ポケットモンスター Agent PLATINUM 作:ミノワ
少し前。
ライルたちがルネシティへ移動していた頃。
シンオウ地方、トバリシティ。
ここは先の災害により、反転世界の侵食を受けた都市。
「ハァッ……ハァッ……!」
少女は走っていた。
隣にはコリンクが並走している。
その背後から迫るのは、黒い霧と鎖の模様に全身を覆われたポケモン——スカタンク。
「ハァッ……ハァッ……やっぱり、来ちゃダメだった……!」
スカタンクが距離を詰める。
少女を守ろうとコリンクが立ちはだかる。
しかし振り下ろされた『シャドークロー』をまともに受け、吹き飛ばされてしまった。
「そんな……コリンク!」
そして、スカタンクはそのまま少女へと襲いかかる。
「きゃあッ!」
少女は目を瞑った。
その時。
——ガンッ!!
鈍い打撃音が響いた。
「おっと!」
倒れかけた少女を、誰かが背後から支える。
一方、スカタンクは自分に何が起きたのかも分からぬまま、開いた空間の裂け目へと押し戻されていた。
「……今の音は?」
少女が恐る恐る目を開けると、二つの影があった。
一つは、時折舌を覗かせながら空中に浮遊する——ドラパルト。そしてもう一つは、肩まで伸ばした長髪に、どこか掴みどころのない雰囲気を纏った男——ロード。
ロードは空間の裂け目が閉じたのを確認すると、少女に向かって優しく話しかけた。
「お嬢ちゃん、ここはいま立入禁止区域だぜ? 危ねえから入ってきちゃダメだろう」
「ご、ごめんなさい……」
「こんなところで何してる? お父さんかお母さんは居ないのか?」
「……仕事だから、今はお婆ちゃんと二人……。大事なものを家に置いて来ちゃったから……取りに来たの」
それを聞いたロードは、少女が胸に抱えているものへと視線を落とした。
写真立てだった。
そこには、両親と思しき男女と少女が、仲睦まじく並んで写っている。
ロードは小さく息を吐いた。
「ま、無事ならいいさ。どこの避難所だ?」
そう尋ねたところで、後方から声がかかる。
「ロードさん!」
駆け寄ってきたのは、キッサキシティジムリーダー兼エージェントであるスズナと、トバリシティジムリーダーのスモモ。
「少女を一人救助した。連れて行ってやってくれ」
「ありがとうございます! ——ほら、行こ?」
スモモは少女の手を取り、手際よく避難誘導を始めた。傷ついたコリンクは、彼女のカイリキーが大事そうに抱える。
少女は振り返ると、少し申し訳なさそうな顔をしながらロードに手を振った。
ロードも軽く片手を上げて応える。
そして、隣に残ったスズナへと話しかけた。
「そっちはどうだ?」
「今のところは問題ないです。今日も何度か交戦してますけど、対処できてます」
そう答えるスズナの目の下には、うっすらとクマができていた。
「だいぶ疲れてるな。まあ、日中夜関係なく出てくるから仕方ねえか」
「そういうロードさんこそ、クマ凄いですよ?」
「俺のは元々だ」
「…………」
各地に派遣されたエージェントたちは、神出鬼没に現れる反転ポケモンへの対応に、交代で当たっていた。
しかし、敵の襲撃は時間を問わない。いつ呼び出されるかも分からない状況が続いており、彼らの疲労の色は濃かった。
「だけど、気になったことがあります」
「奴らの襲撃回数が減ってる。だろ?」
「そうです。初日や二日目になんかに比べると、明らかに少ない。それだけじゃなくて、敵の数も。妙じゃないですか?」
「ああ。そう思ってさっき他地点のメンバーと連絡を取ったが、ここ同様の状況になってるようだ」
「やっぱり……! 一体、どういうことなんでしょうか?」
ロードは少し考え込む。
「敵の作戦か、あるいはその計画自体に何か狂いが生じているか……」
「狂い……?」
「ああ。そして俺の考えじゃ、恐らく後者だ」
「どうしてそう思うんです?」
「奴らは元々、計画にズレが出ていたフシがあった。俺たちの本拠地を叩くチャンスがあったのにそれをせず、こうやって局地戦を選んできた。なのに被害都市も増えていない。相手が主導権を握っていた状況にもかかわらず、だ」
スズナは感心したように目を輝かせた。
「さすが、大ベテランですね!」
「……俺はまだ二十代後半だ」
「…………」
「まあいい。ちょっとダイゴさんに報告してくる」
