ポケットモンスター Agent PLATINUM 作:ミノワ
天狼隊リンによる襲撃を凌いだライルとルカ。
戦闘中に現れたのは、力を借りるために探していたラティオスとラティアスであった。
戦いの後の静寂が、中腹を包み込んだ。
ライルはいまだ繰り出されるルカの手刀を受け流しながら、少し離れた場所で立ち尽くすタイプ:ヌルへ歩み寄った。
「……お前、タイプ:ヌルって名前だったんだな。怪我はないか?」
するとルカも横から顔を覗かせた。
「あの重そうな攻撃を受けてもやる気満々だったな!根性あるじゃんか、お前!」
口調こそ普段通りだが、子供やポケモンに対しては、自然と態度が柔らかくなる彼女。どうやらヌルの愚直な戦い方を気に入ったらしい。
ライルとルカのその労いに、タイプ:ヌルに付けられた鎧の奥の瞳が、僅かに揺れたように見えた。しかしライルがその冷たい装甲へ触れようとすると、ヌルはゆっくりと身をかわし、そっぽを向いた。
「……当然、まだダメか」
「焦ることねーよ。……あとはあいつらだな」
そう言うとルカは向き直り、傍らへ降り立った二体の竜の元へ歩き、ライルもそれに続く。
そこへ、安全を確認した老婆が遅れてこちらに近づき、その二体の姿を見て感嘆の声を上げた。
「なんと……!ラティオスとラティアスではないか……」
ラティオスとラティアスは二人の周りをゆっくりと旋回している。
「ありがとう。助けてくれたんだよな?」
ライルの問いに、二体の竜が頷く。
「それに、ルネシティで君達を見た気がする。ずっとおれ達についてきてたのか?」
「やっぱりか」
青と赤の身体は、透明化していた名残のように、時折周囲の景色を僅かに屈折させていた。
「飛び立つ前、何かが光ったように見えたんだよな。嫌なオーラが無かったから気にしなかったけど」
ライルとルカのその言葉に、老婆は再び目を見開いた。
「なんと……ルネからついてきておったじゃと?キーストーンを追ってきたのか……?」
ラティオスとラティアスは、真っ直ぐな瞳で二人を見つめる。
ラティオスはライルへ、ラティアスはルカへと近づく。そして、バングルにはめ込まれたキーストーンを鼻先で示すと、短く鳴き声を上げた。
「ハハ、今回は何も言われなくても……」
「ああ、わかるな」
世界を救うため、力を求めて奔走する二人。ラティオスたちはルネの祠からその姿を見守り、自ら応えに来たようだった。
「グラードンの言っていた『遣い』とは、彼らのことだったのか?」
「どうでしょうか。火山とは関係なさそうだけど……」
カイトの問いにライルが答えた。
「……しかし驚いた。彼らがここまで自ら心を開くとはな」
老婆のその言葉に二人は笑顔で頷き返す。
「それは良かったけど……さっきのあの女性!何なの!? いきなり襲いかかってくるなんて普通じゃないわ!君たちを狙っていたの?」
そのナギの言葉にライルとルカは顔を見合わせる。
彼女やカイト達は、ギラティナや反転世界への対抗戦力を探すことは知っているものの、プラチナムやその敵対組織の話までは知らない。
ナギは正義感の強いジムリーダー。せめて彼女には、全ての経緯を話すべき時だと、ライルは判断した。
また、リンとの戦闘を終え、気づけば辺りはすっかり日が落ちていた。この時間からルネシティへ飛び立つのは危険であり、かといって一般の施設では更なる襲撃の恐れもある。
彼らはここから近い、フエンタウンのフエンジムへと移動することを決めた。
◇ ◇ ◇
フエンジム。
主のアスナはエージェントとして任務中。
当然、不在だったが、連絡が取れたため客分としての扱いで入場することができた。
そしてライル達は、ナギに順を追って説明した。
自分たちが「プラチナム」という組織のエージェントであること。ダイゴ、シロナ、そして各地のジムリーダーや四天王が協力して戦っていること。
そして直近の、世界の異変の裏にはカルト教団『輪廻教』と傭兵集団『天狼隊』が潜んでいることを。
「というわけなんです。——ナギさん? 大丈夫ですか?」
ナギはずっと黙ってライルの話を聞いていたが、途中から膝へ手を置き、俯いたままワナワナと震え始めていた。
「……プラチナムですって? 他にもジムリーダーたちが所属してて、危険な組織と戦ってる……?」
ライルとルカは身構えた。
ナギに対して今まで黙っていたこと、そして危険な戦いに巻き込んでいたことに激怒するのではないかと。
「ナギさん、これには訳が——」
なだめようとしたライルを、ナギが思いがけない言葉で遮る。
「——すっごく、かっこいいじゃない!!!」
「……!?」
「映画みたい! 信じられないわ! 私、そういうの大好きなの!」
二人は揃って呆気にとられる。
「怒ってねえのか?」
「怒ってるわよ! ゲンジさんもアスナちゃんも、もっと早く言ってくれればいいのに!水臭いんだから!」
ナギのヒートアップは止まらない。
「それにポケモンを使って悪巧みしてる奴らですって? 絶対に許せないわ! 私、そういうのが大嫌いなの!ライルくん、ルカちゃん!私にできることがあるなら、何でもするわよ!?」
興奮して立ち上がったナギは、そのまま正義の高説をぶち上げ始めた。
「あー、おい相棒。だいぶ盛り上がっちまってるけど、どうすんだよ」
