ポケットモンスター Agent PLATINUM 作:ミノワ
カイオーガを求めてミナモシティ近海へと向かったライルとルカ。だがそこで待ち受けていたのは、ルカの過去のトラウマだった。
※今回から数話にわたり、戦闘回が続きます。
ミナモの荒波の上空。
「こいつが……? ルカ、本当なのか?」
「……見間違いようがねえよ」
かつての悪夢を目の前にし、ルカの呼吸は浅く短くなっていた。
「あの時に居た何体もの巨大な影……。あの形は間違いなく、そこにいた奴らのうちの一体だ……」
ルカの視線の先。
怪物は口から生えた腕をしならせ、粉砕された足元の瓦礫を次々と口の中へ運び込んでいた。
そして、強大な顎で咀嚼した岩塊を、今度は弾丸のような勢いでカイオーガへと吐き戻す。
轟音と共に飛来する無数の岩石。
カイオーガは鋭い眼圧で怪物を捉え、周囲の潮目を操ってその攻撃をいなしていく。
海の王と異形。
二体の規格外の存在が睨み合う中。
突如、岩場の陰から声が響いた。
「——おお、本当に現れやがった! にしても早すぎるだろ、嗅覚の鋭いバケモンだぜ!」
「……あれは!」
そこに立っていたのは、一人の男。
ダイゴ救出作戦の際、老兵の傍らに控えていた、見るからに実力者の兵。
天狼隊——カラス。
「……お?」
そのカラスが、ライル達を見つけた。
「例のガキどもまでいるじゃねえか。煙突山からここまで嗅ぎ回ってたってのか?」
「……あいつ」
グラードンを狙い、煙突山で襲撃をしてきた天狼隊リン。
そして今度はこの男。
カイオーガを捉えようとこの場所にいることは、もはや疑いようがない。
「——それだけは阻止しなきゃいけない」
ライルはナギとカイトを、自分とルカの近くへ呼んだ。
「ライルくん!あれ、煙突山に居た『レジロック』と一緒よね!?」
ナギが、鎖と霧に覆われた異形の体を指差す。
「そうです!」
「何か対策はあるの!?」
ライルは岩場に立つ異形を見て答える。
「あの化け物……タイプや弱点は分かりませんが、反転化されたポケモンは黒い霧によって大抵のダメージを受け流します。ですが、その許容量を超えれば、反転世界に返すことができる」
「つまり、大ダメージを与えねばならんのだな?」
「はい。カイオーガがレックウザと同等の存在なら、まずはカイオーガが攻撃する隙を作れるように援護すればいい」
それは、彼らがかつて『そらのはしら』でギラティナに対して行ったことと同様。
この場の全員が、その作戦を理解できる。
だが今は、あの時に無かったイレギュラーがもうひとつ。
「……そう、あの軍服の男の出方が分からない」
四人の様子を観察していたカラスは、呆れたように鼻を鳴らした。
「おいおい何するつもりだ? まさかこの戦いに割って入ろうってんじゃねえだろうな……」
そして立て続けに三つのボールを投げ放つ。
閃光と共に現れたのは、『オンバーン』、『プテラ』、そして『カイリュー』。
そのままカラス自身もカイリューの背へ飛び乗り、一気に高度を上げた。
「……マジかよ」
一目でわかるその戦闘力の高さに、ライルの背に冷たい汗が流れる。
この大シケの中、三匹を同時に展開し、自らも戦場へ躊躇なく飛び込んでくる。しかもその布陣は、彼が相当な使い手であることを雄弁に物語っていた。
それでも、怯んでいる暇はない。
ライルはすぐさま戦況へ意識を戻す。
「ルカ!あいつの動きを止めながら、隙を見てカイオーガの援護にも入るぞ!」
だが、返事がなかった。
「……ルカ? おい、ルカ!?」
ライルが彼女に視線をやると、ルカの目は怪物をいまだに捉えていた。
「ルカ! いけるか!?」
「っ……! あ、ああ。大丈夫だ」
その返事には明らかな間があった。ルカは今まで、どんな敵にも怯むことなく立ち向かってきた。その彼女が初めて見せた戦闘前の「硬直」。
ライルは言いようのない胸騒ぎを覚えたが、戦場に「待った」はない。
彼はラティオスの背に乗ったまま、ウォーグルを繰り出した。
眼下では、大海の王と異界の怪物が睨み合う。
上空では、傭兵が獲物を狙う。
ミナモの海は、さらに荒れ狂っていった。
