ポケットモンスター Agent PLATINUM   作:ミノワ

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ラティオスとラティアスを仲間に加えたライル達。
海底の洞窟へと向かう前夜。
二人がいたのはジムの戦闘スペースだった。



第四十九話【鎧の戦士】

 

 日没を過ぎ、静まり返ったフエンタウン。

 

 しかし対照的に、ジムの地下戦闘スペースでは激しい打撃音と荒い息遣いが響いていた。

 

「違う、そうじゃない!タイミングを覚えろ!」

 

 ルカの声が鋭く飛ぶ。

 

 彼女がルガルガンに対峙させているのは、タイプ:ヌルだった。重いマスクのせいで視界も限られているはずのヌルに対し、ルカは一切の手加減をせず、厳しい戦闘訓練を課していた。

 

 ルカがヌルの正面に近づき、真剣な剣幕で伝える。

 

「いいか? お前には耐久力がある、根性もな。速さで相手を上回れなくても、引き寄せてから攻撃を返すんだ。もう一回!」

 

 そして、訓練を再開する。

 

 ルガルガンが低く身構え、ヌルとの間合いを詰める。

 

「ガルル……」

 

 そして駆け出す。

 

 ヌルはその動きを正面から受け止めようとした。だが、ルガルガンが踏み込むより早く、自ら地面を蹴ってしまう。

 

「早い!」

 

 ルガルガンは横へ身をかわすと、すれ違いざまにヌルの足を払った。重い身体が床へ叩きつけられる。

 

 ルカは駆け寄り、しゃがんで視線を合わす。

 

「自分から行くな! 相手が踏み込んでくるギリギリまで待て!」

 

 そして、ヌルはすぐさま立ち上がる。

 

 これまでに何度もそうしていた。

 

 その目からは光が消えない。

 

 ルカはそれを確認すると、また距離を取った。

 

 修正。反復。そしてまた、修正。

 

 ライルも自分のポケモンを出しつつ、時折ヌルの動きをサポートし、その様子を見守っていた。

 

「なあルカ。ヌルはその技、覚えるのか?」

「無理ってことはねえはずだろ」

 

 ライルは、ルカがポケモンを「一から」叩き上げる姿を初めて間近で見た。

 

 彼女の訓練は苛烈であった。

 

 だがその厳しさの裏には、生き残るための真剣さがあった。

 

 ルガルガンやサザンドラがこれほどまでに鍛えられているのは、ルカと共にこの地獄のような反復を乗り越えてきた証なのだろう。

 

 一方、ライルの育成は「対話」と「適性」だった。手持ちの一体一体と真摯に向き合い、彼らに見合った能力を根気よく伸ばし続ける。

 

 かつてゲンジが評したように、性格は対照的な二人だが、こと強さというものに対しては、似通った誠実さを持っていた。

 

 しかし——

 

 ヌルの足はわずかに震え、今日の激闘とこの特訓により、体力は底をつきかけていた。

 

「ルカ。ヌルはもう限界だ。今日はここまでにして休ませてやれよ」

 

「……そうだな、分かった。行くぞお前ら」

 

 その言葉にルガルガンが続き、少し遅れてヌルも後を追う。

 

 二人には、ヌルが鎧の奥で僅かに視線を落としているように見えた。

 

        ◇ ◇ ◇

 

 ジムの回復施設内。

 

 空調の静かなハミングと、精密機械が放つ規則的な電子音が耳に届く。

 

 ヌルを専用カプセルの中に入れ、体力を回復させる。

 

 その様子を、二人は外のガラス越しに見守っていた。

 

 その時、ルカがおもむろに口を開いた。

 

「……ちょっと厳しすぎたかな。どう思う?」

 

 普段の勝ち気な彼女からは想像もつかない不安げな声に、ライルは思わずルカを見る。

 

「……どうだろうな」

 

 そして再び、ヌルへと視線を戻す。

 

「でもヌルは、一度も音を上げなかった。お前だって何か思うところがあるから、鍛えるって言ったんだろ?」

 

「……まあな」

 

 そういうと彼女は、手すりを強く掴んだ。

 

「……でも、あたしはこの方法しか知らない。こうしてみんなと強くなってきた。あたしも、ルガルガンもサザンドラも、みんな一緒に」

 

 ルカは、かつての自分の無力さを克服するために、ただひたすら強さを求め、厳しく己を削ってきた。

 

 一方のライルも、あくなき向上心を持ち、日々淡々と鍛え続けてきた。

 

 歩んできた道は違えど、彼女の過去を知るライルは、その生き方に敬意を払っていた。

 

 そしてルカは続ける。

 

「……あいつさ、戦ってる時は目に火が付いたように見えるんだ。きっと『昔のあたし』と同じだと思う。その時だけが、いろんなことを忘れられるんだ」

 

 ルカはいつの間にか、ヌルを自分に重ねていた。

 

「あたしは……ヌル自身が強くなることが、あいつが心を開くきっかけになると思う」

 

 ルカの「厳しさ」は、ヌルという存在を認めているからこそのものであった。

 

 ライルはその言葉を、真っ直ぐ受け止めた。

 

