来てしばらく調査を続けるうちに、ある組織の存在に気づいた。そしてつい先日、そのアジトに潜入することができたが、戦闘になった。そこでこの怪我を負ったんだ」
あのダイゴをここまで追い詰める謎の勢力。一同に戦慄が走る。
「そしてシロナに緊急メッセージを送った。ここには十分な医療器具はないのでね。ゼンノと出会っていなければ、僕は今頃危なかった。とにかく、早急に本部に戻りたい。護衛を頼む」
一同は声を揃えて答えた。
「了解!」
◇ ◇ ◇
出発の準備中、ダイゴがライルとルカの二人を呼び止めた。
「ライルくん、隣の部屋に来てくれ。それとルカくん……君もいいか?」
「……あたしも?」
導かれた隣室には、見たことのない四足歩行のポケモンが横たわっていた。
その姿は異様。
そしてその頭部にはあまりに重々しい「鎧兜」のようなものが嵌められていた。
「ダイゴさん……これは……?」
「だいぶ警戒してるみたいだぞ……」
「ああ、その組織に囚われていたポケモンで、潜入した際に保護した」
「なぜおれ達に話したんです?」
「檻に監禁されていたからか、彼は人間に心を閉ざしている。彼も本部に連れ帰るが、僕は彼の力がいつか必要になる気がしているんだ」
ダイゴはライルを真っ直ぐに見た。
「ライルくん。君にも、彼が心を開く手伝いをしてほしい」
「またダイゴさんの勘ですか……。でも、そういうことなら任せてください」
「……チッ、人間のクズどもが……」
ルカは「監禁」という言葉に反応してか、隠しきれない怒りをあらわにしていた。
移動のため、ダイゴはそのポケモンをボールに戻し、ライルへと手渡した。
そこにロードの声が響く。
「ダイゴさん! 帰る準備は整った。ここから脱出しましょう!」
負傷したダイゴ、研究者のゼンノ、そして心に傷を負った謎のポケモン。
一行は彼らを連れ、闇が蠢く反転世界からの脱出を開始した。
◇ ◇ ◇
小屋を出る一行。
ロードはデバイスを手に取り、待機中のシロナへ通信を繋いだ。
「こちらαだ。ダイゴさんを無事救助した。これより『外』へ戻る」
『……了解……十分に気をつけ……て……』
ノイズが激しく途切れ途切れになっている。
しかし、乱れる音声の向こう側で、救助の成功を喜ぶような微かな歓声が漏れ聞こえてきた。
一行は慎重に来た道を戻り始める。
ロードが先頭を進み、その次がライルとルカ、そして中央にゼンノと、アデクのバッフロンに跨ったダイゴ、最後尾はアデクとデンジが務める。
来た道を辿る一行だが、その風景が往路とは微妙に異なっていることにロードが気づく。
「来た時はこんな形じゃなかったはずだが……?」
ロードの問いに、ゼンノとダイゴが答える。
「ここに決まった形はなく、生き物のように徐々に動き続ける。表の世界のエネルギーバランスの影響を受けやすいのじゃ。内部での影響も然りじゃな」
「そして時折、そのエネルギーが漏れ出る影響で外側に通じる空間が自然と開くのさ。僕たちが日時を指定したのは、直近で安定した出口が『複数』開くのが今日だと分かったからだ」
空間が脈打つように歪み、岩壁がせり出す。
物理法則が通用しない不気味な景色が続く中、一行は再びあの広大な空間——「黒い霧と鎖を纏うポケモン達」がいた場所へと差し掛かった。
「君たちもここを見ただろう。ここには鎖に囚われたポケモンたちがいる」
「その組織というのは、このポケモン達を使って何かをしようとしているということですか……?」
「ああ、そうだ」
それを聞いたライルは、ダイゴの発言と自分の過去の推理が繋がったことに気づく。
「ギラティナはそらのはしらでこの鎖のポケモン達を呼び出した。ならやっぱり、あいつには協力者がいたかもしれない……!」
「君たちも何か情報を得たのか? その組織は——」
その声を遮るようにルカが呟く。
「……いねえぞ」
ロードが尋ねる。
「嬢ちゃん、どうした?」
「下のポケモンどもだ。行きよりも数が減ってる……!」
「なんだと……!?」
その瞬間、ロードのデバイスが短く揺れる。
そこから聞こえてきたのは、息を切らしたテッセンの声。
『こちら……テッセン……襲撃……を……脱出を……げ!』
「テッセンさん? なんだ!? 聞こえねえ!!」
『……襲撃……脱出を……げ!!』
「落ち着け! こちらは襲撃を受けていない!」
『違う! 襲撃……受け……のはこちらだ!!』
それを隣で聞いていたダイゴが叫ぶ。
「こっちじゃない……襲撃を受けているのは外だ!」
一同の顔色が瞬時に変わった。
ルカが指摘した「消えたポケモンたち」の行き先が、即座に理解できたからだ。
「全員、全速力で脱出する! 急げ!!」
各々が手持ちのポケモンに飛び乗り、歪んだ通路を全速力で駆け抜けていった。