ポケットモンスター Agent PLATINUM 作:ミノワ
ラティオスとラティアスを仲間に加えたライル達。
海底の洞窟へと向かう前夜。
二人がいたのはジムの戦闘スペースだった。
日没を過ぎ、静まり返ったフエンタウン。
しかし対照的に、ジムの地下戦闘スペースでは激しい打撃音と荒い息遣いが響いていた。
「違う、そうじゃない!タイミングを覚えろ!」
ルカの声が鋭く飛ぶ。
彼女がルガルガンに対峙させているのは、タイプ:ヌルだった。重いマスクのせいで視界も限られているはずのヌルに対し、ルカは一切の手加減をせず、厳しい戦闘訓練を課していた。
ルカがヌルの正面に近づき、真剣な剣幕で伝える。
「いいか? お前には耐久力がある、根性もな。速さで相手を上回れなくても、引き寄せてから攻撃を返すんだ。もう一回!」
そして、訓練を再開する。
ルガルガンが低く身構え、ヌルとの間合いを詰める。
「ガルル……」
そして駆け出す。
ヌルはその動きを正面から受け止めようとした。だが、ルガルガンが踏み込むより早く、自ら地面を蹴ってしまう。
「早い!」
ルガルガンは横へ身をかわすと、すれ違いざまにヌルの足を払った。重い身体が床へ叩きつけられる。
ルカは駆け寄り、しゃがんで視線を合わす。
「自分から行くな! 相手が踏み込んでくるギリギリまで待て!」
そして、ヌルはすぐさま立ち上がる。
これまでに何度もそうしていた。
その目からは光が消えない。
ルカはそれを確認すると、また距離を取った。
修正。反復。そしてまた、修正。
ライルも自分のポケモンを出しつつ、時折ヌルの動きをサポートし、その様子を見守っていた。
「なあルカ。ヌルはその技、覚えるのか?」
「無理ってことはねえはずだろ」
ライルは、ルカがポケモンを「一から」叩き上げる姿を初めて間近で見た。
彼女の訓練は苛烈であった。
だがその厳しさの裏には、生き残るための真剣さがあった。
ルガルガンやサザンドラがこれほどまでに鍛えられているのは、ルカと共にこの地獄のような反復を乗り越えてきた証なのだろう。
一方、ライルの育成は「対話」と「適性」だった。手持ちの一体一体と真摯に向き合い、彼らに見合った能力を根気よく伸ばし続ける。
かつてゲンジが評したように、性格は対照的な二人だが、こと強さというものに対しては、似通った誠実さを持っていた。
しかし——
ヌルの足はわずかに震え、今日の激闘とこの特訓により、体力は底をつきかけていた。
「ルカ。ヌルはもう限界だ。今日はここまでにして休ませてやれよ」
「……そうだな、分かった。行くぞお前ら」
その言葉にルガルガンが続き、少し遅れてヌルも後を追う。
二人には、ヌルが鎧の奥で僅かに視線を落としているように見えた。
◇ ◇ ◇
ジムの回復施設内。
空調の静かなハミングと、精密機械が放つ規則的な電子音が耳に届く。
ヌルを専用カプセルの中に入れ、体力を回復させる。
その様子を、二人は外のガラス越しに見守っていた。
その時、ルカがおもむろに口を開いた。
「……ちょっと厳しすぎたかな。どう思う?」
普段の勝ち気な彼女からは想像もつかない不安げな声に、ライルは思わずルカを見る。
「……どうだろうな」
そして再び、ヌルへと視線を戻す。
「でもヌルは、一度も音を上げなかった。お前だって何か思うところがあるから、鍛えるって言ったんだろ?」
「……まあな」
そういうと彼女は、手すりを強く掴んだ。
「……でも、あたしはこの方法しか知らない。こうしてみんなと強くなってきた。あたしも、ルガルガンもサザンドラも、みんな一緒に」
ルカは、かつての自分の無力さを克服するために、ただひたすら強さを求め、厳しく己を削ってきた。
一方のライルも、あくなき向上心を持ち、日々淡々と鍛え続けてきた。
歩んできた道は違えど、彼女の過去を知るライルは、その生き方に敬意を払っていた。
そしてルカは続ける。
「……あいつさ、戦ってる時は目に火が付いたように見えるんだ。きっと『昔のあたし』と同じだと思う。その時だけが、いろんなことを忘れられるんだ」
ルカはいつの間にか、ヌルを自分に重ねていた。
「あたしは……ヌル自身が強くなることが、あいつが心を開くきっかけになると思う」
