ポケットモンスター Agent PLATINUM   作:ミノワ

58 / 61
第五十八話【十年前のあの日】

 

 少し前。

 ライルたちがルネシティへ移動していた頃。

 

 シンオウ地方、トバリシティ。

 

 ここは先の災害により、反転世界の侵食を受けた都市。

 

「ハァッ……ハァッ……!」

 

 少女は走っていた。

 隣にはコリンクが並走している。

 

 その背後から迫るのは、黒い霧と鎖の模様に全身を覆われたポケモン——スカタンク。

 

「ハァッ……ハァッ……やっぱり、来ちゃダメだった……!」

 

 スカタンクが距離を詰める。

 少女を守ろうとコリンクが立ちはだかる。

 

 しかし振り下ろされた『シャドークロー』をまともに受け、吹き飛ばされてしまった。

 

「そんな……コリンク!」

 

 そして、スカタンクはそのまま少女へと襲いかかる。

 

「きゃあッ!」

 

 少女は目を瞑った。

 

 その時。

 

 ——ガンッ!!

 

 鈍い打撃音が響いた。

 

「おっと!」

 

 倒れかけた少女を、誰かが背後から支える。

 

 一方、スカタンクは自分に何が起きたのかも分からぬまま、開いた空間の裂け目へと押し戻されていた。

 

「……今の音は?」

 

 少女が恐る恐る目を開けると、二つの影があった。

 

 一つは、時折舌を覗かせながら空中に浮遊する——ドラパルト。そしてもう一つは、肩まで伸ばした長髪に、どこか掴みどころのない雰囲気を纏った男——ロード。

 

 ロードは空間の裂け目が閉じたのを確認すると、少女に向かって優しく話しかけた。

 

「お嬢ちゃん、ここはいま立入禁止区域だぜ? 危ねえから入ってきちゃダメだろう」

 

「ご、ごめんなさい……」

 

「こんなところで何してる? お父さんかお母さんは居ないのか?」

 

「……仕事だから、今はお婆ちゃんと二人……。大事なものを家に置いて来ちゃったから……取りに来たの」

 

 それを聞いたロードは、少女が胸に抱えているものへと視線を落とした。

 

 写真立てだった。

 

 そこには、両親と思しき男女と少女が、仲睦まじく並んで写っている。

 

 ロードは小さく息を吐いた。

 

「ま、無事ならいいさ。どこの避難所だ?」

 

 そう尋ねたところで、後方から声がかかる。

 

「ロードさん!」

 

 駆け寄ってきたのは、キッサキシティジムリーダー兼エージェントであるスズナと、トバリシティジムリーダーのスモモ。

 

「少女を一人救助した。連れて行ってやってくれ」

「ありがとうございます! ——ほら、行こ?」

 

 スモモは少女の手を取り、手際よく避難誘導を始めた。傷ついたコリンクは、彼女のカイリキーが大事そうに抱える。

 少女は振り返ると、少し申し訳なさそうな顔をしながらロードに手を振った。

 

 ロードも軽く片手を上げて応える。

 そして、隣に残ったスズナへと話しかけた。

 

「そっちはどうだ?」

 

「今のところは問題ないです。今日も何度か交戦してますけど、対処できてます」

 

 そう答えるスズナの目の下には、うっすらとクマができていた。

 

「だいぶ疲れてるな。まあ、日中夜関係なく出てくるから仕方ねえか」

「そういうロードさんこそ、クマ凄いですよ?」

「俺のは元々だ」

「…………」

 

 各地に派遣されたエージェントたちは、神出鬼没に現れる反転ポケモンへの対応に、交代で当たっていた。

 

 しかし、敵の襲撃は時間を問わない。いつ呼び出されるかも分からない状況が続いており、彼らの疲労の色は濃かった。

 

「だけど、気になったことがあります」

 

「奴らの襲撃回数が減ってる。だろ?」

 

「そうです。初日や二日目になんかに比べると、明らかに少ない。それだけじゃなくて、敵の数も。妙じゃないですか?」

 

「ああ。そう思ってさっき他地点のメンバーと連絡を取ったが、ここ同様の状況になってるようだ」

 

