ポケットモンスター Agent PLATINUM 作:ミノワ
空が白み始める直前。
プラチナムは高度を下げた。
——トバリシティ近郊。
山林の奥深くへ一瞬だけ降り立った巨体は、二人の影を迎え入れ、再び雲海へと姿を隠す。
合流したのはロード。
そして彼と組んでいたスズナ。
ロードはスズナに休息を促し、自分はダイゴの待つ執務室へと向かった。
ダイゴはロードに労いの言葉をかけた。
「お疲れ様。無事に合流できてよかった」
「お疲れさんです。……ふぅ。久しぶりに戻ってきた気がしますよ」
緊張から解放されたのか、ロードは短く息を吐きながら椅子へ腰を下ろした。
「俺たちを戻したってことは、ついにですね?」
「ああ。今度こそ、こっちから仕掛けるよ」
「どうやるかは決まってんですか?」
「多少ね。これからさらに詰めていく。今はシロナも現場だからね。対策に当たってくれているメンバーを順に迎えに行くよ」
輪廻教、そして天狼隊との最終決着に備え、ダイゴは各エージェントを集めていた。
「君が報告をくれた通りだ。敵の攻勢が弱まった今なら、総攻撃に必要な戦力を本部へ戻せる」
ダイゴは腕を組み直す。
「ライルくん達が掴んでくれた情報だが、敵のエネルギー事情も芳しくないようだ」
その名前を聞き、ロードは少し眉を動かす。
「無事なんですね?」
「ああ。しっかりと役目を果たし、帰還してくれたよ」
「……やっぱりあんたの勘はあたるよな」
「心配じゃなかったわけじゃないさ」
ロードの言葉にダイゴは苦笑した。
「で、二人はどこに?」
「今は……どうかな。先ほど訓練場へ向かう姿を見かけたが」
「ハハッ! こんな早え時間からそんなところに?」
ダイゴは頷く。
「会っておいでよ。ホウエンでかなりの死線を乗り越えたんだろう。二人とも、以前とは雰囲気が別人さ」
「そうですか……。ならちょっと、その『別人』達に顔出しに行ってきますよ」
◇ ◇ ◇
屋内訓練場。
空調の微かな音が響き、奥にはエンテイとライコウ、ラティオスとラティアスが休んでいる。
そこには真剣に議論を交わす二人の声が響いていた。
未だ回復途上にあるライルに合わせ、体を酷使するような特訓は避け、技の調整や敵の未知の力への対策について話し合っていた。
「要はレックウザやカイオーガが見せたパワーアップみたいなもんだろ?」
「どうなんだろ。カイオーガのは、少し様子が違ったようにも見えたけど」
「パワーアップにゃ違いねえだろ」
そして話は、カラスのことへ。
「ミナモの傭兵は指輪を使ってた。あれは多分、反転エネルギーをカイリューに流し込んでたんだ」
「なら、あたしらのキーストーンも同じようにやりゃ良いってことか?」
「うーん、多分そうだとは思う」
敵の大幅なパワーアップ及びメガシンカは、依然として脅威であった。
「敵の主力クラスの四人なら、全員使えるって考えたほうがいいだろうな」
ライルは、カラスのメガカイリューと対峙した場面を思い返していた。
「あれで一気に形勢逆転されたんだ。それと、夥しい数の『反転ポケモン達』とも戦わなきゃならない。反転世界内なら、解放はできる代わりに更に力が強化されてるって話だし……」
ライルの視線が厳しくなる。
一瞬の沈黙。
少し考えていたルカが、不意に口を開いた。
「『反転』のほうなら、あたしに考えがなくもない」
「——マジ!?」
「マジだ。これが『確かめなきゃいけないこと』その②さ」
ルカは得意げにピースサインを作った。
そして2本の指を閉じては開く。
ライルはルカを見たが、彼女の意図が読めず口を閉じた。
「んだよ相棒。あたしを信じてねえのか?」
「いや、そんなことないけど……」
「言っとくけど、お前だって『見てる』はずだぜ」
そしてルカは、ライルにその『対応策』を話した。
「……!!」
ライルは手で口を覆った。
「確かに、そうだったかも……」
「だろ?」
「検証は難しそうだけど、これが本当ならかなりデカいよ。ダイゴさんたちに話して作戦に組み込んでもらう価値アリだ!」