ロードから上げられたこの報告は、ほどなくしてダイゴのもとへ届くことになる。
◇ ◇ ◇
そして現在。プラチナム本部。
その重厚なブリッジで、ダイゴが帰還した一行を迎えた。
「ダイゴさん!」
「みんな、おかえり! 無事で良かった!」
ダイゴはそう声をかけると、興味深そうにエンテイ、ライコウ、ラティオス、ラティアスを見渡した。
「ふむ、これが……。実際に見るのは初めてだが、実に美しいポケモンたちだね」
「彼らが休める場所に案内したいんですが、いいですか?」
「ああ、構わないよ」
まだ負傷の残るラティオスとラティアスは、そのまま本部の回復施設へ。エンテイとライコウは、その巨体でも十分に動ける屋内訓練場へ案内され、そこで待機することとなった。
◇ ◇ ◇
その後。
執務室へ招かれたライル、ルカ、ナギの三人は、今回のホウエン任務で得た情報をダイゴと再度共有し、その精査に当たっていた。
その場には、『薄汚れた白衣』を身に纏う、反転世界に詳しい研究者——ゼンノも同席している。
「ふむ。これまでのギラティナ出現は敵が糸を引いていた可能性がある。しかし、操られているわけではないかもしれない……か」
「はい。ただ、何らかの指示、誘導はできるんじゃないかと思っています。奴らが付けてたあの指輪が、キーストーンに似た役割を持っているのかも」
ライルが虹色に輝くキーストーンを指差すと、ゼンノとダイゴの目の色が変わった。
「ふむ。興味深い『石』じゃな」
「同感だね。とても美しいよ……」
一方は研究者として、もう一方は愛石家として。二人から好奇の視線を向けられ、ライルは苦笑した。
「……えっと。それでダイゴさん。状況が変わってきているっていうのは?」
その問いに、ダイゴの表情が引き締まる。
「ああ。敵の動きについてだ。実は、各都市への襲撃が止みつつある」
「……! 本当ですか!?」
「街の被害も、あれ以来ほとんど広がっていない。敵の作戦という可能性も考えたが、状況を見る限り、その線は薄い。ロードは敵が『計画の変更』を余儀なくされているのかもしれないと報告をくれたよ」
「ロードさんが……?」
師の一人であるロードの名前を聞き、ライルの表情が明るくなる。
「そうだったんですね。流石みんなだ……!」
今も被害都市で対応を続けているエージェントたち。その奮闘が実を結んだのだと、ライルは素直に受け取った。
そんな彼を見て、ダイゴは微笑む。
「僕は少し、違った見方をしているよ」
「え?」
「敵の狙いは何だったと思う?」
ライルは眉を寄せる。
「各地で災害を起こすことも、目的の一つだったのかもしれない。それは皆が必死に対応したおかげで、被害を食い止められている。だけど、その裏で彼らにはもう一つ、進めたい作戦があったはずなんだ」
「それって……」
ライルとルカが顔を見合わせる。
思い当たるものは、一つしかない。
ホウエンで阻止した、グラードンとカイオーガの『取り込み』。
ダイゴが頷いた。
「それだけじゃない。君たちは強力な『助っ人たち』も連れて帰ってきてくれた。これは本当に大きなことなんだよ」
グラードンとカイオーガの捕獲を阻止し、さらにエンテイ、ライコウ、ラティオスらの協力を取り付けた。ライルたちがホウエンで成し遂げたことは、局地的な勝利に留まらない。
戦いそのものを動かすほどの成果だった。
「戦況は今、膠着状態に入りつつある。それはつまり——戦いが最終フェーズへ移るということだ」
三人の表情が引き締まった。
しかしダイゴは、そこでわずかに間を置いた。
「……ただ、いい知らせばかりじゃない」
「?」
「先日、任務に当たっていたゲンジさんが襲撃された」
「ゲンジさんが!? 無事なんですか!?」
三人が一斉に反応する。
あの熟練の竜使いが、不覚を取った。
その事実だけで、相手の危険度は十分すぎるほど伝わってくる。
「命に別状はない。だけど、決して軽い怪我でもない。今は組織の秘匿施設で治療を受けている」
「……ゲンジのおっさんがやられただと? 相手はあの老兵か?」
ライルとルカの脳裏に、かつて対峙した老戦士の姿が浮かんだ。
「いや。別の男だ」
ダイゴがゲンジの戦闘ログを映し出す。
そこに映っていたのは、短い黒髪をオールバックにした傭兵の男——ムクロであった。激戦の末、ゲンジは追い詰められ、間一髪のところでシロナが救援に入っていた。