「やっぱり……! 一体、どういうことなんでしょうか?」

 

 ロードは少し考え込む。

 

「敵の作戦か、あるいはその計画自体に何か狂いが生じているか……」

「狂い……?」

「ああ。そして俺の考えじゃ、恐らく後者だ」

「どうしてそう思うんです?」

 

「奴らは元々、計画にズレが出ていたフシがあった。俺たちの本拠地を叩くチャンスがあったのにそれをせず、こうやって局地戦を選んできた。なのに被害都市も増えていない。相手が主導権を握っていた状況にもかかわらず、だ」

 

 スズナは感心したように目を輝かせた。

 

「さすが、大ベテランですね!」

「……俺はまだ二十代後半だ」

「…………」

「まあいい。ちょっとダイゴさんに報告してくる」

 

 ロードから上げられたこの報告は、ほどなくしてダイゴのもとへ届くことになる。

 

        ◇ ◇ ◇

 

 そして現在。プラチナム本部。

 

 その重厚なブリッジで、ダイゴが帰還した一行を迎えた。

 

「ダイゴさん!」

「みんな、おかえり! 無事で良かった!」

 

 ダイゴはそう声をかけると、興味深そうにエンテイ、ライコウ、ラティオス、ラティアスを見渡した。

 

「ふむ、これが……。実際に見るのは初めてだが、実に美しいポケモンたちだね」

「彼らが休める場所に案内したいんですが、いいですか?」

「ああ、構わないよ」

 

 まだ負傷の残るラティオスとラティアスは、そのまま本部の回復施設へ。エンテイとライコウは、その巨体でも十分に動ける屋内訓練場へ案内され、そこで待機することとなった。

 

        ◇ ◇ ◇

 

 その後。

 

 執務室へ招かれたライル、ルカ、ナギの三人は、今回のホウエン任務で得た情報をダイゴと再度共有し、その精査に当たっていた。

 その場には、『薄汚れた白衣』を身に纏う、反転世界に詳しい研究者——ゼンノも同席している。

 

「ふむ。これまでのギラティナ出現は敵が糸を引いていた可能性がある。しかし、操られているわけではないかもしれない……か」

 

「はい。ただ、何らかの指示、誘導はできるんじゃないかと思っています。奴らが付けてたあの指輪が、キーストーンに似た役割を持っているのかも」

 

 ライルが虹色に輝くキーストーンを指差すと、ゼンノとダイゴの目の色が変わった。

 

「ふむ。興味深い『石』じゃな」

「同感だね。とても美しいよ……」

 

 一方は研究者として、もう一方は愛石家として。二人から好奇の視線を向けられ、ライルは苦笑した。

 

「……えっと。それでダイゴさん。状況が変わってきているっていうのは?」

 

 その問いに、ダイゴの表情が引き締まる。

 

「ああ。敵の動きについてだ。実は、各都市への襲撃が止みつつある」

 

「……! 本当ですか!?」

 

「街の被害も、あれ以来ほとんど広がっていない。敵の作戦という可能性も考えたが、状況を見る限り、その線は薄い。ロードは敵が『計画の変更』を余儀なくされているのかもしれないと報告をくれたよ」

 

「ロードさんが……?」

 

 師の一人であるロードの名前を聞き、ライルの表情が明るくなる。

 

「そうだったんですね。流石みんなだ……!」

 

 今も被害都市で対応を続けているエージェントたち。その奮闘が実を結んだのだと、ライルは素直に受け取った。

 

 そんな彼を見て、ダイゴは微笑む。

 

「僕は少し、違った見方をしているよ」

「え?」

「敵の狙いは何だったと思う?」

 

 ライルは眉を寄せる。

 

「各地で災害を起こすことも、目的の一つだったのかもしれない。それは皆が必死に対応したおかげで、被害を食い止められている。だけど、その裏で彼らにはもう一つ、進めたい作戦があったはずなんだ」

 

「それって……」

 

 ライルとルカが顔を見合わせる。

 思い当たるものは、一つしかない。

 

 ホウエンで阻止した、グラードンとカイオーガの『取り込み』。

 

