ポケットモンスター Agent PLATINUM 作:ミノワ
ダイゴの指令により、伝説ポケモンの協力を得るため、ホウエンに伝わるという『石』を探すこととなったライルとルカ。二人の行く先に待ち受けるものとは。
※本作独自の設定がございます。ご了承くださいませ。
キナギタウン。
海上に浮かぶその小さな町は、わずか1ヶ月ほど前、ライルとルカが任務に訪れた場所。沖合で海面が大きく盛り上がり、潜水艦が静かに姿を現す。
乗組員に礼を言い、ハッチから出て降りると、潮の香りを含んだ風が二人の頬を撫でた。
「潜水艦も初めこそ感動したけどさ、暗いし狭いし疲れるな。息が詰まるぜ」
「確かにな」
ルカのぼやきに相槌を打ったあと、ライルは懐かしむように町を眺めた。
「それにしても前に来てからそんなに経ってないのに、とんでもなく昔のことみたいに感じるよ」
「色んなことが起きすぎたんだよ。こっからもクソ忙しいしな。せっかくの綺麗な海なのに、堪能する暇もねーよ」
「……ふっ」
以前のルカなら、隙あらば遊びに行こうと画策していたはず。いつの間にか当たり前のように任務を優先する彼女の姿に、ライルは思わず軽く吹き出してしまった。
「何笑ってんだよ」
「なんでもねーよ。行こうぜ」
「なんだよ言えよおい」
二人はそこからさらに民間の小さな船を利用し、ダイゴから送られてきたポイントへと向かった。
◇ ◇ ◇
キナギタウンから少し離れた岩場に佇む、地図にも載らない小さな村。
木や石で組まれた家々が並び、その周囲では日に焼けた男女が生活を営んでいる。
二人がそこへ入ると、住人達から視線が向けられた。
「……なんか見られてんな」
「そりゃそうだろ。完全に部外者なんだから」
しばらくすると、村の奥から見覚えのある男が歩いてくる。
「久しぶりだな、お前たち」
「カイトさん!お久しぶりです」
「ああ。チャンピオンから大体の話は聞いているが、一旦中へ入ろう」
二人はカイトに案内され、一軒の家へと入った。
そこでライルは、現在起きている反転世界の侵食と、自分達がここへ来た目的を説明する。
「——それで、レックウザと接触して、なんとか味方にする方法を探しています。ダイゴさんから、カイトさんなら何か知っているかもしれないって」
「なるほどな……」
カイトは胸元の首飾りに触れながら、しばらく考え込む。
「確かに俺たちの首飾りには、野生のポケモンとの争いを避けるための力がある。だが、神々と対話するような力はない」
「マジかよ!じゃあダメじゃん!」
相変わらずのルカ。
「それにもう一つ問題がある。いま、レックウザはそらのはしらには居ない」
「そうなんですか!?どうして……」
「彼は何も、ずっとあそこに居るわけじゃない。ここしばらくは確認されていない」
「じゃあ無駄足じゃねえか、どうする相棒?」
「いや、待て」
一瞬、立ち上がりかけたルカをカイトが止める。
「レックウザの方は分からないが、石の方なら心当たりがある。俺たちには無理だが、あの方なら……あるいは」
「誰です?」
「この地方には、俺たちと同じように古くから暮らす民族がいくつかあって、その中でも特にレックウザと深く関わりのある一族がいるんだ」
ライルとルカは顔を見合わせる。
「俺は、その末裔を一人知っている」
「本当ですか!なら、その人に会わせてもらえませんか?」
「もちろん。それなら今すぐ向かおう。俺が君たちを船で連れて行く」
「ありがとうございます!」
「気にするな、君たちにはあの時の礼があるからな」
カイトは立ち上がり、そのまま家を出ていった。
「……話がはえーな」
「ああ、助かるよ」
◇ ◇ ◇
カイトの船は、ホウエンの海を東へ進んでいた。
複雑な潮流を読みながら、時折トドゼルガの力も借りて進んでいく。
しばらくすると巨大な外壁に囲まれた島が姿を現した。
「見えてきたぞ。『ルネシティ』だ」
上陸した三人は街を抜け、その奥にあるほこらへと向かう。入り口まで辿り着いたところで、カイトが足を止めた。
「俺はここで待つ。ここから先は、お前たち二人だけで行くんだ」
「なんでだよ。あんたの知り合いなんだろ? 紹介してくれよ」
「必要ない」
「必要ないって……」
「心配するな。……『ババ様』は、お前たちが何者なのかも、何を求めてここへ来たのかも分かる」
「ババ様だあ……? 本当かよおい……」
どうにも納得できない様子のルカを連れ、ライルは洞窟へ入っていく。ひんやりとした空気の中、二人はゆっくりと奥へ進んだ。
やがて、その最深部。
淡い光に照らされた空間に、一人の老婆が座っていた。
纏められた白髪。小柄で曲がった背。しかし、深く刻まれた皺の奥から覗く瞳だけは、真っ直ぐに二人を捉えている。
ライルとルカは老婆の前まで進むと、なぜか示し合わせることもなく、その場へ腰を下ろした。
(……あれ?)