「……こんなやつ、いなかっただろ」
ルカの顔が強張っている。
「そうだ。これまで表立って出てこなかった人間だろう。ゲンジさんによれば、テンガン山で戦った、あの老兵に近い実力を持っている可能性があるということだ」
あの老兵の圧力。
それに匹敵するかもしれない敵。
カラスとの戦闘を終えたばかりのライルたちに、敵の層の厚さへの戦慄が走る。
「まだそんなやつが残ってたなんて……」
「ああ。この男と頭領格の老兵。君たちが煙突山で遭遇したリンと名乗る女兵。そしてミナモで戦った男——。伝説級のポケモンを巡る作戦を任されていることを考えても、この四人が天狼隊の最高戦力と見ていいだろう」
部屋に緊張が走る。
そこでナギが口を開いた。
「でも、それだけの戦力が残っているのに……どうして膠着状態になるんですか?」
「ここからは、わしの仮説じゃ」
ゼンノが口を開く。
「奴らは反転世界から得たエネルギーを例の装置に蓄えておる。じゃが——当然、無尽蔵ではないのだろう」
一呼吸置き、腕を組みながら続ける。
「反転ポケモンたちは復活の度にそれを使う。奴らが距離を無視した移動をする際も然りじゃ。ダイゴが言ったように予定通りに事が進まず、『エネルギーだけが消費』され、計画の効率が落ちているためと考えられる」
ゼンノのその言葉に、カラスがあの場で言っていたことをライルが思い出した。
「……そういえば、あいつはカイリューをメガシンカさせたけど、その前にアクジキングがエネルギーを使い過ぎたって言ってました。この手を使うつもりはなかったと……。エネルギーが有限だっていうなら、その言葉にも筋が通ります」
「なるほど……」
ダイゴが顎に手を添える。
「ならやはり、各都市への攻撃にエネルギーを浪費できるほどの余裕がなくなった……という可能性が高くなったね」
ところが。
ライルの言葉を聞いた後、ゼンノの表情が明らかに変わった。
「……小僧。今、なんと言った?」
「え?」
不意の問いに、ライルは瞬きをする。
「エネルギーを使いすぎたって話……? それとも、メガシンカですか?」
「今回の戦闘で、ログは取っておらんのか?」
「ログですか? 途中までなら、多分。最後の方は途切れてるかも知れませんが……」
ライルがデバイスを操作し、執務室のスクリーンに映し出していく。
映像が進む。
そして——。
ライルとカラスの死闘。
氷上でのルカたちとアクジキングの戦い。
それらを見るうちに、ゼンノの顔が固まっていく。
「……ゼンノ? 大丈夫か?」
ダイゴが眉をひそめる。
「…………」
ゼンノはしばらく画面を見つめていたが、やがて視線を逸らした。
「……すまん。研究の途中だったんでな。ラボに戻らせてもらう」
それだけ言い残し、ゼンノは足早に執務室を後にする。その背中を全員が見ていたが、ルカは特に眉を顰め、じっと見つめていた。
ライルが不思議そうに呟く。
「ゼンノさん……? どうしたんだ……?」
「……後で様子を見ておくよ」
ダイゴはそう言うと、三人へ向き直った。
「いずれにせよ、この膠着状態は君たち全員が作り出してくれた、千載一遇のチャンスだ」
先ほどまでとは違う。その声には、組織のリーダーとしての決意が宿っていた。
「この機会を逃さず、敵のアジトへ総攻撃を仕掛けたいと思っている。今度こそ——僕らのターンだ」
「総攻撃……!」
ライルの脳裏に、ダイゴ救出作戦の光景が蘇る。圧倒的な存在感で前線に立っていた、天狼隊の老兵。
そして今、その男に匹敵するかもしれない兵が存在することが判明した。
カラスもいる。リンもいる。
次は、これまでとは比べものにならないほどの激しい戦いになる。
ダイゴはライルとルカを真っ直ぐ見据えた。
「だから、本部で迎えに行ってまで、君たちには確実に帰ってきてもらう必要があった」
そして、少しだけ表情を和らげる。
「僕は、君たちがさらにもう一段、強さのレベルを上げられると思ってるんだ。そして——その成長が、この戦いを左右するともね」
「……はは。またですね、ダイゴさんのその無茶振り」
ライルは苦笑する。
「でも、あなたがそう言ってくれるから、いつだって自信が湧いてくる」
ライルは力強く微笑んだ。