◇ ◇ ◇
最初に動いたのは、カイオーガと怪物。
怪物は巨大な口を開き、飲み込んでいた大量の瓦礫を黒い粘液と共に吐き出す。
「ヴォォォォォォォォッ!!」
それに対しカイオーガが放ったのは『れいとうビーム』。
飛来する瓦礫は空中で凍り、巨大な氷塊となって、次々と海面へ落下する。
怪物はさらに黒い毒液『ヘドロウェーブ』を撒き散らす。
カイオーガは、今度は『ハイドロポンプ』でそれを押し返すが、水飛沫と毒が混ざり合い、周囲に散らばる。
「ハハア! とんでもねえなこいつら、最高じゃねえか!」
その激しい攻防を前に、カラスはカイリューの背で声を上げて笑った。
その様子を見たライルの表情が険しくなる。
(コイツは、見るからに空中戦に自信を持ってる……。発言から察するに、あの女兵と同じく、かなり苛烈なタイプか?)
それに気づいたカラスが声を上げた。
「おい、そう怖ぇ顔すんなよ。お前もそう思わねえか? この震えるような状況、楽しまなきゃ損だぜ!」
「……戦闘狂と話すことは何もねえよ」
「硬いねぇ」
カラスは挑発するかのように、僅かに眉を上げる。
「お前ら、リンとやり合ったんだろ? あいつは結構満足そうにしてたぜ? おれも楽しませてくれよ!」
そして、さらに獰猛な笑みを浮かべた。
「まあオレは——あいつの数倍、手強いがな!」
「……!?」
カラスが片手を振る。
同時にプテラとオンバーンが短く吠え、一気に加速した。
プテラはライルへ。オンバーンはルカへ向かう。
「ウォーグル!」
「クアァ!」
プテラの急襲に、ウォーグルが真正面から飛び込んだ。
互いの爪が激しくぶつかり合う。プテラの攻撃をウォーグルが旋回してかわし、そのまま『ブレイブバード』で反撃する。
一方、オンバーンはラティアスへ迫っていた。
「行ったぞ!」
ライルが叫ぶが、ルカの反応が遅い。
それを見逃すまいとオンバーンから『ばくおんぱ』が放たれた。
「ルカ!」
「チッ……!」
ぶつかる間際、ラティアスが急旋回。
直撃だけは避けたものの、オンバーンが一気に距離を詰める。
牙が迫った瞬間。
横からナギのエアームドが猛スピードで割り込む。
奇襲を受けたオンバーンが体勢を崩し、一旦、こちらから距離を取った。
「ルカちゃん! 大丈夫!?」
「……わりぃ」
ルカの声にはいつもの力がなく、その視線は何度も異形の怪物へと向かっていた。
ライルは瞬時に判断を下す。
「ナギさん。おれと二人であの傭兵を相手してもらえますか?」
「……!了解!」
「カイトさん!」
ナギのトロピウスに乗っていたカイトが振り返る。
「俺はカイオーガの護衛につく!」
「すみません……!お願いします!」
カイトはトロピウスと共に海上へ向かうと、トドゼルガを繰り出した。
トドゼルガは荒れた波を乗り越えながらカイオーガの側面に位置する。
そして、ライルはラティオスをルカの隣まで寄せた。
「ルカ。遠距離でカイトさんの『援護』を頼めるか?」
ルカの目が見開かれる。
その指示はつまり、彼女を前線から下げることを意味していた。
「……何言ってんだよ!あたしだって——」
「ルカ! 今はいい!何も考えなくていい!だから、後方の援護を頼む。……いいな?」
今のルカは明らかに精彩を欠く。敵はその隙を見逃してくれるレベルではない。わずかな隙が命取りになる。
ルカは拳を握り締め、唇を強く噛んだ。
そして——
「……わかった」
しかしその直後、彼女は腰から取り出したハイパーボールをライルに差し出した。
「だったら、せめて」
「なんだ?」
「サザンドラを使ってくれ」
「何言ってんだよ、お前の大事な——」
「そうだよ、だからだ……!」
ルカは声を絞り出すように告げる。
「ここで何もできなきゃあの時と一緒だ……!そうなったらあたしは、あの日から何も変われてない……。そんなの絶対に嫌だ……!」
彼女は悲痛な表情でライルを見る。
「だから頼むよ……」
ルカは視線を逸らさない。
「……分かった」
ライルはそれを受け取った。そしてラティアスに声をかける。
「ラティアス、頼むな」