 ダイゴが頷いた。

 

「それだけじゃない。君たちは強力な『助っ人たち』も連れて帰ってきてくれた。これは本当に大きなことなんだよ」

 

 グラードンとカイオーガの捕獲を阻止し、さらにエンテイ、ライコウ、ラティオスらの協力を取り付けた。ライルたちがホウエンで成し遂げたことは、局地的な勝利に留まらない。

 

 戦いそのものを動かすほどの成果だった。

 

「戦況は今、膠着状態に入りつつある。それはつまり——戦いが最終フェーズへ移るということだ」

 

 三人の表情が引き締まった。

 しかしダイゴは、そこでわずかに間を置いた。

 

「……ただ、いい知らせばかりじゃない」

「?」

「先日、任務に当たっていたゲンジさんが襲撃された」

「ゲンジさんが!? 無事なんですか!?」

 

 三人が一斉に反応する。

 あの熟練の竜使いが、不覚を取った。

 その事実だけで、相手の危険度は十分すぎるほど伝わってくる。

 

「命に別状はない。だけど、決して軽い怪我でもない。今は組織の秘匿施設で治療を受けている」

「……ゲンジのおっさんがやられただと? 相手はあの老兵か?」

 

 ライルとルカの脳裏に、かつて対峙した老戦士の姿が浮かんだ。

 

「いや。別の男だ」

 

 ダイゴがゲンジの戦闘ログを映し出す。

 

 そこに映っていたのは、短い黒髪をオールバックにした傭兵の男——ムクロであった。激戦の末、ゲンジは追い詰められ、間一髪のところでシロナが救援に入っていた。

 

「……こんなやつ、いなかっただろ」

 

 ルカの顔が強張っている。

 

「そうだ。これまで表立って出てこなかった人間だろう。ゲンジさんによれば、テンガン山で戦った、あの老兵に近い実力を持っている可能性があるということだ」

 

 あの老兵の圧力。

 それに匹敵するかもしれない敵。

 

 カラスとの戦闘を終えたばかりのライルたちに、敵の層の厚さへの戦慄が走る。

 

「まだそんなやつが残ってたなんて……」

 

「ああ。この男と頭領格の老兵。君たちが煙突山で遭遇したリンと名乗る女兵。そしてミナモで戦った男——。伝説級のポケモンを巡る作戦を任されていることを考えても、この四人が天狼隊の最高戦力と見ていいだろう」

 

 部屋に緊張が走る。

 そこでナギが口を開いた。

 

「でも、それだけの戦力が残っているのに……どうして膠着状態になるんですか?」

「ここからは、わしの仮説じゃ」

 

 ゼンノが口を開く。

 

「奴らは反転世界から得たエネルギーを例の装置に蓄えておる。じゃが——当然、無尽蔵ではないのだろう」

 

 一呼吸置き、腕を組みながら続ける。

 

「反転ポケモンたちは復活の度にそれを使う。奴らが距離を無視した移動をする際も然りじゃ。ダイゴが言ったように予定通りに事が進まず、『エネルギーだけが消費』され、計画の効率が落ちているためと考えられる」

 

 ゼンノのその言葉に、カラスがあの場で言っていたことをライルが思い出した。

 

「……そういえば、あいつはカイリューをメガシンカさせたけど、その前にアクジキングがエネルギーを使い過ぎたって言ってました。この手を使うつもりはなかったと……。エネルギーが有限だっていうなら、その言葉にも筋が通ります」

 

「なるほど……」

 

 ダイゴが顎に手を添える。

 

「ならやはり、各都市への攻撃にエネルギーを浪費できるほどの余裕がなくなった……という可能性が高くなったね」

 

 ところが。

 

 ライルの言葉を聞いた後、ゼンノの表情が明らかに変わった。

 

「……小僧。今、なんと言った?」

「え?」

 

 不意の問いに、ライルは瞬きをする。

 

「エネルギーを使いすぎたって話……? それとも、メガシンカですか?」

 

「今回の戦闘で、ログは取っておらんのか?」

 

「ログですか? 途中までなら、多分。最後の方は途切れてるかも知れませんが……」

 