「ああ、ナギさんを組織に推薦するよ。そこまでするつもりで話したからな。ナギさんなら実力も人格も、なんの問題もないだろうし」
二人は二体の竜に加え、頼もしい新たな仲間を得ることとなった。
◇ ◇ ◇
フエンジム、奥の客間。
通信デバイスの青白い光が、ライルとルカの顔を照らしている。
二人は本日二度目となる、ダイゴへの定時報告を行っていた。
『そうか、やはり天狼隊がグラードンを狙ってきていたか……』
「ええ、ラティオス達のおかげで何とか撃退できましたが」
『そこは驚いたね。まさか彼らの方から歩み寄ってくるなんて。さすが君達だ。グラードンの件も、ありがとう』
素直な賞賛に、少しだけ表情を緩めるライルとルカ。
「それとナギさんの推薦も通しておいてもらえますか?」
画面の向こうで、ダイゴは少し呆れたような、それでいてどこか楽しそうな笑みを浮かべる。
『わかった。まあ、ナギならなにも問題ないし、遅かれ早かれだったかもね』
ノリノリで組織への推薦を受けたナギを思い出しライルは苦笑した。
「それと、カイオーガのところへは明日向かいますが、問題ないですか?」
『ないよ。今、シロナは現場に出ているから、彼女にも伝えておく。明日の任務も十分に気を付けてくれ』
ライルとルカは力強く頷いた。
そこでルカが、思い出したように画面へ身を乗り出す。
「あ、そうだ!ゼンノのオッサンいるか!?」
『ゼンノかい? 彼はいま専用のラボにいるから、呼んでくるよ』
——少し後。
いつもの仏頂面のゼンノが現れる。
『薄汚れた白衣』は相変わらずだ。
画面の端から、ゼンノの顔が割り込んでくる。
『この忙しいときにどうしたんじゃ、無礼娘!』
「誰が無礼娘だコラ」
『貴様じゃ』
「チッ。……まあいいや。相棒がダイゴから預かったマスクのポケモンがいただろ? あいつ、傭兵の奴に『タイプ:ヌル』って呼ばれてたんだ」
『……タイプ:ヌル?』
『……あやつ、そのような名前じゃったのか』
ダイゴとゼンノは、同じく顎に手を当てながらつぶやく。
『彼がどうかしたのかい?』
「ああ。あいつ自身や、あのマスクについて、何か調べてないか聞きたかったんだ」
ゼンノは目を細めながら答える。
『ふむ。以前、ダイゴに言われ、少し調べてはいた。だが設備が限られていたのでな、あまり詳細にはできておらん』
「なら、もう少し詳しく調べてくれよ」
『……わかった。その時採取したサンプルを元に、調査してみよう』
「了解。わかったらまた教えてくれ」
そしてルカは、ダイゴに視線を戻す。
「あんた、あいつの力が今後必要になるかもって言ってたよな」
『そうだね』
「なら、あたしがあいつを鍛えてもいいか?」
「……ルカ?」
『……』
僅かに沈黙が流れる。
「……今日か?」
「今日からだ」
「でも——」
「——戦いの場に出るなら、最低限は形にしなきゃならない。当然の話だ。今日のはラッキーだった」
「……」
今日は戦闘を終えたばかり。ライルの表情には心配が浮かんだ。
それでも、すぐに止めはしなかった。ルカの言う通りではあったし、彼女が既に、決断した者の顔をしていたからだ。
ダイゴは真っ直ぐにルカを見た。
『……うん。君に任せるよ』
「了解」
『では二人とも、明日からも武運を祈るよ』
最後のダイゴの声によって、報告電話は終了した。
◇ ◇ ◇
一方、もう一つの世界。
そこは反転世界の歪みに潜む輪廻教と天狼隊のアジト。
リンが機材の荷解きをしていると、背後から二人の男が話しかける。
黒髪で短髪のカラス。そして同じく黒髪を短めのオールバックに整えたムクロ。
カラスが腰に手を当て、リンに問いかける。
「おいリン。グラードンの『取り込み』はどうしたんだよ」
「報告したでしょ?」
リンは煩わしそうに振り向いた。
「先鋒に向かわせたヒードランは、すでに例の組織に撃退されていたし、せめて敵の数を減らそうと思ったら、援軍が次から次へと現れたのよ。だから身の危険を感じて離脱した——以上」
「カッ! そりゃ事実だろうが、中身はどうなんだよ!お前は遊び癖があるからな」
「あんたに言われたくないわ、バトルジャンキー野郎」
「そりゃ、そっちだろが」
カラスとリンの言い合いにムクロが顔をしかめる。
「よせ。お前らは顔を合わせれば言い合いばかりだ。毎度仲裁する俺の身にもなれ」
「何言ってんだ、ムクロちゃん。こりゃチームとしてのコミュニケーションだぜ」
「そういうのうざいから」
カラスの軽口をリンが切り捨てる。その掛け合いに、ムクロはやれやれと頭を振る。
続けてカラスが話す。
「それよりも例の組織だ。いい加減、邪魔になってきたな。『クライアント様』の作戦じゃ、やつらは街への対応に精一杯って話じゃなかったか?」
「それに振り分けも絶望的にセンスないわ。グラードン相手に連れて行くのがヒードランとレジロックってどういうこと? もうちょっとマシな組み合わせ思いつかないわけ?」
それを聞いていたムクロが冷徹に言い放つ。
「スポンサーが現場に口出し始めたのが余計だな。まあ、『所有権』が輪廻教にあるんだ。仕方あるまい」
そして、そのまま身を翻す。
「——それより、隊長のミーティングが始まる。行くぞ」
三人の影は、深い闇の中へと消えていった。