(なんで座ってんだ、あたしたち……?)
誰かに命じられたわけでもないが、不思議とそうするのが当然のように感じられた。
その老婆は二人に声をかける。
「よう来なさった。若人方」
ゆっくりと話す老婆を急かすように、ルカが身を乗り出す。
「あのさ、ばーさん。あたしらがここに来たのは——」
「よい。話さずとも分かる」
「は?」
「今しがた、見せてもろうたからの」
ルカが眉を寄せながら乗り出した身を戻し、ライルの耳元へ顔を近づける。
「(……おい。このばーさん、大丈夫か?)」
「(おれに聞くなよ……)」
「ほっほ。信用できんか。それもええ」
「聞こえてんじゃねーか」
「あの……失礼ですけど、見たっていうのは?」
「この祠に入った者が何を想い、何を求めてここまで来たのか。わしには少しばかり分かるんじゃ」
老婆の目が二人を順に捉える。
「主らは、この世ならざる龍と、それに連なる者達に抗う術を求めてここへ来た。違うかの?」
「……まあ、大体そんな感じだ」
「ほっほ。ならばよろしい。力を貸そう」
「……えっ?」
あまりにあっさりした返答に、ライルが目を丸くする。
「そんなに簡単にいいんですか?」
「当たり前じゃ。世を救おうとする者に力を貸さず何とする」
老婆は穏やかに笑った。
「それに、主らには礼もある」
「礼?」
「空の柱で、龍神様を救ってくれたじゃろう」
「……それも知ってんのかよ」
カイトに続き老婆からも感謝を受ける二人。
この地方にとってレックウザは、本当に神同然に崇められているようだ。
老婆が手を叩くと、奥から一人の男性が現れ、小さな箱を老婆の前へ置いた。
蓋が開かれると、中に収められていたのは、白く濁った一つの石だった。
「これは……?」
「『キーストーン』と呼ばれるモノの一つじゃ」
「キーストーン……」
ライルが覗き込む。
表面は滑らかに磨かれているが、内部には淡い虹色の光が揺らめいていた。
「遥か昔、この地には幾度となく隕石が降り注いだ。そのたびに龍神レックウザが現れ、地上を救ったと伝えられておる」
老婆は石へ手を伸ばす。
「これは、その時に龍神様の力を浴びた隕石の欠片じゃ」
「隕石の欠片……」
「随分と大層な話だな」
「ああ。そして、レックウザのエネルギーを纏い、長い年月を経たこの石には、ある力が宿った」
「ある力って?」
「ポケモンと人を繋ぐ力。極めた者は大いなるものとも心を通わせることができ、さらには互いを深く信じ合う者の、『真の力』を引き出す」
「力を引き出す……」
ライルとルカは顔を見合わせた。これこそ間違いなく、ダイゴが話していた石そのものであった。
「これ、お借りできませんか!?」
「もちろんじゃ」
老婆はキーストーンを手に取り、目を細める。
「だが、これを使いこなすことは困難を極める。そもそもこの石を使える状態にせねばならん」
「今は使えないんですか?」
「ほぼ原石じゃからの。いくつかの加工が必要であり、さらに長い間眠っていたため、力が足りん」
「力が?」
「そうじゃ。『大地の力』と『海の力』、それぞれが必要なのじゃ」
老婆はゆっくりと立ち上がった。
「善は急げ、早速ここを立とう。——それに、主らを求めて客も来たようじゃ」
「客?」
不思議そうな顔をする二人。
「水色の衣と帽子を被った娘じゃ」
「それってまさか——」
◇ ◇ ◇
ほこらを出る三人。
するとカイトの隣に、パイロットスーツを身に纏った、見覚えのある女性が立っていた。
「ナギさん!」
「久しぶりね、二人とも!」
ヒマワキシティのジムリーダー、ナギ。そらのはしらで共にギラティナと戦った仲間でもある。
「ダイゴさんから連絡を受けてね。私の街はまだ無事だけど、この状況で何もしないわけにはいかないもの。私にも手伝わせて!」
「ナギさんが来てくれるなら心強いです!」
ナギは満足そうに笑ったあと、問いかけた。
「それで? 行き先はどこなの?」
「まずは煙突山じゃ」
ライルは行き先を聞き驚いた顔を見せた。
「煙突山って……確か、火山ですよね?」
老婆は頷く。
「かなり遠いわね……。なら私に任せて」
そういうとナギは数匹のトロピウスを繰り出した。
「みんな乗ってください!この子達は長距離が得意だから」
「さすがナギさん!」
「ほっほ。賑やかになってきたの。さあ、急ぐぞ」
一行はそれぞれに跨り空路で火山を目指し飛び立つ。
その時、背後の空間が、まるで光が屈折したかのように僅かに歪んだ。
ライルとルカはそれを視界の端に捉えた気がしたが、振り返るとそこには何もいなかった。
◇ ◇ ◇
ホウエン地方中央部、煙突山——を越えたその先の113番道路。
空からは絶え間なく火山灰が降り注ぎ、周囲の地面を灰色に染めている。ライル達は老婆の後を歩く。