 ライルがデバイスを操作し、執務室のスクリーンに映し出していく。

 

 映像が進む。

 

 そして——。

 

 ライルとカラスの死闘。

 氷上でのルカたちとアクジキングの戦い。

 それらを見るうちに、ゼンノの顔が固まっていく。

 

「……ゼンノ? 大丈夫か?」

 

 ダイゴが眉をひそめる。

 

「…………」

 

 ゼンノはしばらく画面を見つめていたが、やがて視線を逸らした。

 

「……すまん。研究の途中だったんでな。ラボに戻らせてもらう」

 

 それだけ言い残し、ゼンノは足早に執務室を後にする。その背中を全員が見ていたが、ルカは特に眉を顰め、じっと見つめていた。

 

 ライルが不思議そうに呟く。

 

「ゼンノさん……? どうしたんだ……?」

「……後で様子を見ておくよ」

 

 ダイゴはそう言うと、三人へ向き直った。

 

「いずれにせよ、この膠着状態は君たち全員が作り出してくれた、千載一遇のチャンスだ」

 

 先ほどまでとは違う。その声には、組織のリーダーとしての決意が宿っていた。

 

「この機会を逃さず、敵のアジトへ総攻撃を仕掛けたいと思っている。今度こそ——僕らのターンだ」

「総攻撃……!」

 

 ライルの脳裏に、ダイゴ救出作戦の光景が蘇る。圧倒的な存在感で前線に立っていた、天狼隊の老兵。

 そして今、その男に匹敵するかもしれない兵が存在することが判明した。

 

 カラスもいる。リンもいる。

 

 次は、これまでとは比べものにならないほどの激しい戦いになる。

 

 ダイゴはライルとルカを真っ直ぐ見据えた。

 

「だから、本部で迎えに行ってまで、君たちには確実に帰ってきてもらう必要があった」

 

 そして、少しだけ表情を和らげる。

 

「僕は、君たちがさらにもう一段、強さのレベルを上げられると思ってるんだ。そして——その成長が、この戦いを左右するともね」

「……はは。またですね、ダイゴさんのその無茶振り」

 

 ライルは苦笑する。

 

「でも、あなたがそう言ってくれるから、いつだって自信が湧いてくる」

 

 ライルは力強く微笑んだ。

 

「あたしらがまだまだ強くなるのは当たり前のことさ。奴らをぶっ潰すまで、もう止まらない」

 

 ルカは不敵に笑うも、隣のライルを指差す。

 

「ただし! 相棒はまだ足が治ってない。それまでは絶対に無理はさせないからな!」

「ああ、もちろんだよ」

 

 ダイゴは二人を見比べ、目を細めて微笑んだ。

 

「……君たちは、本当にいいバディになった」

「…………」

 

 二人は無言で顔を見合わせた。

 そしてダイゴは、再びリーダーの顔へ戻る。

 

「近く、メンバーに招集をかける。突入のための作戦も考えなければならない。それまでの間、君たちは休み——そして、牙を研いでいてくれ」

 

「了解!」

 

 プラチナムと天狼隊。

 両者の戦いは、いよいよ全面衝突へ向かい始めていた。

 

        ◇ ◇ ◇

 

 本部内の自室。

 久々に戻る、慣れ親しんだ空間。

 

 ライルは松葉杖を壁へ立てかけ、ベッドへ深く身体を沈めた。

 

「久々だな……自分の部屋」

 

 結局、奇跡的にも足の骨は折れておらず、ヒビのみにとどまっていた。さらに老婆の一族の施術のおかげか、松葉杖さえあれば歩行に大きな支障はない。

 むしろ、何も起きないこの静けさの方が奇妙に感じられるほどだった。

 

 しかし、ライルの首筋に妙な感覚が走る。

 

「うーん。こういう時は大体……」

 

 カチャカチャ……ガチャリ。

 

 ——バタン。

 

「……やっぱりか」

 

 部屋主の意思など完全に無視して、扉が開いた。そこにはブラッキーを従え、当然のような顔で入ってくるルカがいる。

 

「お前、ほんとダメだぞ、そういうの」

「心配すんな。お前以外にはやらない」

「いやおれにもすんな」

 