 だがルカはその視線に気づくと、気恥ずかしさを隠すように、眉を寄せ、少しだけ口を尖らせた。

 

「クソ真面目な相棒のお人好しが移っちまった」

 

 彼女らしい照れ隠しに、ライルは苦笑する。

 

「お前が優しいのはずっとだよ。——子どもとポケモンだけにはな」

「うっせーよ」

 

 ルカがライルの肩を軽く小突く。

 

「はは」

「ふっ」

 

 笑いあう二人。

 

 そこには穏やかな時間が流れていた。

 

 ——だが突如としてルカが牙を剥いた。

 

「おいてめえ何ヘラヘラしてんだ?」

「えっ」

 

「お前が敵のクソ女に羽交い締めにされたこと、まだ許してねーからな。お前もヌルみたいにもっと鍛えろこの野郎!!」

 

「悪かったって。精進するよ」

 

 世界が危機にあり、背負う重圧は測り知れない。

 

 それでもこうして軽口を叩き合う瞬間だけは、二人がただの少年と少女に戻れる時間であった。

 

        ◇ ◇ ◇

 

 早朝。

 

 空が白み始め、夜の群青が淡い金色の光に溶け出す頃。

 

 ライルは早々に荷物をまとめ、タイプ:ヌルの様子を見に行こうと部屋を出た。

 

 すると、ちょうど廊下の角でルカと鉢合わせる。

 

「あれ、早いじゃん」

「おー。まあ、ちょっとな……」

 

 どこか決まり悪そうにはぐらかすルカを見て、ライルはすぐに察する。

 

 彼女もまた、ヌルのことが気になっていたのだと。

 

「何がおれの影響だよ」

「フン」

 

 ルカは鼻を鳴らして前を歩き出す。

 

 しかし、二人が回復施設にたどり着くと、そこにヌルの姿はなかった。

 

「いねえ! なんでだ!?」

「抜け出したのか!? とにかく探そう!」

 

 慌ててジム内を捜索する二人。

 

 だが。

 

 その心配はすぐに杞憂へと変わる。

 

 ヌルはいた。

 

 昨夜厳しい特訓を行っていた、まさにその場所に。

 

 二人は声をかけようとするも、その足を止めた。

 

 ヌルが一匹で、目の前にいる敵と戦うかのように動いていたからだ。

 

 ルカが昨日教えた通りの動き——敵を引き付け、受け止め、そして返す。

 

 どこまでも丁寧で、愚直なまでに真剣。

 

 言葉は交わせずとも、彼がルカの教えをその身に刻もうとしているのが伝わってくる。

 

 その姿を見つめるルカの横顔も、穏やかで優しいものだった。

 

 そんな彼女を見て、ライルは笑って話しかける。

 

「お前のやり方は、間違ってなかったんじゃないか?」

「……ハッ。クソ真面目があいつにまで移っちまったらしいな」

 

 相変わらずの照れ隠し。

 

 ライルとルカはヌルの邪魔をしないよう、静かにその場を後にした。

 

        ◇ ◇ ◇

 

 出発の時刻。

 

 行き先は再びルネシティ。

 

 ライルはいつの間にか戻ってきていたヌルをボールに戻す。

 

 そして昨日のようにトロピウス達に跨ろうとした二人の前に、ラティオスとラティアスが舞い降りた。

 

 それを見た老婆がにこやかに笑う。

 

「ほっほ。どうやら『背に乗れ』と言っとるようじゃの。こやつらは早いぞ?」

「へえ。いいのか?」

 

 二人がその身体を撫でると、ラティオス達は乗りやすいように身を低くした。

 

「なら、私たちは後から追いかけるわ」

 

 ナギの言葉に二人は頷く。

 

「潜水器具は、わしの使いに手配させてある。ルネに着いたら尋ねるがよい」

 

「ありがとうございます!」

 

 老婆とカイト、ナギに見送られ、ライルはラティオスに、ルカはラティアスの背に跨った。

 

 二体が軽く飛翔し、高度を上げる。

 

 そして、腕を折りたたんだ。

 

「先に行ってます!」

「んじゃ、また後でな——」

 

 次の瞬間。

 

 ルカが言い切らないうちに、凄まじい勢いでラティオス達が加速した。

 

 ——キィィィィィィィィィン!!!

 

 大気を切り裂くような音と共に、水平線へ向かって一直線に飛ぶ。

 

 周囲の景色が一瞬で流れていく。

 

 振り返れば既に、フエンタウンは遙か後方であった。

 

 ルカは必死にラティアスの首へしがみつく。

 

「……おい、これっ!……流石に早すぎるだろ!……死ぬっ!!」

 

 その隣では、ライルを乗せたラティオスが並ぶように飛んでいた。

 

 そして、ライルはルカを見てふと思い出す。

 

 そうだった。

 

 こいつ、ジェットコースター苦手なんだ。

 

 二体はそのまま速度を落とすことなく、ルネシティへ向かっていく。

 

 目的地は、その近海にある『海底の洞窟』。

 

 大地と対を成す、大海の王がいる場所。

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