ポケットモンスター Agent PLATINUM 作:ミノワ
ウォーグルの勇姿により戦況が変わり始めたライルとカラスの闘いは、より一層、乱戦にもつれ込む。
ガブリアスとカイリューのエース対決はそのままに。別れていた地上戦と空中戦は、ゴウカザルとサザンドラ 対 リザードンとオンバーンの戦いへ。
縦横無尽に飛び回るオンバーンに、ゴウカザルは遠近の攻撃を巧みに切り替えて応戦する。サザンドラとリザードンの『りゅうのはどう』がぶつかり合い、爆煙が立ち上がる。
「カカッ!やるなあ!」
カラスの様子に、ライルは驚きを隠せなかった。
(あいつ、プテラを倒された動揺がもう消えている……!)
カラスは巧みに指示を行い、オンバーンとリザードンによる多彩な攻防を繰り返す。
強襲、離脱、撹乱。
ゴウカザル達も何とか食らいつくが、連携においては、明らかに敵に一日の長があった。
対するゴウカザルとサザンドラは即席コンビ。ましてやサザンドラは本来、ルカが誇るエース。ライルの簡単な指示には従うものの、手持ちと同じレベルで意図を伝えられるわけではない。
その様子を見て、カラスの口元が吊り上がる。
ゴウカザルとサザンドラは、リザードンとオンバーンの誘導により、互いの距離をほとんど無くしていた。
「今だ!やれ!」
カラスの声にまず反応したのはリザードン。『りゅうのはどう』でサザンドラとゴウカザルの間を狙う。
「かわすんだ!」
ライルの指示に、二体は左右へ散る。しかし、着地したゴウカザルを、オンバーンの『ばくおんぱ』が襲った。
「ウギャッ!!」
「しまった……!ゴウカザル!」
体を硬直させるゴウカザルへ、リザードンが急襲する。体を掴み、飛び立つ。
そして円を描くように回り始める——『ちきゅうなげ』。
遠心力を溜め、その勢いのまま地面へと叩きつけた。
——ドガァァアン!
衝撃に身動きの取れないゴウカザル。
リザードンはそこへダメ押しの『エアスラッシュ』を叩き込んだ。連撃を食らったゴウカザルは動けず、戦闘不能となった。
「ゴウカザル……!!」
ライルはすぐさまゴウカザルをボールへ戻す。
二体を中央へ寄せ、同時に回避させる。それすらもカラスの狙いだった。
戦場が傾きかける。
しかし。
それを強引に戻したのは——サザンドラ。
一瞬の隙をつき、オンバーンに飛び掛かった。
——ガシッ!ガシッ!
左右の口でオンバーンの両翼の付け根を捉え、そして中央の最も巨大な口に、蒼いエネルギーを溜め始めた。
暴れるオンバーンの爪や尻尾の抵抗が、サザンドラを傷つける。
だが、意に介さない。
そして、再三攻撃をかわされ続けていたオンバーンに、今度こそ『りゅうのはどう』を炸裂させた。
——ゴォォォオオオオ!!!
