ポケットモンスター Agent PLATINUM 作:ミノワ
敵組織の追手から逃れたプラチナム一行。しかし不利な状況は変わらない。空を進む本部で話されるのは、反撃を見据えた次なる一手であった。
プラチナム本部は、厚い雲海に紛れながら静かに浮遊を続けていた。
眼下では今も各地が異変に呑まれている。しかし分厚い雲を隔てた上空は、皮肉なほど静かだった。司令室では、各地から送られてくる映像と被害報告が絶え間なく更新されていく。
「現在、被害は確認できているだけでも三地方に跨る数都市。侵食は現在も拡大中。人的被害についてはまだ集計が取れていない」
シロナが次々と切り替わるモニターを見据えながら告げる。
「どう対応していきます?」
そう問いかけたのはロード。
「我々の中でも数名はすでに反転世界内に侵入しているけど、身体への害は確認されてない。民間人が反転世界に飲まれたからといってすぐに悪影響が出るとは言えないわ」
シロナはモニターを眺めながら、あくまで冷静に続ける。
「むしろ問題はそれよりも、反転ポケモン達に襲われること。少しでもその被害を食い止めるために、各都市に人員を配置させるしかないわね。この規模とあの量の反転ポケモン達に対抗するには、我々では戦力が足りない。各地方のジムリーダー協会とも連携して対応にあたる」
シロナの提案に、ダイゴが即座に頷いた。
「そうだね。それに有志のトレーナー達にも声を掛けよう。事態は一刻を争う。すぐにでも連絡を入れていこう」
指示を受けた事務方たちが一斉に動き出す。各地方への通信回線が開かれ、司令室の至るところから短く切迫した声が飛び交い始めた。
「それにしても、やられたわね」
「ああ。完全に後手を踏んでいる。こうなれば僕たちは現場に向かわざるを得ないのに、敵は自由に動くことができる。街に出た僕らを叩きに来ることも、今まで通り反転ポケモンを増やすこともね」
その時、そこまで黙って話を聞いていたゼンノが小さく唸った。
「じゃが、少し妙じゃな」
「ゼンノ? 妙とはどういう意味だ?」
「ダイゴが見たという装置は、そのデカさからして相当なエネルギーを溜められるはず。その割に被害の規模は小さい」
その言葉に、ロードの眉間に深い皺が寄った。
「……小さい大きいの話じゃないだろう」
「……ああ、そうじゃな。あくまで計算上の話じゃ」
ダイゴが顎に手を当て、何かを組み立てるように目を細める。
「だが妙というならまだある。敵はわざわざ発信機までつけていたのに、ここを襲撃してきたのは反転ポケモンだけで、天狼隊自体は来ていない。奴らにとってはこちらを潰すチャンスだったはず」
数秒、沈黙が落ちた。
今度はロードも感情ではなく、敵の行動そのものへ意識を切り替える。
「初めはそのつもりだったのかもしれません。だが、この災害の発生までが速すぎる。……ゼンノさんの話が確かなら、奴らの計画に何かズレが生じているのかも」
その議論は確度の高い仮説であったが現時点で彼らにそれを確かめる術はなく、さらに、今起きていることの対処法ともならない。
目下においては、それぞれのエージェントが各地へ赴き、この災害に対応しなくてはならない。
シロナがモニターに表示された被害地域へ迅速に人員を振り分けていく中、カゲツが口を開く。
「ここにいるメンツと、現地のジムリーダーやトレーナーで対応するってことだよな」
「そうなるわね」
シロナの返答は早い。
ゲンジが険しい表情のまま、またアスナも普段の快活さを欠いたトーンで告げる。
「戦いに赴くことに異論はないが、それでもこの状況においてはこちらが不利だ。ただ起こったことに対処するだけでは、いずれ全員やられてしまうかもしれんぞ」
「しかも相手には、ギラティナやレジギガスもいるんですよね? 私たちが把握していないだけで、それ以外にもっといてもおかしくない……!」
反転世界で見た、夥しい数の反転ポケモン達。たとえ現実世界で倒したとしてもまた蘇る無敵の軍隊。それに加えて現場には、いつ天狼隊が現れるかもわからない。
その構造による戦力の差は抗い難く、盤面をひっくり返せるような対策も時間もない。現状、こちらが不利であることは火を見るよりも明らかであった。
数分の間、誰も言葉を発せず、沈黙が本部を包む。