「あたしらがまだまだ強くなるのは当たり前のことさ。奴らをぶっ潰すまで、もう止まらない」
ルカは不敵に笑うも、隣のライルを指差す。
「ただし! 相棒はまだ足が治ってない。それまでは絶対に無理はさせないからな!」
「ああ、もちろんだよ」
ダイゴは二人を見比べ、目を細めて微笑んだ。
「……君たちは、本当にいいバディになった」
「…………」
二人は無言で顔を見合わせた。
そしてダイゴは、再びリーダーの顔へ戻る。
「近く、メンバーに招集をかける。突入のための作戦も考えなければならない。それまでの間、君たちは休み——そして、牙を研いでいてくれ」
「了解!」
プラチナムと天狼隊。
両者の戦いは、いよいよ全面衝突へ向かい始めていた。
◇ ◇ ◇
本部内の自室。
久々に戻る、慣れ親しんだ空間。
ライルは松葉杖を壁へ立てかけ、ベッドへ深く身体を沈めた。
「久々だな……自分の部屋」
結局、奇跡的にも足の骨は折れておらず、ヒビのみにとどまっていた。さらに老婆の一族の施術のおかげか、松葉杖さえあれば歩行に大きな支障はない。
むしろ、何も起きないこの静けさの方が奇妙に感じられるほどだった。
しかし、ライルの首筋に妙な感覚が走る。
「うーん。こういう時は大体……」
カチャカチャ……ガチャリ。
——バタン。
「……やっぱりか」
部屋主の意思など完全に無視して、扉が開いた。そこにはブラッキーを従え、当然のような顔で入ってくるルカがいる。
「お前、ほんとダメだぞ、そういうの」
「心配すんな。お前以外にはやらない」
「いやおれにもすんな」
無茶苦茶なのは相変わらずだ。
だが、今日のルカはどこか静かだった。
いつもなら何かしらの難癖を付けて絡んでくるところだが、今は窓の外に広がる雲海をただ眺めている。
「……なんか大人しいじゃん。どうかしたのか?」
「ふん。怪我人に飛びかかったりしねえよ。それにあたしはいつでもお淑やかだ」
「お淑やか……」
「まあ……っていうのはさておき」
ルカの声色が変わった。
「ついてきてほしい所がある。確かめなきゃいけないことがあるって言っただろ。……お前に、一緒に居てもらいたいんだ」
普段よりも殊勝な声。
どこか縋るような響きさえ混ざっていた。
ライルは僅かな違和感を覚えたが、何も聞かずに松葉杖へ手を伸ばす。
「わかった」
二人は部屋を後にした。
◇ ◇ ◇
プラチナム本部内ラボ。
そこにあるのは山積みになった書類と複雑な機材。大型モニターには難解な数式やグラフが所狭しと並んでいる。
その中心に、男はいた。
「やはり、そうじゃったのか……」
男がそう呟いたのも束の間。
背後から大きな声が轟く。
「ゼンノのおっさん!!!」
「どわぁっ!!!」
ゼンノが飛び上がる。
危うく手にしていたデバイスを落としそうになる。振り返ると、そこに居たのはルカとライルだった。
「なんじゃ貴様! 相変わらず無礼な! 普通に入ってこれんのか!」
「あんたに聞きたいことがあって来た」
「話を進めるな! 歳上が怒っとる時は聞け!」
ゼンノは大きく溜息を吐く。
だがルカの真剣な表情を見て、言葉を変えた。
「……まあいい、座れ」
ゼンノは二人に椅子を促し、自らも腰を下ろす。しかし、何やらデバイスを操作しており、こちらに視線は向けない。デスクの周囲には、狂気すら感じさせる量の計算式や、書き殴られたメモが貼られている。
ゼンノもまた、この本部内で戦い続けている一人だった。
こちらを見ないゼンノに、ルカは構わず話しかける。
「あんた、さっき様子がおかしかったよな?」
「……そうじゃったかの」
ライルは椅子に腰をかけながら、ルカの言葉を聞いていた。
(確認したいことって……ゼンノさんに関係のあることなのか……?)
なおもルカはゼンノに問い詰める。
「しらばっくれるなよ。あんたが相棒の言葉を聞いて、ログに映っていた『アイツ』を見た後、明らかに動揺したのが分かった」
「………」
ゼンノは答えないが、デバイスを打つ手は止めなかった。
「黙っていたってあたしの目は誤魔化せない」
「何も誤魔化してなど——」
ゼンノが反論しようとした、その瞬間。
「——あんたが反応したのは『アクジキング』だ。そうだろ?」
「……ッ!」
ゼンノの手が止まる。
ライルは驚いていた。
(エネルギーやメガシンカのことじゃなかったのか……?)
