ポケットモンスター Agent PLATINUM 作:ミノワ
キーストーンを目覚めさせる為、煙突山へと向かったライル達。その最奥で待ち受けていたのは、反転の鎖によって支配されたヒードランだった。
降り注ぐマグマ。
反転の鎖と煙を纏ったヒードラン。
地底の空洞が、灼熱の戦場と化す。
天井に鋭い爪を食い込ませ、重力を無視するかのように動き回るヒードラン。それに対し、二人はそれぞれのポケモンを繰り出す。
ライルはルカリオとガブリアス。
ルカはルガルガン(まよなか)とサザンドラ。
数的優位ではあるが、天井からひたすら『かえんほうしゃ』の熱線を吐くヒードランに、防戦を余儀なくされていた。
襲い来る熱線を回避しながら、ライルが叫ぶ。
「ルカ! どう思う!?」
戦場を駆けながら、ルカも声を張り上げる。
「多分同じこと考えてるぜ、相棒!」
そしてヒードランを見据える。
「あの『マグマ野郎』は強力だが、さっき感じたオーラの主とは別モンだ!」
「……だよな。もしかしてあいつも、おれたちと同じで『ここにいる何か』に用があるんじゃないのか?」
しかし、考えている暇はない。
「ルカリオ!」
ライルの声にルカリオが振り向く。
一瞬だけ目を合わせ、頷く。
「『はどうだん』!」
ルカリオが構える。そして。
——ズドンッ!
掌から青い弾丸が飛んだ。それに対し、後方へ素早く下がるヒードラン。
『はどうだん』は天井の岩壁を崩すだけに留まる。
「当たってねえぞ相棒!」
「……見りゃわかる」
次はルカだった。
「サザンドラ、『りゅうのはどう』だ!」
青い奔流がヒードランへ向かう。
しかし、『かえんほうしゃ』。
——ゴォォォオオオオ!!
竜と炎がぶつかり、相殺。
「チッ! 炎が厄介だな!」
「ああ。それに思いのほか素早い」
そして再び、天井から次々と放たれ始める熱線。足場は高熱を帯び、周囲の酸素も徐々に薄くなっていく。二人の体からはすでに汗が吹き出していた。
しびれを切らしたルカが、手首に巻かれたばかりのバングルを掲げた。
「せっかく貰ったお宝アイテムだ!試してやろうぜ、ルガルガン!」
「……は? おい——」
ルカはルガルガンを前へ立たせ、キーストーンをかざす。
しかし——。
「…………」
何も起こらない。
「……あれ?」
その隙を、ヒードランは見逃さず『かえんほうしゃ』。
口元から放たれた熱線がルカを捉えそうになり、かろうじて避ける。
「うわぁっ!? なんだよ!何も起きねーぞ!」
「このバカ!」
ライルの怒声が洞窟中に鳴り響く。
「ババ様が『まだ使えない』って言ってただろうが!」
「わ、わかってるって」
「ウソつくな!」
さらなる熱線がルカの袖をかすめ、ジュッと焦げた音が響く。
「危ねえなクソッ!」
「危ねえどころじゃねえよアホ! ——ったく」
ルカに怒鳴りながらも、ライルはすぐに意識を戦場へ戻す。しかし、依然として熱線を回避するだけで精一杯だった。
「このままじゃ埒が明かないな」
ライルはヒードランの動きを目で追い、その移動経路を確かめる。
天井を自在に這い回るヒードラン。
そして、ライルが注意深く観察していたのは、先ほどの『あの場所』。
「……よし、通るな」
ライルが天井の一角を指差す。
「ルカ!ルガルガンをウォーグルに乗せられるか!? 『天井』だ!」
ルカがその場所を見ると、納得したように頷いた。
「……あー、成程。てかお前、初めっからそのつもりかよ!」
「そうだよ、頼んだぞ!」
「ああ、任せろ!」
ライルがウォーグルを繰り出す。
その背へルガルガンが飛び乗ると、力強い羽ばたきと共に一気に上昇した。
それに対してヒードランが即座に反応し、熱線を放とうとする。
しかし。
「ガブリアス!ヒードランの視界を塞ぐんだ!」
「ガアァッ!!」
ガブリアスは少し上に向かって、軽めの『すなあらし』を放つ。
砂嵐がフィールドの上部のみを覆う。
消える視界。
ヒードランの目の前は、吹き荒れる砂で塞がれた。
そして。
「ルガルガン!『かみくだく』だ!!」
「ガルッ!!」
砂嵐を引き裂いて飛び出したウォーグル。
その背を蹴ってルガルガンが飛ぶと、鋭い牙を剥き出しにした。
しかしヒードランは紙一重でかわす。ルガルガンの牙は天井にぶつかるだけだった。
そして『すなあらし』も消えた。
ルガルガンは再びウォーグルの背に乗り、ヒードランから距離を取る。
巨体に似合わぬ動きで攻撃をかわしたヒードランは、まるでこちらを嘲笑うかのように口を大きく開いた後、再び熱を集め始めた。
その瞬間。
ライルとルカは示し合わせたように、ヒードランとは逆方向へ走り出した。
ヒードランが二人の姿を追う。
狙いを定めるため、十字の爪を数歩前に出した。
その時。
——ガリィッ!!