放出が終わり、辺りに焦げた匂いが漂う。
「カ……カ……」
ゼロ距離で攻撃を浴びたオンバーンは、すでに戦闘不能となっていた。サザンドラは、オンバーンをカラスの方へと無体に放り投げる。
そして獰猛に喉を鳴らした。
カラスはそれを睨み返す。
「……随分と荒っぽいなァ。ここまで楽しい戦闘は、しばらく記憶にねえぜ」
その時、戦況に一瞬の間が生まれた。
ライルはカラスとの一騎打ちを始めてから初めて、海上を確認する。
しかし状況は未だ好転していない。
眉を顰め、サザンドラへ駆け寄った。
「サザンドラ、よくやってくれた。ルカのところへ行ってくれるか?」
サザンドラが見つめ返す。
そして低く喉を鳴らすと、身を翻し、海上にいるルカのもとへ飛び去っていった。
「おいおい、良いのか? 戦力を行かせちまってよ」
「……まだ、こっちにはこいつがいる」
その声に、静かに、しかし力強く鎌首をもたげたのは、美しき水龍・ミロカロス。
「頼む」
ミロカロスは短く鳴くと、主人の守りを解き、その長い体をくねらせて戦場へと躍り出た。
そしてライルは、左手首のバングルを触った。
(まだ完成してないのは分かってる。……それでも、届いてくれ)
すると、バングルに嵌められたキーストーンがほんの薄く輝いた。
(チャンスは、一回だ)
その時、離れていたラティオスの瞼が、微かに動いた。
◇ ◇ ◇
その少し前。
カイオーガの度重なる攻撃にもかかわらず、アクジキングの前進は止まらなかった。
カイトが驚嘆の声を漏らす。
「おかしいぞ……この耐久力は一体なんなんだ!?」
一方、氷上には、ナギとエアームド、チルタリスが居た。そこにルカリオとルガルガンも加わり、レジアイスの足止めを図る。
ルカはラティアスの背に乗ったまま、戦場を『見る』ことで突破口を探っていた。
そんな中、一筋の光明が目に映る。
ルガルガンが一気に距離を詰め、レジアイスの右側へと回り込む。
「レ……ジジジ……」
レジアイスが反応し、ルガルガンへ『れいとうビーム』を放つ。
その時、ルカリオがレジアイスの足元へ駆け込んだ。そして踏み込みと同時に、掌底を下から突き上げる。
——『はっけい』。
強烈な衝撃によって、レジアイスの腕が跳ね上がった。放出中だった『れいとうビーム』の軌道が大きく逸れる。
その先にいたのは——アクジキング。
——ズドォォン!!
氷撃が、その側頭部へまともに突き刺さった。
「ギィッ……!」
これまで進み続けていた巨体が、初めて明確に動きを止めた。
アクジキングの顔が、苦痛に歪む。
「今のは……! まさか、『こおり』が効くのか!?」
ルカが目を見開く。
「ラティアス、降ろしてくれ……!」
ルカは氷上に立ち、そしてハイパーボールを取り出す。
「……出てこい!」
光と共に現れたのは、折れた刀剣を牙に持つ、凍てつく災厄——パオジアン。
パオジアンは甲高い鳴き声を上げ、アクジキングを睨みつけた。
「パオジアン、つらら——」
ルカがそう言いかけた時。
アクジキングが悪魔のような形相で彼女を睨んだ。
「……!」
その瞬間。
ルカの脳内に、故郷を襲った悪夢がよみがえる。大嵐、いくつもの影、そして失われた家族。身体は強張り、思うように呼吸ができない。
ルカは再び、止まってしまった。
その時、ルカのバングルが薄く輝きだした。
パオジアンが、こちらを見ている。
「これは……?」
そこから流れてきたのは、言葉のイメージとでも呼ぶべきもの。だがそこから感じ取ることができたのは、決して慰めや、優しい言葉ではなかった。
——そんなものか? お前は
「——ッ!!」
パオジアンは呆れたように身を翻し、アクジキングに向かって駆けだした。そして空気中の水分を集め、巨大な氷塊を作り上げていく。
周囲の気温がまた一段と下がる。
ルカは拳を握り締めた。
「クソッ……!分かってるよ、やりゃいいんだろ……!」
バングルに強く意思を込める。
だが光が満たされるのは半分程度だった。
それでも。
(関係ねえよ、そんなのっ!)
そして、海上にいるカイオーガへ向かって吠える。
「おい!神だかなんだか知らねえが、てめえも何か『こおり』の技をぶち込みやがれ!」
その叫びを理解したのかは分からない。しかしそれに応えるように、カイオーガの口元へ極低温のエネルギーが収束する。
放たれたのは『れいとうビーム』。
そして上からは、パオジアンの『つららおとし』。
二方向から挟み撃ちにされたアクジキングの巨体が、瞬く間に白く染まっていく。足が凍り、胴体が凍り、巨大な腕までもが氷に包まれていく。
「やった……! ルカちゃん、すごい!」
勝利の予感に、ナギの声が弾む。
しかし——。
アクジキングから、夥しいほどの黒い煙があふれ始め、その巨体を包み込んだ。
次の瞬間。
バキィィィィィィイン!!!
