ポケットモンスター Agent PLATINUM 作:ミノワ
「ウォーグル、助かった!!」
「クァアアッ!」
ライルの声に、ウォーグルは短く勇猛な雄叫びを返す。そして翼を大きく広げ、再び眼前のプテラを睨み据えた。
だが、ウォーグルの全身には、すでに細かな傷が刻まれていた。プテラはウォーグルにとって決して相性の良い相手ではない。それを正面から抑え、攻撃を止め続けている。
今はその気迫で互角以上の立ち回りを続けているが、長期戦になれば不利なのは明らかであった。
そして、そのことを最も理解しているのは——ウォーグル自身だった。
◇ ◇ ◇
「カカッ!やるなぁガキ!その若さにしちゃかなりイイ線いってるぜ」
カラスは心底楽しそうに笑う。
さらにその視線はライルだけではなく、戦場全体へと向けられた。
(場慣れしすぎてるわなぁ、こいつら)
カラスはライルを見据えた。
「一つ教えてくれよ!『カンナギ』に居たのはてめえらか?」
カラスの不意な問いに、ライルは眉を顰める。
「カンナギ……? なんの話だ」
「なんだよちげえのか?」
ライルはそれ以上、言葉を返さない。
(……どういう意味だ?)
そして、カラスが現れた時の発言を思い出す。
——『本当に現れやがった』。
つまりカイオーガは呼び出された? ここに?
これまでの事件。エネルギーの異常反応、人影、ギラティナ。
ライルの中で、点と点が繋がっていく。
そして——
「お前らか? 全部」
「あん?」
「『本当に現れた』と言ったよな? つまり何らかの方法でカイオーガを呼び出したってことじゃないのか? ……だとしたら他のもそうか? 例えば——ギラティナ」
百戦錬磨の兵の表情が、僅かに動いたのをライルは見逃さなかった。
「『カンナギ』、『キッサキ』、『そらのはしら』、全部そうだ。ギラティナが現れる数日前にエネルギーの異常反応が起きていた。それを意図的に起こしてギラティナを呼び寄せた。レジギガスとレックウザを捉えさせるために……」
カラスは、ライルの声を片眉を上げながら聞いていた。
「でもカンナギに伝説のポケモンはいない。それにお前は、あの場に居たのはてめえらかと聞いた。なら……お前らは居なかったんだろ? あれは、テストだったんじゃないのか。ギラティナを本当に呼び寄せられるかどうかの!」
(おれとルカは、偶然それに巻き込まれただけだ!)
もちろん、ライルの中で全てが分かっていたわけではない。
半分は、ハッタリだ。穴だらけの理論。
だがカラスの目は、これまでにないほどに獰猛に変わった。
「……ガキだと思って舐めてたよ。頭は相当に切れるようだ」
「……何のために、こんなことをしてる!?」
「さあねえ」
カラスは僅かに顔を上げる。
「……まあ、その推理に免じて答えてやるが、『そもそもの原因』は知らねえ。その続きは、今日を生き延びれたら探ってみな!」
再びカラスのカイリューが突進を仕掛ける。ライルはラティオスを操り、旋回して回避する。
空中戦は再び熱を帯びていく。
一方。
カイオーガと怪物の激突は、未だ決着の兆しを見せていなかった。
凄まじいエネルギー量を誇るカイオーガは、怪物の巨大な口から吐き出される瓦礫も毒液も、『ハイドロポンプ』で押し返していく。
だが、異形の怪物も止まらない。
何度攻撃を受けても反転の鎖で回復し、全てを喰らい、前へ進む。その底知れない耐久力を前に、カイオーガも決定打を与えられずにいた。
カラスもまた隙を見て、その光景を見ていた。
(あそこまで『強化』出来るとはな。それに張り合うカイオーガも半端ねえが。あまり『無駄遣い』は出来ねえが、まあ仕方ねえ)
そして海上を見下ろし、口元を吊り上げる。
「ちょっと加勢してやるよ! 『アクジキング』ちゃんよぉ!」
「アクジキング……?」
聞き慣れない名前にライルが反応する。
だが、それを確認する暇はなかった。
カラスが右手を海へ向ける。
その指にはリンと同じく、不気味な赤い光を放つ指輪が嵌められていた。
次の瞬間。
浅瀬に空間の歪みが生じた。黒い亀裂から落下したのは、氷の巨人——レジアイス。
その身体からは黒い霧が立ち上り、全身にはやはり、鎖の模様が浮かんでいる。
「まじかよ、クソッ!」
新たに現れた刺客に、ライルの表情が変わる。
レジアイスが両腕を広げると、周囲の気温が一気に下がった。
「レ……ジジジ……」
荒れ狂っていた海面が白く染まり、次々と凍結していく。
「まさか……!」
氷は、海の足場を作るように、カイオーガのいる沖合へ伸びていく。
浅瀬の先で歩みを止めていたアクジキングが、その氷の上へ巨大な足を乗せた。
狙いは明らかだった。
(このままじゃまずい……!)