 無茶苦茶なのは相変わらずだ。

 だが、今日のルカはどこか静かだった。

 

 いつもなら何かしらの難癖を付けて絡んでくるところだが、今は窓の外に広がる雲海をただ眺めている。

 

「……なんか大人しいじゃん。どうかしたのか?」

「ふん。怪我人に飛びかかったりしねえよ。それにあたしはいつでもお淑やかだ」

「お淑やか……」

「まあ……っていうのはさておき」

 

 ルカの声色が変わった。

 

「ついてきてほしい所がある。確かめなきゃいけないことがあるって言っただろ。……お前に、一緒に居てもらいたいんだ」

 

 普段よりも殊勝な声。

 どこか縋るような響きさえ混ざっていた。

 

 ライルは僅かな違和感を覚えたが、何も聞かずに松葉杖へ手を伸ばす。

 

「わかった」

 

 二人は部屋を後にした。

 

        ◇ ◇ ◇

 

 プラチナム本部内ラボ。

 

 そこにあるのは山積みになった書類と複雑な機材。大型モニターには難解な数式やグラフが所狭しと並んでいる。

 

 その中心に、男はいた。

 

「やはり、そうじゃったのか……」

 

 男がそう呟いたのも束の間。

 背後から大きな声が轟く。

 

「ゼンノのおっさん!!!」

「どわぁっ!!!」

 

 ゼンノが飛び上がる。

 

 危うく手にしていたデバイスを落としそうになる。振り返ると、そこに居たのはルカとライルだった。

 

「なんじゃ貴様! 相変わらず無礼な! 普通に入ってこれんのか!」

「あんたに聞きたいことがあって来た」

「話を進めるな! 歳上が怒っとる時は聞け!」

 

 ゼンノは大きく溜息を吐く。

 だがルカの真剣な表情を見て、言葉を変えた。

 

「……まあいい、座れ」

 

 ゼンノは二人に椅子を促し、自らも腰を下ろす。しかし、何やらデバイスを操作しており、こちらに視線は向けない。デスクの周囲には、狂気すら感じさせる量の計算式や、書き殴られたメモが貼られている。

 

 ゼンノもまた、この本部内で戦い続けている一人だった。

 

 こちらを見ないゼンノに、ルカは構わず話しかける。

 

「あんた、さっき様子がおかしかったよな?」

「……そうじゃったかの」

 

 ライルは椅子に腰をかけながら、ルカの言葉を聞いていた。

 

(確認したいことって……ゼンノさんに関係のあることなのか……?)

 

 なおもルカはゼンノに問い詰める。

 

「しらばっくれるなよ。あんたが相棒の言葉を聞いて、ログに映っていた『アイツ』を見た後、明らかに動揺したのが分かった」

 

「………」

 

 ゼンノは答えないが、デバイスを打つ手は止めなかった。

 

「黙っていたってあたしの目は誤魔化せない」

「何も誤魔化してなど——」

 

 ゼンノが反論しようとした、その瞬間。

 

「——あんたが反応したのは『アクジキング』だ。そうだろ?」

 

「……ッ!」

 

 ゼンノの手が止まる。

 ライルは驚いていた。

 

(エネルギーやメガシンカのことじゃなかったのか……?)

 

「……あたしは過去にあいつを見たことがある」

 

 ルカのその言葉を聞くと、ゼンノは目を見開いた。

 

「十年前。あたしは母を亡くし、妹を失っている。特に妹は、目の前で忽然と姿を消した。そして同じ日に……アクジキングに似た影を、この目で見ている」

 

 そしてゼンノの顔が上がり、視線がルカへと向かう。その目は、驚愕に満ちていた。

 

「…………貴様、その時どこにいた」

 

 それまでとはまるで違う声だった。

 

 低く、重い。

 

 ルカもまた、食いしばるように言葉を繋ぐ。

 

「……アローラ地方の、リリィタウンだよ」

 

 ゼンノの目が再び見開かれた。そしてすぐに、その表情を険しい苦悩が覆っていく。

 

 同情とも、驚きとも違う。

 