ライルとルカは悪友のように、悪戯っぽく笑い合った。そしてルカはおもむろにハイパーボールを取り出した。
「後は使いどころだな。制御し切れるかも分かんねえし」
ライルはその姿を眺める。
「……だけど、それをお前が『持ってた』なんて、本当に不思議だよな」
ルカは軽く笑う。
「相当苦労したんだぜ? 二回くらいは死にかけたしな」
そして、掌の中のボールへ目を落とす。
「何でか分かんねーけど、昔からこれだけは『持ってなきゃ』いけない気がしてたんだ。実際、めちゃくちゃカッコいいしな!」
「ハハ。お前らしいよ」
そのボールを掌の上で転がすルカを見て、ライルは言う。
「……本当に、不思議だな。お前は」
ルカがライルを見た。
「何がだよ?」
「……ダメかと思った時ほど、お前が突破口を見つけてくれる。初めて組んだ時から、ずっとそうだ」
不意なライルの言葉に、ルカは少し目線を逸らし、小さく呟く。
「……そりゃお互い様だっての」
——その時。
二人の背後で、空気がほんの僅かに揺らいだ。
ライルとルカは同時にそれを察知し、振り返りざまに声を発した。
「ロードさん!!」「長髪!!」
そこには、乾いた笑いを響かせるロードがいた。
「……はは。マジか?」
サザナミタウンで二人は、彼の接近に露ほども気づかなかった。
あの頃、まだまだ未完だった二人は、急速に研ぎ澄まされ始めていた。
◇ ◇ ◇
「よっ、お二人さん!またお手柄だな!ちょっと見ねえうちに逞しくなりやがって」
「ロードさんこそ、ご無事で何よりです!」
「あたしらのことは心配すんなって言っただろ?」
相変わらずの二人にロードは笑う。
そして奥にいた伝説の四体へ視線を向けた。
「そいつらが助っ人か……。頼もしい奴らを連れてきたもんだ」
ルカは小さな溜め息をつく。
「まあ、それなりに『苦労』の旅だったからな……」
「おいおい、いつもの強気はどうしたよ。嬢ちゃん」
「……傭兵どもは並じゃなかった。正直、今のままじゃ足りねえと思う」
ルカの言葉にライルも賛同する。
「ルカの言う通りです。次やっても確実に勝てる保証はありません」
二人の言葉にロードは口角を上げた。
「……なら、今からちょっとでも強くなるしかねえな。もちろん君らだけじゃない。おれだって、誰だって、全員さ。そのために出来ることをやろう。前回の戦闘ログはあるんだろ? おれにも見せてくれよ」
そして三人は小会議室へと移動した。
◇ ◇ ◇
大型スクリーンに映るのは、ミナモシティでの死闘。
カラス、アクジキング、メガカイリュー。
三人は何度も映像を止め、技の発生速度や威力、カラスが指示を出すタイミングまで細かく確認していく。
「……アクジキングか。とんでもねえバケモンが居たもんだ。それにメガシンカ。通常の個体を遥かに上回る能力の向上、ね」
「あんたなら、色々と知ってんじゃねえのか?」
ロードはしばらく映像を見つめていた。
「カロス地方で数例確認された——という話は聞いたことがある。一度調べたが、まだ技術の確立はされていないようだった」
「そうですか……」
「ああ。これに関しては一度、シロナさん達も交えて話してみたほうがいいかもしれないな」
そしてロードは視線を画面に戻し、映像を少し巻き戻す。
「……しかしライルくん、よくこの男に食らいついたな」
そこに映るのは、決死の覚悟で突撃したウォーグル、伏兵となったラティオス、そして動けぬフリをしたガブリアス。
「嬢ちゃんも敵を誘い込み、見事なカウンターを喰らわせた……。二人とも、ようやく『狡猾さ』が出てきたんじゃないか?」
作戦立案と実行速度こそピカイチだが、真っ直ぐすぎたライル。
どんな敵でも真正面から叩き伏せることこそ至上としていたルカ。
その二人が、泥を啜ってでも勝利を掴もうとした。戦闘記録に刻まれたその変化を見て、ロードの目元が緩んだ。
「師匠が良かったんですよ」
ライルの言葉に、ロードは満足そうに頷いた。