巨体を覆っていた氷が、無理やりに叩き割られた。粉々になった氷を撒き散らしながら、アクジキングが飛び出す。
「なんなんだよこいつ!どんな体力してんだ!?」
そして巨大な両腕が、ついにカイオーガの巨体を捉えてしまった。
「ギャオオオオォッ!!!」
海の王が苦痛の声を上げる。
その直後。
アクジキングの腕を通し、カイオーガの身体からエネルギーが吸い取られ始めた。
——ドクッ——ドクッ
カイオーガは全力で拘束を振りほどこうとするが、力を奪われるほど、その抵抗は少しずつ弱まっていった。さらに追い打ちをかけるように、レジアイスが両腕を広げた。
凄まじい冷気が収束する。
次の瞬間、ルカたち全員を飲み込むほどの『ふぶき』が吹き荒れた。
視界が白一色に染まる。
エアームド、チルタリス、そしてルカリオとルガルガンは直撃を食らう。
「きゃあああっ!!」
ナギもそれに巻き込まれ、海へと投げ出されてしまった。
ラティアスは、咄嗟にその身を盾にし、ルカを守った。だが、凄まじい衝撃までは殺しきれない。ルカも吹き飛ばされ、体を打ちつけながら氷上を転がり、海面ギリギリで止まった。
「ぐっ……うう」
全身に激しい痛みが走る。
海へ落ちたナギへは、カイトとトドゼルガがすぐさま救助へ向かった。
ルカは倒れたまま、動くことができなかった。
◇ ◇ ◇
サザンドラが飛び立ったすぐ後。
ガブリアスとカイリューは互いの鱗を削り合うほど激しく交差し、一歩も退かない意地のぶつかり合いを続けている。
空からはリザードンが苛烈な火炎で攻め立てるが、ミロカロスの放つ水流が、そのすべてを冷徹に叩き落とす。
その均衡が崩れたのは、海上でアクジキングの両腕がカイオーガを捕らえた、その瞬間だった。
「おお! ついにやったか、アクジキングちゃんよぉ!」
「そんな……!!」
ライルの顔が驚愕に染まり、動きが止まる。カイオーガが力を奪われていく光景を見つめ、まるで戦意を喪失したかのように、その場へ立ち尽くした。
これを機と見たカラスが、勝負を決めにかかる。
「絶望してる場合か!? やれ!カイリュー!!」
その号令と同時に、カイリューが一気にガブリアスの懐へ入る。力任せにその巨体を持ち上げ、投げ飛ばす。
「ガアァッ!」
ガブリアスが激しく地面へ叩きつけられ、ぬかるみの中で動かなくなった。さらにリザードンがミロカロスの守備網を強引に突破する。
狙いはただ一人、無防備に立ち尽くすライルだった。
猛スピードで滑空するリザードン。
カラスは勝利を確信したように口角を吊り上げた。
その刹那。
ライルの瞳に、闘志が戻った。
そして、バングルに強く思いを込める。
「ラティオス!!(頼む、応えてくれ……!)」
その時、砂浜に伏していたはずのラティオスが、動いた。
——ゴウゥッ!!!
ジェットのような加速。
その身体は、瞬く間に蒼い弾丸と化した。
「なんだと!?」
ラティオスが、飛行中だったリザードンの腹部へ、渾身の『しねんのずつき』を叩き込む。
リザードンが苦痛の悲鳴を漏らす。
そのまま凄まじい勢いで吹き飛び、砂浜の岩場へと激突する。
地面へと倒れこみ、そして、戦闘不能。
限界を超えた一撃を放ったラティオスもまた、今度こそ力尽き、砂の上へ横たわった。
「ラティオス……!!」
ラティオスはライルに、応えてくれた。
ライルは幾度も利用された、『戦場全体へ意識を向ける』という自分の癖を、今度は利用し返した。カラスが勝負を決めるため、攻撃へ全戦力を傾ける。その瞬間を狙って。
そして。
先ほど投げ飛ばされ、倒れていたはずのガブリアス。
その傷ついた巨体が、ゆっくりと立ち上がった。
カラスが目を見張る。
「……!」
ガブリアスもまた、ライルの意図を汲み、動けないフリをしてカラスの勝負勘を鈍らせていた。
「……まんまと騙されたよ。さっきの鳥の『特攻』に『伏兵』『死んだふり』だと? そりゃあ『戦場のワザ』だぜ」
カラスはライルを睨みつける。
「——バケモンか、てめえ」
「……師匠達が良いんだよ!」
ロード直伝の狡猾な駆け引き。
相手の呼吸を、乱す。
かつてモノにすることができなかったそれを、ライルは死線を超える中で、ついに掴み取った。
ライルの執念が、カラスの戦力をついに残り一体——カイリューのみへと追い込んだ。
ライルは、再び海上に向きそうになる意識を抑え、心で叫ぶ。
(サザンドラをそっちに送った。頼むぞ……ルカ!)