ルカの「厳しさ」は、ヌルという存在を認めているからこそのものであった。
ライルはその言葉を、真っ直ぐ受け止めた。
だがルカはその視線に気づくと、気恥ずかしさを隠すように、眉を寄せ、少しだけ口を尖らせた。
「クソ真面目な相棒のお人好しが移っちまった」
彼女らしい照れ隠しに、ライルは苦笑する。
「お前が優しいのはずっとだよ。——子どもとポケモンだけにはな」
「うっせーよ」
ルカがライルの肩を軽く小突く。
「はは」
「ふっ」
笑いあう二人。
そこには穏やかな時間が流れていた。
——だが突如としてルカが牙を剥いた。
「おいてめえ何ヘラヘラしてんだ?」
「えっ」
「お前が敵のクソ女に羽交い締めにされたこと、まだ許してねーからな。お前もヌルみたいにもっと鍛えろこの野郎!!」
「悪かったって。精進するよ」
世界が危機にあり、背負う重圧は測り知れない。
それでもこうして軽口を叩き合う瞬間だけは、二人がただの少年と少女に戻れる時間であった。
◇ ◇ ◇
早朝。
空が白み始め、夜の群青が淡い金色の光に溶け出す頃。
ライルは早々に荷物をまとめ、タイプ:ヌルの様子を見に行こうと部屋を出た。
すると、ちょうど廊下の角でルカと鉢合わせる。
「あれ、早いじゃん」
「おー。まあ、ちょっとな……」
どこか決まり悪そうにはぐらかすルカを見て、ライルはすぐに察する。
彼女もまた、ヌルのことが気になっていたのだと。
「何がおれの影響だよ」
「フン」
ルカは鼻を鳴らして前を歩き出す。
しかし、二人が回復施設にたどり着くと、そこにヌルの姿はなかった。
「いねえ! なんでだ!?」
「抜け出したのか!? とにかく探そう!」
慌ててジム内を捜索する二人。
だが。
その心配はすぐに杞憂へと変わる。
ヌルはいた。
昨夜厳しい特訓を行っていた、まさにその場所に。
二人は声をかけようとするも、その足を止めた。
ヌルが一匹で、目の前にいる敵と戦うかのように動いていたからだ。
ルカが昨日教えた通りの動き——敵を引き付け、受け止め、そして返す。
どこまでも丁寧で、愚直なまでに真剣。
言葉は交わせずとも、彼がルカの教えをその身に刻もうとしているのが伝わってくる。
その姿を見つめるルカの横顔も、穏やかで優しいものだった。
そんな彼女を見て、ライルは笑って話しかける。
「お前のやり方は、間違ってなかったんじゃないか?」
「……ハッ。クソ真面目があいつにまで移っちまったらしいな」
相変わらずの照れ隠し。
ライルとルカはヌルの邪魔をしないよう、静かにその場を後にした。
◇ ◇ ◇
出発の時刻。
行き先は再びルネシティ。
ライルはいつの間にか戻ってきていたヌルをボールに戻す。
そして昨日のようにトロピウス達に跨ろうとした二人の前に、ラティオスとラティアスが舞い降りた。
それを見た老婆がにこやかに笑う。
「ほっほ。どうやら『背に乗れ』と言っとるようじゃの。こやつらは早いぞ?」
「へえ。いいのか?」
二人がその身体を撫でると、ラティオス達は乗りやすいように身を低くした。
「なら、私たちは後から追いかけるわ」
ナギの言葉に二人は頷く。
「潜水器具は、わしの使いに手配させてある。ルネに着いたら尋ねるがよい」
「ありがとうございます!」
老婆とカイト、ナギに見送られ、ライルはラティオスに、ルカはラティアスの背に跨った。
二体が軽く飛翔し、高度を上げる。
そして、腕を折りたたんだ。
「先に行ってます!」
「んじゃ、また後でな——」
次の瞬間。
ルカが言い切らないうちに、凄まじい勢いでラティオス達が加速した。
——キィィィィィィィィィン!!!
大気を切り裂くような音と共に、水平線へ向かって一直線に飛ぶ。
周囲の景色が一瞬で流れていく。
振り返れば既に、フエンタウンは遙か後方であった。
ルカは必死にラティアスの首へしがみつく。
「……おい、これっ!……流石に早すぎるだろ!……死ぬっ!!」
その隣では、ライルを乗せたラティオスが並ぶように飛んでいた。
そして、ライルはルカを見てふと思い出す。
そうだった。
こいつ、ジェットコースター苦手なんだ。
二体はそのまま速度を落とすことなく、ルネシティへ向かっていく。
目的地は、その近海にある『海底の洞窟』。
大地と対を成す、大海の王がいる場所。