そして三人は再びスクリーンへ向き直る。その目には、すでに次の戦いを見据える鋭さが戻っていた。
◇ ◇ ◇
巨大な本部は各地を巡り、戦い続けていたエージェントたちを次々と回収していく。
次に帰還したのは、アスナ、テッセン、そしてカゲツ。服を泥や埃で汚し、疲労を隠せている者はいなかった。それでも、その目から戦意を失っている者もまた、一人としていなかった。
「よく戻ってくれた」
「お疲れ様です!」
「無事で良かった!」
出迎えたダイゴやライル達をはじめ、本部の事務方からも労いの声と拍手が送られる。
各地へ散っていた仲間たちが、決戦へ向けて少しずつ集まり始めていた。
◇ ◇ ◇
昼頃。
本部の医務室では、ライルの足を診察していた医療班が、端末の画面を見ながら首を傾げていた。
「……うん。これなら松葉杖は外してもいいだろうね」
「本当ですか! ありがとうございます!」
「無理はまだ禁物だけどね。それにしても、異常なほどの治りの速さだ。通常なら、この状態まで回復するのに四倍の時間がかかるはずなんだけどね。君の体質なのか、それとも……」
医務室を出ると、ライルとルカは再び訓練場へ向かった。ベンチへ腰を下ろしたライルは、足を何度か軽く動かし、感触を確かめる。
「マジで良かったよ! 何とか決戦までには完治しそうだな!」
隣のルカは、驚きに目を見開いていた。
「……どうなってんだ。骨折、っていうかヒビが一週間そこらで治るはずねえだろ?」
「ババ様の治療が効いたんだよ。一週間で治るって言ってたろ?」
「バーカ。ありゃあ『自然治癒力が高まって治るのが倍の速さになる』っつったんだ。明らかにそれ以上の速度だよ」
そう言ったルカは、何かを思い出したようにハッとする。
「……いや、そうか。待てよ。四倍速だろ……」
ライルはその時点で嫌な予感がした。
「これマジであたしの『膝枕』が効いてるんだ」
「……ええ」
「そうに決まってる!あたしのスーパーパワーがお前のケガを治した!」
興奮気味なルカと、やや引き攣り気味のライル。
そして彼女はまた、自らの膝を——パン!と叩く。
「そうと分かりゃもっとやってやるよ!ほら!」
「やらねえって!お前こないだ嫌がってたじゃん!」
「あれは間が嫌だっつったんだ!それにこれは、れっきとした『治療』なんだよ!」
「いやだ、とにかくやらねえ……」
「うるせえ、問答無用だ……!」
ルカは強引にライルの頭を掴み、自らの膝へ押し込んだ。ライルも抵抗するが、怪我明けの身体ではどうにもならない。
抵抗を諦めかけた、その瞬間。
——バァァン!!
盛大に扉が開いた。
「さあ! 張り切って特訓行くわよ!——って、あら?」
勢いよく入ってきたのは、ナギ。
その後ろにはロードもいる。
二人が目にしたのは、床に顔面をつけたまま突っ伏しているライルと、両手を前へ突き出したまま硬直しているルカだった。
ライルは心で誓った。
(やっぱり、こいつだけはマジで許さねえ……)
そして訓練場にナギの声が響く。
「二人とも、また? もう、イチャイチャしすぎよ!」
「してません!」「してねーよ!」
綺麗に重なった二人の声。
その背後では、ロードが腹を抱えながら声を押し殺して笑っていた。
◇ ◇ ◇
やがて本部は、次の回収地点へと降下を始めた。
エージェントたちが出入口へ向かう。
現れたのは、デンジ、フウロ、マキシ。
マキシは足を引きずっており、デンジが肩を貸していた。
スズナとアスナがすぐに駆け寄る。
「マキシさん! 大丈夫!?」
「大丈夫だ。ちょっとばかり捻っちまってな。なに、大したケガじゃない!」
デンジとフウロも疲弊してはいたが、無事に戻れたことで安堵しているようだった。
傷だらけの仲間たちを見渡し、ライルは思わず拳を握る。
「みんな、こんなに体を張って……。おれももっと頑張らないと」
ルカがキッと視線をやる。
「バカ言え、お前もこないだ十分張っただろが。それにまだ足は完治してないんだ。松葉杖が外れただけで、あくまで安静だからな」
