ポケットモンスター Agent PLATINUM 作:ミノワ
その日の夕刻。
プラチナムの大会議室には、集められたエージェントたちが定刻を待たずして座っていた。
情報共有のため、集められていたのである。
ライルとルカは並んで前方の席へ。
アスナ、スズナ、フウロ、ナギ。
デンジ、テッセン、マキシ、カゲツ。
最後列にはゼンノの姿もある。
やがてロードとアデクが入室すると、アデクはそのまま後方へ、ロードはライルの隣の席へ腰を下ろした。
(アデクさん、大丈夫そうだな)
ライルはロードに耳打ちをする。
「ロードさん。シロナさんは大丈夫でしたか?」
「……ああ。かなり疲弊はしていたが、二人とも心配はいらない」
ロードはそれ以上、語らなかった。
間もなくして、会議室の扉が開く。
入ってきたのは、ダイゴとシロナ。
シロナの表情から疲労は消えていなかったが、その目はかつてないほどに鋭く研ぎ澄まされていた。二人が前方へ立つと、それまで僅かに残っていた話し声が止む。
「各位、よく集まってくれました。そして、これまで各々の役割を果たしてくれたことに感謝します」
シロナは集まった者たちを静かに見渡した。
「輪廻教、天狼隊との戦いは最終局面を迎えています。ただし、今日は具体的な作戦を話すための場ではない」
その言葉に、何人かが僅かに表情を動かす。
「ここ数週間で得られた情報を共有し、現在の状況を全員で正しく認識する。そのために集まってもらいました」
スクリーンに、反転世界で撮影された複数の画像が映し出された。上下遠近の曖昧な大地、不規則に浮遊する岩塊。そして、そこに築かれた巨大な構造物。
現時点で判明している事実のうち、最終決戦の鍵となるのは大きく四つ。
一つめ。
輪廻教と天狼隊は、反転世界に築いたアジトを活動拠点としており、現在、反転ポケモンの多くがそこへ集められている。
二つめ。
反転ポケモンは、反転世界内で、その身体を縛る鎖を断ち切らない限り、完全な解放には至らない。
三つめ。
敵はレジギガスやその眷属、ヒードラン、アクジキング等の強大なポケモンを戦力として保有(これまで撃破した個体はいずれも、現実世界へ送り込まれた状態であった)。
さらに未確認の戦力がいる可能性に加え、ガライを筆頭とする天狼隊の主力も健在。
最後に。
彼らのアジトには、反転エネルギーの増幅に関係する巨大な装置が存在する。
そして今回、新たに共有された事実。
敵の技術の裏に、ある研究者が関係している可能性。プラチナムのデータベースで照合された人物の顔が映る。
十年以上前の記録に残る、公的な写真。
少し恰幅のいい、短い白髪の老年男性。
やや肉感のある顔。
——シノノメ
シノノメについては、ゼンノから説明がなされた。
その間、ライルはルカに小声で話す。
「見たことあるか?」
「……いや、今んとこはピンとこねえ」
その後、再び現状の確認へ。
まず話したのはシロナ。
「我々の最終目的は三つ。『輪廻教及び天狼隊の組織解体』『反転ポケモンたちの解放』、そして『増幅装置の停止あるいは破壊』」
そしてダイゴが説明を引き継いだ。
「以前共有したように、装置については僕がアジトへ侵入した際に確認している。その場所もね」
スクリーンには、ダイゴが潜入した際の記憶をもとに作成した、アジトの模擬図が映されている。
「敵が各地へ人員や反転ポケモンを送り込めたのも、この装置に蓄えられたエネルギーを利用していたからだ。さらにポケモンたちの強化や、敵が使用する特殊な指輪にも、影響を与えている」
ライルの脳裏に、これまでに突如現れた傭兵たちや反転ポケモンたちの光景が浮かぶ。
「装置の停止については、技術班が独自の解析端末を開発している。それを装置に接続すれば、機能を止めることができる」
そこでアデクが後方から声を上げた。
「今回の調査で試したが、かつてダイゴが入手したカードキーの認証情報は、すべて更新されておった。建物への侵入には何か別の手を考える必要がある」