ライルはそう言うと、ラティアスの背にルカリオを乗せた。
「ルカリオ、お前もルカのそばにいてくれ」
(……ああ)
ラティアスはルカとルカリオを乗せたまま高度を下げ、カイオーガの後方へと移動した。海面ではすでに、カイトのトドゼルガが飛来する瓦礫や毒液を『みずのはどう』で迎え撃っている。
ライルはその様子を確認すると、ナギの隣へ戻り、ルカから預かったサザンドラを繰りだす。
「ナギさん、少し想定外でした。あの男、片手間で抑えられる相手じゃない。まずは奴に戦力を集中させます。そのあとで、カイオーガの援護に入りましょう」
「ええ、任せて」
カラスは一連の様子をつぶさに観察していた。
「女のガキのほうは引っ込めるのかぁ?ハハァ、まあいい。こっちの方が潰し甲斐がありそうだからな」
そして、楽しそうに口角を上げた。
「いけ! お前ら!」
再び、オンバーンとプテラが動く。
「ナギさんはオンバーンを! ウォーグルそのまま!サザンドラは援護を頼む!」
それぞれが加速する。
後方では、サザンドラが三つの頭を持ち上げ、低い咆哮を上げた。
荒れ狂うミナモの空で、激しい戦いが始まった。
◇ ◇ ◇
ナギのエアームドとチルタリスがオンバーンを迎え撃つ。高速で飛び回るオンバーンに対し、守りを固めるエアームドとチルタリス。
至近距離から放たれた『ばくおんぱ』を、チルタリスが『ひかりのかべ』で弱め、その横からナギの乗るエアームドが『エアスラッシュ』で応戦。
オンバーンは旋回してかわす。そのまま加速して二匹の間を抜け、急上昇した。
空中戦闘を得意とするナギですら、一瞬、その姿を取り逃しそうになる。
「速い……!」
「カカッ! そいつは簡単に捕まらねえぞ!」
カラスの声が響く。
少し離れた場所では、ウォーグルとプテラが激しく交差していた。
プテラの翼と爪による猛攻を、ウォーグルが『はがねのつばさ』で受け止める。互いに距離を取っては、再び一直線にぶつかる。
「いいねえ、ぶち上がるぜ!カイリュー、『りゅうのはどう』!!」
カラスが跨るカイリューの口元に、蒼い光が集まる。
「ラティオス! お前も打てるか!?」
ラティオスは頷き、即座に応じた。
二つの光が空中で激突する。
爆発と共に白い光が広がり、周囲の視界が一瞬奪われた。ライルは腕で顔を庇いながら、すぐに次の位置を確認する。
彼はラティオスの能力を全て把握しているわけではない。それでもラティオス自身の反応を頼りに、指示を繋いでいく。
そしてカラスは煙に紛れ、カイリューを右へ徐々に動かしながらライルの死角へ入ろうとする。
「サザンドラ! カイリューの右側を牽制!」
後方から『りゅうのはどう』が放たれる。
カイリューは危なげなく回避するが、右への進路を絶たれる。
「ラティオス!」
ライルの短い声掛けに、ラティオスがカイリューと一定の間隔をキープする。
「カッ!いいじゃねえか」
カラスの声が、戦場に響いた。
◇ ◇ ◇
その直下でも激しい攻防が続いていた。
異形の怪物は岩場から降り立ち、ゆっくりと浅瀬へ向かって進んでいる。
そこへカイオーガが『ハイドロポンプ』を放つ。
怪物はそれを受けつつも止まらない。反転の鎖の回復もある。しかし何よりも驚くべきは、巨大な口にめがけて飛来した水流すら飲み込んでいるように見えることだった。
「……なんだよ、あれ……」
ルカはカイオーガの後方で、浮遊するラティアスの背からその姿を見つめていたが、その手は未だ震えていた。
あらゆるものを喰いながら進む怪物。
沖合にいるカイオーガまではまだ距離があるものの、確実に歩を進めている。
「トドゼルガ!行くぞ!」
カイトが声を上げる。
トドゼルガが荒れた海面を滑るように進み、カイオーガの僅かに前に出る。
怪物が吐き出した瓦礫へ向け、『こごえるかぜ』を放った。
凍った瓦礫が海面へ落ちる。
「俺だけでは止めれん……。ルカ!援護を頼む!」
「……分かってる!」
カイトの呼びかけにルカが無理やり声を張る。
「ラティアス!ルカリオ!」
ラティアスが口元に光弾を、続いてルカリオが両手に波導を溜める。
——バシュ!