だがその空気を変えるかのように、突如としてルカが口を開いた。
「……レックウザ」
その一言に、一同は首を傾げた。
「どうした? 嬢ちゃん」
だがルカは意に介さず再びその名を呼ぶ。
「……こっちにレックウザを呼べばいい」
その言葉の意味を即座に理解したライルが、勢いよく賛同した。
「そうだ……そうです!ルカの言う通り、戦力が足らないならこちらも伝説級のポケモン達を味方につければいい。おれとルカとゲンジさんは、一度そらのはしらでレックウザと共闘しています!」
あまりに荒唐無稽な提案。エージェント達から懐疑的な視線が集まる。
「ライルくん。確かにそんなことができれば最高だが、どうやってやるんだ?」
デンジの冷静な声が響く。しかしその後に口を開いたのは、腕組みをしながら、ルカとライルの提案を聞いていたダイゴだった。
「……心当たりが無くはない。ライルくん、ルカくん、執務室で少し話そう。シロナも来てくれ」
「了解。他のみんなは準備をお願い。これから順に本部で移動し、振り分けた通りに配置していく。全員、心してかかるように」
「応!!!」
その策が可能かどうかなどわからない。
それでもエージェント達は絶望に屈せず、シロナの指示に全員が声を響かせた。
◇ ◇ ◇
所変わってダイゴの執務室。卓を囲むのは、ダイゴにシロナ、そしてライルとルカ。
さらに、各都市へのサポート及び戦力分散のため、一旦は本部に残るアデクとロード。
ダイゴが速やかにライルとルカへ問いかける。
「僕が居ない間のことだからまだ報告書を読めてないんだが、君たちはそらのはしらに行ってくれたんだよね?」
二人は同時に答えた。
「はい」
「ああ」
「その任務には、君たち以外に誰か居なかったかい?」
「あん時いた奴と言や、さっき相棒が言った通り、あたしらとゲンジのオッサンと……」
「あと『ナギ』さんと『カイト』さんです」
「ん? カイトって誰だっけ?」
「居ただろ。ほら、なんていうか部族風の身なりをしてて、筋肉質の」
「……あー、あいつか!帰ったと思ったら帰ってなかったやつ」
そこまで聞いたダイゴの目が僅かに細まる。
「やはりそうか」
ダイゴはさらに二人に問いかける。
「彼らはエージェントではないが、僕の手伝いをしてくれていた二人だ。君達がそらのはしらの頂上に辿り着くまでには、どうやって行った? ……その時、カイトが何か言っていなかったか?」
「何かって……。頂上に着く直前に、龍神様に無闇に触れたくないからここから先は進めないって言うのと、あとは……」
ライルはかつての任務での記憶を辿っていく。
「——胸にかけたアクセサリーを指して、この首飾りがあるから自分たちは襲われにくい、と」
その言葉を聞いた瞬間、ダイゴの片方の口角が不敵に上がる。
「それがどうかしたの? ダイゴくん」
シロナのその問いに、ダイゴはメンバーを見渡しながら答える。
「ああ。それを聞いて思い出した。彼らは古くからホウエンに居た先住民族のひとつなのさ。モンスターボールなどが開発される前から、自然やポケモンと共に生きてきた者たち。彼らが司る特殊な石には、多様な用途があったと聞く。ポケモンに襲われにくいというのも一つだろう」
ほんの少しだけ興奮気味のダイゴは一呼吸おいて続ける。
「そしてその中には、ポケモンの真の力を引き出し、さらに神々と対話できる石があったという伝承を、カイトからきいたことがある」
「それなら、レックウザとコンタクトが取れるかもしれないってことですね?」
リーダーの意図を理解したライルの問いに、ダイゴが頷き、答える。
「そうだ。あるいは何かに繋がる手がかりが聞けるかもしれない」
すると、そこまで静かに聞いていたロードが唐突に口を挟む。
「ダイゴさん。あんたまさか、それを彼らにさせるってんじゃないでしょうね?」
ダイゴは真っ直ぐにロードを見据えるが、その問いに対して何も返さない。
その沈黙こそが答えであった。
「正気ですか……。伝説級のポケモンと関わることすら危険だってのに、天狼隊の奴らが鎖をかけるためにいつ現れてもおかしくないんだ。対敵したらどうするんです」
ロードの口調はあくまで冷静だったが、その言葉には隠しきれない心配が混ざっていた。
ダイゴはゆっくりと口を開く。