 まるで同じ地獄を知る者だけが浮かべるような顔。

 

「……あんた、何か知ってるよな?」

 

 ルカがゼンノを真っ直ぐ見据える。

 

「前に言ってたろ。反転世界を研究し始めたのは、『パートナーのポケモンを囚われた』からだって」

「………ああ」

 

 ゼンノは椅子へ深く座り直す。

 

「パートナーが姿を消したのは十年前。わしもその時、貴様同様——アローラにいた」

 

「……!」

 

 ライルは言葉を失った。

 ルカが家族を失った十年前。

 

 ゼンノもまた、同じ地方で大切な存在を失っていたというのだ。

 

        ◇ ◇ ◇

 

「ゼンノさんも……? 確かにパートナーを囚われたとは言っていたけど……同じアローラ地方で……?」

「……ああ。小娘が言うのと恐らく同じ日にじゃ。わしはその時、マリエシティにおった」

 

 ゼンノは十年前の記憶を辿るように目を細めた。

 

「嵐のような突風が吹き荒れた後、わしのパートナーは目の前で忽然と消えた……」

 

 それはかつて、ルカがライルに語ったあの時の状況そのままであった。

 

「マリエシティか……」

 

 ルカが眉を顰める。

 

「その二つの街は近いのか?」

 

 ライルの問いかけにルカが答える。

 

「いや。アローラはいくつかの島が集まって地方になってる。あたしがいたリリィタウンと、ゼンノのおっさんがいたマリエシティは違う島だ」

 

「あの日は、地方全域を覆う嵐が発生しておった。それ以降、わしはパートナーが消えたその原因について、独自に研究を始めることにしたのじゃ」

 

 ルカは黙って話を聞いていた。

 そして、もう一つの疑問を口にする。

 

「あんたもあたしも、同じ日に目の前で妹とパートナーが消えた。そしてあんたは、それを取り戻すと言って反転世界に関する研究をしてる。……あたしの言いたいこと、分かるよな?」

 

 ゼンノを見る目が鋭くなる。

 

「……おい……それって……」

 

 ライルの背筋に寒気が走った。

 ルカの考えていることが理解できたからだ。

 彼女のその声は、僅かに震えている。

 

「そうだ。あの日あたしの妹は、ただ姿を消したんじゃなく——『反転世界』に引き摺り込まれたんじゃねえかってことだよ」

 

「…………」

 

 ライルは何も言えなかった。

 ゼンノもまた苦渋に満ちた表情で俯いている。

 

「ミナモシティであいつを見た時、訳が分からなくなったし……怖くなって足がすくんだ。……でもそれと同時に、ずっと引っ掛かってたんだ」

 

 ルカが視線を落とす。

 

「十年前に見た、あの巨大な影たち。それと同じものが、今になって反転世界に関わる奴らと一緒に出てきた。……偶然だとは思えなかった。だけど、どう繋がってるのかが分からなかった」

 

 その手は握りしめられている。

 そして再びゼンノを見る。

 

「そして、あんたもあいつを見た時、明らかに様子を変えた。それで確信したんだ。あんたは何か知ってるって」

 

「ルカ……」

 

 ライルは心配そうにルカを見つめる。

 ゼンノもようやく、重い口を開く。

 

「……貴様の気持ちはよく分かる。わしも、『アクジキング』が出てきたことに驚いた」

「やっぱりあいつのこと、知ってたんだな」

 

 ルカが僅かに身を乗り出す。

 

「教えてくれ。それを聞きに来たんだ」

 

 一度、深く息を吸う。

 

「あいつは一体なんなんだ。十年前のアローラで何が起きた? ——反転世界とは、何の関係がある?」

 

 ゼンノはしばらく黙っていたが、やがて、決意したように頷く。

 

「……心得た。だがこれは、わしの中でもまだ繋がったばかり。それを念頭に聞いてくれ」

「ああ、わかった」

 

 十年前、アローラで起きた災害。

 

 そこで姿を消した、ルカの妹とゼンノのパートナー。そして今になって再び現れた、アクジキング。

 

 長い間、別々のものとして存在していた出来事が——今、一本の線で繋がろうとしていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。