「……あたしは過去にあいつを見たことがある」
ルカのその言葉を聞くと、ゼンノは目を見開いた。
「十年前。あたしは母を亡くし、妹を失っている。特に妹は、目の前で忽然と姿を消した。そして同じ日に……アクジキングに似た影を、この目で見ている」
そしてゼンノの顔が上がり、視線がルカへと向かう。その目は、驚愕に満ちていた。
「…………貴様、その時どこにいた」
それまでとはまるで違う声だった。
低く、重い。
ルカもまた、食いしばるように言葉を繋ぐ。
「……アローラ地方の、リリィタウンだよ」
ゼンノの目が再び見開かれた。そしてすぐに、その表情を険しい苦悩が覆っていく。
同情とも、驚きとも違う。
まるで同じ地獄を知る者だけが浮かべるような顔。
「……あんた、何か知ってるよな?」
ルカがゼンノを真っ直ぐ見据える。
「前に言ってたろ。反転世界を研究し始めたのは、『パートナーのポケモンを囚われた』からだって」
「………ああ」
ゼンノは椅子へ深く座り直す。
「パートナーが姿を消したのは十年前。わしもその時、貴様同様——アローラにいた」
「……!」
ライルは言葉を失った。
ルカが家族を失った十年前。
ゼンノもまた、同じ地方で大切な存在を失っていたというのだ。
◇ ◇ ◇
「ゼンノさんも……? 確かにパートナーを囚われたとは言っていたけど……同じアローラ地方で……?」
「……ああ。小娘が言うのと恐らく同じ日にじゃ。わしはその時、マリエシティにおった」
ゼンノは十年前の記憶を辿るように目を細めた。
「嵐のような突風が吹き荒れた後、わしのパートナーは目の前で忽然と消えた……」
それはかつて、ルカがライルに語ったあの時の状況そのままであった。
「マリエシティか……」
ルカが眉を顰める。
「その二つの街は近いのか?」
ライルの問いかけにルカが答える。
「いや。アローラはいくつかの島が集まって地方になってる。あたしがいたリリィタウンと、ゼンノのおっさんがいたマリエシティは違う島だ」
「あの日は、地方全域を覆う嵐が発生しておった。それ以降、わしはパートナーが消えたその原因について、独自に研究を始めることにしたのじゃ」
ルカは黙って話を聞いていた。
そして、もう一つの疑問を口にする。
「あんたもあたしも、同じ日に目の前で妹とパートナーが消えた。そしてあんたは、それを取り戻すと言って反転世界に関する研究をしてる。……あたしの言いたいこと、分かるよな?」
ゼンノを見る目が鋭くなる。
「……おい……それって……」
ライルの背筋に寒気が走った。
ルカの考えていることが理解できたからだ。
彼女のその声は、僅かに震えている。
「そうだ。あの日あたしの妹は、ただ姿を消したんじゃなく——『反転世界』に引き摺り込まれたんじゃねえかってことだよ」
「…………」
ライルは何も言えなかった。
ゼンノもまた苦渋に満ちた表情で俯いている。
「ミナモシティであいつを見た時、訳が分からなくなったし……怖くなって足がすくんだ。……でもそれと同時に、ずっと引っ掛かってたんだ」
ルカが視線を落とす。
「十年前に見た、あの巨大な影たち。それと同じものが、今になって反転世界に関わる奴らと一緒に出てきた。……偶然だとは思えなかった。だけど、どう繋がってるのかが分からなかった」
その手は握りしめられている。
そして再びゼンノを見る。
「そして、あんたもあいつを見た時、明らかに様子を変えた。それで確信したんだ。あんたは何か知ってるって」
「ルカ……」
ライルは心配そうにルカを見つめる。
ゼンノもようやく、重い口を開く。
「……貴様の気持ちはよく分かる。わしも、『アクジキング』が出てきたことに驚いた」
「やっぱりあいつのこと、知ってたんだな」
ルカが僅かに身を乗り出す。
「教えてくれ。それを聞きに来たんだ」
一度、深く息を吸う。
「あいつは一体なんなんだ。十年前のアローラで何が起きた? ——反転世界とは、何の関係がある?」
ゼンノはしばらく黙っていたが、やがて、決意したように頷く。
「……心得た。だがこれは、わしの中でもまだ繋がったばかり。それを念頭に聞いてくれ」
「ああ、わかった」
十年前、アローラで起きた災害。
そこで姿を消した、ルカの妹とゼンノのパートナー。そして今になって再び現れた、アクジキング。
長い間、別々のものとして存在していた出来事が——今、一本の線で繋がろうとしていた。