——ズドン!
『ミストボール』と『はどうだん』。それらが同時に、それも巨体のほぼ同箇所に着弾してはじけた。
衝撃に軽くのけ反る怪物。だが、二つの技がぶつかった時の反応に差異があった。
ルカは、それを見逃さなかった。
「……効いた?どっちだ?」
それを確かめるため、ルカは再び指示を飛ばそうとする。
だが次の瞬間。
「ギィィイイアアアア!!」
怪物が咆哮する。その悍ましい声に、ルカは思わず耳を塞いでしまう。そして巨大な口から、また『ヘドロウェーブ』が撒き散らされた。
「下がれ!」
カイトが叫ぶ。
ラティアスが急上昇し、トドゼルガもカイオーガの後方へ退く。
海面に落ちた毒が広がり、その周囲から霧が立ち上る。
「……ハァッ……ハァッ」
ルカは息を荒くしながら、目の前の怪物を見据え続ける。
——逃げたい。
——目を逸らしたい。
それでも、この場を離れることだけはしなかった。
◇ ◇ ◇
海上を黒い霧が覆っている。
(あっちは大丈夫か!?)
ライルの視線が、ルカ達の方向へ向く。
その僅かな隙を、カラスは見逃さない。
「オレを無視していいのかよ!?」
カイリューがカラスを乗せたまま一気に加速。正面からラティオスへ突っ込んできた。
「ラティオス!」
ギリギリの指示。
ラティオスが咄嗟に身を翻す。
カイリューの突進が、ライルのすぐ横を抜けていく。
「まだだ!!」
カラスの叫びと共に振り向いたカイリュー。そして放たれたのは『りゅうのはどう』。
「くっ……!」
ラティオスも同じく『りゅうのはどう』を放ち、間一髪で相殺。
周囲を再び爆煙が覆う。
先ほどと似た状況に、ライルが叫ぶ。
「あいつの接近に気をつけろ!」
僅かな沈黙。
だが煙を破り、飛びだしてきたのは——プテラ。
「……なっ!!」
カラスが居た逆方向からの襲撃に、ライルの反応が一瞬遅れる。
プテラの鋭い翼と爪が、猛スピードで襲いかかる。
(……間に合わない!)
ライルは衝撃に身構える。
その瞬間、頭上から影が落ちた。
ウォーグルが急降下してプテラの進路へと割り込み、その攻撃を真正面から受け止めた。
——ガキィン!!
激しい衝撃音が響く。
「ウォーグル!」
ウォーグルは押し込まれながらも、プテラをライルから引き離す。
その隙にラティオスが距離を取る。
カラスは再び笑った。
「カッカッ!よそ見してる暇なんかねえぞ!」
狡猾な距離の詰め方と、正面からの突破力。
単発で終わらない洗練された連携、そしてフェイク。
——明確に、格上。
雨に交じり、ライルの額に冷や汗が流れる。
それでもライルは、戦場の全てを見ようとしていた。
それこそが彼の強みだった。
隣で戦うナギ、そして海上のルカたち。
それらを確認すると、すぐに眼前の敵へ視線を戻した。
一方、戦場の『