「火山に行くって言ったよな? なんで通り過ぎてんだよ」
「言ったじゃろう。キーストーンを加工せねばならんのじゃ。このままでは大きすぎる」
「いいんですか? そんな大事なものを削って」
「構わん。これは普通の石とは違う」
老婆は箱の中のキーストーンを指で撫でる。
「欠けようと割れようと、長い時をかければ元の形へ戻っていく。まるで生きておるようにな」
そう話しているうちに、一行は古びた小屋へと到着した。
そこで老婆を待っていたのは、職人風の中年男性だった。
「ババ様、あなたがここまで来られるとは」
「ああ。少し頼みたいことがあっての」
老婆が箱を差し出す。
男は中身を確認すると、その表情を僅かに変えた。
「……なるほど。加工せよと言うことですな」
「頼めるか?」
「もちろんです」
男は原石から二つの小片を慎重に切り出し、加工作業へ取りかかった。
数十分後。
ライルとルカの前に、ガラスと金属の混ざったバングルが二つ置かれた。
中央には小さく加工されたキーストーンが埋め込まれ、淡い虹色の光を放っている。
「二人とも、着けてみなさい」
ライルとルカはそれぞれバングルを手首へ装着する。
「……特に何も感じねーぞ」
「ああ、その通り。ここからが本番じゃぞ」
◇ ◇ ◇
降り積もる火山灰の中、一行はついに煙突山へと辿り着く。しかし上に登るのではなく、麓から繋がる洞窟を進んでいく。
やがて『ほのおのぬけみち』へ入り、さらに山の内部へと進んだ。
熱気と硫黄の臭いが充満する洞窟。
行く手を塞ぐ大岩を、カイトのゴーリキーとライルのラムパルドが退けながら、一行は奥へと進んでいく。
そこからかなり下へ降り、ある地点に差し掛かったとき、空気の密度が一段と重くなる。
老婆以外の全員が、肌を刺すような威圧感に足を止め、周囲を警戒する。
「……ここが一番奥か? いや、まだその先があるな」
「……おい、ばーさん。こんなとこに連れてきてあたしらに何させるつもりだよ?」
老婆は二人の手首を見る。
「キーストーンを目覚めさせるにはまず、この山の最奥に満ちる大いなる力に触れねばならん」
最奥。
老婆の指差した方向を確認したルカは、警戒からか、声を低くした。
「……感じるオーラがただごとじゃねえんだよ。この奥にいる奴と戦えばいいってのか?」
その警戒はライルも同様であった。
ホウエンの火山の底に眠るとされる、伝説のポケモン。その姿と情報を、プラチナムのデータベースで目にしたことがあったからだ。
「何をもって認められるかは、わしにも分からん」
老婆のその言葉にルカは盛大に顔をしかめる。
そんな彼女の肩をライルが軽く叩いた。
「行こう。ここまで来たんだ」
二人はカイトとナギに見送られ、洞窟のさらに奥へと進んでいった。
◇ ◇ ◇
そこは火山の内部とは思えないほど広大な空洞。
壁面をマグマが流れ落ち、赤い光が周囲を照らすなか、ライルとルカはゆっくりと進む。
「注意しろよ。何が出てくるか分からないぞ」
「ああ。後ろもちゃんと見張ってるぜ、相棒」
やがて二人は、マグマが壁を覆う行き止まりへと辿り着いた。
「……何もいないな」
「ばーさん、場所間違えてんじゃねーだろうな」
「さすがにそれはないんじゃないか?」
ライルが周囲を見回すも、マグマが轟々と流れる音しか聞こえない。
——その瞬間。
二人の背筋を鋭い悪寒が走った。
「「真上だ!!!」」
二人がほぼ同時に飛び退く。
直後、先ほどまで立っていた場所へ、極太の火柱が叩き込まれた。
「っぶねえ!!」
「なんだ!?」
二人が天井を見上げる。
するとそこには、岩肌に十字型の爪を食い込ませ、さかさまにぶら下がる一匹の巨大なポケモンがこちらを見下ろしていた。
赤褐色の重厚な体。
マグマが滴り、時々それが垂れてくると地面が溶ける音がした。全身から凄まじい熱気を放ちながら、天井をゆっくりと這っていく。
ライルがその姿を見て声を上げる。
「あれは……ヒードラン!?」
「……あいつがこの山の主ってか?」
「いや、ヒードランが煙突山で確認されたことはない! それに——」
ライルが目を凝らす。
ヒードランはこの場所を守っているというよりは、マグマのさらにその奥へ進もうとしているように見える。
そして何より、その身体からは不気味な黒い煙が立ち昇り、体には『鎖の模様』が浮かんでいる。
ルカもそれに気づき、腰のモンスターボールへ手を伸ばす。
「——『反転』、だな」
こちらに向け殺気をぶつけてくるヒードランに、ルカが不敵に笑う。
「何すりゃいいかは知らねえけどよ。向こうが襲ってくんなら、こっちがボコり返そうが、そりゃ正当防衛ってモンだろ?」
「まあ、仕方ないな」
二人が同時にモンスターボールを構える。
灼熱の洞窟に、ヒードランの咆哮が響き渡った。