「ええ。それだけではないわ」
シロナが再び口を開いた。
「反転世界内には、ギラティナがいる。彼をどうするか、それが問題よ」
室内の空気が、徐々に張り詰めていく。
敵の所在は判明している。
敵の中核となる装置も分かっている。
しかし、そこへ至る経路は閉ざされ、仮に侵入できたとしても、待ち受けているのは反転ポケモンの軍勢、天狼隊の主力、複数の伝説級ポケモン。
そして、反転世界の王——ギラティナ。
シロナが挙げた三つの最終目的を達成するための障害は、あまりにも多い。その任務の難易度の高さに、全員が息をのむ。
そこでロードが口を開く。
「敵が戦力を本拠地に集めているのなら、奴らもまた察しているでしょうね。決戦が近いと」
敵は攻勢に備え、本拠地で待ち構えている。だが時間を与えすぎれば、再び各地への襲撃を始めるかもしれない。たとえ現時点での準備が万全でなくとも、この好機を逃す手はなかった。
「現時点で共有すべき情報は以上」
シロナは全員を見渡した。
「具体的な作戦は、これから私たちが徹底的に詰める。必要があれば個別に意見を求めるから、今伝えた内容を各自で整理し、自分たちに何ができるのかを考えておいて」
「決行まで、どれくらいを考えているんです?」
ロードの問いに、ダイゴが答える。
「一週間以内だ」
短い言葉だった。
だが室内の緊張が一段階上がる。
ダイゴは、穏やかな口調ではっきりと告げた。
「それまでに、勝つための道筋を必ず作るよ」
◇ ◇ ◇
会議を終えたライルとルカが向かったのは、いつもの訓練場。
だが、二人だけではない。
作戦立案組を除くほぼ全員がそこに居た。
全員が、実戦想定と連携確認に時間を割いている。
ルカがライルに話す。
「どんな作戦になんだろな?」
「分からないけど、準備はしっかりしとかないとな」
ライルは足の調子を確認しながら、無理のない範囲で体を動かす。
ルカが思い出したように告げる。
「『アレ』のこと、シロナに言わなきゃじゃん」
「そうだな。後で行こうぜ」
作戦の全貌が見えなくとも、できることはある。
互いの手持ちの動きを合わせる。
ライルが考え、ルカが意見を出す。
ルカが気づき、ライルが修正する。
死線を越えるたびに繰り返してきたそれは、今では当たり前になっていた。
「ライルくーん!ルカちゃーん! 次、こっちの動きにも付き合ってくれるー!?」
少し離れた場所から、フウロが二人へ声をかける。その隣ではナギが、二人を待ちながら手を上げていた。
「はい! すぐ行きます!」
二人が向かおうとしたその時、後ろから声がかかった。
「ライルくん」
振り返るとそこにいたのは、ダイゴだった。
「ダイゴさん!」
「お願いがあってね。ちょっといいかな?」
「もちろんです。ルカ、先に行っといてくれるか?」
「おう、了解」
ルカは手を上げ、自分のポケモンと共にフウロたちのもとへ向かった。
◇ ◇ ◇
数日後。
大会議室には再びエージェントたちが集められていた。しかし、そこにはダイゴを含む数人の姿はなかった。
「——以上が今回の作戦よ」
シロナから突入作戦の全貌が明かされると、一瞬の静寂の後、室内にどよめきが広がる。
「ワハハ! とんでもないのう!そんな手を考えるとは!」
「そんなこと、可能なの……?」
テッセンが豪快に笑い、スズナは少し不安そうにしている。
「予定通りに進めばいいけど、現場は不確定要素が多すぎる。今日からは、当日を想定した動きを実際に訓練場で行っていく」
シロナは落ち着いた表情を保ちながらも、鋭い視線はそのままだった。
「本当に、『そうなる』んですか?」
ライルの問いにシロナが答える。
「私とアデク先生がこの目で確かめた。彼らは『出た場所』に必ず戻る」
リーダーの言葉にやや安堵が広がるも、一抹の不安は拭えない。
そんな中、ルカは楽しそうに笑い、隣のライルを肘で小突いた。