「現状、各地の対応に手一杯でそちらに割ける人員は限られる。各ジムリーダーや四天王は配置される場所で地の利がある。適材適所なんだ。僕個人としても、この任務には二人が最も適していると考えている」
「根拠はあるんでしょうね?」
「ああ、彼らはフィールドワークだけじゃなく隠密、特攻、適応力に長けている。不確実な状況でも迅速に対応できる二人だ。それは君も承知の通りだろう?」
その問いに、今度はロードが答えられなかった。
何より彼自身が、任務を共にする中で二人の能力を見てきた一人だったからだ。
「それに、この状況は我々にとってはカオスだが、敵にとっては計画内なんだよ。セオリー通りの対策だけをしていては、敵の予想を超えることはできないんだ。今ここで盤面をひっくり返す一手を打とうとしなければ、我々に勝利はない」
そしてダイゴには、もう一つ理由があった。
「そしてもう一つ。今いる戦力だけで考えれば間違いなく不利だ。ならば、これからはまだ完成していない戦力にこそ賭ける価値があると僕は思う」
ライルとルカを順に見るダイゴ。
「彼らはまだ強くなる。——これは僕の勘だ」
「勘かよ……あんたの勘は当たるから困るんだ」
未だ険しい顔のロードに対し、ライルとルカの答えは、いつも通りの二人だった。
「ロードさん、ありがとうございます。でもおれたちは大丈夫です。今度こそ、ダイゴさんの期待に応えたいんです」
「心配性だな長髪は。あたしらに任せとけって!」
その言葉に、ついにロードが観念したように、薄笑いをしながら溜息をついた。
そして今度はシロナが二人の顔を交互に見つめ、静かに、しかし重みのある声をかけた。
「……例によって、危険な任務だけど、二人とも行ってくれるのね?」
二人は迷いなく頷き、シロナもそれに頷き返す。
「わかった。ただ、被害現場への到着は一刻を争う。かと言ってこの作戦を後回しにするわけにもいかないし、公共交通機関は敵の目につく可能性がある……」
二人の脳裏に、以前のある経験がよぎる。
「……まさか」
「そうね。『飛んだ』あとは、また『潜って』貰いましょうか」
◇ ◇ ◇
マサゴタウン湾岸上空。
空を覆う「プラチナム本部」が、波立つ海面へとその影を落としている。
ここはプラチナムが誇る隠密移動の要、潜水艦へとスイッチングするための合流地点。本部は湾岸の地形に身を隠すように高度を下げ、二人の降下を見守る。
本部を離れるライルとルカ。執務室にいたメンバー達が二人を送り出す。
「俺は一旦本部に残る。ここからは共に行ってやれない。……いいか、くれぐれも気をつけろ。本当に命が危ないと感じたら、何よりも退避を優先しろ。エージェントは生き延びてこそだ。わかったな?」
そこには、いつもの軽妙さを影に潜め、純粋に「後輩」であり「家族」である二人を案じる、兄のようなロードの姿があった。
「ロード、彼らなら上手くやる。ワシの心配性が移っておるぞ。 ほら、戻ろう」
アデクに肩を叩かれ、戻っていくロード。入れ替わるようにダイゴが歩み寄る。
「カイトには僕から連絡を入れておく」
「はい、お願いします」
二人の間にそれ以上の声はなかった。ダイゴとライルは互いに一歩近づくと、強く拳を突き合わせる。
そしてルカの方を見るダイゴ。
「ルカくん。ライルくんの相棒として、何よりこの組織のエージェントとして、よろしく頼む」
「ああ、任せろよ」
ルカはいつものように不敵に笑った。
そして、最後にシロナが静かに二人の前に立つと、何も言わず、優しく抱きしめた。
ライルはそれを驚きながらも受け入れたが、ルカの体は一瞬だけ硬直した。
少し遅れて、恐る恐るという言葉が似合わないほどぎこちなく、その腕をシロナの背へ回す。こんなふうに誰かの腕の中へ迎え入れられた記憶は、彼女にとって遥か昔に置いてきたものだった。
そしてシロナは身体を離すと、いつものリーダーの顔へ戻った。
「武運を祈るわ。何かあれば、必ず報告して」
「了解!!」
海面が大きくうねり、飛沫を上げて漆黒の潜水艦が浮上する。
二人は迅速にハッチの中へと吸い込まれると、潜水艦は再び深い紺碧の底へと姿を消した。
プラチナム本部もまた、二人を見送るが早いか、最前線であるトバリシティへと進路を向けた。