◇ ◇ ◇
凍りついた海上。
ルカリオ、ルガルガン、ラティアスは吹雪の影響で、まだ動くことができない。
パオジアンだけが、倒れたルカの傍に寄り添っていた。
その時。上空から影が近づいてくる。
それはライルの指示を受け、戦線を変えたサザンドラだった。
「……サザンドラ」
そう呟くルカに、サザンドラは寄り添うように近づく。
「お前がきたってことは、相棒が上手くやってんだな?」
サザンドラはその言葉に、穏やかに喉を鳴らした。
「……だったら、あたしももっと頑張らなきゃ」
ルカはサザンドラに支えられ、痛みに耐えながら立ち上がる。
「……やれるか? サザンドラ!」
「グォォォオ!!」
サザンドラが三つの首を振り上げ、力強い咆哮で応える。
それを聞き、ルカの瞳にも闘志が戻る。
視線の先には、カイオーガを捕らえ、その力を喰らい続けるアクジキング。
恐怖はまだ消えていない。
身体も震えている。
それでも彼女は、腕を振り上げた。
するとサザンドラの頭上に、幾つもの眩い光が収束し始める。それぞれの光は瞬く間に膨れ上がり、恒星のような輝きを放った。
「あんまし上手くいったことねえワザだけど……なんか今は、できる気がするよ」
ルカは腕を振り下ろし、力の限り、叫ぶ。
「『りゅうせいぐん』!!!」
次の瞬間、空が光った。
天から燃え盛るエネルギーの塊が次々と降り注ぐ。
轟音。爆発。
凍りついた海面の一部が砕け、アクジキングの巨体が何度も爆炎に飲み込まれた。それは、弱点を正確に突く一撃だった。アクジキングが大きく仰け反る。
拘束が緩み、捕らえられていたカイオーガの身体が、ついに解放された。
しかしカイオーガにはすでに、泳ぐ力すら残されていない。巨体は沈み、そのまま暗い海底へと姿を消していった。
「……!」
ルカがその姿を追う。
だが、安堵する暇はなかった。
レジアイス。
その無機質な身体から『れいとうビーム』が放たれる。
狙いは大技により隙を晒した——サザンドラ。
オンバーンとの激戦ですでに消耗していたサザンドラへ、氷線が直撃する。
「ゴアァ!!」
サザンドラが大きく身体を揺らす。
「サザンドラ!!」
それでも最後までルカを庇うように前へ立ち、そのまま氷の上へと沈んだ。
さらに。
「——おい、嘘だろ?」
ルカのその視線の先。
爆炎が晴れた中から立ち上がったのは——アクジキング。
反転の鎖、そしてカイオーガから奪った膨大な体力によって、アクジキングは今の猛攻にすら、何とか耐え抜いていた。
怒り狂った怪物が、ルカへと向きを変える。
一歩。また一歩。
サザンドラの攻撃のダメージにより、その足取りは重い。しかし巨大な身体は、氷を軋ませながら近づいてくる。その隣では、レジアイスが音もなく氷上を滑る。
凍てつく巨人と、故郷を襲った影。
二体の刺客が、動けないルカの元へ迫る。
そして底に沈みゆく大海の王。
降り続いていたミナモの雨が——止んだ。