そしてライルの意識が海へと向けられた。その隙を、カラスは逃さない。
「よそ見するなと言ったろ!?」
「——!!」
ライルが振り向いた際には既に、カイリューの口元に蒼いエネルギーが集まっていた。
「ラティオス!!」
もはや避けられるタイミングではなかった。ラティオスの胴体に『りゅうのはどう』が直撃する。
「ギャオッ!!」
ラティオスの身体が大きく跳ね上がる。激しい衝撃に、ライルの身体もその背から投げ出されてしまった。
「うぉわぁっ!!!」
青い身体は黒煙を引きながら、高度を一気に失っていく。ライルも同様に落ち続けた。
眼下には砂浜。
受け身を取ることすらできない高度。
地面が急速に近づく。
(やばい!……死——)
その直前。
二つの影が左右から飛び込んだ。
ウォーグルが片腕を、サザンドラが片足を掴む。
ライルの身体は地面の僅かに上で止まり、そのまま二匹に支えられて砂浜へと降ろされた。
「ハァ……ハァ……助かった……ありがとう」
プテラとオンバーンは、そこへ飛び込む姿勢を見せた。だが、ナギを乗せたエアームドが再び『エアスラッシュ』を放ち、それを事前に止めた。
「ナギさん!ありがとうございます!」
ナギは振り返らず、手だけで合図をする。
ラティオスは、少し離れた場所に墜落していた。
「ラティオス!」
ライルが駆け寄り、その身体に触れた。
「ごめん……おれのせいだ……!」
カイリューの攻撃と地面に衝突したダメージは大きく、ラティオスは翼を震わせていた。まだ身体を起こすことができない。
すぐに戦闘を再開するのは難しかった。
◇ ◇ ◇
ナギにより追撃を阻まれたカラス。
だが彼に焦りはなく、上空から戦場全体を冷静に見渡していた。
そして一瞬の思考を巡らせる。
まず視線は海上のルカ、そしてカイトへ。
——なぜかは知らねえが、あの女のガキはアクジキングを過剰に意識していて極端に動きが悪い。あの部族風の男は動きが戦闘員じゃねえ。そこまで気に掛ける必要はねえだろう。
次に視線をやったのはライル。
——男のガキの方は動きも悪くねえし、この場ではリーダー格。だが戦況全体を無理にでも見ようとする癖があり、さらに情に甘いのか、仲間の危機の度に意識がそちらへ向く。この戦場は、ヤツを取ればケリを着けるのは難しくない。後は、どれだけ手持ちを隠しているかだな。
そして傭兵が最後に視たのは、ナギだった。
——厄介なのはあの鳥使いの女。ガキと比べれば火力こそなく、単騎ならまずオレは負けん。だがさっきから絶妙なタイミングでサポートに入り、戦場全体を均衡させている。
二人を組ませたままでは膠着が長引き、イレギュラーを生みかねない。ならば男のガキを一人にさせ、先に仕留める方が一番手っ取り早いか。あの性格ならば、レジアイスまで現れたあっちを放っておけず、一人でオレと戦おうとするはずだ——
百戦錬磨のカラスは、この戦場における組み立てを固めた。
その一方。
追撃のない一瞬の隙を狙い、ナギもエアームド、チルタリスと共に砂浜へ降り立つ。
「ライルくん! 大丈夫!?」
「ええ……大丈夫です」
その正面。
カイリューがゆっくりと高度を落とし、カラスを背に乗せたまま砂浜へ着地。
ぬかるみが、ビシャリ、と音を立てる。
「カカッ!その青いのはもう戦えねえな」
そう言うと、カラスも地面へ飛び降りた。
「……あっちが気になるか?」
カラスは海上の方を指した。
「だが、これでお前も分かったろ? 今というこの瞬間に極限まで集中しなきゃ、このオレには勝てねえことにな」
相変わらず、戦いそのものを楽しんでいるような口調。だが、その身体から放たれる圧力は本物。
カラスは、ライルが戦ってきた中でも最上位クラスの存在だった。
ライルは何も答えなかった。怯えていたわけではない。むしろ、これまでにないほどにその思考は回転していた。
(考えろ……! 何かないか? 違和感……!)