突如としてヒードランがバランスを崩した。
「よし!」
そこは先ほど、ルガルガンの攻撃によって亀裂が入った場所。
そして——初めにルカリオが『はどうだん』をぶつけた場所。
音と共に岩盤が大きく崩れ、ヒードランの爪が空を切る。巨体が天井から剥がれ落ち、そのまま地面へと叩きつけられた。
「勝ち誇った顔してんじゃねえよ、バーカ!」
「今だ!一気に行くぞ!」
二人はすぐさまルカリオ、ガブリアス、サザンドラを差し向ける。天井という圧倒的な優位を失ったヒードランへ、三匹が一気に肉薄した。
かくとう、じめん、ドラゴンの激しい攻撃を浴び、ヒードランの身体が大きく揺れる。
反転の鎖による回復が追い付かないほど、その身体は見る間に弱っていった。
しかし——。
「……待て!」
ライルが異変に気づく。
ヒードランの身体が、太陽のような激しい熱と光を帯び始めていた。
残された力を全て放出しようとしているかのようなエネルギー熱量。
「おいおい……自爆でもする気かよ!」
二人が身構えた、その時。
——グオォォォォォォォォォォッ!!!!
途轍もない咆哮が響き、空洞全体が震える。
「っ!?」
咄嗟の事に、ライルとルカの二人は耳を塞ぎ、周囲を見渡す。
ヒードランが狼狽えていることからも、彼自身が発した声ではない。マグマの壁の向こうから響いた、腹の底まで揺さぶるような重厚な咆哮。
次の瞬間、ヒードランの足元が文字通り『じわれ』した。
まるで大地そのものが意思を持ったかのように地盤が左右へ引き裂かれ、亀裂が生まれる。
——ズゴゴゴゴ……
エネルギーを放とうとしていたヒードランが、その暗闇へ落ちた。
「……何が起きたんだ!?」
ヒードランを飲み込んだ大地が、ゆっくりと閉じていく。
そして割れ目の隙間から黒い霧が噴き上がり、ヒードランの気配が完全に消えた。どうやら、反転世界へ返されたらしい。
そして——。
一歩、また一歩と、巨大な地響きが鳴る。
煮えたぎるマグマの滝を割り、巨大な影が姿を現す。そこから現れたのは、紅蓮の装甲と巨大な爪を持つ巨体。
全身から立ち昇る凄まじい熱とエネルギー。先ほどまで対峙していたヒードランとは、また格が違う。
二人は本能的に理解した。
「……やっぱり。こいつが、ここの主の正体か」
ライルが息を呑む。
「確か……『グラードン』だったよな」
大地を司る太古の神。
その黄金の瞳が、眼下に立つ二人を静かに見下ろしていた。
◇ ◇ ◇
突如として現れたグラードン。
その圧倒的な威圧感に、二人は動けずにいた。
何万年という時を蓄積してきたかのような力が、その巨体から熱風と共に溢れ出している。ライルとルカは反射的に身構えるものの、グラードンはこちらへ襲いかかろうとはしない。
「……戦う意思はないのか?」
グラードンはただ、その黄金の瞳で二人を見つめていた。
「……なんだ?」
不意にルカが自分の手首のバングルを見ると、はめ込まれたキーストーンが、微かな光を放っていた。
「相棒、これ……」
「ああ……」
先ほどまで何の反応も示さなかった石。その内部に、淡い赤色の光がゆっくりと流れ込んでいく。
ドクン——。
二人の腕に、まるで鼓動のような感覚が伝わった。
「これ、ばーさんの言ってた『認められた』ってことか?」
「……多分な」
「マグマ野郎と戦ったのが良かったってのか? 最後決めたのはコイツだけど」
「……」
しかし、光はそれ以上強くならなかった。
キーストーンの半分ほどを赤い光が満たしたところで、その変化は止まった。
「……止まった?」
ライルは数秒それを見ていたが、ふと考えた。
おそらくは認められた。少なくともグラードンが自分達を拒絶していないことだけは分かる。そして伝説級のポケモンと直接向き合えている今は、滅多にないチャンスかもしれない。
ならば。
ライルは意を決し、一歩前へ出た。
「住処を荒らしてしまってすみません!」
グラードンの瞳だけがライルへ向く。