「悪くねえじゃん、ド派手でさ。なあ?相棒」
「いやそうだけど、やっぱりダイゴさんたちの責任が重大すぎるよな……」
「そのダイゴさんは、もう出発してるんだな?」
マキシの問いにシロナが頷く。
「ええ。ダイゴくんを含む四人は、すでに作戦を開始しています。当日まではもう合流しない」
「……彼らは間に合いますか?」
デンジが尋ねた。
最悪を想定した、当然の問いだった。
シロナは力強く微笑みながら彼を見る。
「仲間を信じなさい」
それだけだった。
だが、いま、それ以上の答えを求める者はいなかった。
◇ ◇ ◇
その後。
シロナに促され、ライルとルカは訓練場へ向かった。
だが今回の目的は訓練ではなかった。
「ラティオス!」「ラティアス!」
ライルとルカが声をかけると、二体は嬉しそうに二人の周囲を旋回し、そのまま鼻先を寄せてくる。
「もうすっかり元気だな!」
「ああ、良かった!」
ルカはラティアスの頭を撫でた。
「……まだやることがあるんだ。また、力を貸してくれるか?」
二体は迷うことなく頷いた。
その様子を見届けたシロナは、少し離れた場所に佇むエンテイとライコウへ歩み寄った。
ライルとルカもそれに続く。
二人の手首には、バングルに嵌ったキーストーンが輝いている。
「ついに作戦が決まったんだ。今からそれを貴方たちに話したい」
ライルが二体に話しかけると、エンテイとライコウは頷く。
『……わかった。話を聞こう』
低く重いエンテイの声が、ライルとルカの頭へ直接響いた。
ライルは頷き、シロナにその言葉を伝えようとした。
「シロナさん、今、エンテイは——」
「——大丈夫。聞こえたわ」
「えっ?」
ライルは目を見開く。
しかしシロナは動じていない。
「シロナさん、本当ですか?」
「ええ。『話を聞く』と言ったんでしょう?」
間違いない。聞こえている。
「マジかよ? 他の奴らは何も聞こえねえって言ってたぞ」
シロナ自身も不思議そうに、エンテイを見つめた。
「さあ……普段から、あらゆるものの声を聞こうとしているからかしら」
少し考え、静かに目を細める。
「……ただ、わかる。注意深く耳を澄ませるの」
ライルとルカは思わず顔を見合わせた。彼女は考古学者として遺跡に触れ、神話を追い、遥かな過去に残された、声なき声を拾い続けてきた人間。
それが理由なのかはわからない。
だが、シロナには確かに届いていた。
「だけど、伝えるほうは少し不安かな。そっちは君たちのキーストーンを使って、お願いできる?」
「もちろんです!」
◇ ◇ ◇
一方、反転世界。
巨大なアジトの、その最深部。
石造りの椅子に掛けるのは一人の老兵。
天狼隊総大将——ガライ。
そこへ現れたのは幹部、ムクロだった。
「隊長、奴らも街から引き上げましたね。間違いなく準備してる」
「……ああ」
ムクロはガライを見ながら、内心で僅かに眉を顰めた。
(相変わらずの威圧感だな。それどころか、未だに成長しているかのようだ……)
「兵を引き上げるのは少し早すぎましたかね? もう少し奴らを削ってもよかったのでは?」
「構わん。主導権が移った以上、ここを手薄にしておくわけにもいくまい」
ガライは即答した。
その眼光が鋭くなる。
「奴らは相当に頭が切れる集団だ。『今後』を考えれば、ここで決着を付けておいたほうがいい」
「こちらが優位なのは変わらんでしょう」
ムクロは忌々しそうに続ける。
「問題はいつ来るかってことですが、現段階では見当もつきません」
「まあ、そう遠くはないだろうな」
「根拠は?」
「ない」
ガライが僅かに口角を上げた。
「ないが……長年の勘がそう言っている」
「あんたの勘は当たるからな」
ムクロは小さく鼻で笑う。
「部下たちに伝えておきますよ。常に準備をしておけと」
「ああ」
ムクロが去った後も、ガライは石座から動かなかった。
ただ一人、暗闇の向こうを見据えていた。