思い出すのは、戦闘が始まってからのカラスの振る舞い。その中に、少しでも違和感を探す。
だが、敵は完成されていた。
狡猾さ、強かさ。
考えれば考えるほど、この傭兵に穴など……。
そう思いかけた矢先に、僅かな光が差した。
——いや、ある。
それはライルの、極限まで凝縮された思考だった。
——あいつは一見、戦闘狂に思えるような発言を繰り返してきた。だけど今この場での戦い方自体は、洗練されていて無駄がなく、堅実。
でも発言すべてが嘘だとも思えない。それは恐らく、あいつが戦いを好きなのは本心だからだ……!
おれに集中しろと言って挑発しているが、本当の狙いは、ナギさんとおれを引き離すことだろう。それなら、あいつの思い通りにはさせない。このままの戦線を維持する——!
「ナギさん——」
そう言いかけた瞬間、ライルは口を閉じた。
自分の判断を疑ったからだ。
——いいのか? 本当にそれで?
頭の中に、ある一人の男の言葉がよぎった。
『セオリー通りの対策だけをしていては、敵の予想を超えることはできない』
それは、ダイゴの言葉だった。
ライルは海上へ視線を向けそうになるのを堪え、自分に言い聞かせる。
いたずらに戦況を長引かせて、それでどうなる!? 時間を稼げば状況がよくなる保証もない。
その間にルカがやられてしまったら? カイトさんも、さらに危険な目に遭う。敵が増援に来ないとも限らない。
だったら、やるしかない。
ナギさんを海上へ送り、カイオーガの援護に回ってもらう。そして攻撃の隙を作る。そのために、おれが一人であいつを引き受ける。
それが、この状況を打開する一手になる。
そう決意したライルがカラスを見据えた時、一瞬、何かが崩れそうになった。
(……おれに倒せるのか? こいつを)
だがその弱気は、ほんの一瞬だった。
(そうじゃないだろう……? 今まで教えてもらったことを思い出せ!)
——慣れるのではなく適応するのだ
——要は、相手の『呼吸』を乱すこと
——決断に責任を持ち、自分や仲間を守りなさい
浮かび上がってくるのは、それぞれの師の顔。
ゲンジ、ロード、そして、シロナの。
ライルは目を閉じ、僅かに息を吐いた。
そして、開く。
「……ナギさん。カイオーガたちの援護に行ってください」
ナギは即座に反論した。
「何を言ってるの!? そんなのダメに決まってるわ!」
当然のことだった。
目の前にいる男がどれほど危険か、彼女も十分過ぎるほど分かっている。
「いえ、こいつの言う通りです。何かに気を囚われたままで勝てる相手じゃない。——おれを、こいつだけに集中させてください」
「でも……!」
ナギが言葉を止める。
ライルのその目には迷いがなかった。
ほんの少しの沈黙。
「……わかった。必ず勝って!」
「はい!」
エアームドが翼を広げる。
チルタリスもそれに続き、二匹はナギを連れて再び海上へ向かった。
カラスはその後ろ姿を見送った後、狡猾な笑みを浮かべる。
「いいねぇ、その度胸! 正々堂々とやり合おうや!」
「……お前の望み通りだろ?」
「あ?」
「そうやって挑発ばかりしているが、お前こそ、おれをここで潰さなきゃ、この戦いには勝てないと思ってる。だからこうやって『タイマン』に持ち込もうとした」
本当に僅かな時間だけ、カラスから笑みが消える。
次の瞬間。
「……くくく……」
肩が震え始める。
「ギャハハハハハ!!最高だなお前!!!」
カラスの高笑いが戦場全体に響き渡る。
「わかった上で引き受けるってのか? 気に入ったよ!ああ、もう腹の探り合いはやめよう! どちらかが果てるまでやり合おうぜ!!」
カラスはもう一つのボールを手にすると、そこから『リザードン』を繰り出した。
前にはプテラ、オンバーン、リザードン。
そして、カイリュー。
対するライルの傍に寄るのは、傷つきながらも戦意を失わないウォーグルと、ルカから託されたサザンドラ。
そこへライルがさらに繰り出したのは、ガブリアスとゴウカザルだった。二匹を前に出し、最後に、自身を囲うようにミロカロスを置いた。
暴風が砂浜を吹き抜け、雨も止んでいない。遠くではカイオーガとアクジキングの咆哮が響いている。
それでもライルは、もう海を見なかった。
今見るべきものは、この目の前の男だけ。
暴風の中、互いの視線が交差していた。