「でも、おれたちはあなたを傷つけるために来たわけじゃない!世界は今、大変なことになってる……。あなたの力を借りたいんです!」
グラードンはライルを見据えたまま、微動だにしない。
「……おい相棒、何やってんだよ」
ルカは片眉を上げ、ライルに問いかけるが、彼はグラードンを見つめたままだ。
「レックウザじゃなくたって、力を貸してもらえるならそれに越したことはないだろ?」
「そりゃそうだけど、人間の言葉なんてこの化け物に通じんのか?」
その時。
二人の傍に寄ってきたルカリオが、何かに反応した様子を見せた。
「ルカリオ、どうしたんだ?」
(……伝わってくるんだ、何かが)
「何か?」
(これは……彼の、意思だ)
「彼って……グラードンか?」
静かに目を細め、波導でライルとルカに話しかける。
(彼は、力は貸せないと言っている)
「わかるのか!?」
(ああ。彼のような存在から意思が流れ込んでくるのは初めてだ)
ルカリオがグラードンを見上げる。
(言葉を話しているわけじゃない。イメージが直接、頭の中に入ってくる感覚に近い)
ルカリオが二人の腕を見る。
(おそらく、その石のおかげだ。オレがお前たちにそのイメージを伝える)
「でかしたルカリオ!っていうか——」
ルカはそう声を上げた後、表情を変えて続けた。
「手伝わねえって言ってんのかコイツ? やっちまうか!?」
「やめとけ」
ライルはあきれながら言うと、ルカリオが再び口(波導)を開いた。
(……違う。力を貸さないのではなく、貸せない)
「どういうことだ?」
ルカリオは再びグラードンへ意識を集中させた。
(……彼はこの場所で、大地の力を制御している。火山だけじゃない。もっと大きな……世界そのものの、バランス……?)
ルカリオが僅かに眉を寄せる。
(もう一つの世界が不安定になっている。先ほどの者も操られていたにすぎない)
ライルとルカは顔を見合わせる。
それはヒードランのことだ。
(襲いに来るのならば対処できる。だがここを離れればバランスが崩れる。だから動くことはできない、と)
「そんな……」
ライルが唇を噛む。
ようやく辿り着いた伝説の力が目の前にあるのに、それを借りることはできない。
ルカリオがさらに何かを感じ取った。
(……まだあるようだ)
グラードンの黄金の瞳が、淡く赤色に染まった二人のキーストーンへ向けられる。
そこからさらに別のイメージが流れ込んできた。
(この石はまだ目覚めていない)
「……やっぱりそうだよな。ババ様は、二つの力のことを話してた。まだ何かあったんだ」
ライルの言葉にルカリオが頷く。
(もう一つの大いなる力。それにも認められた時、石は目覚める)
グラードンがゆっくりと、遥か彼方を見据えるように、視線を上へと向けた。
同時に、ルカリオを介して二人の頭の中へ一つの光景が流れ込む。
——それは、どこまでも広がる深い青、巨大な海。そしてその底を泳ぐ、一際大きな影——
グラードンからのイメージを受け取ったルカが盛大にため息をつく。
「火山まで来たと思ったら次は海かよ……『忙しい石』だな」
(それと、もう一つ)
ルカリオが続ける。
(彼自身は動けない。だから代わりに『遣い』を寄こすと言っている)
「遣い?」
(『火山の化身』と『その仲間』。いずれオレたちの前に現れる、と)
それだけを伝えると、グラードンは地響きを鳴らしながら、ゆっくりと巨体を翻した。
「あ、ちょっと!待ってくれ!」
ライルの声にも振り返らない。
紅蓮の巨体は煮えたぎるマグマの中へと進み、その姿を少しずつ沈めていく。
最後に一度だけ、低い咆哮を洞窟に響かせると、大地の神は姿を消した。
「……行っちまったな」
二人が自分達の手首を見ると、キーストーンには今も赤い光が静かに脈打っていた。
「どうする? 相棒」
「……とりあえずみんなと合流しよう」
二人は複雑な思いを抱えながら、洞窟の出口へ歩き出した。
相変わらずマグマが流れる音が静かに響く、洞窟の最奥を後にして。