「……この鼻の怪我は誰のせいだっけ?」
「………」
「……これでダイゴさんを救出した時のメンバーはほぼ揃ったな。……あといないのは……」
ライルは集まった顔ぶれを見渡した。
「……シロナさんと、アデクさんだ」
そこへダイゴが歩み寄り、静かに口を開いた。
「二人は非常に重要な作戦の最中だ」
ルカが眉をひそめて反応する。
「……何だよそれ?」
「……彼らは今、反転世界にいる」
「——!?」
その場の空気が一変した。
「彼らは幾つもの災害都市をフォローして周っていた。そしてその間も反転世界への潜入の機会を窺っていたんだ。予定通りなら、明日合流する」
最高戦力である二人が、敵の本拠地がある世界へ、直接潜入している。
誰もが言葉を失った。
◇ ◇ ◇
翌日。
プラチナムは予定時刻より早く、二人との合流地点へ到着していた。
ハッチ付近へ集まったエージェントたちは、ただその帰還を待つ。予定時刻を十分ほど過ぎた頃、空間が歪み、そこから二つの人影が姿を現した。
シロナとアデク。
衣服は薄汚れ、顔には疲労が滲んでいる。
それでも二人は、確かな足取りでプラチナムへ戻ってきた。ハッチが閉まると本部は迅速にその場を離れる。
ライルとルカが駆け寄る。
「シロナさん! 無事でよかった……お帰りなさい!」
「あたしは何の心配もしてなかったぜ。あんたがそんなヤワなはずねーからな」
シロナは二人へ微笑みかける。
「二人ともありがとう。でもルカの言う通りよ。私はここのリーダーの一人。そう簡単にやられたりはしないわ」
そして再び、鋭い視線に戻る。
「……すぐに執務室へ。ダイゴくんとロードくんもお願い」
そう告げると、シロナはそのまま通路を歩いていった。女性メンバー達が次々に声を上げる。
「シロナさん、すごいなぁ」
「本当にね。戻ってきたばかりなのに……」
ルカはそれを聞き、誇らしげに胸を張っていた。
「うちらのボスなら当然だぜ」
ライルは遠ざかっていくシロナとアデクの背中を見つめていた。
「……でも本当に大丈夫なのかな?」
◇ ◇ ◇
四人だけになったシロナの執務室。
「急で悪いわね、二人とも。少しでも早く対策を練りたくて——」
シロナがそこまで言ったところで、その身体がふらついた。
「おっと」
ロードが咄嗟に肩を支える。
「大丈夫ですか? シロナさん」
ほぼ同時に、アデクも大きく息を吐いて片膝をつく。ダイゴがすぐに傍に駆け寄る。
そしてシロナへと声をかけた。
「シロナ。気持ちはわかるが、今は少し休め。顔色が尋常じゃない」
顔を上げるシロナ。
「……少しだけ横になる。一時間後、また戻るから……」
シロナはそう言うと、奥の自室へ入った。
アデクもソファへ深く腰を沈める。
その様子を見たロードが声をかけた。
「……あんたらほどの二人が、そこまで消耗するとは」
「ああ。各地を周ってから反転世界に入るまで、ほぼ休みなしだったのでな。少し無理が祟った」
ダイゴはアデクに飲み物を渡しながら問う。
「以前、僕が敵から奪ったカードキーは使えましたか?」
「いや、認証が全て切り替わっている。そのため、アジトの中までは辿り着けなんだ」
アデクは眉間に皺を寄せる。
「道すがら、反転ポケモン達を少々解放したが、明らかに数が減っておった。攻撃に備え、敵のアジト内に集められているのだろう」
アデクは呼吸を整えて喉を潤すと、再び話し始める。
「以前、突入した時よりさらに異様な雰囲気じゃった。まるで、肌をやすりでなぞられるような空気。何か途轍もなく嫌なものに、ひたすら見られ続けている感覚……」
ダイゴの表情も険しくなる。
「……おそらく、ギラティナが力を取り戻し始めているのでしょう」
シロナとアデクほどの人間でさえ、ここまで消耗する。
ダイゴとロードは改めて実感した。
やはりギラティナが反転世界内にいる限り、その戦闘の厳しさは想像を絶するものになると。
①と②、前夜がございます。
お付き合いくださいますと幸いです。